風祭文庫・モノノケ変身の館






「いしのキオク」
(最終話:ゆめのカナタ)



原作・都立会(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-212





あれから半年の後、

カントー地方の南に浮かぶ島に真新しい研究所が完成していた。

海に面した場所に建つ楕円形をした建物は、

南国によくある平屋建てではあるが、

赤いアーチのある大きな屋根や、

丸い飾り窓など近未来を感じさせる作りであった。

そしてそこでは全国から集められた学者によって

毎日ポケモンの研究が行われるようになった。

だが、そのほとんどは成果が出なかったり、

出ても金銭的な利益を生むような物ではなかったが、

創設者の豊富な資金によって

研究者は自分の調べたいことを心おきなく研究できるのであった。

そしてその中でただ一つ成果が現れていたのは

化石から古代ポケモンを復活させる研究。

古代ポケモンの化石さえあれば

数日で生き返らせることが出来るという

信じられないような研究であったが、

噂を聞きつけたトレーナー達が

全国から毎週のようにカセキを持って研究所を訪れては、

カセキから再生したポケモンを受け取っているのであった。

ただ、その方法については全て極秘で知ろうとする事も許されず、

いつも一人部屋に篭って研究している外国人科学者についても

その過去を知る者は彼を招いた理事長のみ。

その理事長でさえ誰一人顔を見た者はいないのであった。



そんな研究所の横、

隣のポケモン医療施設との間の狭い路地に、

その日も指令書を手にした1人の男が表れた。

黒ずくめの戦闘服に、

青いスーパーボールで統一されたボールを腰につけている。

「なるほどここか。

 あのハルナ様に目をかけられるなんて

 俺もやっとツキが回ってきたぜ。

 誰にも秘密の特別任務、

 しかも珍しいポケモンまで手に入るなんていう事なしだぜ」

そう言って男は周りに人が居ないことを確認すると、

壁についているナンバーキーに指令書に書いてある暗証番号を押した。

すると壁にある隠し扉が開き、

ぽっかりとあいた穴から男は中に入って行く。

中へと入るとすぐに狭い階段があり、

それを上がりきった所にある扉を男は開けると、

狭い部屋の中にパイプイスが置いてあるのが見えた。

「最終審査って書いてあったな。

 ポケモンを一旦預けて、

 質問に答えるだけか」

そう言って男は腰につけていた青いボールをとると、

部屋の壁にある小さな扉のついたボックスの中に入れる。

見るとボックスの向こう側にも扉があり、

隣の部屋からも取り出せるようになっている。

男は自分のポケモンの入ったボールを気にしながらも、

イスに腰掛けると部屋のスピーカーから

“これから最終審査を行う”

との電子音声が聞こえてきた。

質問は簡単であった。

自分にとってポケモンは何であるか、

どう思うか、どのように扱っているか、

ここに呼ばれた者に対する最後の確認であった。

すると先ほどボールを入れた扉の向こうから

甲高いポケモンの鳴き声がしているのが聞こえた。

男にはまるでそのポケモンが彼のポケモンにも

同じ質問をしているように感じられた。

その質問に男は、

ポケモンは人間の手下、

金もうけのできるいい道具、

生命力が強いから乱暴に扱っても大丈夫などと答え、

珍しいポケモンを手に入れるためなら

今連れているポケモンを犠牲にしてもいいとまで言うと

“合格。そのまま待機せよ”

と審査に合格したことを電子音声が告げた。

その結果に男は喜び早く任務を教えろと言って騒いでいたが、

急にその言葉が縺れ始めるとイスに座ったまま眠ってしまった。

すると部屋の扉が開き、

そこからキレイハナを連れたプテラが入ってきた。

そして眠っている男を抱き上げると、

研究所の奥へと連れて行った。

程なくして奥からパアァァンッ…という

何かが砕ける音が部屋に響いてくると、

以前そこを通った者らと同様に

男がその部屋に戻ってくる事は2度となかった。



それからしばらくして、

今度は正面の入り口から1人の少年が研究所に入ってきた。

廊下を進み一番奥の部屋に入ると

「エラーイハカセ〜。

 僕の化石、復活しました?」

と中にいた白衣を着た男に向かって声をかける。

「遅いねー!

