風祭文庫・人魚変身の館






「人魚の島」



作・風祭玲

Vol.054





「あんたも物好きだねぇ」

「え?」

「あんな危ない島に5日間も泊り込むなんてさ…」

「あぁ、なんとしても人魚の姿をコレに収めたくてね」

と私が言うと、船長に手にもったカメラを見せた。

「去年散々騒いでいたけど、人魚なんてホントにいるのかい?」

「さぁ、いるかもしれないし、いないかもしれない」

「なんだそりゃ」

「まぁ、それを確かめにこれから行くんだけどね」

「あはははは、夢があっていいや」

船長は笑いながら舵を取る。

やがて波間に小さな島影が見えてきた。

「ほら、あれがアンタのお目当ての人魚の島だ」

「ふぅ〜ん、あれがそうか」



私がこの島の事を知ったのは1年程前に読んだ週刊誌の記事だった。

九州の南西、東シナ海と太平洋とを分け隔てる細い島の列にある

1つの小さな無人島で、

そこを訪れたカメラマンやダイバーたちが立て続けに失踪する。

と言う奇妙な事件が報じられていた。

記事にはいろいろな憶測が書かれていたが、

私はそのページの中に掲載されていた一枚の写真が気になった。

紹介には、失踪したカメラマンが残していたフィルムにあった。となっていたが、

その写真にはピンぼけながらも波間を跳ねる「人の形をした魚」が写っていた。

「人魚?」

その写真のことが無性に気になった私は、

早速、雑誌の編集部に連絡をとってみたが、

返ってきた答えは、

「犯罪の可能性があるので詳しくは教えられない」

ということだった。

それなら現地に行って見ようと現地に連絡をとってみると、

私と同じように記事を読んで興味を持った連中の問い合わせが殺到している上に、

警察から島への上陸を禁止されているので、

島へ渡る事は出来ないという返事だった。



仕方なく、私は一連の騒ぎが静まるのをおとなしく待った。

警察の処置が講じて失踪はそれ以降ぱったりと途絶え、

また騒ぎが沈静化するとマスコミも他の話題へと移り、

この事件?は人々の記憶から徐々に薄れていった。

その間準備をしていた私はほとぼりが冷めたころ島に渡った。



漁船は島をぐるりを回ると、島から一本だけ突き出した

小さな桟橋にぶつかるように接岸した。

波のタイミングを見計らって私が桟橋に飛び降りると、

船長とともに次々と船から荷物を下ろした。

「それでじゃぁ5日後にまた来ますので、ちゃんと居てくださいよ」

船長は冗談交じりの注意をすると笑いながら船を発進させた。

やがて、船が消えると私一人がポツンと桟橋に立っていた。



誰もいない絶海の孤島。

もしも、ここで何が起きても誰も助けにこない。

私は妙な恐怖感を覚えた。

「不思議なものだな、東京では行き交う人の姿にウンザリしているのに

 こうして誰もいないところにくると、その人の姿が恋しくなる…

 まったく人とは勝手なものだ」

そう思いながらタバコを一服吸い終わった私は、

腰を上げると桟橋に積み上げた荷物を前もって決めていた場所に移動し始めた。

そのとき

バシャッ

何かが飛び跳ねる音がした。

「!」

振り返ると大きな魚の尾びれが海の中へ吸い込まれていくところだった。

「まさか、人魚?」

期待に胸が膨らんだ。

その日はキャンプの設営などで一日をつぶし、

人魚探しは明日から行うことにしてさっさと寝袋に入った。


翌日

昨日同様の好天に恵まれたので、とりあえず島の周りを歩いて探索を行った。

行方不明者の遺留品は警察が片付けたのか、何も残っていなかったのだが、

数箇所に焚き火をした跡が残っていて、事件をかすかに匂わせていた。

それにしても、「行方不明」と「人魚」一体この二つを結ぶ線はどこに?

