風祭文庫・モノノケ変身の館






「いしのキオク」
(第6話:つめのチカラ)



原作・都立会(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-201





アオバはまだ宙に浮いていた。

空の上の冷たい空気の中をものすごいスピ−ドで頭から落ちていっている。

しかし、その先にある地面が見えない。

いつまで経っても落ちている。

冷たい風がゴウゴウと吹き荒れ、

体が凍えてしまいそうだ。

自分はどこまで落ちればいいのか。

何も出来ないのか。

手を伸ばして空気を掴もうとするが

それで掴めるわけがない。

それでも何とかできる気がしてもう一度やってみる。

まだだめ。

もっと力を入れてみる。

すると手が空気を掴めた。

液体のような手触り、

これが掴んだ空気の感じなのかと思う。

空気が掴めるのなら飛べるかもしれない、

そう思って腕を振ろうとする。

だが風圧でびくとも動かす事が出来ない。

それでもまたもっと力を入れて振ってみる。

もっと力を入れて、

もっと、もっと…。

腕が動いた。

また水の中で動かしているような感覚。

腕を前に振ってみると液体から空気中に手が出た。

これで自由に動かせる、

この液体から出さえすれば…、

液体から……、

液体?…

……

ゴボッ!?



アオバは目を覚ました。

ゴウゴウという音はまだしている。

しかしそれは風の音ではない、

機械の音である。

まだ体が浮いている。

しかしそれは空の上ではない、

そこは本物の液体の中、

自分の右手が水面から上げられている。

力を抜くと手はまた液体の中に戻った。

なにが起きているのか、

どうなっているのか、

アオバは考えようとしたが

まだ寝ぼけていて頭が働かない。

今度は目の前にガラスの壁が現れた。

水面向かって近づいてくる。

ガラスがアオバの顔に当たり、

液体の中に押し込もうとする。

アオバは押し返そうするが壁はびくとも動かない。

さっきまで波のような柔らかな動きで近づいていていたのに全く動かない。

動かないのは当然である。

なぜならガラスに近づいていたのはアオバの方、

水面がどんどん上がっていたからであった。

これではダメだ、

まずは頭をはっきりさせなくてはとアオバは思った。

針でも何でもいい。

何かでチクリとやって頭を起こさなくてはとアオバは思った。

しかし彼女が探すまでもなく

それはむこうからやって来た。

ビリリリッ!…

突如アオバの体の中を電気が走った。

そのすさまじい衝撃に

アオバは目を見開いて全身を硬くした。

すると目の前に上げていた手が光りだした。

手が光を放っているなんてまた夢の中のようだが、

今は頭ははっきりしている。

本当に光っているのだ。

その光が急速に変化し始めた。

5本の指が1つにまとまっていき、

手全体が細く尖っていく。

そして腕までも短くなっていき、

1つの弓なりの形へと変化していく。

アオバは体の他の所に目を移そうとしたが、

首をまわす事が出来ない。

見ていられるのは2本のツメになっていく自分の腕だけ。

何とかして他のところを見たいとアオバが思っていると、

その願いが通じたのか突然視界が広がり始めた。

横が見えてきた、

上が見える、

下が見える、

後ろが見える…。

目を動かしていないのに、

頭の中には自分の周りが全て見えるようになった。

まるで360度画像を一度に見ているようである。

そしてアオバはその映像の中から自分の体を探した。

少し大柄でその割にあまり膨らんでいない胸、

諜報部員としては細い手足に黒い髪の毛…。

自分の体を探したがどれも見つけられない。

あるのは見たことも無い形になった体、

手のように全てが光を放っている。

…と次の瞬間

パアァァンッ…

という鋭い音が聞こえると同時にその光が消えた。

そして光っていたものが

はっきりと見えるようになった。

頭まで続く深緑色の外殻に守られた平べったい胴体と

そこから生えている薄っぺらな4対の白い羽、

太いツメとなった両腕と

小さなしっぽのようになってしまった両足。

虫のようなエビのような形になった自分の体であった。

『これはいったい…』

アオバが思った。

すると

『コレハイッタイ…』

だれか同じ事を言ったのが聞こえた。

『だれだ?