 もうカセキ生き返ったよー」

その男は外国なまりで

少年が求めたものが出来ている事を告げると

「本当ですか!

 早くみせて下さい!」

少年は待ちきれない様子で男に催促した。

「コレね。

 受け取るよろし!」

男はモンスターボールを取り出すと、

中のポケモンを机の上に出した。

中から出てきたのは

数日前に少年が研究所に持ってきたポケモンのカセキ、

そのポケモンの生きた姿だった。

「うわ〜、すごい!

 本当にカセキが生き返ったんだ!」

自分が持ってきたカセキから古代ポケモンが復活したことに、

少年は歓喜の声を上げたが

「…あれ?でもハカセ。

 このポケモン全然動かないよ」

怯えた目をしたポケモンの様子に気付くと目の前の男に尋ねた。

「そりゃ今コレ生き返ったところ、

 古代からの長〜い眠りから覚めたばかりアルね。

 だからまだポケモン生き返ったと分かってないアルよ。

 ここで生き返ったポケモンみんなそうね。

 …そうそう、

 あとこれは私からのプレゼントね」

白衣の男は机の上のポケモンを見ながら言いなれた説明をすると、

青色のボールを取り出して少年に手渡した。

「何ですか?

 スーパーボールですけど…」

「生き返ったポケモン、

 研究所のポケモンと仲良くなって

 何だか離れたくないみたいね。

 だからこのポケモンもつれていって、

 そして一緒に遊ばせるよろし。

 そのポケモン、

 古代ポケモンに色々教える。

 古代ポケモン、

 そのポケモンに色々教えてもらって

 今の時代にすぐに慣れて元気に動き回るアルよ」

白衣の男はまた言いなれた説明をすると、

机の上のポケモンをボールに戻し、

少年に差し出した。

「うん分かった!

 ありがとうハカセ、

 大事に育てるよ」

少年モンスターボールを受け取ると、

白衣の男に礼を言って研究室を出て行った。

外に出ると研究所の出口のすぐ横に、

島の子供たちが集まっているのが見えた。

その中心にいるのは大きな翼を持つ灰色のポケモン。

大昔に絶滅したが自分が今もらったポケモンと同じように

カセキから復活したプテラというポケモンであった。

研究員の話によると、

この研究所が出来た時にはすでに復活していたポケモンで、

今はこの研究所の屋上に住んでいる

研究所のマスコットだそうである。

そのプテラが大きな翼を羽ばたかせたり

空に向けて炎を吐いたり元気に動いており、

その度に周りの子供たちから歓声が上がっている。

少年が遠くから見ていると

プテラはちらっと自分の方を見た。

するとプテラは鋭く1声鳴き、

翼を大きくはばたかせると

土ぼこりを上げながら空へと舞い上り、

研究所の屋上へと帰っていった。

「すごいな〜。

 おまえも早く元気になれよ。

 そしたらしっかり育てて、

 強くしてやるからな」

持っているボールに向かって少年はそう言うと、

故郷へ帰るため船着場へと歩いていった。



「今日も生き返ったポケモン、

 ちゃんと渡したよ。

 カセキからポケモン出来るなんて

 ホントすごいアルよ」

少年が船着場に着いた頃、

研究所では屋上から中に入ったポケモンが、

灰色の太い足の真下の部屋にいる

白衣の男からの報告を受けていた。

「あと今日ホウエンのカセキマニアいう

 トレーナーからカセキ届いたよ。

 水のポケモンのカセキ4つアルよ。

 今からそっち送るね」

今日の仕事を終えた事を伝えたその男は

また化石が届いたことを報告すると、

部屋の隅の小さなエレベーターに4つのカセキを置くとその扉を閉めた。

するとエレベーターは道具の転送を思わせる音を立ながら動き出すと、

高級マンションのような造りの部屋に上がって来た。

中のカセキを確認するとそのポケモンは、

“ご苦労。

 だがここからは極秘機密。

 分かっていると思うが妙な詮索は禁止する”

