風祭文庫・モノノケ変身の館






「いしのキオク」
(第7話:ひみつのカイワ)



原作・都立会(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-209





とある高原、とある湖のそばに

今にも朽ち果ててしまいそうな建物があった。

いまそこに住んでいるのは十匹ほどのポケモン達だけであり、

人間は1人もいない。

だがその中の数匹のポケモンはかつて人間だった者達だった…



その中の1匹、

ここの長であるプテラは

1つの化石を前にしてずっと悩んでいた。

『最後の1つは彼女以外に考えられない。

 ただ……』

そう言って思考をめぐらしながら

プテラは手に持ったペンで紙に何やら書き入れている。

それは“彼女”を、

次の研究材料を手に入れるための計画書。

いままで3回新たな化石ポケモンの再生を考える度に作ってきたが、

だが、今回は困難を極めていた。

何しろ相手が大物すぎる。

前回でも危うく失敗しかけたのに、

今回はさらに難しいものとなるということは

容易に予想することができた。

それでも試行錯誤を繰り返し、

何とか計画が形になってきた時である。

『それでは100%失敗しますね』

プテラの頭上から突然声をかけたポケモンがいた。

プテラが驚いて見上げると

2本の爪と8枚の硬い羽を持ったポケモンが

横の機械の上に潜んでいた。

彼女の種族はアノプス、

名はアオバ。

研究所に住むもう1匹の“元人間”である。

『びっくりした。

 アオバさん、
 
 いつのからそこに?』

機械を見上げながらそう言うプテラをよそに

アノプスは爪を器用に使って机の上に降りてくると

『気配を消して近づいただけです。

 それにこの体なら狭い所にも入れますから』

と言い、

プテラが書いていた計画書の上に乗って爪で指差すと

『まず護衛の存在が考慮に入っていません。

 それに彼女がここに来る時に必ずヘリを使うでしょうから
 
 そこに武器やポケモンも多数積んでくるはずです。
 
 運良く彼女は捕まえられたとしてもすぐに攻撃されて、
 
 その後研究を続けるのは不可能です』

とアノプスは指摘した。

元諜報部員の冷静かつ的確な分析に、

『さすがね、アオバさん。

 そうね幹部クラスには護衛…、
 
 特に彼女は何人も連れてたわね』

プテラも自分の計画を貶されたことより

アオバに意見に感心して言うと、

『ねぇそれならアオバさんだったら、

 もっといい作戦作れるの?』

と逆に目の前のアノプスに尋ねてみる。

それを聞いたアオバは体の両側に大きく飛び出した目で

何かを見つめながらしばらく考えていたが、

『まぁ、

 ヒト一人さらうの作戦ぐらい
 
 すぐ考えることはできますが……』

と言ってそこで言葉を切った。

『ですが?

 何なの?』

自分に負けないぐらい怖いことを

平気で言うなと思いながらプテラは聞いてみると、

『……自分が作戦に関われない以上、

 今は成功率の低いものしか用意できませんね。
 
 この体じゃ偵察には向いていますが、
 
 地上で素早く動くことはできませんから』

アオバはそう言うと

爪で羽を1本づつ研ぎ始めた。

『そうね、

 アノプスは水中では素早くでも、
 
 陸に上がったら爪で這うようにしか動けないからね』

『はい、

 もう少し人間に近い形、

 例えばプテラだったらお役にたてるのですがね』

プテラはそう言ったアオバがその丸い瞳で

自分の体を見つめられているのを感じた。

『それって自分もプテラになりたいってこと?

 悪いけどでもそれはムリな話ね。
 
 別のポケモンを化石ポケモンに変えられるのだったら、
 
 私もプテラにはならなかったでしょうし……』

そう言ってプテラは少し考えていたが、

『……ねぇアオバさん、

 もっと人間に近い体なら
 
 自分でできる作戦が作れるの?』

と少し身を乗り出して聞いた。

『そうですね。

 場合によっては自分一人で遂行することも可能です』

プテラの言葉にアオバも期待して答えた。

『実はね、

 遺伝子を調査したらプテラ以外の古代ポケモンは
 
 進化できる事が分かったのよ。
 
 アノプスはアーマルドっていうポケモンに進化出来るのだけど、
 
 体型はオーダイルのように2本足で歩く感じみたいなのよ』

『二足歩行ですか、

 それはいいですね。
 
 手足があれば大抵の事はできますから』

プテラからそのような姿に進化できると聞いて、

アオバはレンズの中にある玉のような瞳を輝かせた。

『ただ分かっているのはそれだけで、

 どんな姿になるかは実際になってみないと分からないの。
 
 それに進化したらもうアノプスには戻れなくなるんだけど、
 
 どう?
 
