風祭文庫・人魚の館






ラ・グラスの伝説
(前編)



作・風祭玲

原作・ユノー
【MERMAID KINGDOM 〜人魚王国〜】より


Vol.183





…初めに…………………………………………………………

この物語はユノーさん原作”KIRIE”
(【MERMAID KINGDOM 〜人魚王国〜】に掲載)
をユノーさんの許可を得て、
私、風祭玲がKIRIEをベースに制作した物語です。

なお、【MERMAID KINGDOM 〜人魚王国〜】には
この物語とはラストの展開が違うバージョン
「KIRIE −エルドラドの人魚−」
並びに、元となった
「KIRIE」がそれぞれ掲載されていますので、
ぜひ、読まれることをお勧めします。

……………………………………………………………………



いまから数万年前…

世界中を覆い尽くし、

さらには星の世界にまでその勢力を広げていた巨大文明は呆気なく滅び去った。

そして、その後もいくつかの文明が興っては滅亡していったが、

何時の頃からか、

『ラ・グラスの海の何処かに理想郷・エルドラドがある…』

と言う伝承が語り継がれるようになった。

それ以来この話に魅入られた幾人もの者達は、

皆エルドラドを追い求めてラ・グラスの海の彼方へ消えて行った。

実はこの伝承には続きがあり、

『…エルドラドへの道は嵐の夜、アクア・クリスタルによって開かれる』

と言うモノであった。



ザザザザザ…

陽の光を帆で受け止めながら一隻の帆船がラ・グラスの海を走る。

俺の名はディーン…

この海で育ち、そして、この海に伝わる伝承の都エルドラドを追い求めていた。

「おぉぃっ、港が見えたぞ!!」

マストの先端で見張りが声を上げる。

「よぉぉし、面舵いっぱーぃ」

俺そう叫ぶと目の前にある舵輪を思いっきり回した。

ギギギギギ…

船はきしむ音を立てながらゆっくりと見張りが指さした方向へと進路を変える。

ミシッミシッ

それに合わせるようにして船倉に積み込んだ積み荷が音を上げる。

ラ・グラス最大の港町アスラサンから積んできた荷を

俺の故郷でもあるエルマの港に送れば今回の航海は終わる。

そうエルドラドを追い求めていると言っても年中追いかけているわけではない、

普段はこうした海の運び屋として、ラ・グラスの海を駆け抜けている。

とは言ってもただ運んでいるわけでもない、

こうして船を操りあちらこちらの港に寄れば自ずと情報は集まってくる。

お陰で随分情報が集まってきたが、未だに抜けている部分がある。

全くお宝探しと言うのは部屋中に飛び散ったパズルのピースを

集め組み立てていくまさに根気のいる仕事だ。

程なくして大きな岩山に抱かれるような港町が水平線から浮き上がってきた。

エルマである。

「よっ、ディーン

 今夜はどうだい、一杯やらないか」
 
そう言いながら日に焼けた顔が一つ二つ、俺に近寄ってくると、

「いや、今日はちょっと…」

「はははは…

 そうか、この港にはディーンの”コレ”が居るんだっけな」

そう笑いながら男達は右手に小指を立てて俺に言う、

「只の幼なじみだ、そんなモンじゃねーよ」

と俺は言うが、

「なかなかの別嬪だと言う話じゃねぇか、

 なっ今度、俺達にも紹介しろよっ」

男達はそう言い残して船倉へと降りていった。

ザザザザ…

船は何事もなかったかの様にエルマの港に入港した。



積み荷が無事届け先の倉に収まるのを見届けると、

俺は港町の外れにある一軒の酒場へと足を向ける。

キィ…

やや古びれたドアを開けたとたん、

ドシン!!

「うわっ」

俺は店の中から出てきた老婆と出会い頭にぶつかってしまった。

「あっごめんな…」

咄嗟に俺は謝ったが、

「………今宵……嵐が起きる…道が開かれる…」

白髪を束ねた老婆はそう呟きながら、

チラリ

と俺を見るとそそくさと立ち去っていった。

「なんだ?…嵐?」

俺は思わず空を見上げたが月明かりの夜空には雲一つなく、

銀貨のような満月が中空に掛かっていた。

「雲なんて出て無いじゃないか

 それにしても見かけない顔だなぁ…」

俺はそう呟きながら去っていく老婆の後ろ姿を眺めていると、

「よぅっ、ディーンじゃねぇか、

 そんなところで突っ立ってないで早く入って来いよ」
 
店の中から俺を呼ぶ声が響いた。

「あぁ…」

そう応えながら店の中に入ると、

ザワザワ…

と言う喧噪と同時に、

ムワッ!!