 私の思った事が分かるのか?』

『ダレダ?

 私ノ思ッタ事ガ分カルノカ?』

また思うとそれと同じ言葉が返ってくる。

『これはまさか…』

『コレハマサカ…』

『私がしゃべっているのか?』

『私ガシャベッテイルノカ?』

間違いない。

自分が液体の中でしゃべり、

その声が聞こえているのだ。

しかしこんなことは今までなかった、

いやありえない。

アオバはとにかく落ち着くことを考えた。

こういう予想外の状況に陥った時の

対処法について訓練は受けている。

まず状況を把握すること。

『いま自分がいるのは液体の中、

 しかし窒息してしまう感じではない。

 体を拘束されているわけではないが、

 思いもよらない形に変化してしまっている。

 そしてここは……』

アオバは目に映るもの一つ一つを整理していった。

液体の流れるパイプ、

その外にはそれにつながっているポンプ、

大きな電気機器に太い電気配線、

画面が光っているパソコン、

そしてその前にいる灰色の大きなポケモン…。

『……ここはプテラのいる研究室の中』

そう理解した時、

パソコンの前にいるプテラがこっちに近づいてきた。

そしてガラスの壁についているコックをひねると

そこに四角い穴が開き、

液体が流れ出し始めた。

アオバは自分も流されないように壁を掴もうとしたが

ツメになった手ではガラスをこする事しかできず、

液体の流れに乗るようにしてガラスの壁の外に流されてしまった。



ガラスのカプセルからアオバは床の上に流れ出た。

平たい体は長い羽のおかげでひっくり返ることなく床の上をすべり、

後からも流れ続ける緑色の滝の外にアオバは出た。

すると真正面、

目のすぐ近くに灰色の巨大な足が見えた。

その上にはビルほどの大きさにまで成長したプテラの姿。

その足が少しかがんだと思うと、

プテラは自分を掴もうと手を伸ばしてきたのが見えた。

アオバは思わず鋭いツメとなった腕でその手を払いのけると、

手を引っ込めたプテラの顔が笑った。

『あら元気なこと、

 途中で起きちゃったのね。

 目がさめたらポケモンになっちゃった…

 って感じにしようと思ってたのに』

プテラがそう話しかける。

プテラの甲高い鳴き声が言葉として理解できる。

『目が覚めたらポケモンに?…』

アオバはプテラの発した言葉を復唱した。

確かに今自分は人間の体ではない。

見たことも無い形になってる。

自分の周り全ての方向が見えるし、

水の中でも平気だ。

しかも甲高い鳴き声しか発しないはずの

プテラが言っていることが分かる。

ポケモンは人間には分からない言葉で話しているらしいが、

いま自分はプテラの言葉が理解できる。

そしてこの体からすると…。

『これはポケモンの体なのか?』

アオバは自分頭の中で自分の体に注目ながら言った。

『あら物分りがいいわね。

 さすがにそれだけ飛び出した目なら

 もう自分の姿も分かっているようね。

 そうよアオバさん、

 あなたはアノプスっていうポケモンになったのよ。

 あなたが持ってきてくれた化石、

 そのうちの1つよ』

とプテラが言う。

確かにこの手の形には見覚えがあった。

砂漠のテントで見た“ツメのカセキ”、

今や自分の手はそれに埋まっていたツメの形そのものであった。

『古代ポケモンの復活…、

 化石が生き返ったのではなく

 人間を古代ポケモンに変えていたのか』

アオバは前にツメを動かしながら言った。

そしてハッと気付くと

『…ということはおまえも』

目の前の古代ポケモンに言った。

『えぇお久しぶり。

 あなたも不運ね。

 あの時廊下で会わなければ

 こんな事にはならなかったでしょうに…。

 これからは現代に復活した古代ポケモンとして

 がんばってちょうだいね』

プテラが勝ち誇ったように言う。

これが決して姿を見せない研究員の正体であった。

自らもポケモンになり、

人前には出てくることができない。

人間としての財産も地位も必要でないことも納得できた。

そして自分も確かにもう人間ではない。

ポケモンとしてこのままこの女に掴まるのは簡単である。