まさか、

「人魚に食べられてしまいました。」

なんてオチは勘弁願いたいものだ。


午後はダイビングスーツに身を固めると実際に海に潜って探索を開始した。

しかし、どこを潜ってもいるのは普通の魚ばかりで、

人の形をした魚には中々めぐり合えなかった。

二日目・三日目と時間が過ぎ次第に私の心に焦りと諦めが広がっていった。


そんな三日目の夕方、海から上がって来た私は思わず目を疑った。

少し離れたあの桟橋の上で数人の人影がたたずんでいたのだ。

私は思わず桟橋へと駆け出していた。

ジャッジャッジャッ

浜辺の小石が邪魔して思うように走れない。

やうやく桟橋にたどり着いたときには、そこには誰もいなかった。

「幻?」

私は信じられない気持ちで桟橋の先に行くと、

「いや、確かにここに誰かがいた」

という確信をもった。

桟橋には水で濡れた数人が腰掛けた跡がくっきりと残っていて、

さらに不思議な輝きを放つ鱗が数枚落ちていた。

私はそれを拾うと、

「やっぱり人魚はいたんだ」

そう確信すると、

すぐにダイビングの準備を整え、桟橋から海へダイブした。

日が暮れ薄暗くなり始めた海の中は見通しが悪くなっていたが、

私は人魚の姿を求めて海中を彷徨っていった。


っとそのとき、見たこともない大きい魚がすぐ横を掠めるように通り過ぎていった。

「!」

私がすぐに後を追いかけて行こうとしたとき、突然右足に激痛が走った。

「痛ぅ」

足を見ると、光が弱くてよくわからないが

なにやら黒い物体が噛み付いているようだった。

「このやろうっ!!」

っと私は護身用に手に持っていた銛を黒い物体にめがけて投げつけた。

瞬間「ギャッ」という声がしたように感じると同時に右足が自由になった。

ブワァっと右足から血の帯が流れる。

「くそう」

私は人魚探しを諦めると、急いで島へと戻って行った。



テントに戻って噛まれた右足を見ると、

そこには見事な歯形がついていて血が流れ出していた。

「あ〜ぁ、ダイビングスーツをダメにしやがって」

私は文句をいいながら、スーツを脱ぐと右足の治療をはじめた。

包帯を締めたのち、ふと、ここに噛み付いた奴のことを思い出すと、

「あれは、一体なんだったんだろうか」

「人魚なのか?」

と考えをめぐらせた。

しかし、昼間の疲れもあって、

夕食もそこそこにテントに潜り込むと私の意識はスグに飛んだ。

が、しばらくすると足の痛みが徐々に増し、

やがてその痛みで目が覚めた。

「いてて…」

寝ぼけ眼をこすりながら患部を触ってみると大きく腫れあがって熱を持っていた。

「こりゃぁ雑菌でも入ったかなぁ…」

と判断すると。

「とにかく冷やさなくっちゃ…」

そう言って起きあがると、足を引きずりながら海へと向かった、

そして適当な岩場を選んでそこに座ると、腫れた足を海水に浸した。

足を入れたとき、一瞬ズキッときたが、海水の冷たさでスグに楽になり、

片足を浸しながらゴロリと横になって星空を見ているうちに

いつの間にか寝入ってしまった。

そのとき見た夢は奇妙な夢だった。


夢の中で私は燦々と日が降り注ぐ海の中を泳いでいた、

どこまでもどこまでも妙に息が続くことに不思議に思って、

自分の体を見てみると腰から下が魚になっていた。

「これは」

驚きの声を上げると、

「さぁ、あなたはもぅあたしたちの仲間ですよ」

という声が聞こえてくると、

私の周りには数人の人魚が私取り囲むように泳いでいた。


ハッと目を覚ますと。

四日目の太陽が私の体を照らしていた。

「夢か…」

私は起き上がると海水に浸していた右足を眺めた。

一晩海水に浸していたものの右足の腫れは引くどころか

更に腫れの範囲が広がっていた。

「やばいなぁ」

私は持ってきた医薬品の中に化膿止めがあることを思い出すと、

急いでテントに戻り始めた。

しかし、いざ立ち上がると右足からは飛び上がる程の痛みが発し、

また、無傷のはずの左足も痛み出してきた。

私は人間になったばかりの人魚姫が歩くたびに激痛に耐えたことを思い出しながら、

「おっ俺は、人魚姫か?」

と言いながら必死の思いでテントに向かって歩いて行った。



やっとの思いでテントにたどり着くと、そのままどっと倒れこんだ。

「くっそぅ、力が入らねぇ」