っとした海の男達の人息が俺を包み込んだ。

「あっいらっしゃーぃ」

店の奥から元気のいい声が響いて来ると、

黒く長い髪を後ろでまとめた女性が姿を現した。

彼女は俺を見るなり、

「あら、ディーン…帰ってきたの。

 えっと、いつものでいいんだよね」

と言うと奥へ引っ込んでいった。

彼女の名はキリエ…

俺とキリエとは年は同じ生まれた村も同じ、

さらに家は隣同士の俗に言う”幼馴染み”と言う奴だった。

そして、俺と同じように伝承の理想郷を探している仲間でもあった。



俺は半ば自分の指定席となっているイスに腰掛けると、

窓越しに夜の帳が降りた港を眺める。

「ふぅ…」

この時が一番落ち着くときだ。

「で、どうだった?、

 なにか成果はあったの?」

キリエは俺の目の前にドンと山盛りに盛りつけられた皿を置くと、

今回の航海の成果を尋ねてきた。

「いや、残念ながら…」

俺は肩を窄ませながら返事をすると、

「ふふん…」

キリエはまるで勝利者の様な笑みを浮かべながら、

「じゃーん、コレなんだか判る?」

っとボロボロになった一冊の手帳を俺に見せた。

俺が不思議そうな顔をしながら、

「さぁ?」

と聞き返すと、

「こういう酒場には色々な情報が集まってくるのよねぇ…」

と得意満面な表情で俺を見る。

「もったいぶるなよ」

俺は不機嫌そうな表情を装って文句を言うと、

「これはねぇ…今から数十年前に起きたある事件について

 その当事者が書き残したものなのよ」

と彼女は手帳のいわれを説明した。

「ある事件?」

「ディーンも知っているでしょう?、

 ”嵐の夜に王子が消えた”と言…」
 
「あぁ…あれか…」

彼女が言い終わる前に俺は返事をした。

「確か、ある国の王子と王女との婚礼パーティの最中に

 船が突然の大嵐に巻き込まれて危うく沈没しかけた話だよな」
 
「そう、で、嵐を乗り切った後になんと王子だけの姿が消えていた」

と俺の話に続いてキリエが残りの話をする。

「で、…この手帳はその船の船長が港に戻った後、

 その時の詳しい経緯や王子が消えた海域の場所を記したものなのよ」

「へぇ…そいつは凄いじゃねぇか」

俺が感心していると、

「そしてもぅ一つ…」

そう言ってキリエは青く輝く小さな玉を俺の目の前に差し出した。

「コレは?」

「当ててみて」

「?………」

しばらくの間俺は玉を見つめているとある物の名前が浮かんできた。

「あっ、これってまさか…」

「判った?」

「アクア・クリスタル!!」

「ピンポーン!!」

アクアクリスタルとは、

それを持つ者のみがエルドラドへ行くことを許されている。

と言う代物で、

エルドラドを探し求めている俺の様な奴にとっては

どうしても手に入れたいアイテムだった。

「なんで、こんな物がココに…」

驚きながら俺が訊ねると、

「旅のおばあさんに譲って貰ったのよ、

 なんでも、おばあさんの息子さんが
 
 あたし達と同じようにエルドラドを探していたんだけど、
 
 不治の病で死んでしまって…
 
 それで、旅をしながら息子さんの意志を継いでくれる人を
 
 探していたときに偶然あたしと出会ったワケよ」

とキリエは入手した経緯を俺に話した。

「はぁぁぁ…」

俺は感心するそぶりをしながら、

キリエがテーブルの上に置いたアクア・クリスタルに手を伸ばそうとすると、

パン!!

