風祭文庫・人魚変身の館






「変身セット」


作・風祭玲

Vol.060





「よう、今度の隠し芸大会は何にするんだ?」

同僚の飛田が俺に尋ねてきた。

「ん?まぁな」

「なんだよ、秘密かよ」

「お前と俺の中だろうが、ちょっとだけ教えろよ」

「残念、教えられないなぁ」

「なんせ、夏のボーナスがかかっているからな」

「くっそう」

俺の名は新発田公彦、某商事会社に勤めているサラリーマン。

子供の頃から楽しみにしていた1999年もあっという間に過ぎ去り、

月は師走、そう年の締めくくりの忘年会シーズンに入っていた。

しかし、この御時世どこも景気の悪い話で満ち溢れていて、

そのおかげで、うちの会社も仕事は忙しくなるが、

給料袋はちっとも厚くならないという悪循環に陥っていた。

しかし、うちの社長は一風変わっていて、

そんな社員達に一発逆転ホームランを打たせてくれるチャンスを与えてくれた。

そう、それがこの隠し芸大会。

聞いた話では大会で高い評価を受けたもの順に、

来年・夏のボーナスに上積みがされるそうなんだ。

そうなれば誰もが目の色を変えて特訓するのは当たり前。

けど、それで業績を悪くすれば上積みはナシと言うオマケもついているので、

みんなは慎重に、そしてお互いの腹を探り合っていた。



そんな事で俺はインターネットで何か隠し芸になるものはないか探していると、

ふとある通販のHPで面白いものを見けた。

それは身につければ誰でも”人魚”になれるという魚の尾鰭のようなものだった。

俺はそれを見た瞬間”これだ”と直感した。

さっそく値段を確認するとちょっと高いが、

でもウケを狙いを考えるとまぁ妥当な金額だったので、

さっそく購入申し込みをすると、

数日後の土曜日に”それ”は宅配便でやってきた。


「ありがとうございました」

宅配屋のお姉ちゃんからダンボール箱を受け取ると、

俺はすぐに箱を開けてみた。

ごそごそと箱を弄り回して出てきたのは、

大きなヒレとそれに続く魚の胴体のようなモノ、

「鯉のぼり?」

そう思って広げてみると、一見鯉のぼりのようだが、

”それ”の素材は普通の鯉のぼりのような安物のナイロン等ではなく、

まるで魚からはぎ取った皮のように生々しく、

鱗は一枚一枚美しく光り、そして尾鰭にはクッキリとした筋がついていた。

「すげぇなぁ、何で出来ているんだろう?」

俺は引っ張ったり、匂いをかいだりと色々調べてみたが、

素材はさっぱり判らなかった。

仕方なく”それ”を横に置くと、

段ボールの中に他に何か入っていないモノかと再び調べてみると、

ビニール袋に入った大きな2枚貝と、

説明書と思わしき紙が出てきた。

「ステキな変身セット、No18:人魚姫」

と言うタイトルが書いてあった。


「ふぅん」

俺は説明書を一通り読むと、

「なになに?、

 図の通りに身につけるとどなたでも人魚姫になれます。

 はぁ?」

俺は”それ”を手に取ると、

「なんだ、要するに人魚の”きぐるみ”って奴だんだな」

と納得した。

「まぁとりあえず着るだけ着てみるか」

俺はそういうと着ているモノを脱ぎ捨てると、

説明書に書いてある通りにヒレに足を通してた。

すると不思議なことにすっぽりと股の付け根まで入った。

「ほぉ、ぴったりだな」

俺はまるで自分の足が魚の尾鰭になったような感覚で眺めると

続いて2枚貝のブラジャーを胸に着けた。

するとどうしたことか、

コレまで扁平だった俺の胸がまるで風船を膨らませたように膨らみ始め、

見る見るうちに見事な谷間を作った。

さらに作り物の足先のヒレに感覚が走るようになると、

肩に髪の毛の感触が伝わってきた。

