風祭文庫・モノノケ変身の館






「いしのキオク」
(第4話:いしのキモチ)



原作・都立会(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-193





『私がポケモンに?』

セツコが声を震わせて言う。

恐怖で体も震え上がるような気持ちだったが、

頑丈な甲羅を持つポケモンの体は微動だにしない。

『そうよ。

 あなたはカブトっていう昔のポケモンになったのよ。

 おかげでやっとこうやって私と話すことも出来たでしょう。

 本当に嬉しいわ』

耳元でプテラが囁く。

セツコは姉のその言葉に言い知れぬ恐怖を感じた。

『お姉ちゃん?

 本当にお姉ちゃんなの?』

セツコは改めて聞いた。

『えぇそうよセッちゃん。

 研究を手伝ってくれてありがとう。

 3匹目の古代ポケモンが復活して、

 これで私の研究が完成できたわ。

 ありがとう』

鏡の向こうに見える姉の口調は昔の様にあくまでも優しい。

しかしその言葉がセツコはとても恐かった。

『そんな、

 人間をポケモンに変える研究だなんて、

 お姉ちゃんしっかりして。

 そんな恐ろしい事なんでしちゃったのよ』

セツコが泣きつくように姉に言った。

初めて知った姉の研究。

それがこんな事だとは思ってもみなかった。

『私はしっかりしてるわよ。

 ちがうのよ、

 本当は現代のポケモンを古代ポケモンに変えようとしたんだけど、

 研究の結果人間を使えば復活させることができたのよ。

 でも本当にポケモンになって正解だったわ。

 こんなに体も強くなったんだし空も飛べるんだから。

 あなただって水の中でも大丈夫なその体、

 きっとそのうち気に入るわよ。

 それにカブトなら軽いから

 またいつでも乗せてあげられるしね』

その言葉を聞いて、

セツコはここに来た時のことを思い出した。

『それじゃ迎えに来てくれたのも…』

『えぇ、あれは私。

 あんなに怖がることないのに。

 失礼しちゃうわね』

セツコは息を呑んだ。

まさか自分が乗ってきたプテラがあの姉であったとは。

そして同時に浮かんだのは

研究所に着く直前に会ったもう一匹のポケモンの事。

『それじゃさっき一緒に飛んでいたプテラも

 まさか前は…』

セツコは湖で見たもう一匹のプテラの事を聞いた。

『違うわ。

 あれは私の子供よ』

『お、お姉ちゃんの子供!?』

もうプテラになった姉の口から出るのは

予期せぬ話ばかりである。

いつか自分が相手を紹介しないといけないと思っていた、

研究の事しか頭に無いあの姉が

まさかポケモンの子供まで作っていたなんて。

セツコはもうこれ以上は驚きの声も出ない。

『そう私の息子、

 セッちゃんにとっては甥っ子ね。

 さすが古代ポケモンよね、

 生まれてすぐに一人立ちしたのよ。
 
 おかげで手がかからないし

 本来のプテラの行動も分かるからとても助かってるわ。

 私が子供を作るなんて信じられないって顔ね。

 だって私の研究目的、
 
 いいえ夢と言っていいわね。

 それはここで古代ポケモンをまた繁栄させることなの。

 私の研究で唯一の欠点といえば

 ポケモンが復活したら使った化石が壊れちゃうことなの。

 だから2匹目からは自分で作るしかないのよ。

 ちなみに結婚相手は私のピジョットよ。

 前からも思ってだけどすごいイケメンなんだから』

姉がクスっと笑いながら言う。

その仕草も人間だった時も姉のままである。

しかしそれが余計に不気味であった。

『ねぇ、

 お姉ちゃんそんな事もうやめて。

 わたしイヤよこんな研究。

 もうやめて!』

セツコは叫ぶように言った。

姉が初めて教えてくれたその研究の内容。

それがこんな事だったのか悪夢意外のなにものでもなかった。

『そんな事言わないで。

 セッちゃんもさっきも言ってたじゃない。
 
 誰もやったことない大偉業だって。

 それがカブトを復活させてやっと完成したのよ。

 それに私セッちゃんの事がずっと心配だったのよ。

 ずっと一緒に居たかったのよ。

 だからこうしてセッちゃんを呼んだの。

 こうすればまた話すこともできるし、

 一緒に暮らせるじゃない』

プテラの姉はポケモンとして一緒に暮らしたいと言う。

セツコもまた姉と一緒に居たい事には変わりなかった。

しかし、

『いやよ!