と翼の太い指を使ってパソコンのキーを打って男に釘を刺した。

「いやいや、ワタシこの仕事好きネ。

 ハカセのフリしてるだけで沢山おカネもらえるし、

 色んな人にお礼言ってもらえるね。

 クニの家族も感謝感謝よ。

 こんなオシゴトできるなんて夢みたい、

 これからも続けたいアルよ。

 だから何も聞こうとは思わないね」

目の前のモニターに出た指示を見た男は

部屋のスピーカーに繋がるマイクの先でそう言っている。

男の答えに『関心、関心』と

大きな口の中で呟くとそのポケモンは

“よろしい。

 ではこのカセキも復活次第送るので、

 そちらに届いたらトレーナーに連絡するように”

と打つと白衣の男はすかさず

「了解!」

と答えたのでプテラはパソコンの通信を切った。

すると下の部屋を映す隠しカメラには、

部屋の隅にあるベッドに男がやる気無くごろんと横になるのが見えた。

『フフ、また一つ完了ね。

 さぁて、

 この化石には誰を使おうかしら』

プテラがエレベーターで運ばれて来たカセキの一つを手にとって言う。

この部屋は彼女が今住んでいる場所。

そう、ここはプテラが手に入れたあの資産で建てた研究所であった。

彼女が今いるのは

その存在を知らない数多くの研究員が働く研究室の並ぶ1階のすぐ上、

特別な3ヶ所の入り口からしか入れないこの研究所の2階部分であった。

そして下にいる男もプテラの研究の真実を隠すために雇っている者で、

この研究所ができた時にプテラの親友のアオバが連れて来たの男であった。

外国生まれなのと詳しい研究の内容には無関心なのがちょうどよく、

当然研究内容も教えずにやってくるトレーナーからカセキを受け取り、

そして復活した古代ポケモンを渡す役目をさせている。

そして彼の元にカセキが送られてくる度に、

プテラは組織の中から特にポケモンに残酷な者を選んでは

密かにハルナの名前を使って呼び出し、

研究の材料にして古代ポケモンを復活させているのであった。



今日も下から運ばれてきた4つの化石を手提げ鞄に入れると

プテラは部屋のドアを開けた。

すると廊下に手に鋭いカマを持つこうらポケモン、

カブトプスがプテラの出てくるのを待っていた。

『お姉ちゃん…』

カブトプスがプテラに声をかけると

『セッちゃん!