 進化してみる気はある?』

そうプテラに聞くと、

アオバは少し考えてから、

『そうですね…。

 もうこの体で行ける所は一通り行って見てきましたし。
 
 …いいでしょう。
 
 可能性に賭けてみるってのも面白いかもしれませんね。
 
 それにそろそろ陸が恋しくもなってきた所です。
 
 もしいい体になれたら今度の作戦、
 
 お手伝いさせていただきますよ』

とアオバは両方のツメで机を突付きながら言った。

『よろしく頼むわ。

 それじゃぁ進化に必要なレベルを上げられる
 
 “ふしぎなあめ”を本部に送ってもらいましょう』

と言いつつプテラがパソコンを使い、

組織本部に通信しようとした時である。

『ちょっと待ってください。

 それならこの道具もお願いします』

とアオバはツメの先で紙にリストを書くと、

それをプテラに差し出した。

『マックスアップにタウリンにインドメシタンが20本、

 ロメやタポルの実を26個ずつ。
 
 それに太陽の石?
 
 いったいどうするの?』

リストを見たプテラが尋ねると、

『仕事をするかぎり私は完璧にしたいのです。

 研究に必要なものとして一緒に注文して下さい。
 
 作戦にも必ず役にたちますから』

アオバは気合十分な感じで答えた。

その顔は諜報部員として久々に働ける事に

何だか心弾んでいるように見えた。

『分かったわ。

 プロの意見に従いましょう。
 
 それでなんだけど護衛を沢山連れた彼女を
 
 どうやってこの研究所に呼んだらいいの?』

『簡単な事です。

 沢山来てもらうのが困るのでしたら、
 
 こっちから行けばいいだけの話です』



カントー地方の西に位置する山の麓の中、

木々を切り開いて作られた闇組織の訓練場があった。

その日、

ある大会社を都市ごと占拠するという作戦に向け、

そこで演習が行われようとしていた。

当然ここの存在は世間に知れてはいけないので、

訓練場の周りには警察や侵入者を見張るための

様々なセキュリティーが張り巡らせていた。

その中の一つ、

訓練場の近くの電波を傍受する機器はその日、

おかしな電波を拾っていた。

トランシーバーのような通信機の電波であるが、

そこから聞こえてくるのは2匹のポケモンの鳴き声ばかり。

切り裂くような甲高い鳴き声と

低く唸るような鳴き声が交合に飛び交っている。

それはまるで通信機の使い方を覚えた頭のいいポケモン達が、

お互いの鳴き声を送って遊んでいるようであった。

その電波を団員らは意味の無いものとしか思わず、

大して気には留めようとはしなかった。

しかし彼らの連れているポケモンたちは

それが歴きとした会話であることは分かっていた。

ただポケモンの会話にしては、

それは非常に難しい内容であったのだが…。

『‘ピジョットアイ、ピジョットアイ。

 聞こえますか?’』

と唸るような声のポケモンに、

『“こちらピジョットアイ
 
 …って何なの、
 
 このコードネームって?”』
 
 と甲高い声のポケモンが答える。

『‘作戦実行中です、

 私語は謹んで下さい。
 
 もしもの為です’』

『“電波の盗聴のこと?

 どうせ私たちの言葉はヤツラには分からないわよ”』

『‘念のためです。

 それにこっちの方が気分が乗るのです’』

『“了解、

 サニーゴキャノン”』

『‘それでピジョットアイ、

 ターゲットは到着していますか?’』

『“予想通り…まだみたいね。

 居るのは黒装束の下っ端が十名ほどと、
 
 …ラッタにゴルバット、スリープに、
 
 あぁサンドパンもいるわね”』

『‘いいですね、

 数キロ先からも偵察できるその視力、
 
 羨ましいです。
 
 やっぱり私もプテラになりたかったです。
 
 今の姿も気に入ってはいるのですが、
 
 目も元に戻ってしまいましたし、
 
 こんなに大きな体じゃもう偵察はムリですから’』

『“あら、

 でもあなたのその体もすごいじゃない。
 
 それだけのパワーや防御力があれば
 
 どんな相手だってイチコロでしょう。
 
 諜報部向きじゃないの”』

『‘…もしかして諜報部員って、

 いつも戦っているとでも思っているのですか?
 