 だって私は人間よ、

 ポケモンじゃないもの!

 プテラのお姉ちゃんなんかと

 一緒に暮らすなんてできない!

 お願い元に戻して!』

セツコはまた強い口調で言った。

彼女はポケモンでなんかいたくなかった。

また姉と人間として一緒にいたかった。

しかし、それはもう叶わぬ事だと言う事を姉は告げる。

『それは出来ないの。

 人間をポケモンに出来たのは偶然なの。

 だから元に戻す方法はわからないの』

姉の言葉を聞いた瞬間、

もう無くなったはずの背筋に冷たいものが走る思いだった。

『戻せない?
 
 私一生このままなの?

 お願い何とかして見つけて。

 何か戻れる方法あるはずだよ』

セツコはそれでも必死になって嘆願した。

『でも無理なのよ、

 現実は御伽噺みたいにはいかないの。

 私もあなたももう

 ポケモンとして生きていくしかないのよ。

 だから早くその体に慣れてちょうだい。

 古代ポケモン同士また仲良く一緒に暮らしましょう』

プテラの姉が頼むように言と、

後ろからセツコを抱きしめた。

『そんな…、

 だめだよ。

 無理だよ。

 そんなお姉ちゃんと仲良くなんて出来ないよ…』

姉の腕の中で小さくなったセツコは静かにそう言った。

どうしてもポケモンとして姉と暮らすことが

考えられなかったのだ。

その時姉の顔が悲しそうになったのが見えた。

『やっぱりこうなっちゃうわね。

 …しかたないか』

姉がセツコの頭の上でそうつぶやくのが聞こえた。

おっして次の瞬間、

プテラがスゥっ深く息を吸ったと思うと、

突然その表情を豹変さてセツコを自分の顔の前に向けた。

『そんな事言ってももうだめなんだから!