 どうしたの?』

プテラはハッとカブトプスの方を向いて答えた。

彼女、セツコはプテラの実の妹だが、

人間だった彼女をプテラは妹にまた会いたい、

また一緒に暮らしたいその一心でカブトに変えたのだった。

しかし何も知らずにポケモンにされたセツコに

姉の気持ちを受け入れられるわけがなく、

彼女に同情したカメール共に研究所を飛び出したのであった。

それ以来ずっと同じ高原の湖の対岸同士で暮らしてはいるが、

絶縁状態がずっと続いていた。

だが、この新しい研究所が完成しそこに移ることになった時、

1人高原に置いていくのはあまりにも心配なので、

アオバを通じて何としても一緒に来てほしいと頼んだのであった。

アオバがどのように説得したのか分からないが、

最後はセツコ自ら一緒に行きたいと言ったのである。

そして自分もアオバみたいに進化したいと言い、

アオバ指導のもとカブトプスに進化した後、

この研究所に来たのであった。

そしてこの研究所の彼女用に作った部屋で暮らすようにはなったが、

こでも何となく互いに避けるような感じで

今まで言葉を交わすことは無かった。

その妹が初めて声をかけてきたのである。

セツコはうつむき加減で何かを言いたい事があるのに

それが言い出せないのかもじもじしている。

プテラは妹が話出すのをじっと待っていると、

しばらくしてセツコはプテラが持った手提げ鞄に目をやると、

『また化石届いたんだ…。

 また再生させるんだね…』

と視線を鞄に落としたまま静かに姉に聞いた。

『えぇ…、

 これが私の研究だからね』

プテラはやんわりと言った。

セツコが自分の研究を良く思っていないのは分かっている。

こっちに来てようやく落ち着いて自分と話そうと思ってくれたのだが、

当然妹が言おうとしている事も予想がついた。

それでもポケモンになって以来、

初めてまともに話せる機会である。

たとえどんな事を言われようとも

しっかりと話がしたいと思うのであった。

『あのね、お姉ちゃん…。

 お姉ちゃんの研究、

 人間をポケモンにしちゃう研究、

 私やっぱり怖んだよ。

 だけどね……』

とセツコは下を向いたまま言った。

だがすぐに少し強い口調で

『……だけどね、

 そんなことが出来るお姉ちゃんはやっぱりすごいと思うの。

 それにお姉ちゃん、

 わざわざ悪い人たちを呼んで使ってるよね。

 ちゃんと使う前に確認してるし、

 一緒に来たポケモン達に聞いても

 本当にみんな酷い人ばっかり。

 それにその人たちのことも考えて、

 知ってるポケモンも一緒に連れて行ってあげてるし…。

 怖い研究だけどお姉ちゃんはそれを正しく使ってると思うの』

と自分自身に言い聞かせるようにセツコが言った。

『セッちゃん…』

セツコが自分の研究を完全に納得していない事はプテラにも分かっている。

それに組織の人間を使っているのは

居なくなっても気付かれにくい人間だからであり、

連れてきたポケモンを一緒に渡しているのは

彼らが元々は人間だと気付かれないように

見張ってもらうためでもあった。

それでもたとえ後付けの理由であっても、

何とかして姉の研究を理解し、

そしてポケモンとなった姉を受け入れようとしている妹の言葉に、

プテラは胸に熱いものがこみ上げてくるのを感じた。

セツコはそれから一呼吸置くと

『だからお姉ちゃんは立派な人だと思うの。

 だからっていうわけじゃないけど、

 そんな尊敬できるお姉ちゃんと私、

 これからも……』

と言葉を選びながら言っていたが、

突然ブンブンと頭を大きく横に振ると、

『違う!

 そんなの関係ない!

 お姉ちゃんはお姉ちゃん。

 私のたった一人のお姉ちゃんだから。

 どんな研究しててもどんな姿になっても関係ない!

 私のお姉ちゃんだから。

 だからこれからも仲良くしたいの。

 私…、

 私…、

 お姉ちゃ…、

 ずっと…』

と両手のカマで頭を押さえながら半ば叫ぶように言った。

その声が途中からは気持ちの高ぶってしまった為か、

カブトプスの鳴き声から言葉になってこない。

しかしたとえ言葉になっていなくても、

プテラにはセツコの言おうとしている事、

彼女の気持ちはもう十分すぎるほど伝わっていた。

プテラは持っていた鞄を廊下に落とすように置くと

『セッちゃん…』

翼の中ほどの手でセツコの肩を掴み、

自分の胸にセツコを引き寄せた。

そして大きな翼でカブトプスの体を包むように抱くと、

『お姉ちゃん…』

セツコも大きなカマのついた両腕を姉の体に回して

姉の体をぎゅっと抱きしめた。

プテラとカブトプス、

岩の様に硬い体だが体温は感じることができる。

姉と妹、

お互いの温もりを感じながら

2人はそれを確かめるようにしばらく抱き合っていた。



『セッちゃん、

 どう?

 体の調子は?』

短いとも永いとも思える時間の後、

プテラ翼の包みの中からセツコを出して聞くと

『うん、とってもいいよ。

 ポケモンの体って強いんだから。

 アレルギーも花粉症もないし、

 あれから風邪だってひいてないんだから。

 それに今のこの大きな体だったら何でも出来るから。

 …カブトになって何が辛かったって私、

 自分では何も出来ないのが一番辛かったの。

 きっと進化できなかったら私、

 今でも湖の底で毎日じっとしていることしか出来なかったと思うの。

 でも今は違うの。

 カブトプスって手はこんなだから前と全く同じとはいかないけど、

 それでも今まで出来なかった事が

 何でも出来るようになったんだから』

中から出てきた妹は姉を見上げるなり

息継ぎもせずにものすごい勢いで言った。

セツコのその弾けるような明るさに

『ちょ、ちょっとセッちゃん落ち着いて。

 本当に大丈夫?