しかし相手は組織の元人間である。

それがポケモンになった自分をどう扱うのか…、

どう考えても明るい希望は持てそうにはなかった。

『では送られてきたあのポケモンも

 同じようにポケモンにした人間なのか?』

アオバはそう尋ねた。

だが別に答えを聞きたいわけではない。

とにかく時間を稼いで

この絶望的な状況から脱出できほう方法を探す

というアオバの考えだった。

『うふっ

 あの子たちは生まれつきのポケモンよ。

 でもその母親はあなたと同じ人間だったポケモンよ。

 そう私と、

 あなたのお仲間のミキさんのね』

プテラが笑いながら話す。

やはり、あのミキという研究員の失踪についても

この女の仕業と分かったが、

今はどうでもいいことである。

この状態では闘うことは不可能。

まずはここから脱出する事が先決。

まともに動かせるのは腕だけ。

あと出来る事といえば広くなった視界で周りを見ること。

そして…

チョロチョロ……

聞くこと!

それははカプセルから出た液体がどこかに流れ込んでいる音であった。

アオバのすぐ近くで聞こえる。

目の前のポケモンが巨大に見えるのは

プテラが大きくなったのではない、

自分が小さなポケモンになってしまったのである。

つまり今ならアレを使うことができるはずである。

『あなたがプテラということは、

 ミキ研究員はオムナイトにしたのですね。

 わたしと同じようにここに呼びつけて

 オムナイトにしたのですね?』

そう言いながら頭では視界の中を探っていると…

あった!

左斜め後ろに排水溝。

床に開いた四角い穴に網目状の蓋がかぶせてある。

その下には湖まで続く下水管があるはず。

あのあそこまで行って蓋さえ動かせれば…

『えぇ

 彼女が一番許せなかったですからね。

 だから最初に使ってやったのよ』

『最初ではないでしょう。

 まず自分がプテラになったのが先ではないのですか?』

アオバはそう言いながら気付かれないようにツメでゆっくりと体を押し始めた。

『あらあなた、

 面白い事言うわね。

 そうねそういえば私がプテラになったのが最初ね。

 次にオムナイトのミキ様、

 そして今度はあなたよ』

プテラは余裕の表情でそう言うが、

アオバの行動には気付いている様子はない。

『いいえまだです。

 あなたはもう一つカブトの化石を所持していたはずです。

 なぜわざわざホウエンまで取り寄せたのですか?』

そう尋ねながらも

アオバの注意は後ろの排水溝に向けていた。

この時アオバは便利な目だと思った。

視線を感じられないだけこちらが考えていることを悟られにくい。

そしてこのツメ。

小さいわりに力が強い。

これならあの蓋も持ち上げることができそうである。

『知らなくて当然ね。

 もうカブトも復活してるのよ。

 でもあの子の暮らしを邪魔したくないから、

 研究は子供が一人前になって

 巣立つのを待っているのよ』

プテラは少し優しい目でそう言う。

どうやらカブトには知り合いを使ったらしい。

そう感じながらアオバはやっと排水溝の横までたどり着いた。

あとは相手をひるませるだけである。

アオバは本部を出る前から

ずっと思っていたことを言うことにした。

『それで私に運ばせたわけですね。

 しかし、あなたは大きなミスを犯しましたよ』

『ミス?

 あなたはアノプスになったのよ。

 少し手違いがあったけど、

 研究は成功したのよ』

『いいえそうじゃありません。

 私が消えたのが分かれば組織の者が探しに着ます。

 あなたからの指示でこの研究所に来た事は本部が知っています。

 きっとすぐに私の同僚たちがここに乗り込んでくることでしょう。

 そのとき人間のあなたがいなければ…、

 どうなるでしょうね?』

アオバがそう言うとプテラの顔から笑顔が消えた。

今である。

アオバは右腕を床につけて左腕を網目の穴に差し込むと、

思いっきり上に引っ張り上げた。

鉄製の蓋が持ち上がり横にずれ、

細長い隙間ができた。

狭いがこの体なら通ることが出来る。

『あ!

