風祭文庫・モノノケ変身の館






「いしのキオク」
(第9話:ねっこのカセキ)



原作・都立会(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-211





西の空から降り注ぐ赤い陽の光の中、

アーマルドの運転する車は研究所に到着した。

車から降りたアーマルドが持っていたモンスターボールを空中に投げると、

中からプテラが地面の上に現れる。

ボールから出たプテラは自分の体を見ながらその場で少し体を動かすと、

森へと帰るキレイハナを見送っていたアーマルドに声をかけた。

そしてアーマルドと2、3言鳴き声を交わした後、

車のトランクを開け中から1人の女性を抱き上げると、

壁に開いた穴から研究所に入って行った。

薄暗い部屋の中、

所狭しと並んでいる機械類の間をプテラは進んでいき、

ガラスで出来た大きなカプセルの前にたどり着くと

その蓋をあけ軽く寝息を立てている女性をカプセルの中にそっと寝かせる。

そしてカプセルの蓋を閉めるとそのポケモンは

部屋中の機械のスイッチを入れていった。

低い唸り声や色鮮やかな光を出して動き出す機器類の中で、

プテラは最後にパソコンを起動させると、

古いロッカーに入れてあった最後の化石、

“ねっこのカセキ”を取り出した。

カプセルの中に横たわる女性をバックにプテラは

しばらくその化石を眺めて物思いに耽っていたが、

パソコンの画面上に化石再生プログラムが呼び出されると、

持っていた“ねっこのカセキ”を

機械の端にある一対の放電板の間に乗せる。

そして全ての機器が正常に作動している事を再度確認すると、

キーボードの横にあるスイッチを指で押した。

カプセルの中に緑がかった半透明の液体が流れ込み始める。

液体はカプセルの中を徐々に満たしていき、

中の女の体を次第に抱き上げていく。

キレイハナが“ねむりごな”をよほどきつく嗅がせたらしく、

中の女が目を覚ます様子はない。

そして不気味に目を輝かせながらその時を待つプテラの前で

カプセルの中が液体でいっぱいになると、

ガラスの天井に押されるようにして女の体が液体の中に沈み、

それと同時に両端から電気が流れだした。

ゴボッ!…

電流の衝撃で女の口から空気が吐き出されると共に、

その体は眩いばかりの光に包まれ、

その女性の姿を映した光は急激に形を変えていく。

急速に凝縮されていく胴体と頭、

それ以上の早さで縮まっていく手足。

中でも彼女のウエストは

周りから紐で縛られたスポンジの様に

一瞬でキュッと細く締まると

1本の茎へと変わっていった。

その茎の下、

足を完全に吸収した下半身は

海底で体を支える4つの突起を持った重りのような形に変化し、

頭と胸の区別がなくなった上部は

お椀のような形のモノへと変化してゆく。

その周りからは指が変形して出来た花びらのような8本の触手が

ゆらゆらと揺れながら伸び、

そして1メートルぐらいまで彼女の体が縮まった時である、

パアァァンッ…

という化石が砕け散る音と共に

カプセルの中の光がスゥッと消えた。

そこに姿を現したのは

1億年前に絶滅したウミユリポケモン、

リリーラであった。

体の変化の途中で目が覚めたらしく、

リリーラの頭の上に生えた

触手の中にある2つの目がパチパチと瞬いている。

プテラがカプセルを開けようと近づくと

そのリリーラと目が合った。

『(プテラか…)』

カプセルの中でリリーラが呟くのが聞こえた。

どうやら今液体の中にいる事も

自分がポケモンになった事も

まだ分かっていないようである。

その言葉にプテラはニッと笑うと、

カプセルについているコックを捻った。

とたんにカプセルの底近くに四角い蓋が開き、

中から緑がかった液体が勢い良く流れ出し始めた。

プテラは穴の横で中のポケモンが

流れ出て来るのを待っていたが、

全ての液体が床に落ちてもリリーラは

まだカプセルの中に座っていた。

『いまの何?

 うっ、

 手足が…、

 動かない…』

驚きながらリリーラはカプセルの底で

クネクネと体を動かしている。

その様子をプテラは薄ら笑いを浮かべながら見ていると、

中のリリーラの目が再びプテラの方に向いた。

するとリリーラはいきなり

『…そうだわ、

 そこのにやけ顔のプテラ!