 ムリしなくていいから、

 イヤならちゃんと言ってちょうだい』

とプテラは逆に心配になって聞いた。

その姉の言葉にセツコは軽く頭を振ると

『そんな事ないよ。

 カブトプスになったから

 水の中も平気だから毎日何時間も泳いでいられるし、

 ポケモン達とお話するのなんか人間じゃ考えられなかったもん。

 こんなの生活も悪くは無いって思うようになったの。

 それにこうやってお姉ちゃんとも話が出来るんだし、

 タールちゃんともポケモンになったから一緒になれたんだから』

とにっこり笑って見せた。

ずっと仲違いしてきた姉と打ち解けあえて、

今まで言えなかった事を全部言うことができて、

セツコの目はきらきらと輝いている。

『そう、それならいいんだけど…。

 でも何かあったら言ってちょうだいよ。

 何だったら高原にいるセッちゃんの子供も

 連れてきて来てもいいのよ』

妹の様子に少し安心にながらも、

プテラはセツコに聞いたが

『ううん、

 もうあの子たちは野生のポケモンだから。

 あの高原で生まれて育ったんだから、

 あっちで暮らした方が幸せだもん。

 だからあの子たちの事はそっとしてあげて』

とセツコはわずかに声を落として言った。

『分かったわ。

 あっちは大丈夫よ、

 誰にも見つからないように見張りついているから。

 あぁ、あと何か欲しいものがあったら言って。

 今お姉ちゃんびっくりするほどお金持ちなんだから。

 なんでも買ってあげるわよ』

それでも出来るだけの事をしてあげたくてプテラは言ったが、

セツコはまた頭を振ると、

『ううん、

 欲しいものなんて何にもない。

 お姉ちゃんやタールちゃんがいるから淋しくないし、

 今は毎日が楽しいから何にもいらないの』

と言ってまた断ったが、

すぐ何か思いつくと

『…あ、

 でもこの前くれたロメの実ジュース。

 すっごく美味しかったから、

 あれはまた欲しいかも…』

と言って上目づかいに姉を見上げた。

 それは昔妹がおやつ等をおねだりする時に見せた仕草、

 それに寸分も違わぬものであった。

『もちろんよ。

 すぐ注文するから。

 …よかった。

 セッちゃん…』

そう言ってプテラは翼の軟らかい部分でセツコの平らな頭を撫でた。

セツコの言った通りカブトプスになっても妹は妹、

姿は変われど目の前にいるのは妹のセツコ。

数年ぶりに見たセツコの仕草を見て、

プテラはやっと妹が帰ってきてくれたと思う事が出来た。

目をつぶってプテラの羽の軟らかさを感じていたセツコは

プテラが手をどけると姉の顔を見て、

『ありがとう、お姉ちゃん。

 それじゃぁ、

 ちょっと泳ぎに行ってくるね。

 タールちゃん先に行ってから』

と言って海中に続く水ポケモン用の出口へと走り出した。

『いってらっしゃい。

 …でも気をつけてね。

 海の中は何かあっても私じゃ助けに行けないから』

プテラは昔一人で遊びに行く時に言ったように

後ろから声をかけると、

『大丈夫よ。

 私水ポケモンなのよ。

 水の中の方が動きやすいぐらいなんだもん。

 それに私泳ぐのとっても速いんだから。

 そりゃアオバさんほどじゃないけどね』

と立ち止まって笑った。

その瞬間セツコは何か思い出すと、

『あ、そうそう。

 アオバさん帰ってるよ。

 自分の部屋にいるから終わったら呼んでって』

とプテラにもう一人の住人が戻ってきた事を伝えた。

『分かったわ。

 私が行くからセッちゃんは早くいってあげなさい。

 タール君が待ってるわよ』

『は〜い、

 行ってきま〜す!』

プテラが微笑みながら言うと、

カブトプスは元気いっぱいに答え、

弾むような足取りスロープを駆け下りていった。



セツコを見送ったプテラは一人、

『はぁ…』と息を吐いた。

その目には光るものがあふれ出ている。

妹の前では見せられないので顔に出すのを我慢していたが、

セツコの姿が見えなくなった途端に

湧き出るように流れ出したのであった。

それだけセツコと仲直りできた事、

そして彼女の言ってくれた言葉に救われた気持ちだった。

しかしこのまま彼女との会うわけはいかないので

しばらくじっと気持ちが落ち着くのを待つと、

廊下に置いた化石の入った手提げ鞄を持ち、

隣の部屋のドアをノックした。

すると中から返事があったので

『お帰りなさいアオバさん』