 スパイ映画の見すぎです。
 
 あんなことやってたら
 
 命がいくつあっても足りないじゃないですか。
 
 最後まで相手に気付かれないように任務をこなす。
 
 それが一流の諜報部員です’』

『“あらそんなものなの…。

 それで一流の諜報部員さん、
 
 今回の作戦の成功率はどのくらいなの?”』

『‘そうですね…。

 95%の確率で成功しますね’』

『“かなり高いけど、

 残りの5%は?”』

『‘あなたが本気で飛んでくれないと失敗します’』

『“あら言ってくれるじゃないの。

 ちゃんとあなたの言う通り
 
 散々バトルしたりサプリメント飲んだりして
 
 肉体改造したんだから大丈夫よ”』

『‘その油断が命取りです。

 タダでさえプテラの割に素早さが低いのですから
 
 あれぐらいの鍛えていただくのは当然です。
 
 ちゃんと昨日練習した通りにして下さい’』

『“分かってるわよ。

 だけどそれだったら、
 
 何で私がわざわざそんな物持って
 
 逃げ回らないといけないの?
 
 さっさと私も乗せて逃げればいいのに”』

『‘…今の発言で成功率が5%になりました。

 それではすぐに見つかって、
 
 こっちが捕獲されてしまいます。
 
 あなたが敵を引きつけているからこそ、
 
 ターゲットを安全に運ぶことができるのです’』

『“それは分かるけど、

 やっぱりあそこまで飛ばないとだめなの?
 
 結構遠いけど途中で攻撃されたりしない?”』

『‘大丈夫です。

 ソレを持っている間、
 
 ヤツラも下手には手出しできないでしょうから’』

『“でもはっきり言って怖いのよ。

 私はただの研究員よ、
 
 あなたと違ってこんな事やったことなんてないんだから。
 
 本当に高いところを飛んでいて大丈夫なの?
 
 森に逃げた方がいいんじゃない?”』

『‘それこそ相手の思う壺です。

 真っ直ぐ目的地までお願いします’』

『“でも真っ直ぐに飛ぶって、

 これって絶好の的になるんじゃないの?”』

『‘飛んでいる間、

 攻撃されないことは私が保証します。
 
 かなり激しく威嚇してくるでしょうが、
 
 攻撃に出ることは絶対にありません。
 
 それに森に逃げこんだとしても、
 
 ソレを持ったままだったらヤツラはずっと追って来ますよ。
 
 どうする気ですか?’』

『“それは…、

 途中で落としてみるとか?”』

『‘そんなことやってみなさい、

 敵が報復に出ます。
 
 ミサイルで打ち落とされたいのですか?’』

『“…それはご免ね”』

『‘分かっていただけましたか?

 今回あなたは…
 
 “組織を裏切った諜報部員が退職金代わりにといって
 
 研究所から盗んでいったポケモン”
 
 …の役なのですから。
 
 あくまでご主人様の所に一直線に戻っていく
 
 普通のポケモンの感じでお願いします。
 
 そうすれば敵も安心して追ってきますので’』

『“了解しましたご主人様。

 …それであとはこの指令書とおりにすればいいのね”』

『‘そうです。

 あなたのとは違って完璧な計画なんですから。
 
 前のだって私のフォローが無ければ
 
 本当に家宅捜索されていたのですよ’』

『“分かりました。

 行動はこの指示書のとおり、
 
 一切余計なことはいたしません”』

『‘本当にお願いしますよ。

 私の作戦にここなで言ってくれるとは…。
 
 さすがに性格が“なまいき”というだけのことはありますね。
 
 そんなだから上司や先輩にも嫌われたりするのですよ’』

『“あら、

 あなただって“なまいき”でしょ。
 
 人のこと言えないじゃない”』

『‘私はその点はわきまえていますから。

 あなたも妹さんのように“しんちょう”だったら
 
 プテラとしても研究員としても最高だったのですけどね’』

『“え?ウソ!

 セッちゃんに会ったの?
 