 私をここから出しなさい』

とカプセルの外に向かって命令してきた。

その言葉にプテラの顔から笑みが消えたが、

一呼吸間をおいてから

『いいですよ。

 いま出してあげましょう』

と従順そうに言いながら従うと、

彼女の体を支える下半身を両手で持ち

カプセルから出して隣の机の上に座らせた。

『あらあなた、

 もしかして言葉を喋ることが出来るの?』

プテラと言葉が通じた事にハルナがそう聞くと

『はい、ハルナ様』

プテラは内心笑いをこらえながら短く答えた。

『あら私の事を知ってたの。

 気にいったわ、

 今日から私の物になりなさい。

 あなたのような珍しいポケモン、

 その主人にはこの私がふさわしいわ』

とハルナは言ってくる。

相変わらず傲慢な人だなと思いながらも

『いいですよ、ハルナ様。

 これからずっと一緒に居て差し上げます』

とプテラは答えた。

『それなら話が早いわ。

 それじゃぁプテラ、

 今度は私を縛っている縄を

 外してちょうだい』

ハルナはそう言って体を捻っている。

どうやら今自分は手足を縛られているのだと思っているようである。

プテラは可笑しいの一人我慢しながら

『お言葉ですが、ハルナ様。

 あなた様を縛っている縄なんて

 どこにも見えませんが』

とわざとハルナに顔を近づけて言った。

『ちょっと、

 その鋭い目は節穴なの?

 ほらこの薄汚い縄のことよ。

 はやく取ってちょうだい』

そう言ってリリーラが必死に自分の触手を振っている。

そのあまりにも滑稽な様子にプテラはついに

『フッ!

 ハハハハハ…』

と声を上げて笑ってしまった。

『ダメですよハルナさま。

 それは大事なあなたの触手なんですから。

 取ってしまったらこれから困りますよ』

目に涙まで浮かべて笑うプテラに対し、

『触手だなんて、

 そんな物あるわけないじゃないの。

 ふざけた事言ってると焼き鳥にしてしまうわよ』

とハルナは怪訝そうに言うが、

『火は止めておいた方がいいでしょう。

 草タイプなのですから、

 ご自分が燃えてしまいますよ』

必死に笑いをこらえながらプテラは忠告をした。

『何言ってるの!

 そんな事はお仲間のポケモンにでも言ってなさい』

プテラの理解しがたい発言に声を

荒げているハルナに対し

『はい、

 だから言っているのですよ。

 ウミユリポケモン・リリーラのハルナ様』

そうプテラと言うと、

『え?』

一瞬、ハルナの目が泳いだ。

『…何なの、

 いいかげんにして!

 私は人間、

 あなた達ポケモンのご主人様よ』

それでもハルナは言い返してきたが、

その声は少しばかり覇気がなくなっている。

どうやらやっと何かおかしい事に気がついたようである。

『でも今はもうリリーラというポケモンなんですよ。

 今世界に1匹しかいない
 
 1億年前から復活した美しい花になったのです』

プテラはそう言うとハルナの前に鏡を置いた。

『え…、

 あ…、

 あああ…』

ハルナはそこに映ったリリーラの姿を

小さな声を上げながら見ていたが、

『ウソよ!

 そんなことあってたまるもんですか!

 …!』

と叫ぶと大きく頭を振った。

しかし頭だと思って振ったのはお椀のような形の上半身。

それを細いウエストを曲げて振ったので

ハルナは体の変化を実感してしまう結果となり、

そのショックでハルナは言葉を失った。

『残念ながら、

 あるのですよハルナ様。

 それともこんなものが

 人間の頭に生えているとでも言うのですかね』

と言ってプテラがハルナの頭の触手を摘み上げた。

『ひぃっ!

 イヤ!

 やめて!

 触らないで!』

その途端ハルナが悲鳴をあげた。

プテラに触られたから…、

というより触手が感じる今までに無い

異様な感覚にショックを受けたようである。

『どうです?