 こいつ何を!』

と後ろでプテラが慌てて掴みかかろうとするのを見ながら、

アオバはその穴に体を滑りこませた。



アオバは頭から穴の中に落ちていった。

しかし、今度はすぐに底が見えた。

ゴンというおとと共にアオバは下水管の中に落ちた。

底で目を打ったが周りを硬いレンズのようなもので被われているので

それほど痛みは無い。

『とにかくここから出なくては』

そう言ってアオバは管の先を見た。

穴の中には研究室からの光が差し込んでいるが

下水管の中は真っ暗である。

しかも管が伸びているのは自分の前と後ろの2方向。

方角が分からないのでどっちに進めばいいものか。

そう思っていた時アオバの上の方で大きな音がした。

プテラ・あの女が蓋を開けようとしているのだ。

プテラのあの長い翼なら

ここまで届いてしまうかもしれない。

迷っていられないと判断したアオバは

急いで前の管の中に入ろうとした。

しかしその時である

『こっちは……ダメ?』

急にアオバはそう感じた。

まるで本部で下水管の紙を見たときに似た、

いやそれ以上の強い感覚。

何だろうと思った時

上の蓋が持ち上げられるのが見えた。

もう迷っては居られない。

アオバは感覚に従うことにした。

穴の中で向きを変えると、

後ろ側の管に入って行った。

その直後背後にプテラの手が現れ、

アオバを掴もうとするのが目に映った。



真っ暗な下水管の中、

アオバはまっすぐ進んでいた。

長い羽でパイプの壁を擦りながら、

2本の爪で這うように進んでいる。

『この羽邪魔ね。

 飛ぶわけでもないのに何でついてるの。

 …でも大丈夫。

 こっちでいいのですね』

アノプスの体が感じる不思議な感覚にしたがって

ツメを交合に出してパイプの中を這っていく。

しばらくして管は2つに枝分かれした。

右か左か、

そう思うと右から何かを感じた。

爽やかというか冷たいひんやりとした感覚。

何か気持ちいいものがあるとアオバは感じた。

『ポケモンの勘に頼ってみますか』

そう言うとアオバは右側、

冷たい感覚のする方へまた進みだした。

しばらくするとその先に明るい光が見えた。

『出口!』

アオバは急いでそこまで這っていくと

光の中に飛び出した。



そこはあの湖の岸辺だった。

パイプが土の中から湖に突き出している。

その先端にアオバはいた。

自分のすぐ下にはキラキラ光る水面が見える。

そしてそこに映っているものを見て、

ようやくアオバは見え方の謎が解けた。

『こんなに目が飛び出してる…。

 これがアノプス、

 私の顔なのか…』

水面に映ったポケモンの目は顔の両側に大きく飛び出し、

その中で玉のような瞳が動いている。

『これなら後ろまで見えるわけね』

アオバは納得するように言うと

また水面に映る姿に意識を移した。

管から顔を出しているアノプスの姿が少し愛らしく思える。

こんな状況でそう思えるのが自分でも不思議である。

おおよそは分かっていたとはいえ、

自分の変わってしまった姿を見れば

少なからずショックを受けるだろうとアオバは思っていたが、

実際に見ても意外と何も感じない。

心も体も拒否はしていないのだ。

そう思いながらしばらく管から頭を出した状態でいていると、

またあの感覚が働きだした。

『…キケン?