キリエは俺の手を叩き落とした。

「痛てぇ、何しやがるんだ!!」

手を押さえながら怒鳴ると、

「ダメよ、コレはあたしの成果なんだから…」

そう言いながらキリエはクリスタルと手帳を大事にしまうと、

「おいおい、こう言うときは助け合いだろうが、

 なぁ、ちょっとだけでも見せてくれよ」
 
と懇願してみたが、

「ダメよ…だってディーンはこの間約束破ったでしょう」

とキリエは言う。

「約束?そんなモンしたっけ?」

「あっひどーぃっ、

 あたしの買い物つき合ってくれるって約束したじゃない」

「あぁ…あれか、あれはたまたま…」

「ディーンの言い訳なんて聞きたくもないわ、

キリエはそう言ってプイッと横を向くと、

「いーぃ、これはあたしのモノなんだからね、

 誰にもぜーったいに見せないんだから」

と念を押すように俺に言った。

その態度にカチンときた俺は、

「あぁ判ったよっ、はんっ、そんな偽物、俺には興味ないな」

と言うとグラスを中身をグイっと空けた。

「あぁっ、言ったわねぇ…

 じゃぁ、コレが偽物かどうかあたしが証明してやろうじゃないのっ」

「おもしれぇっ、見つけられるモノなら見つけてみな、

 言って置くが俺の船は貸さないぞ」
 
「わかったわよ、ディーンには頼まないわよ」

売り言葉に買い言葉、お互いに振り上げた拳の納めどころが無くなっていた。

「…なんだなんだ、ケンカか?」

俺とキリエの口喧嘩聞いて店の中にいた男達がワイワイと寄ってきた。

「…あぁ、ディーンとキリエのいつものケンカだ」

「…まったく飽きない奴らだなぁ」

「…ワハハハハ」

こうしてこの夜は更けていった。



……ディーン…

…なに…?

…ねぇ知ってる?、エルドラドの話…

…あぁ…昨日もおばあちゃんに聞かされたよ…

…行ってみたいなぁ…

…何処に?…

…エルドラドよ…

…なんで?…

…決まっているじゃない、誰も行ったことがないんでしょう…

…まあな

 そうだ、俺が大きくなったら連れて行ってやるよエルドラドへ…

…ホント?…

…あぁ約束する…

…約束よ…

そう言いながらお互いの小指と小指がクロスする…


とそこで俺の目が覚めた。

「夢…?

 そうか、ガキの頃そんな約束したっけな…」

俺は天井をボーっと眺めていると、

何時の間にか雨が窓を激しく叩いていた。

「嵐?」

穏やかだった月夜がいつの間にか風と雨が吹き荒れる嵐の夜に変わっていた。

そして、

ドンドンドン!!

「おぉぃディーン、起きているか!!、一大事だ」

激しく叩かれる戸の音に俺は微睡みからたたき起こされた。

「誰だ…?、こんな夜遅くに…」

文句を言いながら扉を開けたとたん、

スブ濡れの男が転がり込むようにして入ってくると、

「ディーン、たっ大変だ、

 お前の船に女が乗り込んできて、
 
 この船を借りるぞ…って」
 
「女?、何寝ぼけて…あッ!!」

俺はスグにそれがキリエの仕業だと理解すると自宅を飛び出した。

「あんにゃろう…

 船は貸さないって言っておいたのに」

そう叫びながら風と雨が吹き荒れる街中を俺は港目指して走って行く。
 
港に着くと案の定大騒ぎになっていた。

そして俺の船はと言うと既に舫綱が外され港の外へと向かっていた。

「おぉ、ディーンか、

 スグに止めさせろ!!
 
 こんな嵐の夜に無茶だ」
 
「判ってますよ!!!」

呼び止める声に俺はそう答えると、

「おぉぃっ、キリエ!!

 馬鹿な真似はよせ!!」
 
堤防を走りながら出ていこうとする船に叫んだ。

すると、

「あっ、ディーン…

 悪いけどちょっとこの船借りていくね!!」

キリエの歯切れの良い声が船から響く、
 
「ぬわにぃが”借りていくね”だ、

 さっさと船を港に戻せ!!」
 
「大丈夫だって、

 あたしの腕を侮らないでよ、

 それに見て、この天気…

 そしてホラっ、
 
 この通りアクア・クリスタルが光っているのよ。

 間違いなく今晩エルドラドへの道が開くわ」
 
とキリエが叫ぶ、

確かに彼女の胸に掛けてある、あの青く透き通った石が

まるで自ら光を放つようにして光り輝いていた。

「まさか…」

俺は思わず立ち止まると、

「だからおとなしく待っててね、ディーン」

と言う言葉を残して俺の船はキリエを乗せて嵐の海へと船出していった。

「おいっディーン、どうする?