 セッちゃんはカブトになったんだから、

 どう思っていてももう協力してもらうしかないんだからね。

 まずはあなたのこれから住む所に連れて行ってあげるわ』

そう言ったプテラの顔は恐ろしく、

セツコは身が凍りつくような思いで

硬い体をさらに硬直させた。

プテラは急に手荒く彼女を持って歩き出し、

研究室から廊下に出ると隣の部屋に入った。

そこには2つの水槽があり、

その1つには1匹のポケモンが入っていた。

『あのポケモンはオムナイトって言うのよ。

 あれが私が復活させたのよもう一匹よ』

水の中でピクリとも動かないオムナイトを

翼の先で指してプテラが言った。

『それじゃあの人も…。

 そんなヒドイ…』

セツコが泣きそうになりながら言った。

『ヒドイのはあっちの方よ。

 彼女は私に罪を着せてあの研究所から追い出したんですもの。

 そのせいであなたも苦労かけさせられたのよ。
 
 だから研究に協力してもらったのよ。

 でもそのおかげで私の研究も成功したんだから自業自得よ』

プテラはそう吐きすてるように言うと

『さぁ彼女と一緒に

 ここでずっと観察させてもらうからね。

 ちゃんとカブトとして協力してちょうだいよ』

ともう1つの水槽の中にセツコの体を沈めた。

水は冷たかったが、

それがカブトの体には心地よく感じられる。

水槽の中からセツコは外を見た。

プテラ姿の姉がこっちを見ている。

セツコは深い悲しみを感じていた。

久しぶりに自分の姉に会えると楽しみにしていたのに、

姉はプテラになっていて自分もポケモンにされてしまった。

姿だけではない。

2人の人間までポケモンに変えてしまった姉は

心まで恐ろしい魔物に変わってしまっていた。

セツコはプテラの向こう側にいる

オムナイトに目を移した。

彼女はまるで死んだような目をして、

力なく水槽の底に座っている。

よほど辛いことをされているのか、

もはや生きる気持ちを無くしてしまったように見える。

それを見て彼女はもうどうする事もできないと思い始めた。

自分は実験用ポケモンとして一生この姉に飼われるしかないのだ。

そんな絶望感がセツコの心を覆い尽くし、

彼女は水槽の外でずっと怖い目つきをしているプテラを

ただぼんやり眺めていた。



その時、

急にプテラが入り口の方を振り向いた。

驚いた顔をしてそちらに向かって何か言っている。

次の瞬間、

何かがプテラの巨体を壁に向け吹き飛ばし、

セツコの視界から彼女の姿を消し去った。

『何?

 何が起こったの?』

急いで姉の方を見ようとしたセツコであったが、

慣れないカブトの体ではゆっくりとしか動けない。

ようやくプテラの翼が見えかけたとき、

今度はセツコの頭の上の目に2本の太い腕が見えた。

上の目では色は分からないが、

今度も人間の手ではない。

何かのポケモンの腕である。

その腕がセツコの体を掴み水槽の中から彼女を引き上げると、

彼女の本来の目にその腕の主の体が急速に近づくのが見えた。

反射的にセツコは4本の爪を立て、

そのポケモンにしがみつくと、

彼女の爪がっちりとそのポケモンの体を掴んだ。

相手の体は岩のように硬い。

そしてその時セツコ上の目で見たものは窓際に倒れているプテラの姿、

そして本来の目に映ったのは肌色をしたポケモンの体であった。

『ごめんなさい。

 今までお世話になりました。

 本当にお元気で』

そのポケモンは若者のような声でそう言うと、

くるっと向きを変え廊下に向かって歩きだした。

ただ本人は走っているつもりらしく

『あなた誰?』

というセツコの呼びかけにも答えず

激しい息遣いをして必死で廊下を進んでいる。

そしてようやく出口までたどり着くと、

そのポケモンは体当たりするように扉を開け

セツコと共に研究所の外に出た。

しかしそのポケモンはまだ止まらず今度は湖の方に走り出した。

そしてセツコを抱えたまま水の中に飛び込んだ。

さっき感じた水の心地よさがまた彼女を包み込んだ。

するとそのポケモンは急に速度を上げた。

陸の上とは比べ物にならないほど泳ぎが速く、

セツコを抱えたまますごい勢いで水面近くを進んでいく。

セツコは上の目で見ていると湖の底が見えた。

初めはそれがだんだん深くなっていき

しばらくするとそれがまた浅くなっていくので

湖を横切ったことが分かった。

そして水が大分浅くなったところで

セツコを抱えているポケモンが泳ぐのをやめて浅瀬に立ち上がった。

どうやら研究所とは反対側の湖畔に来たらしく、

目の前に木の根っこが見えた。

『大丈夫ですか?