 これでもまだ人間だと言えますか?』

触手から手を離しプテラがハルナに尋ねるが、

『違う…、

 私は人間よ…、

 R団幹部のハルナ…、

 ポケモンなんかじゃない…、

 ポケモンは私の命令を聞く…、

 人間の為に存在する物のことよ……』

それでもハルナは下を向いたまま

ぽつりぽつりとそう呟いている。

『いつまでそう言っていられえるでしょうかね。

 それに今のうちにその考えは止めた方がいいですよ。

 今のあなたにその考えを当てはめたらどうなるのか…

 よく考えておくことですね』

プテラにそう言われたハルナだったが、

まるで何も聞こえなかったように

『私は人間…、

 ポケモンであるわけない…、

 ポケモンは人間の下僕…、

 私たち人間の配下…、

 そして私は……』

と何もかも拒絶するかのように、

言い続けている。

『まぁお好きにどうぞ』

机の上で小さく唸るような

すすり泣くようなリリーラの声を残して、

プテラは研究室を出ていった。



プテラは廊下に出ると、

斜め向かいにある部屋のドアを開けた。

そこにはアーマルドが自分のパソコンに向かい、

そのツメでキーボードを打っていた。

『アオバさん、

 そっちはどうなの?』

プテラはアーマルドに声をかけた。

車の中でプテラは研究を見ないかと誘ったのだが、

アオバは帰ったらまだ後始末があるのだと断っていたのである。

『先ほど彼女の護衛と通信したのですが、

 どうやらハルナ幹部は

 自ら姿を消したという事にできそうですね』

アーマルドはパソコンの画面を見ながら言った。

『そんな事できるの』

『はい。

 護衛にとっても目の前で主をさらわれただなんて事、

 不名誉極まりないですからね。

 自分の将来の事を考えろと言ったら、

 皆さん納得していただけました』

驚きの声を上げるプテラに対し、

アオバは得意げに言った。

『さすがはアオバさん。

 あぁちなみに、

 賭けはお流れよ。

 彼女、妹と同じ性格だったわ。

 見た目と技のうつくしさは

 どうやら関係ないみたいね』

プテラは作戦の前にした賭けの結果をアオバに告げた。

しかしアオバはそれにはあまり興味を示さずその代わりに

『そうですか。

 でもそんな賭けなんて、

 もうどうでもいいのです。

 これを見て下さい』

と言って何かの表が映された

パソコンのモニターをプテラの方に向けた。

見てみるとそこには膨大な量の株式や銀行口座、

そして様々な物の権利が並んでいた。

『何なのこれ?