 追いかけるか?」
 
後から追いかけてきた男が俺に声を掛ると、

「いや、いま無闇に船を出すととんでもないことになる、

 俺の船はああ見えても色々と細工をしてあるから簡単には沈まない、

 嵐がやんだらスグに追いかけよう」
 
風向きと潮の流れを判断すると、俺はそう返事をした。

しかし、そのとき俺は意地でも彼女の出航を阻止するべきだった。

翌日、俺の船はここエルマから遠く離れたカミルの近くの海岸で見つかったが、

しかし、船内にはキリエの姿がなかった。



「ちくしょうっ…!キリエっ……」

俺は拳を固く握り締めて、

この怒りをどこへぶつけたらよいのか分からなかった。

仕方がないこと…と割り切れる事が出来ない。

もしも、俺があの時船に飛び移ってでも止めていたなら…

悔しさと後悔が俺を飲み込んでいた。

『…エルドラドへの道は嵐の夜に開かれる』

呆然としながらも俺の頭の中には言い伝えの言葉が円を描くように回り続ける。

まさか…

でも、もしもキリエがエルドラドへ行ったなら…

いや…彼女は間違いなくあの夜、エルドラドへ向かったはずだ。

俺は見た。

彼女の胸であの青く輝くアクアクリスタルが輝いているのを…

それならキリエは生きている。

必ず生きている。

このラ・グラスの海の何処かにあるエルドラドで…

失意と言う名の嵐の中で微かな希望の灯が必死に持ちこたえていた。

しかし、キリエが嵐の海に消えて既に半年が過ぎようとしていたが、

以前彼女の消息は不明で、

俺の仲間も方々の港に立ち寄っては話をしてみるのだが梨の礫、

そして、俺は船を出すことなくただ海を眺める日々が続いていた。



「ディーン…

 待っているわ…
 
 あたし…あなたが来るのを待っている…」

「えっ」

突然キリエにそう話しかけられたような気がして思わず周囲を見渡したが、

何処にもキリエの姿は無かった。

「畜生!!、アイツの存在がこんなに気になるなんて…」

俺は自分にとって彼女の存在の大きさをマジマジと思い知らされていた。

女でありながら気が強くて、

例え相手が誰であっても一歩も引がずに食らいつく、

けど俺は知っている。

キリエは弱いものには優しくて、気が利いて…

そして何より、だれよりも彼女はこのラ・グラスの海を愛していることを。

「くっそぉ…

 何をしてやがるんだ!!、
 
 エルドラドを見つけたのならサッサと戻ってこいってんだ、
 
 自慢話ならいくらでも聞いてやる!!」
 
言いようもない焦燥感がじわりじわりと俺の心を締め上げる。

追いかけていきたくても、

この広いラ・グラスの海の何処に、

そのエルドラドへの入り口があるのかすら俺には判らなかった。


とそのとき、一人の老婆が通りを歩いていく姿が俺の目に入った。

「あっあれは…確か…」

そうだ、キリエが嵐の海に漕ぎ出す前、

彼女にアクア・クリスタルを手渡した老婆だ、

反射的に俺は通りに飛び出すと歩いていく老婆を追いかけ始めた。

「おいっ待ってくれ婆さん、話があるんだ!!」

行き交う人をかき分けながら俺は老婆を追いかけていく、

しかし、不思議にも歩いているはずの老婆にいっこうに追いつくことはなく、

逆にどんどんと引き離されていた。

「(そんな…)おいっ待てって言っているだろう!!」

声を張り上げながら追いかけていくと、

やがて老婆はエルマの港を取り囲む突堤へと歩いていく、

「しめた、この先は行き止まりだ」

俺はゆっくりと追いつめるようにして老婆に近づいていく、

やがて突堤の突端で立っている老婆の傍に立つと、

「婆さん、ちょっと話があるんだ」

と声を掛けたとたん、

「ほぅ…お前がディーンかぇ?」

老婆は鋭い眼光で俺を見つめた。

ドキッ

俺は反射的に後ずさりする。

「ほほぅ…

 キリエがどうしても招きたいと言うから見に来たのだが…」

「なっ」
 
俺は老婆の口からキリエの事が出てきたことに驚き、

「婆さん…キリエを知っているのか?」

思わず聞き返した。

「ほっほっほっ…良く知っているとも…」

「キリエは今どこにいるんだ!!」

「さぁ?」