とプテラはドアを開けると同時に

笑顔を作って中にいたポケモンに声をかけた。

『お疲れ様です理事長。

 どうですか新しい研究所は?』

中にいたポケモンはプテラを見るなり、

役職の名で聞いた。

それで心の中まで完全に落ち着いたプテラは

『やっぱりいいわね大きな研究所って。

 それにさすが組織御用達の建築業者ね。

 すっごく頑丈に造ってくれて、

 私が歩き回っても全然下に響かないから、

 研究も生活も何気兼ねなくできるわ。

 それにこの島も最高よ。

 高原のひんやりとした風も悪くはなかったけど、

 やっぱり古代ポケモンには

 南国の暖かい風の方がお肌にも合っているみたいね』

と部屋の中でその大きな翼をいっぱいに広げながら言った。

『それほどまでに気に入っていただけるとは大変光栄です。

 先ほども地元の子らと遊ばれてるのを見ましたよ。

 子供好きだ何て、知りませんでした』

そう言ってアオバは部屋に唯一ある窓に目をやった。

世間には飾り窓と思われている楕円形の窓からは研究所の正面の広場が見え、

さっきまでいた子供たちの代わりに

今は研究助の科学者数人が立ち話をしている。

『ちょっと前までは子供なんて邪魔としか思わなかったけど、

 やっぱり母親になると人間変わるものね。

 本当に可愛い子たちよ。

 いっそプテラの養子にしたいぐらい』

とプテラも微笑みながら言ので

『それって本気ですか?』

アオバは眉をひそめて聞いた。

それにプテラは

『もちろん冗談よ。

 研究に使うのは本当にこの世から居なくなってほしいヤツだけよ』

別に慌てる様子も無く答えると

『しかしその為にこれだけ研究者を集めるだなんて

 かなり太っ腹ですね。

 かなり経費もかかるのではないですか』

プテラの答えにほっと胸を撫で下ろすと

アオバは外にいる研究者を見て言った。

彼らを雇っている一番の目的はここの本当の研究、

化石の研究をカモフラージュするためであった。

『経営についてはご心配無く。

 ちょうど今ある権利とかから入ってくる利益でまかないきれるから。

 それに昔、

 こんな所が在ればいいなと思ってたから。

 何の抑束もなく研究者が自由にポケモンの研究のできる場所…。

 もし前からここがあったら私も組織になんて入らなかったでしょうし。

 …何だかまた夢が叶ったみたいね』

プテラも外で楽しげに話をしている研究員たちを見て言った。

『それはおめでとうございます。

 理事長の研究の方も順調なようですね。

 ただターゲットが連れてきたポケモンを

 理事長が裏の廃墟に放すものですから、

 最近ラッタや毒ポケモンが増えて大変だって

 親戚がぼやきメール送って来ましたよ。

 …あぁ、任務報告が遅れました。

 先に高原の方の報告からいたします。

 今の所は問題ないですね、

 もうすっかり古代の湖って感じです。

 娘たちがとても頑張ってるようで森ではプテラ、
 
 湖ではアノプス、カブト、オムナイト、

 それぞれ順調に個体数を伸ばしています。

 どうですかたまにはお孫さんの顔でも見に行かれては?』

アーマルドは行ってきたばかりの高原の様子を報告した。

研究のためにプテラが島を離れられないので、

高原の事は時々アオバに見に行ってもらっているのであった。

『いやねぇ、

 そんな老人みたいな事言わないでよ。

 それに孫と言っても野生のプテラ、

 人間の孫とは違ってもう他人みたいなものだから』

『そうですね。

 あとはリリーラだけですが、

 ハルナ様のご様子はどうですか?』

アオバは研究所のそばの海底にいるハルナの事を聞いた。

さっき研究所に帰って着た時に会ってはいたのだが、

向こうは何も話そうとはしなかったのである。

『やっぱり美人だけあってお目が高いのね。

 毎日何匹ものメノクラゲからの

 熱烈なプロポーズを受けているみたいだけど、

 全部断っているみたい…。

 でも野生ポケモンを相手にいつまで持つかしらね』

プテラがニッと笑って言うと、

アオバも『ふふっ』と笑って頷くと

『まぁ春になったらハルナ様も気が変わるでしょう。

 それと見張りに残してきたピジョットもよくやってますね。

 カイリューとはいいコンビです』

と続けて目の前にいるポケモンの

家族の様子についても報告した。

『“がんばりや”と“まじめ”だから気が合うのねきっと』

『でも本当に良かったのですか?

