風祭文庫・モノノケ変身の館






「いしのキオク」
(第5話:つめのカセキ)



原作・都立会(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-196





とある街に居を構える闇組織・R団の研究所はその日大騒ぎになっていた。

騒ぎの元凶はそれは以前働いていた女性研究員より送られてきた

2個のモンスターボールであり、

さらに、その中に入っていた2匹のオスのポケモン

プテラとオムナイトの存在であった。

大昔に絶滅したとされるポケモンを目の前にして、

R団の団員らは研究員でなくとも驚愕し、

頭を抱え天を仰ぐ者。

神に許しを得ようと地にひれ伏す者。

信じていたものを見失い錯乱状態に陥る者等など、

文字通り研究所は蜂の巣を突っついたような騒ぎとなり、

この事はすぐ上層部にも知れ渡ることになった。



この事件により高原の研究所に追われていた彼女は

一躍、R団一の研究員といわれるようになり、

R団は送り主の研究員をすぐに呼び戻そうとした。

だが、

研究員は今後も高原の研究所で古代ポケモンの観察研究を続ける。

と言い張り、表彰をうけることすら断ってきたのであった。

研究所の環境が古代ポケモンに最適で、

今は研究のため少しも時間が割けないのだという。

そこでR団は古代ポケモンの復活ささえる方法を送るように

研究員へ命令すると

まるでそれを待っていたように

古代ポケモンを復活させた理論や装置の資料が送られてきた。

それらはすぐさまR団の多くの研究員に調査され、

その理論に間違いの無いことが確認されると

以後R団をあげて彼女を支援することが決まった。

これにより彼女は資金、物資すべての面において

思うがまま援助をうけることができ、

望むのなら大きな研究所の所長の地位と贅沢な生活が

約束されたようなものだった。

しかし彼女から地位や資金といった私的な要求は一切無く、

請求された物資もポケモンフーズやふしぎなあめ、

各種木の実といったポケモンの研究に必要な道具ばかりで、

彼女自身が使うような物は最低限にしか要求しかなかった。

その事も評価され古代ポケモンの復活については

今後も彼女に一任されることになった。

そんな騒ぎの裏で、

研究員の何人かは自分らで古代ポケモンを復活させようと

裏で資料の理論に基づき同じ装置を作り密かに研究を始めていた。

しかし彼らはついに古代ポケモンを復活させることは無かった。

報告書に書かれている

"古代ポケモンの遺伝子を現代のポケモンに組み込んで復活させる"