 セツコさん』

そう言ってそのポケモンは彼女を両手で持ち、

自分の顔の前に持ち上げた。

セツコはやっとそのポケモンの顔を見ることができた。

水色の丸い頭に大きな目と口、

頭の両側には羽のような白い耳が生えている。

そしてさっきまで岩のように硬い体だと思っていたのは彼の甲羅、

かめポケモン・カメールの甲羅であった。

『セツコさんしっかりしてください』

水の中でカメールが彼女をゆさぶった。

『…カメール?…。

 …どうして…

 …どうして…』

セツコがつぶやくように言った。

どうして助けたのか、

どうして姉を攻撃したのか、

どうして名前を知っているのか、

どうして自分はこうなってしまったのか…。

そんな問いが彼女の頭の中でぐるぐると回ってしまい

上手く聞くことができない。

そのままセツコの目から涙が出てきた。

水の中で涙はもやもやとした帯となって湖の中を漂い始めた。

その時、

『セツコさん…。

 すみません』

カメールがポツリと言った。

彼の顔が怒りと悲しみで歪んでいるように見えた。

『え?』

セツコが何の事か聞こうと思った途端、

カメールはまた彼女の体を自分に引きよせた。

セツコとカメールとの硬い甲羅同士がまた合わさった。

『こんな姿にしてしまって、

 本当にごめんなさい』

セツコを抱きしめたままカメールがそう言っている。

硬い甲羅を通じて彼の鼓動が彼女に伝わってくる。

セツコはその音を聞きながら彼の胸で静かになき泣き始めた。

そのまま2匹はお互いの心が落ち着くのを待った。

『あなた誰なの?』

そばらくしてセツコは少し気を持ち直すと

改めてカメールに聞いた。

『ボクです。

 タールです』

『タール?

 …タールちゃん?』

その名前を聞いてセツコはそのポケモンのことを思い出した。

ずっと前、

まだ自分が小さかった頃、

近くのポケモンセンターにいたゼニガメ、

その名前がタールだった。

『本当にタールちゃんなの?』

セツコはもう一度目の前のポケモンに尋ねた。

『はい。

 昔ポケモンセンターの横の池でよく

 一緒に遊びましたね』

そのポケモンの言うことに間違いなかった。

彼女の町のポケモンセンターの横には小さな池があり、

タールとはそこで毎日のように遊んでいた。

そう、

あの姉もいっしょに…。

『タールちゃん、

 カメールに進化したんだ。』

『はい、

 初心者用ポケモンとして

 あの人と一緒に町を出てから…』

とカメールが姉のことを口にした途端、

セツコの顔がまた曇った。

『お姉ちゃん…、

 なんで…』

またセツコはすするように泣き始めた。

なんでこんな事になってしまったのか、

どうしても信じられない。

『泣かないで下さい』

とタールが声をかけるが

彼女はそれで泣きやめられるわけがなかった。

『タールちゃん、

 私ポケモンになちゃったの。

 これからどうしたらいいの…』

泣き声のままセツコは言った。

するとすかさず

『大丈夫です。

 自分がずっとついています。

 自分がずっとあなたを守ります』

というタールの返事が返ってきた。

『え?タールちゃんが?』

当然セツコは驚いて聞いてきた。

これはタールが先日あの人と今日の計画を話し合った時には

もっと後で言えと言われていた言葉。

そう、

カブトになったセツコをタールが恐ろしい姉から助け、

そして彼を好きになってもらうための計画。

本当は彼女の姉から演技で言うように言われた言葉だったが、

今タールは心から彼女を守りたいと思った。

何も知らずにここに呼ばれてカブトにされ、

プテラに連れていかれるセツコを

彼は研究室の片隅からずっと見ていた。

全てはあの人の研究のための計画だった。

しかし、

彼にとってそれはさっき研究所で泣き叫ぶ彼女を見た時から、

もはやそれは演技ではなくなっていた。

『はい。

 もうあの人の所には戻りません。

 セツコさんをこんな姿にして、

 もうあんなひどい人にはついていけません。

 あんな悪魔のような…』

タールは心からセツコをカブトの姿にしたあの人、

そして自分を責めた。

しかしそう言った時

『やめてタールちゃん!