 大事な旦那様を置いてきたりして』

『ちょっと研究のやり残しを見つけてね、

 タマゴ技の研究をしようと思ったの。

 でもいくら何でも彼の前で

 他のポケモンと仲良くするなんて出来ないから…。

 だから彼には娘達のお守りをお願いして、

 あっちに残ってもらったのよ』

プテラはわずかに膨らんだお腹を摩りながら言った。

『なるほど、

 別居中に浮気ってわけですね。

 旦那様もおかわいそうに…』

とアオバがひっそりとして口調で言うので、

プテラは横に手を振ると

『そんなんじゃないわよ、

 これはあくまで研究のため。

 私が本当に愛してるのはピジョットだけよ。

 それとミキさんはどうだった?

 あっちに置いてきちゃったけど』

と高原に残してきたムナイトの事を聞いた。

彼女もこの研究所が出来た時に一緒に連れてこようとしたのだが、

アオバの説得にも応じずに高原の研究所に留まったのであった。

『お元気でしたよ。

 むしろあなたが居なくなって清々したようです。

 それに唯一残った元人間という事で、

 他のポケモンにかなりちやほやされてますね。

 多くの家来を抱える湖の女王様って感じですね。

 本人もまんざらでもないご様子です』

『それなら心配いらないわね。

 まぁ何かあったらカイリューが飛んで来るでしょう』

アオバの報告にプテラは満足そうに言った。



『高原の方はこのぐらいとして、

 ちょっとニュースがあります』

任務の報告を終えるとアオバは

急に改まった感じで言ってきた。

『ニュースってどんな?

 いいニュース?

 悪いニュース?』

そのただならぬ様子にプテラも何事といた感じで聞く。

『どんなというと…、

 とんでもないニュースですね』

『いいわ、

 もったいぶらずに言ってちょうだい』

プテラが言うと、

アオバは一呼吸おいてから

『それでは報告します。

 ホウエン地方の企業が化石から古代ポケモンを

 復活させるのに成功したそうです』

とまるで自分がそうすると宣言するように言った。

『ちょっとちょっと待ってよ、

 それ私の研究じゃないの、

 どういうこと?』

プテラもその内容に面食らって聞くと

『資料によると理論も機器類の配置も同じです。

 明らかに組織の誰かが売ったとしか考えられません』

アオバは印刷した紙の束を持って言った。

『成功したって事は、

 まさか材料まで同じってことは無いでしょうね』

とプテラは眉をひそめて聞いた。

組織の誰かに売られたと言うことよりも

そっちの方が様々な意味で最も問題となる部分だからである。

『いえ、何でもポケモンのタマゴを使ってるようですよ。

 独自の研究の成果だそうです』

とアオバは資料を見ながらいうと、

今度はプテラがほっと安堵のため息をついた。

『それを聞いて安心したわ。

 そう、タマゴって手もあったわね。

 今まで気付かなかったわ。

 自分ではもう何個も作ってるのに可笑しいわね。

 …まぁいいわ、

 本格的に実用化したと考えておきましょう』

と言ってアオバあから資料を受け取った。

『あれ?

 本当にいいのですか?