どういう訳か痛みよりも脱力感が強くなり、

私は横になったまま動けなくなっていた。

ハァハァハァ

息が苦しくなってきた。

「まずい、悪い菌が入ったか」

薬を取るにも腕が上がらない、

右足は痛みを通り越して、痺れを感じるだけになっていた。

「こっ、こりゃぁ、下手をすると死んでしまうかも…」

最悪の事態が頭を掠める。

とにかく薬を、薬が入った袋から化膿止めを取り出すと、

力を振り絞って上体を起こした。

そして右足を見たとき、私は自分の目を疑った。

「ばかな」

そう、私の右足は、昨日噛まれたところから青い色をした鱗がびっしり生え、

鱗の範囲は足の半分以上を覆って腰まで生えていた。

しかも、噛まれていない左足にも鱗が生え始めていた。

「これは…」

生えた鱗を一枚剥ぎ取ると手にとってじっくりと眺めた。

「これは、桟橋にあったの同じだ」

昨日、桟橋で見つけた鱗と生えた鱗とはまったく同じものだった。

さらに私の体の変化は鱗が生えただけではなかった。

朝は気がつかなかったけど、腕が細くなり、

また肩も小さく女性のようになっていて、

そればかりか、胸も膨らみ始めていた。

「俺は、どうなるんだ?」

俺は再び横になると静かに眼を閉じた。


なんだろうこの感じは?

体が別のものに変わっていくような不思議な感じは…

そのとき、

「大丈夫よ、心配しないで楽にして、もぅスグあなたは生まれ変わるわ」

女性の声が脳裏に響いた。

「だれだ、俺に話し掛けるのは」

答えは返ってこなかった。


どれくらい寝ただろうか、

うっすらと目を開けると、日は西に傾き島は夕焼けに染まっていた。

足の痛みは不思議にも消え、全身を覆っていた脱力感も消えていた。

「助かったのか?」

テントの中で周囲を見回すと、

「そうだ、人魚」

っと、人魚のことを思い出すと立ち上がろうとして思いっきりひっくり返った。

と同時にばさっと翠色の毛が視界を覆った。

「なっなんだ?」

自分の手でそれをどかすと、

それは自分の髪の毛で頭からの長さはゆうに1mを越す長さだった。

そして、それだけではなかった、

両足がまるでくっついたようにしか動かせないので、

髪の毛を掻き分けて見てみると

そこには青い鱗に覆われ魚の尾びれのようになった自分の足が目に入った。

「こっこれは」

驚きの声を上げた私の胸には2つの乳房がゆれていた。

「俺は…人魚になってしまったのか」

私は自分の体の変化が信じられず、

テントから這いずりだすと、しげしげと自分の体を眺めた。

細い腕、括れた腰、2つの豊かな乳房、翠色の長い髪と魚の尾びれと同様の下半身

そう、巷でよく言われる「人魚」と呼ばれる姿だった。

「そんなぁ」

捜し求めていた人魚にまさか自分がなるなんてことは容易には信じられなかった。



「いつまでもそんなところにいないで、早くこっちにいらっしゃいよ」

突然の声が頭に響く、

私は周囲を見回した。

「こっちこっち」

海を見ると数人の頭が海面に浮き上がっていて、手を振っていた。

私はそれに誘われるように、這いずりながら海岸に下りると、

ザブン

と海の中に飛び込んでいった。

「いらっしゃ〜ぃ」

「ようこそ、海の世界へ」

たちまちの内に私は人魚たちに取り囲まれた。

「どう、人魚になった感想は」

「え?」

「結構気持ちいいものでしょう」

「はぁ…」

私はまだ戸惑いが残っていてあいまいな返事をした。

「あたしはずっとあなたに話し掛けていたけど、ちゃんと聞こえてた?」

別の人魚が話し掛ける。

「昨日はごめんね」

っと一人の人魚が謝った。

「なんで」

私が尋ねると、

「だって、あなたの足に噛み付いたの、あたしなんだもん」

と答えた。

「えっ」

私が声を上げると、

「うふふふ…

 あたしに噛みつかれた者は人魚になってしまうのよっ」
 
 と悪戯っぽく言う、

「そんな…」

私が声を上げると、

「そうして、これまでも沢山の人を人魚にしてきたのと

 あなたのようにね。

 さぁ、奥へ行きましょう、
 
 あなたを乙姫様やみんなに紹介しますわ」

オレンジ色に染まった海の中を私は人魚たちに付き添われて

私は海底奥深くへと向かっていった。



そして、それからこの島は再び立ち入り禁止になった。



おわり