 お姉ちゃんの事そんな風には言わないで!』

とセツコが叫ぶように言った。

自分がポケモンにされたのにまだ姉をかばう彼女を見て、

タールはまた自分のしたことを悔やんだ。

『すみません、

 本当にすみません…』

タールは心からセツコに謝った。

あの人の事があるので本当の事は言えないが、

彼女を目の前にある岩の上に置くと必死になって頭を下げ続けた。

『ごめんなさい、

 いいのよそんなに謝らなくても。

 タールちゃんは全然悪くないのに…』

セツコの言う優しい言葉がタールの心に強く突き刺さる。

もう彼は耐え切れなくなった。

『違うんです、

 そうじゃないんです、

 ボクがいけないんです。

 ボクがセツコさんのことが好きだって言ったばっかりに…』

ついにタールは言ってしまった。

これは研究も彼女との関係もすべてが台無しになってしまうかもしれない言葉、

自分が彼女を選んだという事である。

しかし、彼はもう言わずには居られなかった。

本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

今度はタールの目から涙がこぼれ始めた。

するとしばらくしてセツコがゆっくり岩から下りると、

立ったまま泣いているタールにゆっくりと近づくと

元は右手だった爪で彼の足をやさしく掴んだ。

『タールちゃん泣かないで』

今度はセツコが声をかけた。

『でも自分のせいで

 セツコさんがこんな事に…』

タールはうつむいて目を閉じたまま泣いている。

『でもタールちゃん私を助けてくれたでしょ』

タールの足を持ったまま彼女が言う。

『でもあれもお姉さんにこうしろと言われたからで…』

『でもプテラのお姉ちゃんを攻撃して

ここまで連れてきてくれたじゃない』

セツコはタールにそう言った。

自分がカブトになってしまったのに

目の前で泣いているタールの事を励ましている。

その彼女の優しさがタールはさらに痛々しかった。

『でもあれも計画の内なんです、

 ボクがセツコさんのヒーローになるための…。
 
 だから自分は助けてなんかいないんです』

彼はさらに打ち明けた。

もう計画もこれからの事もどうでも良かった。

ただただ真実を告げる事しかできなかった。

『でもタールちゃん、

 あんなに頑張って走って泳いでたじゃない。

 私分かるよあれは本気だったて』

『でも、でも…』

それでもタールはうつむいたまま泣きつづける。

そんなタールをセツコはまた黙って見ていたが、

しばらくして4つの爪になった手足で彼の足をしっかり掴むと

甲羅の下の目でタールの顔を見上げた。

そして思い切ったように彼に向かって声をかけた。

『ねぇ教えてあげる。

 私がトレーナーにならなかった理由。

 それはね、

 私もタールちゃんの事が好きだったから』

『え?』

タールは泣き顔のまま彼女を見た。

突然自分が好きだと言われて

困惑している。

『私ね昔、

 トレーナーになって最初のポケモンにするのは

 絶対タールちゃんにするって思ってたの。

 でもお姉ちゃんが先にタールちゃんを

 自分のポケモンにしちゃって…。

 それでもう何だかすごく悔しくって、

 他のポケモンをパートナーにする気にもなれなくって…。

 だからさっき好きって言ってくれた時、

 なんだかとても嬉しかったの。

 …こんな時に何言ってるんだろ私、

 変だよね』

そう言うと硬い甲羅の中でセツコが初めて笑みを見せた。

『そんな…、

 セツコさんがボクを好きだなんて…』

タールは戸惑った。

彼女がまさか自分を好きでいてくれて、

その為にトレーナーにならなかったとは、

タールは申し訳なさと共に嬉しさを感じた。

『そうだよね、

 いま言ったらだめだよね。

 あくまでポケモンと人間の関係で思ってた事だし…。

 今言ったら迷惑だよね』

たじろいでいるタールの様子を見てセツコがそう言うと

『そんな事ないです。

 嬉しいです。

 でもボクのやった事は決して許されない事で…』

タールは慌てて言った。

素直に自分の気持ちを伝えたが、

その分まだ自分が許せなかった。

『だから、

 お願いだから、

 もうそんな事は言わないで。

 そうね、

 許されないのなら今から償ってもらうだけよ。