という一文によって…。



そんな騒ぎを複雑な気持ちで見ていた者がいた。

「あの女が今や時の人か…」

R団本部の一角、

諜報部と書かれた広い部屋の中で

パソコンを見ていた女が一人呟く。

彼女の周りには同じパソコン数台が並ぶ机があるが、

どれも空席で、

それらの席の主たちは任務に就いているか

非番を利用して出かけていたのであった。

こうしてアオバ一人が部屋に残っていたのだが、

「ふんっ

 私が工作して追い出された女は組織一の功労者、

 依頼してきた研究員は失踪…。
 
 世の中分からないものね」

R団本部のパソコンに残っている指令書の控えを

得意のハッキングで見ながら彼女はまたつぶやいた。

とその時、

部屋のドアのロックが外れる音が聞こえると

「あらアオバさん、

 まだいたの?」

と入り口から一人の女性が声をかけた。

「はい、ハルナ様」

アオバは振り向くとデスクに座ったまま返事をする。

と同時に諜報部員のクセが働き、

パソコンの画面を無意味な数字の並ぶものに切り替えた。

ドアを開けたのはR団中堅幹部の中の一人であった。

「指令が無いのなら他の人みたいに

 たまにはどこかに遊びにでも行ってきたらどうなの?」

入り口のドアに寄りかかったまま女幹部は話しかける。

アオバは画面を切り替えた事は正解だったと思った。

この記事は絶対彼女に見せてはいけない。

「いえ、

 今はあくまで本部待機ですので。

 ここなら何かあってもすぐに動けます。

 それよりもハルナ様、

 勝手に入って来てもらっては困ります。

 幹部だからと言ってここは重要機密でいっぱいなんですから」

生真面目な面持ちでアオバは言うと、

「まぁ、

 相変わらず堅物というかなんと言うか…」

と女幹部が少し呆れて言った時、

部屋にブザーの音が鳴り響いた。

諜報部の上司がアオバを呼び出す時の音である。

「お聞きの通りです。

 それでは失礼いたします」

そう言うとアオバはその幹部に頭を下げ、

司令室に向けて歩き出した。



「ポケモンの化石の輸送…ですか?」

司令室で任務の内容を聞き、

アオバは困惑を隠せなかった。

「届ければいいのであれば

 配達局の仕事じゃないんですか?」

指令書から目を上げると、

大きなデスクの椅子に腰掛けている上司に尋ねた。

「あそこで古代ポケモンの復活の研究をしているのは

 君も知っているだろう。

 今度ホウエン地方で見つかった化石も、

 彼女に復活させようということになったそうだ。

 ただなんと言っても絶滅したポケモンの復活だろう。

 緘口令は出ているとはいえ

 どこから漏れているかは分からない。

 もしかしたらそれを狙っている者がいるかもしれん。

 それで、

 その輸送には万全を期したいとのことなんだよ」

上司はタバコをふかしながら言うと、

「そうですか。

 了解致しました」

アオバはそう言って部屋を出ようとしたが

扉の前で振り返ると、

「ところで私が届けるようにとは、

 先方からの指示ですか?」

と上司に尋ねた。

「あぁよく分かったな。

 あの研究員とは知り合いなのかね?」

上司が聞き返してくると、

「まぁ…、

 …そんな所です」

アオバはそうとだけ言うと、

司令室を出て行った。



「ふぅ……」

自分のデスクに戻るとアオバはため息をついた。

「噂をすれば…

 …ヒトカゲだったかしら」

そう小さく言うとアオバは指令書に目を通す。

といっても内容は簡単なので

すぐに覚えることができた。

ホウエン地方にある砂漠に行き、

待機している団員から2つの化石を受け取る。

そしてそれを高原の研究所に届けるだけのことなのだが、

それが問題だった。

「いったいあの女は

 どういうつもりなのかしら…」

アオバはデスクに置いた指令書を見ながら考えた。

司令部の上司には知り合いと言ったが、

本当は彼女には2回しか会ったことがなかった。

最後に会ったのはもう2年前近く、

組織の取り調べ室でだった。

彼女はR団の機密文書を盗んだという罪に問われていた。

証拠は研究室の彼女の机に入っていた書類、

おまけにそのデータがパスワードを必要とする

彼女のパソコンにも入っていたことが、

彼女を言い逃れ出来ない立場へと追いやった。

その女は無実を主張し続けた。

データが入力された時自分は

研究室ではなく同僚の研究員と一緒に居たと言ったが、

そのミキという研究員はそのことを否定した。

次に彼女は戻ってきた時に研究室の前で

会った人物が居る事と告げると、

すぐにその人物も呼び出された。

それが自分である。

確かにその時自分は研究室の前で彼女と顔を合わせていたのだが、

アオバはそこには居なかった、

何のことだか分からないと言った。

結局全ての話が苦し紛れの発言ととられ、

その研究員の罪は確定したのだった。