 すごい額だけど…』

その天文学的な金額に目を丸くするプテラに対し、

『ハルナ様の個人資産、

 …というよりは隠し財産ですね。

 いくら幹部だからといって、

 これは給料だけではないですね。

 よほど今まで幹部の権限などを使って、

 色々と誤魔化していたのでしょう。

 これは正直予想以上です』

アオバはその出所を冷静に分析しながらも、

彼女自身も内心かなり驚いているようであった。

『予想って?』

と聞くプテラに

『今度のターゲットがハルナ様だと聞いたので

 私も作戦に参加させていただいたのですが、

 私は彼女自身よりも噂に聞いていた

 この資産の方に興味が湧きまして…。

 だからこそ彼女は誰かに捕まったとかではなく、

 闇に消えたという形にしたのです。

 身分証等は全てハルナ様が持っていましたし、

 そこから暗証番号なども全て解析できましたので、

 もうこの資産は私の好きに動かす事ができます。

 あなたが居てくれたおかげで

 楽に手に入れることができましたよ』

とアオバは話した。

『それはどういたしまして。

 …そうだったの。

 てっきり作戦と聞いて諜報部員の血が

 騒いだのかと思ってたわ』

『まぁそれも否定はしませんが、

 プロは利益の出ない仕事はしないものです。

 ちょっと将来の為の備えが欲しかったので、

 ご本人と一緒に頂いておきました』

とアオバが画面から顔を上げて言った。

『将来の為のって、

 ポケモンなのに?』

アオバの人間じみたその考え方に

初めは軽く笑って言ったプテラだったが、

『体はポケモンでも中身は人間ですから。

 私も、…あなたもです』

とアーマルドがプテラの目を見てそう言うと

急にプテラの顔から表情が消え、

何も言わずその目を自分の手へとやった。

自らの研究によりプテラのなった彼女は

研究の時こそ科学者に戻ってはいたが、

それ以外の時はポケモンらしい生活をするように努めてきた。

それにはプテラの肉体を知る為というのもあったが

プテラはプテラの暮らし方、

その方がポケモンになった自分にとっては

自然な姿なのだと考えたからであった。

しかし今のアオバの言葉に、

彼女の心の奥に隠してあった人としての何かを

引っ張り出されたような気持ちだった。

自分はいったい何なのか、

本当はどのように生きて行きたいのか、

大きな翼の中にある灰色の手を見つめじっと考えている。

そんなプテラの様子を見たアオバは

一人うんうんと頷くと、

『…ということで、

 共同作戦で得られた利益は等配分が基本です。

 …これだけどうぞ』

とプテラに声をかけると

パソコンを操作して表の半分を別に移すと

その合計金額を出して見せた。

『え、私に?

 しかもこんなに?』

突然のアオバからの申し出にプテラは驚いて言うと、

『はい、当然ですよ。

 どうぞ貰ってください。

 三流はこういう時、

 出し渋ったりするから失敗するのです。

 それに私も予定の何倍も頂いてますので

 どうぞご自由に使ってください』

とアオバは笑って言った。

『それじゃ遠慮無く頂いておくわね。

 …でも何だか悔しいわね。

 人間だったら好きな所へ行って

 いろんな物帰るのに…。

 これだけお金があっても

 ポケモンじゃ何も出来ないわね』

そう上ずっていた声をわずかに落としていうプテラに

『そんなことはないですよ。

 これだけあるからこそ出来る事もあります。

 ちなみに今日研究を完成されたそうですが、

 今後何をするおつもりですか?』

とアオバは聞いた。

『そうねぇ…。

 研究が終わった後は、

 普通は実用化になるのでしょうけど、

 この内容じゃ世間はおろか

 組織にも発表できそうにないし……』

プテラはゆっくりとした口調で

しばらく考えながら話していたが、

『……でもこれだけあったら

 新しい研究所を作る事もできるわね』

とアオバに聞いた。

『この研究所なら10軒は建ちますね』

アオバが笑って言うと、

『それならもっと大きなのも作れるわね。

 この研究所ももう古いから

 これからはもっと綺麗な所に住みたいし、

 野生ポケモンとして生活のも

 そろそろ飽きてきたところだし……』

そう言ってプテラはまたしばらく考えていたが

『……ねぇ、

 こういうのはどうかしら』

と言ってプテラは考えついた計画をアオバに話した。

『いい考えですね。

 その話、

 私も乗せてもらっても構いませんか?』

プテラの計画を聞いたアオバが申し出ると、

『ええもちろんよ。

 アオバさんがいるなんて

 これほど心強いことはないわ。

 それより場所はどこにいいかしら…。

 ここじゃ誰も着てくれないし、

 そうかと言って人が多い街中は止めといた方がいいわね』

とプテラも喜んで彼女を迎えた。

『それならココはどうでしょう?

 私の親戚が住んでいるのですが、

 暖かくて綺麗ないい所です。

 何より海に囲まれていますから、

 私たちにはぴったりの場所ですよ』

任務で様々な所に行ってきたアオバは

カントー地方の地図をパソコンに出し、

その一箇所をツメで示すと

『いいわね。

 そうね、そこにしましょう。

 ハルナ様の旦那様も見つけてあげないといけないし』

プテラもすぐに賛成し部屋の窓

その場所がある方向に目を向けた。

外は日もすっかり暮れ、

闇夜の下の高原はすでに眠りにつき

今日も夜の静寂に包まれている。

しかし研究所からそこに漏れてくる

『ここなら沢山いますよ、

 ハルナ様好みの強くて野性的なのが。

 正に選り取り見取りですよ』

唸るような鳴き声と

『まぁ選り取り見取りだなんて、

 ハルナ様何て羨ましい』

切り裂くような鳴き声。

明かりの灯る湖畔の研究所ではその夜、

2匹ポケモンの楽しげに話し合う鳴き声は一晩中やむ事はなかった。



つづく



この作品は都立会さんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。