 いつ?どこで?”』

『‘9日前の午後1時ごろ、

 湖の東側でバトル相手のウパーを探していた時にです’』

『“それで、

 セッちゃんは元気そうだった?”』

『‘とても元気そうでしたよ。

 やさくて本当にいい妹さんですね。
 
 それにカメールとも仲良くやってるみたいですし’』

『“そう…、

 それはよかったわ”』

『‘それと…、

 あなたにも会いたがってる様でしたよ’』

『“それってあの子が言ったの?”』

『‘いえ、私の勝手な印象です。

 でも私の目は確かですよ’』

『“そう…、

 …ありがとう”』

『‘どうも。

 それで話を元に戻しますが、
 
 あそこに着いてからの行動はもう大丈夫ですね’』

『“えぇそれは昨日リハーサルもしたから。

 準備は出来たの?”』

『‘はいトーピーもスタンバイOKです。

 今朝も一緒にテストしましたから完璧です’』

『“さすがねサニーゴキャノン。

 あのトーピー君達、
 
 とっても可愛いわね”』

『‘ありがとうございます。

 でも研究には使えませんよ’』

『“それはよく分かってるわよ。

 それにあなたからはもうミュール君を貰ったから。
 
 ウチの娘とは本当にお似合いのカップルだわ。
 
 あなたも早く女の子をよろしくね”』

『‘無茶言わないで下さい。

 あなただって森に居る長男さんと
 
 組織に送ってきた次男さんときて、
 
 そして3匹目でやっと娘さんが生まれたのですから。
 
 自分のも気長に待っていてください。
 
 それにしてもいくら研究のためだからと言って、
 
 自分の息子を組織に送るだなんて…、
 
 私には出来ませんね’』

『“だってオスは長男だけで十分だもの。

 それにあの子の事なら大丈夫よ。
 
 痛い思いをするような研究は
 
 私が全部やって報告しておいたから。
 
 珍しくて貴重なポケモンとして、
 
 今頃とても大切にされてるわよ”』

『‘そうですか。

 まぁ、それなら大丈夫ですね。
 
 性格も“のうてんき”な子らしいですから
 
 メンタル面も心配ないですね’』

『“そういえばターゲットはどんな性格になるのかしらね。

 …予想してみましょうか”』

『‘それは面白そうですね。

 少なくとも“かしこさ”が高い性格でしょうが…。
 
 賭けますか?’』

『“いいわよ。

 …そうね、
 
 私たちと同じ“なまいき”かしらね”』

『‘意外と“おとなしい”かもしれませんよ。

 ミキ研究員もそうだったのですから’』

『“個人的にはまだ見たことの無い

 “おだやか”になってほしいけど…。
 
 あの女に限ってそれはないわね”』

『‘それは私も同感です。

 それでは…
 
 “なまいき”と“おとなしい”
 
 …でいいですね’』

『“オーケイ。

 それで何を賭けましょうか?”』

『‘そうですね……、

 ……とおしゃべりもここまでのようですね。
 
 聞こえますか?’』

『“えぇヘリの音ね。

 あぁ今見えたわ。
 
 間違いなく組織のものね”』

『‘いよいよですよ。

 これからは通信できませんが大丈夫ですか?
 
 怖くなって止めるのでしたら今のうちですよ’』

『“大丈夫よ。

 今の自分の体は信じてるし、
 
 何より研究のためですもの。
 
 それに彼女は絶対に使ってやるんだから”』

『‘その意気です。

 あっと言い忘れる所でした。
 
 その指示書は破くなりして廃棄しておいてください’』

『“分かったわ。

 ちゃんと“だいもんじ”で焼いておくわ。
 
 今ヘリが前を通り過ぎていったわ。
 
 間違いなく彼女よ、
 
 後ろに乗っていたわ”』

『‘ターゲットを確認。

 それではいつでも行って下さいピジョットアイ。
 
 くれぐれも余計なことだけはしないように’』

『“オーケイ、

 そっちもお願いね、
 
 サニーゴキャノン”』

『‘大丈夫です。

 後方支援は任せてください’』

『“それじゃぁ切るわね”』

『‘それでは作戦開始。

 これにて通信終了’』

その唸るようなポケモンの鳴き声を最後に、

謎の電波はぷっつりと途絶えたのであった。



つづく



この作品は都立会さんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。