しかし彼女の話は全て真実であることをアオバは知っていた。

なぜなら全てがさっき部屋に入ってきた女幹部、

ハルナの作った計画だったからである。

同僚の研究員が彼女を研究室からおびき出し、

その間に自分が彼女の机の中に機密書類を入れ、

パソコンにもそのデータを入力したのだった。

あの女と会ったのは

まさにそれが終わり研究室を出てきた時であった。

計画は成功し、

彼女は研究所から追い出されたのであった。

しかし、その後、

彼女はその事に気付いた可能性が高い。

いやわざわざ諜報部の中で

それほど優秀ではない自分を指名してきたという事は

間違いなく彼女は知っている。

自分を破滅へと追いやったアオバを

研究所に呼ぼうとしているのだ。

「…罠…」

その言葉がアオバの脳裏をよぎった。

それ以外考えられなかった。

自分はただ上からの指示で動いただけなのだが、

彼女はそうは思っていないだろう。

あの女は自分の研究室にアオバを呼び寄せて

あの時の恨みを晴らそうとしているに違いない。

一人で研究所に入るようにと

書いてある事にもそれが表れている。

彼女はいったい自分をどうする気だろうか。

研究所に監禁するつもりか、

はたまた自分のポケモンにアオバを襲わせるつもりか、

それとも自分がされたような罪を着せるのか…。

少なくともまともな形では帰す気は無いだろう。

さらに想像をたくましくするのなら、

あのミキという研究員、

その失踪についても何か関係しているのかもしれない。

「まぁそれは無いとしても、

 これは彼女からの挑戦状と受け取っていいみたいね。

 さてどうしましょうか…」

アオバはイスの背もたれに体重をかけると、

あごに手をやって言った。

諜報部員としてこのような挑戦状を

受け取ることに悪い気はしない。

罠と聞いて怖いというよりは

いったい何をするのか面白そうだという感じである。

それには一研究員でしかない彼女に

まだ若手だが諜報部として訓練をつんだ自分が

負けるはずはないという自負、

どんな罠が待ち構えていようと絶対にその裏をかいて、

最後には彼女を打ち負かすことができるという自信があった。

そして何よりアオバは

その高原の研究所に行ってみたかった。

彼女の研究にはとても興味があったのだった。

といっても研究自体には特別興味があるわけではなく、

化石ポケモンが復活するところを見てみたかったのだ。

好奇心旺盛というわけでもないが、

普通の人とは違った物を見たいという思いが強い、

少なくともアオバ自身はそう自覚していた。

R団の諜報部員という職業も

かっこいいからとかスリルを求めてという理由よりも、

ただ人とは違った物を見たい、

人とは違った事をしたいという理由からなったのであった。

我ながら変わり者だとは思ってはいるが、

とにかく人と同じ事はしたくはなかったのである。

そして諜報部員として

今まで様々な任務に就いてはその度に色んなもの、

それこそ普通の人が行けない場所や社会の裏側、

はたまた世間には隠されているものを山のように見てきたが、

しかし未だかつてアオバを満足できてことは無かった。

いつも何か物足りない、

これは違うと感じていた。

しかし今回、

化石からポケモンが復活するという言葉に

今までに無い魅力を感じていた。

何か特別な感じ…、

この気持ちは自分でも説明できないが、

やっと求めていた物を見られそうだという期待感があった。

「もしいいものが見れたら、

 許してあげても…

 …というのは甘すぎかしらね。

 それにしてもあの女、

 こんな形で私を呼ぶなんてどういうつもりかしら。

 これじゃぁ……。

 まぁ、それはこっちに有利なことだし

 気にしないでいいか」

そう言うとアオバは指令書を灰皿の上で燃やし、

外出の準備を始めた。



翌日、

アオバはホウエン地方の中ほど、

火山の麓にある砂漠に向かった。

前に一度来た時と同様に、

今日もひどい砂嵐である。

アオバはマスクとR団の開発した

偏光レンズの入ったゴーグルをつけると、

「出てきてレヨン!」

護衛にサニーゴをボールから出した。

そして拠点の位置を示す探知機を取り出すと

砂漠に入って行った。

砂嵐の中は太陽の光まで遮ってしまっているので

熱くはないがとても薄暗く、

探知機無しではとてもたどり着けるものではない。

アオバの足元で砂の上を器用に跳ねながら進んでいるサニーゴのレヨンは、

時々自分に水を吹きかけてピンク色の枝を洗っている。

砂の中からは時々地面タイプのポケモンが顔を出して

こっちの様子を伺っていたが、

レヨンが“あわ”で威嚇するとみな砂の中に隠れていった。

探知機の示す方向を頼りにしばらく砂嵐の中を進むと

アオバの目の前に大きなテントが見えた。

茶色一色のテントであるが、

偏光レンズ越しでは入り口の側に

“R”という文字が光って見える。