 にげろ…?』

一瞬なにのことだか分からなかったが、

アオバはすぐに理解した。

あの女がこっちに向かっているのだ。

ここにいてはまた捕まってしまう。

管の中に戻ってしまっては意味が無い。

それならやることは一つ。

『水の中でも平気みたいだから…、

 えい!』

アオバは思い切って湖に飛び込んでみた。

水はひんやりと冷たく、

実に心地よい。

レンズのついた目は水の中でもよく見える。

…と突然その目に、

自分のすぐ上に現れた大きな影が映った。

灰色の巨体に紫色の翼、

間違いなく彼女である。

水は思ったより浅い。

底にまで沈んでみたがこれでは危ない。

アオバはツメで水の底を掻いて進み出した。

管の中よりは速く進めるが、

それでも遅すぎる。

次の瞬間、

水面から灰色の手が飛び込み、

アオバのすぐ横の石を掴んで持っていった。

その石が水の中に戻ってきたと思った途端、

また手が襲ってきた。

今度はツメを掴まれそうになったが何とか振り払った。

『まずい、

 このままでは…

 もっと速く行かねば。

 もっと速く…、

 泳ぎなさい!』

アオバはそう思った。

するとツメが水の底を離れた。

そしてアオバの体が水の中に浮き、

ぐんぐん速度を上げて進み出した。

明らかに自分は泳いでいる。

しかし手はツメになり足も動かせないのにどうやって…

そうアオバが思って後ろを注意してみると、

体の両側で何かが規則正しく動いている。

それは邪魔だと思っていた白い羽。

アオバの意識の外でそれは動き、

前から順番に上下を繰り返し水を掻いている。

『そうか。

 これは羽じゃなくて、

 ボートのオールだったのですね』

そう言ってアオバは青い水の中をどんどん泳いでいった。

湖岸からは遠く離れ、

水深も深くなっていき、

もうあのプテラがどう頑張っても届かないところまで来た。

『ここまでくればもう安心ですね。

 …それにしても何て気持ちいい。

 こんなこと今まで無かったわ』

アオバは水の中に浮いたまま思った。

冷たく穏やかな水が全身を包み込んでくれる。

ただ何もせず浮いているだけで

何かに満たされるという感じがする。

上を見ると水面に太陽の光が当たり、

水面の凹凸のせいでそれがいくつもの筋になって

ゆらゆらと水の中に注がれている。

アオバはその光筋にツメをかざしてみた。

もう人間の手ではなくなってしまったが、

鋭くて力強いツメである。

そして後ろには4対の羽がある。

足は硬いしっぽになってしまったが、

今はどんな水泳選手よりも速く泳ぐ事の出来る8枚の羽がある。

そしてさっき感じたのは恐らく余地能力、

ポケモンが備えている特殊な感覚である。

それらを手に入れることができた。

自分はポケモンになってしまったが、

それがなぜか悲しくない、

いやでもない。

嬉しいのだ。

この時アオバは初めて

自分の本当に求めていたものに気がついた。

自分は、人とは違ったものが見たいのでも、

人とは違った事をしたいのではない。

人とは違うモノになりたかったのだ。

あまりにもおかしすぎて、

自分でも認めようとはしなかったのである。

違うものを見たい、

したいはそんな自分の心への言い訳だったのかもしれない。

正直アオバは自分のことが嫌いだったのかもしれない。

周りよりいつも劣って見え、

様々なコンプレックスを抱えていたあの体を

変えたかったのかもしれない。

変わるのならいっそ別のものになってしまいたい…、

そう心の底で思っていたのかもしれない。

それが叶った今、

アオバは全てから開放されたような気分だった。



しばらくアオバは水の中に浮かんでいると

少し先に1匹のポケモンが泳いでいるのが見えた。

ポケモン同士では本当に言葉が通じるのか

もう一度試そうと思ってアオバは近づいてみた。

それはみずうおポケモン・ウパーであった。

アオバはその傷ついたエラにアオバは見覚えがあった。

『あらあなた。

 あのヘリに乗っていた…』

アオバは思わずそう言うと

そのウパーはアオバに寄ってくると、

『え?

 君もあの空飛ぶ機械に乗ってたの?

 良かったよね。

 本当に良かったよね』

と水の中で目を潤ませながら言った。

『よかった…?

 なにがですか?』

アオバは一瞬自分の心が読まれたのかと思ってドキッとしたが、

『あれ君知らないの?