 これからはしっかりと私のこと助けてもらうからね』

セツコがタールを真っ直ぐに見つめて言う。

『え、

 はい、

 …もちろんです。

 ボクがんばりますんで。

 絶対セツコさんの事お守りします』

タールが意気を込めてそう言った。

あのむじゃきだったタールが少し頼もしく見えた瞬間だった。

『ちゃんとご飯も用意してよ。
 
 強いポケモンとか来たらちゃんと私の事守ってよ。
 
 ちゃんと責任とって私のこと守ってもらうんだから』

それでもセツコは強く言った。

『はい、大丈夫です。

 特に甲羅の手入れには自信がありますから』

そう言ったタールを見て、

セツコは思わず吹き出した。

『そうよね、

 タールちゃんはかめポケモンだもんね。

 そうねこれからはこうらポケモン同士なのよね…。

 …よろしくお願いね』

ポケモン同士、

姉も言ったその言葉を発して

セツコは一瞬思いつめた様子だったが、

すぐにタール優しく微笑みかけて言った。

もうポケモンとして生きていくしかない。

ポケモンになってしまい姉とも絶交した今、

自分には彼しかいないという事を彼女は強く感じた。

『それで聞きたいんだけど、

 お姉ちゃんはタールちゃんを私と仲良くさせて、

 いったいどうしようとしたの?』

セツコに聞かれてタールは顔を赤らめた。

『えっと…、

 その実は……』



湖の中のカメールとカブト様子を、

空高くから見ていたポケモンがいた。

しばらく見ているとカメールの足を掴んでいたカブトが笑って彼に体を上り、

口付けするのが見えた。

『ふぅ、

 どうにか上手くいったようね。

 それにしてもタールちゃん、

 加減するの忘れてたのかしら、

 さっきは“みずでっぽう”、

 本気で倒されるかと思ったわ…。

 でも良かったわねセッちゃん、タールちゃん。

 あなた達ふたりが幸せな家庭を築く事、

 それが私の何よりの願いよ』

プテラは湖の中にいる2匹のポケモン向かってに、

夕焼け空からそう言った。



辺りはすぐに暗くなった。

プテラは真っ暗な研究室に戻った。

鳥ポケモンであるピジョットはもう寝ている。

モニターにはさっき返したオムナイトとそのタマゴを

大事そうに抱えるカイリュウの姿が映っている。

プテラは部屋の明かりをつけると一人

研究室のデスクの前に腰を下ろした。

一人で居る研究室は物音一つしない。

今日ようやく3匹目の古代ポケモンを

復活させることができた。

これで自分の研究はほぼ完成である。

やり遂げた達成感というよりは

これでやっと終わったという気分であった。

あとはオムナイトとカブトの子が誕生したら

それで本来の生態を観察するだけ。

それまでしばらく研究はお休みである。

そう考えていた時、

彼女はデスクの奥にある写真立てが目に入った。

そしてゆっくりと手に取った。

以前タールも手に取った写真。

今は彼も写真の中の妹も、

もうここにはいない。

そう思った途端、

彼女は今までなかった孤独というものを感じた。

一人この研究所に来た時にも感じなかったこの思い。

今まで自分は一人でも平気だと思っていた彼女にとって意外な感情であった。

家族や友達を失ったという悲しみ、

それは心に大きな穴が開いてしまったように感じられた。

そんな思いが胸の中にいっきに広がっていき、

ぼんやり写真を眺めていていた彼女の目には涙が蓄えられ

今にも溢れ出しそうにまでなっていた。



その時彼女のすぐ側で電子音が鳴った。

パソコンにメールが届いたのである。

それを聞いたプテラは少し鼻を啜り、

もう片方の手でマウスを動かしメールを開いてみると、

組織本部からの連絡であった。

あまり力をいれて見ようとはしていなかったが、

見出しが目に入った瞬間

彼女の目の色が変わった。


“ホウエン地方の砂漠で

新たなポケモンの化石発見”


次の瞬間、

プテラは急いで立ち上がるとパソコンの方に歩み寄った。

見る者がポケモンでないと分からないだろうが、

デスクの上に写真立てを伏せて置いた彼女の顔は、

成果を貪欲なまでに追い求める研究者のそれに戻っていた。



つづく



この作品は都立会さんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。