指令書にあった通りにアオバはその文字の部分に触ると、

中で人の動く気配があり白衣の男が顔を出した。

アオバが身分証見せるとその男は中へと彼女を招き入れ、

しばらく入り口で待っているように言うと

奥にいる別の男に何か話し掛けた。

すると責任者らしきその男は

銀色に光るケースを持ってきて彼女の目の前で開けた。

そこに入っていたのは分厚いスポンジの上に乗った2つの化石、

“ツメのカセキ”と“ねっこのカセキ”であった。

思わずアオバはその一つを手にとってみた。

鋭い爪が岩の表面に張り付くように埋まっている。

「今は化石でしかないこのポケモンが、

 また復活し現代に蘇えるなんて。

 組織には似合わないほど何て神秘的なんでしょう。

 でもそれができるだなんて…、

 敵ながらあっぱれってやつね」

一瞬アオバは任務を忘れてそう思ったが、

すぐにケ−スに化石を戻して

しっかりと鍵をかけるとテントを出た。

「ミュール、

 そらをとぶ!」

そしてサニーゴの代わりにエアームドを出すと

アオバはそれに乗り、

砂嵐吹き荒れる砂漠を後にした。



本部に戻るとアオバは高原の研究所の図面を取り出した。

研究所までは配達局のヘリに乗せてもらうことになっている。

出発は2日後の朝、

つまりあの女との対決はあさっての昼過ぎということになる。

それまでにできるだけ情報を集めようと

密かに手に入れていたのであった。

「建物は2階建て。

 最近できたヘリポートは研究所の南側。

 入り口はヘリポート側で真中より5m湖寄り。

 そして東側に部屋が2つとボート置き場…」

そう言いながらアオバは

研究所の平面図を頭の中に叩き込んでいった。

「1階の西側全部が大きな研究室…、

 ここで古代ポケモンが復活するのね。

 最新の情報としては

 研究室の壁にポケモンによって壊されたと見られる穴アリ。

 で、研究員は2階で生活しているらしい…と。

 問題はどのタイミングでどう仕掛けてくるかね。

 指令は入ってすぐの部屋に化石を置くのだから、

 いきなり仕掛けて来るのならまずここね」

とアオバは冷静に分析していく。

そして全ての図面を頭に入れ終わり

大体の対処は考えたので、

それらをまとめて持って立ち上がった。

その時、

ハラリ…

図面の束の中から一枚の紙が床に落ちた。

その紙は他より一回り小さいので

さっきは見落としていたものであった。

こういう偶然は意外とバカにできない事を

アオバは経験上知っていた。

拾って見てみると、

「…下水管?」

それは研究所から出た汚水が通る

下水管の配置図であった。

下水といってもすぐ横の湖に通じているだけで、

直径40cmぐらいの管が研究所の地下を通っている。

「でもこの太さじゃレヨンでも通れないわね。

 今回は必要なさそうだけど、
 
 …まぁ一応覚えておきましょ」

そう言うとアオバはその日に備えるため、

部屋を出て行った。



そして2日後の朝、

アオバはR団本部前のヘリポートに向かった。

配達局の者達がヘリに箱や檻のようなものを積み込んでいる。

R団の黒い服を着たアオバが

化石の入ったケースを持ってヘリに近づくと

「アオバ様ですね。

 お待ちしておりました。

 搭載作業も今終わりましたので

 どうぞお乗りください」

と白い配達局の服を着た局員が彼女を案内した。

「ご苦労さまです。

 よろしくお願いします」

アオバもそう挨拶すると大きなドアからヘリ乗り、

操縦席の後ろの折りたたみ式シートに腰を下ろした。

局員がドアを閉めるとヘリはすぐに轟音を響かせて離陸し、

青々と葉の茂る森の上を飛び始めた。

アオバはしばらく外の景色を見ていたが、

耳がエンジン音に慣れてきたとき、

不意にヘリの中からポケモンの鳴き声が聞こえてきた。

近くの檻を覗き込むと

何匹ものウパーがぎゅうぎゅうに入っていた。

狭い所に詰め込まれているので体同士が当たり

エラが傷ついてしまっているのもいる。

「配達員さん、

 このポケモン達は何なのですか?」

アオバは乗り込んだドアの横に座っている配達局員に声をかけた。

「研究に使うそうですよ。

 何でもポケモンには一体一体違う個体値というのがあるらしくて、

 古代ポケモン復活させるためには

 使う化石と能力が近いポケモンが必要なんだそうです。

 ですがそのポケモンを探すのが何より大変らしくて…。

 それで売れなかったりして処分予定だったポケモンたちは

 みんなあの研究所に運ぶことになったんです」

とその局員は答えた。

「ふぅん、

 …まぁポケモンにとっても

 処分されるよりはマシでしょうね。

 それでその研究員はどんな感じなのですか?」

アオバは聞いた。

現在のあの女の様子を聞きたかったのだが、

「それが自分らも会った事がないんです」

という予想外の答えが返ってきた。

「え?

 会った事が無い?

