風祭文庫・人魚変身の館






「お土産」



作・風祭玲

Vol.025





夜の闇を抜け、一台の車が海に向け街道を走る。

俺はその車の助手席に座り、

じっと自分の身体を見つめていた。

視界に映った自分の身体は

大きく膨らんだ胸と細い腕・括れた腰、

そして腰から下は朱色の鱗に覆われ大きな鰭が

先を飾る魚の尻尾の様になった足。

そう、一般的には「人魚」と言ったほうがいいかも知れない。

俺は胸の先を飾る2枚の貝殻を見つめながら、

この貝殻に引き起こされた奇妙な出来事を思い返した。

そうあれは…



「はい、コレ、直樹君へお土産…」

最近知り合ったばかりの知子から1つの包みが渡された。

「ん?」

袋から出してみると手の平位の大きさの貝殻が2枚入っていた。

「なにコレ?」

俺が怪訝そうに訊ねると、

「なにって人魚のブラジャーよ」

と知子はあっさり答える。

「はぁ?

 人魚のぶらじゃぁ〜だぁ?」

「うん」

「ふ〜ん…」

「どうせまた土産物屋のオヤジの口車に乗って買わされたんだろう」

と言うと、

「ひっどぉーぃ、そういう言い方をしなくてもいいじゃない」

と呆れながら知子は言った。

「あのおじさん、それを手に入れたときの様子を

 あたしに一所懸命説明してくれたんだから…」

「ほぉ〜それが、騙されてる。てぇーの」

「あっ、そっ、判ったわ、じゃぁそれ返して…」

「イヤダ」

「なんでよぉ」

「貰ったものは返さない…コレが俺の方針」

「まったく素直じゃないんだから」

「まぁ、ありがたく貰っとくよ」

俺はそう言うと土産の包みを上着のポケットに押し込んだ。


その後、知子と一通り遊んだ後、自分の部屋に戻ると、

しげしげとこの”人魚のブラ”と言われる貝殻を眺めた。

確かにそれはアニメや絵本などで見る人魚のブラジャーって感じだ。

「ふーん…」

俺はしばらくそれを眺めた後、

ふと何を思ったのかシャツを脱ぐと

自分の胸にその貝殻を当ててみた。

すると、貝殻はまるで磁石に吸い付く鉄のようにピタリと俺の肌に張り付いた。

「おっ、おい、なんだこれ?」

予想外の展開に慌てて胸に張り付いた貝殻を引っ張ってみたり、

ずらしてみたりと色々試してみたものの、

貝殻は肌に吸い付いたまま剥がれようとはしなかった。

「しょうがねぇなぁ…

 まぁ、そのうち自然に剥がれるだろう…」

と頭を掻きながら俺は言うと、

張り付いた貝殻をそのままにしてシャツを上からかぶると、

さっさと寝るコトにした。


翌朝、胸の痒みとジリジリしてくる熱さに起こされた。

「う〜〜」

半分寝ぼけながら手を胸に持っていったとき、

俺の眠気は一気に吹き飛んだ。

慌てて飛び起きてシャツを脱ぎ捨てたとき

俺は思わず絶句した。

あの貝殻が張り付いた胸が

まるで女性の乳房の様に膨らんでいたのだった。

「おっおい、貝殻になにか悪いもんでもついてたんじゃないのか?」

俺は心配して胸の貝殻を引き剥がそうとしたが

相変わらずビクともしなかった。

「ちくしょう、いったいどーなってんだ」


とその時

コンコン

ドアを叩く音、と同時にドアが開き、

「直樹ぃ起きてるかぁ…?」

と言いながら友人の茂雄が入ってきた。

「わっ」

俺は声を上げてシャツで自分の胸を隠した。

「ん、なにやってんだ?」

「いっ、いや何でもない…」

と繕ったものの、俺の慌てている様子に茂雄は、

「何を隠している?」

「いっいや何も隠してないよ」

「ふ〜〜ん」

と疑いの眼を見せたとき、茂雄は俺に飛びかかり、

「いいから見せろっ」

と言って俺のシャツをはぎ取ろうとした。

「いやぁ堪忍してぇ〜」

「なにが堪忍じゃぁ」

抵抗したものの、あっさりとシャツを取られてしまった。

そしてその結果、俺の胸が茂雄の眼前に曝し出された。

「直樹…お前…」

膨らんでいる俺の胸を見ると、

「女の子だったのか…」

と付け加えた。

「ちがう!!」

俺はスグに否定すると、

「あははは…」

と茂雄は謝りながらも、胸に張り付いている貝殻を見て

「ふ〜ん、人魚姫のコスプレでもするのか?」

と関心しながら言った。

「なにがコスプレじゃ、第一コスプレで胸が膨らむかっ」

と茂雄に食ってかかると。

「確かにそうだが…」

と膨らんでいる胸をしげしげと眺めると、

いきなり胸を鷲掴みにした。

「きゃっ」

茂雄の突然の行動に俺は悲鳴を上げた。