 ご自分の研究成果が盗まれたのですよ。

 誰がやったのだとか調べなくていいのですか?』

プテラのその無関心さに逆にアオバの方が気になって聞いてみると

『いいんじゃない。

 これでこっちの研究もそうだと言えるのだし、

 本当の事を知られる危険性が減ったと思えば悪くはないわよ。

 それに組織の大切な情報を売るだなんて

 どうせ大したヤツじゃないでしょうから

 そのうち研究材料の順番が回ってくるわよ』

と言って怒る様子もなく資料を見ている。

『そうですね。

 それなら安心しました。

 また犯人探しとかになったら

 自分の出番かなと思ったのですが』

『私は自分の研究を使ってもらって

 しかも表立って使えるようにまでしてくれて

 逆に嬉しいぐらいよ』

と資料から目を上げたプテラの笑っている顔を見て

『理事長…、

 何だか変わりましたね』

とアオバはと言った。

『そう?自分ではそうとは思わないけど…、

 どんな感じに?』

アオバにそう指摘されたプテラは

少しきょとんとした顔になってアーマルドに聞いた。

『高原にいた頃は何かに追われているというか、

 いつも余計な力が入っているようでしたが、

 今はそれが抜けてとても自然な感じですよ』

アオバはそのプテラの顔を見ながら

率直に感じた印象を言った。

その答えにプテラは『ふぅん…』と頷くと

『そうね…、

 全部終わってすっきりしたからかもしれないわね。

 研究も前は絶対しなくちゃいけないと思ってやってたけど、

 今は本当に好きでやっているからかしらね』

と言って資料を置くと、

持ってきた手提げ鞄をアオバに見せるように上げた。 

『また届いたようですね。

 今日はどの化石ですか?』

『今日は多いわよ。

 かいにこうらにツメにねっこ、

 海の化石のセットね。

 またハルナ様のご命令で呼ぼうと思うんだけど

誰がいいかしら?』

『化石4つなら、

 あの四兄弟なんてどうでしょうか?

 仲がいいのと非道な事で有名ですし、

 4人一緒なら寂しくないでしょう』

『名案ね。

 それじゃ早速呼びましょうか。

 またメンバーが減っちゃって、

 組織も大変ね』

そうわざと申し訳ないように言うプテラに

『そうですよ、

 今発見されている化石は5種類でも、

 それが無数に発掘されているのですから。

 組織全員をポケモンにするおつもりですか?』

とアーマルドはこれからの事が気になって聞いた。

『それはないわよ。

 高原では私たちの子孫が育っていってるし、

 こっちでももう何匹も再生しているのよ。

 もうポケモンブリーダーの手にも渡っているのだから

 再生させたヤツとメタモンと掛け合わせるでしょうから、

 すぐに化石ポケモンなんて珍しくなくなるわよ。

 だからそう遠くない内に、

 この研究も必要なくなる時がくるわよ』

とプテラ鞄の中の化石を手にとってさらっと言った。

『そうでしょうか?

 人間ってのは人が持っているものほど欲しがりますからね。

 化石の無くならない限り

 再生してくれって言う者が出てくると思いますがね』

と言うア−マルドの鳴き声聞きながら

プテラは部屋の楕円形の窓から研究所の前の広場を見た。

各地から化石を持ってきて、

そして研究で再生した化石ポケモンを

持って帰るトレーナーが通る広場。

今はだれもおらず、

眩しい南の太陽がさんさんと降り注いでいる。

『それに同業者もできたのよ、

 それも街中にあるもっとまともな所がね。

 だからここはすぐに忘れられるわよ。

 そうなったらここは人間とポケモンが

 より良い関係でいられるための研究をする場所…、

 そうなってほしいわ。

 …それにしてもいい天気ね。

 あなたも海ばかりじゃなくて、

 たまには空にも行ってみない?』

その広場を前に建っている研究所の人知れずある2階では

アーマルドを空の散歩に誘うプテラの姿があった。

その視線の先には青い海、

その中ではカブトプスとカメールが

他の海のポケモン達に混じって元気に泳ぎ回っており、

近くの岩陰では1匹のリリーラが静かに揺れている。

さらに遠く離れた高原の湖では

オムナイトが従えたポケモンたちに命令を出しており、

その周りにはたくさんの彼女たちの子供たちが

それぞれの営みを歩んでいる。

そして全国各地では姿をポケモンへと変えられて

初めて自分の過去の行いを悔やんでいる者達が、

それでも懸命に生きながら彼らのトレーナーや他のポケモンらと共に

新たなドラマを繰り広げている。



そんな世界の中の小さな島の研究所、

屋上にアーマルドを連れて上がったプテラが大きく一声鳴いた。



『それじゃ、組織の人間が居なくなるのと

 再生してほしいと言ってくるトレーナーが居なくなるのと

 どっちが先かまた賭けてみる?』



おわり



この作品は都立会さんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。