 一度もですか?」

「はい。

 いつも荷物は入り口の横に

 置いておくように言われておりまして…。

 さっき言いましたようにかなり大変な研究だそうなので、

 きっと誰にも研究を邪魔されたくないのでしょう。

 ですからアオバさん、

 あの方に会えるなんてとても幸運な事なんですよ」

と局員は羨ましそうに言った。

そうやら彼女についての情報は

これ以上は得られそうにないようだ。

「そうね。

 私も早く会ってみたいですね…」

そう言うとアオバはまた視線をヘリの外に移した。



しばらくしてヘリは目的地の高原の研究所に着いた。

ドアを開けた局員に続いてアオバは

銀のケースを持ってヘリから降りると

目の前の研究所を見上げた。

「研究さえできれば

 その他の事は気にしないというらしいですが、
 
 さすがにすごいでしょ」

と荷物を下ろしている局員が言うように、

ツタが幾重にも絡まった研究所は

まるで今はもう人がすんでいないような有様だった。

建物の前のヘリポートが新しいだけに

余計にそれが浮き上がって見える。

そんな研究所をアオバが見ていると、

箱や檻を入り口のそばに運んでいた局員が近づいてきた。

「それでは自分達はこれで…」

「あら、

 あなた達もう帰るのですか?」

アオバは尋ねた。

てっきり自分が戻ってくるまで

待っているものだと思っていたのだが。

「はい。

 アオバさんはご自分のポケモンで

 お戻りになるのだと聞いておりますけど…」

局員はそう指摘する。

そういえば指令書にもヘリで戻るとは

一言も書いていなかった。

「彼女よっぽど私を帰す気がないようですね…。

 了解です。

 あなたたちは先に帰っていてください」

アオバがそう言うと局員は彼女に一礼するとヘリに乗り、

本部へと戻っていった。

「さてこれで私にとっても彼女にとっても

 邪魔者は居なくなったってわけね」

アオバは飛び去るヘリを見送りながらそう言った。

自分が彼女を捕まえるのにも他の者がいるのは迷惑だった。

帰りはミュールで飛べばいいとアオバは思った。

「さてと…、

 とりあえずあの女が仕掛けやすいように

 中に入ってみてからね」

そう言うとアオバは銀色のケースを持って

研究所のドアに手をかけた。

見た限り取ってなどに細工は無いが、

アオバは少しドアから離れた姿勢で

ゆっくりとドアを開けた。

中も電気はついているがかなり汚い。

どうも人が住んでいるとは今でも考えられないが、

彼女がここで研究をしているのも事実である。

そう思いながらアオバは廊下に入って行った。

怪しいところは無い、

ここもまだ安全である。

そして次に目に入ったのは

空いたままになっている入り口。

アオバが化石を置くようにと指示された部屋である。

「いよいよね。

 さてどう仕掛けてくるのか、

 楽しみね」

アオバはそう思いながら

廊下の壁に背をつけて中を窺った。

部屋の中には机が一台だけ、

その奥にはヘリポートのある広場が見える窓。

今度は何も無いことがとても怪しい。

指令書はあの机の上に化石の入ったケースを

置くというところで終わっている。

つまりあの女もそれ以上は考えていない、

ここでアオバをどうにかしようと考えている証拠であった。

アオバはそう思い注意深く部屋を見ていったが

仕掛けのようななものはは無い。

アオバは気をより一層引き締めると

部屋にゆっくりと入って行った。

そしてケースを持ち上げて

机の上に乗せようとした瞬間である。

アオバは背後で何かの気配が動くのを感じた。

「来たか!」

と思いケースを持ち上げたままアオバが振り向くと、

ドアの陰からクサイハナが出てきた。

その大きな花びらをこっちに向けようとしている。

しかしそれが見えた瞬間、

アオバは反射的に持っていたケースを

思いっきりクサイハナに投げつけた。

ケースは見事にクサイハナの頭にヒットし、

“ねむりごな”を出そうとしていたクサイハナは

衝撃で後ろの壁にもぶつかり目を回して倒れた。

アオバはクサイハナの頭からわずかにでている粉を見ると

吸い込まないようにマスクを取り出して顔につけた。

「ポケモンの技じゃないけど、

 相当なダメージでしょ。
 
 中の化石が無事だといいけど…。

 まぁあれだけの緩衝材があるからきっと大丈夫ね」

アオバは仰向けに倒れているクサイハナにマスク言越しにうと

「さてと、

 化石はちゃんと届けたし、

 これで任務は完了ね。

 あなたの目論見も失敗したようだし、

 大人しく出てきたらどうですか」

と今度は部屋の入り口の方に

新たに感じた気配に向かって呼びかけた。

その気配はすぐには動かず

その場でじっと黙って何か考えているようであったが、

しばらくして部屋の中に入ってきた

「プテラ?」

アオバは気配の動きからして