「ふ〜ん、確かに女の子の胸の感触だな…」

と手のひらで感じた感触を確認していた。

「膨らみかけなんだから、もっと優しくさわってよ」

と茂雄に文句を言うと、

「なにが、優しく…だ」

と呆れ顔で答えた。

「それにしても、何でこうなったんだ?」

と訊ねると、俺はコトの経緯を説明した。

「なるほど、つまりトモちゃん(知子)からの

 お土産の貝殻を胸につけたら、

 こういうことになったのか…」

「まぁ、そういうことだけど」

「ふぅ〜ん」

茂雄が俺の身体をしげしげと眺めた後、

「なぁ…」

「ん?」

「お前の腰ってそんなに細かったっけ?」

と言った。

「何ぃ?」

慌てて自分の腰を見ると、

確かに俺の腰は括れていて女性の様に細くなっていた。

また、それどころか肩幅も狭くなり腕も細く白くなっていた。

「?」

突然、茂雄が俺の頭に手を伸ばすと、

プチっ

「痛て…」

髪の毛を引き抜いた。

そして、しばらくその抜いた髪の毛を眺めた後、

「おい、これを見てみろ」

と言って俺に渡した。

渡された髪の毛は鮮やかな緑色をしていた。

「おっ、俺…髪をこんな色に染めた覚えは無いぞ」

と言ったが、茂雄は、

「染めた覚えはない。と言ってもなぁ、

 お前の髪の毛のほとんどはその色になっているぞ」

と呟いた。

「なにっ?」

俺は驚いて立ち上がろうと腰を浮かしたとたん

バランスを崩して倒れた。

「何かのギャグか?」

茂雄が訊ねると、

「こっ、腰と足に力が入らない…」

と腰をさすりながら答えると、

「おっおい、髪の毛のことくらいで腰を抜かすなよ」

と茂雄は言ったが、

俺は力の入らない足に不安を抱きつつも、

「どうしたんだろう…足に全然力が入らない」

そう言っている間にも伸びてきた髪の毛が肩に掛かり始めた。

さらに足の異変を感じた俺は急いでズボンとパンツを下ろした。

「おい、なんのつもりだ、

 俺は男の下半身を見る趣味は無いぞ」

と茂雄が言ったが

「見ろよ…」

と俺は言う

「なっ?」

俺と茂雄の目前で、

俺の2本の足は股間から癒着し始めると

見る見る一本の肉の棒となり、

つま先まで一つになると

今度は花が咲くように大きなヒレが姿を現した。

そして、木の葉が芽生えるがごとく、

朱色の鱗が生えてくると

俺の腰から下は瞬く間に朱色の染まっていった。

「直樹…お前…」

やっと声を出すことができた茂雄の目の前には、

まるで絵本から飛び出してきたような、

翠の髪を腰まで伸ばした一人の人魚が座っていた。



俺はしばらく唖然としていたが、やがて何かを確信すると。

「茂雄…」

と声を掛けた、がその声は鈴の音のような少女の声になっていた。

「悪いが、俺を海まで連れていってくれないか?」

と頼んだ。

「海へ…?」

茂雄が聞き返すと、

「あぁ…海だ…頼む」

と言った。

「海へ…ってまさか」

「何となく判ってきた、俺はもぅここでは暮らしていけない」

茂雄は真顔になって、

「判った、今は人目があるから日が暮れてからにしよう」

「恩に着る」

と俺は答える。

日が落ちて暗くなった頃、俺は彼に担がれて部屋を後にした。目的地は海。


どれくらい走っただろうか、

外から流れ込んでくる風が潮風に変わったのを感じた。

「着いたか…」

俺がそういうと、

「もぅ少しだ」

と茂雄の声。

やがてある所にクルマが止まると、

「よし、着いたぞ」

と言って再び担がれると、

波打ち際まで運ばれそこに下ろされた。

俺はしばらく夜の海を眺めると、

「んじゃ、行って来る。色々迷惑をかけたな」

と俺が言うと、

「どうせ、この近辺の海域に住むんだろう?」

と茂雄が言う、

「まぁ、そうなると思う…」

「じゃぁ、今度の週末トモちゃん連れてくるから、

 ちゃんと出迎えろよ」

「…お前と言う奴は」

「人魚と賜れる水着ギャルの組み合わせ、

 ってそう滅多にはお目にかかれないのでよろしく」

「あっっそぉっ」

「あっそうだ、一つ言い忘れていたけど…、

 ココの沖合って確かこの間、
 
 サメ騒動で大騒ぎになったトコだから、気をつけてなぁ〜」

「ぬわにぃ〜っ」

「んじゃ元気で…」

「あぁ、お前もな…」

そういうと、

俺は這いずりながら海へ向かうと海中へと進んでいった。

今日からこの海の住人だけど…

サメと人魚って相性良かったっけ?



おわり