 ボクたち助かったんだよ。

 プテラさんが助けてくれたんだよ』

ウパーは別のことを言っているらしい。

だがいま言ったプテラとはあの女のことだろうか。

『プテラが…、

 助けたって?』

『本当に君何も知らないんだね。

 君もボクももう2度とこうやって

 泳ぐ事ができないようになるところだったんだよ。

 でもあのプテラさんがケンケ……

 ……何かに使うんだって言って、

 黒い服の人間たちからボクたちを貰ってくれて、

 そしてこの湖に放してくれたんだ。

 だから君が今生きているのは

 あのプテラさんのおかげなんだよ。

 今度会ったらお礼言っとかなきゃダメだよ』

本当に嬉しそうにそのウパーは言う。

どうやらあのヘリに乗っていたポケモン達を

あの女は研究に使う気ではなかったらしい。

そういえばそうである。

研究に使われるのは自分だったのだから

ポケモンには用はないはずである。

あの女は研究材料と称して

組織で処分予定だったポケモンを助けていたらしい。

『ふぅん、

 組織の研究者って非道なやつかばかりだと思っていたけど、

 あの女そんな面もあったのね。

 分かったわ、

 今度会ったら言っておくわ』

そうアオバが言った時である、

『アオバさ〜ん!』

突然誰かがアオバを呼ぶ声が聞こえた。

後ろを見るとサニーゴがこちらに泳いでくる。

『レヨン?

 あなたレヨンでしょ?』

アオバは見た瞬間、

自分のポケモンであると思った。

『はい自分はレヨンです。

 あ…アオバさん大丈夫ですか?

 えっと…、

 これからポケモンとして、

 えっと…』

サニーゴは慌てて何かを思い出すようにしゃべっている。

『ちょっとレヨン、

 大丈夫?』

『はい大丈夫です。

 …あ、いや、
 
 大丈夫かと聞くのは自分のほうで、
 
 えっと…』

アオバはじっとレヨンを見た。

この様子はどこかで見たことがある。

ポケモンに読心術が通じるかわからないが、

この様子からすると…

『レヨン、

 あなただれにそれを言えといわれたの?』

アオバはズバリ言った。

間違いなくレヨンは誰かに言わされているのだ。

だれかは容易に予想がつくが

一応確かめるために聞いてみた。

『え?

 え、あの、

 えっとそれは…、

 …プテラにです、

 研究所にいるメスの…』

『やっぱり…』

あの女が送り込んだのである。

そういえば空の上で寝てしまって以来、

自分のポケモンたちのことをすっかり忘れていた。

『つまりプテラに私を探せっていわれたのね』

アオバはまたレヨンに聞いた。

職業柄、尋問は得意である。

『…はい』

『それでプテラは私を捕まえて来いって言ったの?』

と聞いたが、

これは半分違うなとアオバは思った。

捕まえるように言われているのなら

レヨンもあんなに考えながらしゃべったりはしなかっただろう。

『いいえ、

 ただアオバさんがポケモンになったから、

 アオバさんのポケモンとして

 これからはアオバさんのことを守っていかなくちゃいけないって…

 だから一緒に行きますというだけです』

“だけ”という言葉にアオバは引っかかった。

『それで?

 まだあるでしょ?』

アオバはさらにレヨンを睨みつけて言った。

『えっとそれで…、

 それでアオバさんに好きになってもらって、
 
 けけ…けっ…』

レヨンが口篭もった。

『何なの?

 言いなさい』

『結婚してアノプスの子をたくさん作るようにって…』

『え?

 アノプスの子を?……』

アオバはあまりにも予想外のことに一瞬言葉を失った。

『……つまりそれってプテラは私自身には用は無くて、

 古代ポケモンアノプスを増やすのが目的だったってこと?』

『はい、そうです』

アオバは呆れかえった。

彼女の目的が自分への復讐よりも古代ポケモンの繁殖にあり、

しかもそれをするだけにわざわざ自分を呼んだとは…。

『あの女ぁ、

 それはそれで腹立つわね…

 いいわレヨン、

 今からプテラのところに案内して』

さっきまで必死に逃げていたのは

一体何だったのだろうか…。

もうこうなったら半分ヤケである。

『えぇ?