「えっえっなっなんだ、これ」

思わず声を出すと、

俺の口から出てきた声は鈴の音のような美しい声色になっていた。

僕は自分の身に起きた変化に驚き怖くなった。

そして、目の前にある鏡で自分の姿を映してみると…

「うわぁぁぁ」

そう、そこには絵本に出てくるような、

翠色のロングヘアの人魚姫が驚いた表情で座り込んでいた。

俺は呆気にとられてしばらく自分の姿を見ていると、

「そうだ、どうやったら元に戻れるんだ?」

俺は重大なことに気づき、そして説明書を読み直した。

しかし、どこにもそれに関する記述はなかった。

「おい、どうすればいいんだ」

俺は焦り始めた。

販売元に問い合わせようと伝票を見ると

なぜか住所・電話番号と言った記載はなく。

また、通販を依頼したHPも消えていた。

「そんなぁ…」

俺は絶望の渕に叩き落とされた。

なんとか取れないものかと散々もがいてみたが、

ブラはなんとか取れたものの、

魚の尾鰭はすでに俺に身体と完全に一体化してしまっていて、

外すことは不可能になっていた。

「どうしよう…」

鱗の間から血が滲み出した様子に観念した俺はこれからのことを考えていた。

「こんな身体では外に出ることも出来ないし、

 このままじゃ…」

そして徐々に息苦しさを感じ始めていた。

はぁはぁはぁ

「なんだこの息苦しさは」

俺はそれから逃れようと、

台所へとズルズルと這って行った。

パタンパタン

と尾鰭が床を叩く、

「くそぉ…」

普段は何気なく飲んでいた水をやっとの思いで飲む事はできたが、

それでも息苦しさは直るどころか、さらにひどくなってきた。

どさっ

俺は床の上に倒れると口をぱくぱくしながら、

「誰でもいいから助けてくれぇ…」

と声を絞り出すと俺は気を失ってしまった。


しばらくして、

カチャっとドアが開くとさっきの宅配屋の女性が入ってきた。

「あらあら、

 身体がすっかり乾いちゃったのね

 説明書に書いてあったでしょう、
 
 体を乾かしてはいけないって…

 まぁ、いいわ、
 
 どのみちその身体では
 
 もぅここでは暮らしていけないでしょうから」

女性はそう言うとベッドからシーツを剥ぎ取ると

それを水で濡らしそれで俺の身体をくるんだ。

「うっ?…

 なんだろう、なんか楽になってきた」

濡れたシーツで包まれた俺は一度は気づいたが

しかし、その心地よさにそのまま寝てしまった。

「うふふふ…

 きれいな人魚の一丁上がり
 
 しかも、これでちょうど100匹目、
 
 あたしの仕事もやっと終わりだわ」

女性はそうつぶやくと俺を部屋から運び出し、

宅配屋のクルマに積み込むとそのままいずこともなく去っていった。



いま俺は大きな水槽の中で、

俺と同じ様に人魚にされてしまった仲間といっしょに泳いでいる。

やがて一人の男が水槽に近づくと、

「ほぉ、これかっ、

 新しく入ったという100匹目の人魚は

 いやぁなかなか美しいではないか」

と隣にいる女性に声をかけた。

「はい、お褒めに与かり光栄です」

と言って女性は頭を下げた。

俺はぐるりと回転しながら男の顔を覗き込んだ。

「あっ社長!!」

そう、水槽を覗き込んでいたのは俺の職場の社長だった。

「いやぁ、大きな水槽で100匹の人魚を飼うのがわしの夢だったんだ」

と満足げに喋りながら女性の肩をポンポン叩いている。

「では、私はこれにて失礼します」

「おぉ、報酬はちゃんと口座に振り込んでおくよ」

「ありがとうございます」

二人はそう言いながら部屋から出ていった。

照明が落とされ、薄暗くなった水槽の中を泳ぎながら俺は

「これって、特別手当はつくのかなぁ」

と考えていた。



おわり