てっきりあの女がだと思っていたが、

部屋の中に入ってきたのは古代ポケモン・プテラであった。

「まだやる気のようですね。

 いいわ相手してあげなしょう」

そう言ってアオバは、

自分の後ろで開いていた窓から研究所の外に飛び出た。

「さぁ、

 いつでも出てきてください」

アオバは研究所前の広場に立つと、

入り口のドアや出てきた窓に注意しながら言った。

ドアの横には配達局員が運んできた荷物が

そのままになっている。

アオバは岩タイプにも草タイプにも対抗できる

エアームドのミュール入ったボールを左手に持ち

相手が動くのを待った。

出てくるのはあの女が先かポケモンが先か、

ドアからか窓からかなどと

考えてずっと身構えたまま待っていたが中々出てこない。

「またこっちから行かないといけないかしら…」

しばらくしてアオバはそう思ってボールを腰に戻すと

研究所に近づこうとした。

しかしその時であった。

アオバのすぐ近くで強烈な風が吹いたかと思うと、

彼女のすぐ左から灰色の影が迫ってきた。

アオバはとっさによけようとしたが

影が自分の側を通ったと思った瞬間、

体を何かにつかまれ空高くへと引っ張り上げられてしまった。



風が冷たい。

地面が遠くに見える。

そこは研究所の屋上よりもずっと上、

かなり高いところまでアオバは連れてこられた。

上を見るとプテラの灰色の腹部が見える。

さっき部屋に入ってきたプテラが

研究室に開いた穴まで回りこんで、

アオバを横から襲ったのであった。

その太い右足がアオバをがっしりと掴んでいる。

アオバはまず現在の状況を整理した。

プテラに掴まれているのは腰と左腕。

右手は動かせる。

しかし唯一の飛行ポケモンである

ミュールの入っているボールはプテラの爪の下。

他のポケモンを今は出す事はできない。

他に使えそうな武器も持っていないが

慌てる必要はない。

このプテラはあの女の指示で動いているはずである。

だが頭に何もつけていない所を見ると

今はこのプテラはその指示を受けていない。

プテラもずっと飛んでいるわにはいかないだろうから

そのうちどこかに降りるはず。

その時が脱出のチャンスである。

万が一途中で落とすつもりであっても、

その時はミュ−ルを出せばいい。

そう考えていると急にプテラの様子がおかしくなった。

横目でアオバの方を見ながら左足を変な方向にねじっている。

そしてそこに右足で掴んでいるアオバを近づけると左足の爪を立てた。

「何を!

 ……ん?」

思わず引っ掻かれると思ったアオバであったが、

爪が狙っていたは彼女がつけているマスクであった。

マスクの紐にかかるとプテラの爪は

力いっぱいそれを剥ぎ取った。

「何なのこのプテラ!

 こんなに細かい事ポケモンが自分でできるはず無いのに、

 どうやって指示を出しているの?」

これだけの事を前もって教えるのは難しい、

いやマスクをつけている事を予測して教えるなんて不可能である。

どこからか指示が出ているはずと思ったアオバだったが、

プテラの体にはどう見ても通信機など見当たらず、

地上から指示を送っている様子もない。

プテラの上の人が乗っているわけでもない。

プテラは森のはるか上を旋回している。

そして一声鳴くと大きな頭を背中の方に向けた。

そしてまた前を向いた時、

アオバはプテラの頭の上に1匹のポケモンが

掴まっているが見えた。

さっき部屋にいたクサイハナである。

そしてプテラがまた一声鳴くと、

そのクサイハナの頭から

緑色の“ねむりごな”が噴出した。

「まさか…」

アオバは全身の血の気が引いた。

自分を眠らせるつもりらしいが、

これではプテラまで眠ってしまう。

それでは3人で心中するようなものである。

そう思っている間に緑色の粉が

自分にも降りかかってきた。

アオバを強烈な眠気が襲い、

まぶたが重くなる。

次の瞬間プテラがバランスを崩した。

それまで風を切って飛んでいた翼の動きが止まり

地面に向かって落下し始める。

自分はこのまま空から眠ったまま墜ちて死んでしまうのか。

睡魔の中アオバはそう思い覚悟を決めた。

しかしある意味その心配は不要であった。

アオバは眠る直前、

プテラが翼の中ほどにある手に持っていたものを

口に運ぶのが見えた。

それは紺色の“カゴの実”、

ポケモンの眠気を覚ます実である。

実を食べたプテラは再び羽ばたき始め、

風を切って上昇していった。

高い空の上、

プテラの爪の中でアオバはほんの少しの安心感と、

このプテラは何なのかという疑問、

自分はどうなるのかという不安を抱きながら

深い眠りに入っていった。



つづく



この作品は都立会さんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。