 でも…』

『いいから案内して。

 …と言ってもどうせあの研究所でしょ。

 一緒に来てちょうだい』

そう言うとアノプスは元来た方向に泳ぎ始めた。



『自分から戻ってくるなんて…、

 どういう事?』

プテラが困惑した表情で聞いてきた。

『あなたが私に危害を加える気が無い事が分かったので、

 話をしに戻ってきただけです』

プテラの前でアノプスが言う。

『話って?』

プテラは聞いた。

自分がポケモンに変えた者が戻ってくるとは、

今度はプテラにとって予想外の事だった。

『とりあえず、

 ポケモンにしてもらった礼は言っておきます。

 ありがとうございます』

『あ、え、いえ…』

自分がポケモンにしたアオバに

いきなり礼を言われてプテラがますますひるんだ。

相手は諜報部員…。

自分を騙そうと言っているのかと思ったが、

どうもそういう感じではない。

『まず自分もここに住まわせていただきます。

 ポケモンになったとは言え、
 
 人間の習慣は捨てられそうにありませんから』

『え、えぇ別にいいわよ。

 私もアノプスの体のことは知りたいし、

 できれば観察もさせてもらえれば…』

さっきとは完全に立場が逆になっていた。

アオバの諜報部員としての経験が、

プテラの足元でしゃべっているアノプスの方を

完全に有利な状態で交渉ができるようにしている。

『了解です。

 それと毎日の3食の食事と、

 必要な物も用意していただきます。

 どうせ研究やポケモン向けの物ばかりですから、

 あなたの権限を使えば容易なことですよね』

アノプスの口調はあくまで丁寧だが、

その話し方は下手な脅迫よりもずっと効果的であった。

『えぇもちろん。

 何でもそろえられるわ』

プテラも内容に無理がない分、

すんなりと受け入れた。

『いいでしょう。

 ちなみに第一の指令は了解しました。

 どうせ彼氏は何年も募集中です』

そう言ってアノプスはお隣にいるサニーゴをツメでつついた。

『あ、はい。

 さっきの事は全部アオバさんには話しました』

とサニーゴは申し訳なさそうに言った。

『まぁ…、いいわ。

 私はアノプスの事が知りたいだけだから。
 
 そうしてもらえるのならこっちとしても助かるわ』

プテラは本音でそう言った。

アオバが手強かっただけに

アノプスの研究は先延ばしになると思っておいたからである。

『あぁ、あとパソコン貸してもらいますよ。

 このままでは本当に家宅捜索されてしまいますので、

 それは無いようにしておきます』

『え?

 そんなこと出来るの?』

プテラは驚き半分、

嬉しさ半分で聞いた。

組織の者たちに来てもらっては、

今後の研究が出来なくなるかもしれないと

ずっと心配していたのだ。

『はい。

 私も自分の本当の願いを叶えてくれたこの場所を

 潰したくはありませんから。

 …そういうわけですので、

 ちょっとお願いします』

『はい……

 ……え?』

一瞬プテラはアノプスの言っていることが分からなかった。

『え?

 じゃないです。

 この体でどうやって上れというんですか。

 ちょっとデスクの上にまで持ち上げてください』

アノプスはそうプテラに要求した。

『あぁ、そういうこと』

プテラは少し笑うとアノプスを両手で掴み、

パソコンのあるデスクの上に乗せた。

アプノスはぎこちない動きながらも

2本のツメでパソコンのキーボードを打ち、

組織のネットワーク情報を操作し始めた。



『さてと…、
 
 これでもう大丈夫でしょう。
 
 あとプテラさん、

 そんなに改まってることは無いですよ。

 別に元々敵同士ではないんですから、

 自分もあなたをどうこうしようという気は無いですよ』

『いや改まった言い方なのはそっちの方じゃ…。

 いえ、なんでもないわ。

 でも敵でないのなら何なの?』

『そうですね……

 ……友人でいいですか?

 一緒に居るのがサニーゴだけじゃつまらないですから。

 どうせあなたも居ないんでしょ』

『余計なお世話よ。

 でも友人か…。

 いいわよ。

 末永くよろしくね』

『はい、

 よろしくお願いします』



つづく



この作品は都立会さんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。