「なっ…おいっ婆さんっ隠すとタメにはならないぜ」

老婆の態度に俺は指の骨をならしながら訊ねると、

「全く、最近の若者はモノの尋ね方と言うのを知らんのか、

 ホレ…」
 
老婆はそう言うとポンと青く輝くものを俺に向かって放り投げた。

ハシッ

俺は受け取って見てみると、

それは透き通るように青く輝くアクア・クリスタルだった。

「これは…」

「それを持ってエルドラドの入り口にまで来るんだな…

 キリエはエルドラドの入り口でお前を待っているよ」
 
と老婆が言ったとたん。

ドバァァァァァ!!

凪の海に突如大波が盛り上がるとあっという間に老婆を飲み込んだ。

「婆さん!!」

『ふふふ…

 私はクィーン…エルドラドのクィーン、

 お前がそのアクア・クリスタルに選ばれ、
 
 無事エルドラドの入り口にまで来られるかどうか、
 
 楽しみにしていますよ…』

老婆の姿が一瞬巨大な何かに見えたとたん、その声が俺の耳に響いた。

「…エルドラド…

 クィーン?…
 
 じゃぁ、あいつがキリエをエルドラドに?」
 
俺は大急ぎで自分の船に戻るとあわただしく出航の準備を始めだした。

「おいっ、ディーンどうしたんだ!!」

俺の様子を見た仲間が慌てて声を掛ける。

「いまからキリエを迎えに行く」

俺がそう叫ぶと

ザワッ!!

仲間達の間からざわめきが広がった。

「大丈夫だ、別に気が触れたワケじゃない、

 手がかりが見つかったんだ」
 
そう言うと俺は老婆から貰ったアクア・クリスタルをかざした。

「大丈夫…キリエはまだエルドラドへは行っていない…」

俺はその言葉を繰り返しながら船を出した。



ザザザザ…

俺の船は黄昏時を迎えたラ・グラスの海へと漕ぎ出していった。

風は順風、船足は早い。

ギィ…

船がきしむ音を聞きながら操舵していると、

パサ…

一冊の手帳が舵輪から俺の足下に落ちた。

「コレは…」

拾い上げた手帳を見て俺はそれが、

酒場でキリエが俺に見せていたあの手帳であることに気づいた。

俺は手帳を開けると中に書いてある文章に目を通し始めた。

「……船はいたって順調に航海していた。

 海は静かで、嵐なんて起こることすら考えられなかった。

 船の客室では厳かにそして優雅に王子と王女の婚礼パーティが開かれ、

 微かに楽器の音や歌声が漏れ聞こえてくるのを私はそっと耳を傾けていた。

 その様子を見た者によると王子の胸には王女から送られた
 
 青く輝く石が一際輝いていたとのことだった。

 その時だった、静かだった海が突然私に牙をむいた。

 歓喜はたちまち恐怖に変わり招待客たちの絶叫が船の中に響く、

 私は必死になって嵐からの脱出を試みた。

 しかし、嵐からはなかなか抜け出すことが出来ず、
 
 波はさらに高くなり、

 船はまるで木の葉のように弄ばれた。
 
 海水が猛烈な勢いで船の中に入ってくる、

 ”もう駄目だ”
 
 私が観念しようとしたとき、俺は見た。
 
 巨大な生き物海面下からこちらをジッと眺めているのを…
 
 すると、不思議な事にあれだけ荒れ狂っていた嵐はピタリと収まった。

 まるでウソのように…

 私には何もかもが信じられなかった。

 そして、皆が安堵するまもなくある知らせが私の元に届いた。

 『王子が消えた…』

 そう王子は嵐の間中ずっと王女を守っていたはずなのに、
 
 嵐が収まったとき、
 
 まるで最初からそこには居なかったかのように王子の姿は消えていた…」

「嵐…消えた王子…?」

そしてさらにページをめくると一枚の海図が出てきた。

「…コレは?」

その海図のある地点にキリエの字で大きい印が付けられていた。

「ここは、アルタインの沖ではないか…」

そう、アルタインとはエルマの西にあって、

小さな島々や岩礁が連なるラ・グラス海の難所の一つであった。

「間違いない、ここにエルドラドの入り口がある…

 キリエはこの場所に行ったんだ」

俺はスグに船の進む向きを変えた、キリエが印した場所へ向けて…



つづく


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