とある高原の古い研究所の中、 うす暗い部屋で1匹のポケモンがデスクの前に立っている。 彼女の目の先にはデスクの上に置いた2枚の写真が置かれていて、 それにはそれぞれ1人の人物が映っている。 『一番の標的への復讐は完了した。 さて、 残りの化石はどちらにするか…』 その写真を見ながらプテラは思案をめぐらせ始める。 プテラの復讐… それは彼女を町の研究所から追い出す策略に関わった人達を 自分の研究材料にする事であり、 すでにその首謀者だった元同僚は自分の手に落ちていた。 そして、彼女の手元に残る化石はあと1つ。 それを誰に使うかで迷っていたのであった。 と、その時1匹のポケモンが彼女のそばに寄ってくると、 『何してるんですか?』 とプテラに声をかける。 『あぁ、 タールちゃん。 ちょっと次の研究に誰を使おうか考えててね……』 そのポケモンの方に顔を向けながらプテラは言う。 タールちゃんと呼ばれるポケモンは プテラに変身した彼女と一番付き合いの長いポケモンであり、 彼女が初めてポケモントレーナーになった時にもらった最初のポケモンである。 以前からとても彼女に懐いていたが、 彼女がポケモンになってからは正に心からの友となり 彼女の研究を手伝っていたのである。 そして、彼女を見上げるそのポケモンを見ながら、 プテラはあることを思いついた。 『……そうだわ、 それじゃぁあなたに選んでもらおうかしら。 この前のもあなたにって考えてたけど、 あれはカイリュウに取られちゃったからね』 そう言いながらプテラは両翼にある太い指で そのポケモンをしっかりと掴むと、 写真の前まで持ち上げ、 『さぁタールちゃん、 あなたはどっちがいいかしら。 あなたの気に入った方を選んでちょうだい』 と尋ねた。 『うーん』 2枚の写真の前に突き出されたポケモンはじっと目で見比べるが、 でも、なかなか答えが出ない。 そして、しばらくして机の上にあるものを見つけると、 『ボク、 この人がいいです』 と言いながら1枚の写真を手に取った。 だがそれは2枚の写真のどちらでもなく、 デスクの奥に置いていた写真立てだった。 『ちょっとタールちゃん、 それは違うでしょ。 この2人のどっちがいいか聞いたのよ』 タールの予期せぬ答えにプテラは慌てて言うと、 しかしタールは写真を見つめながら 『でも、 ボクこの中だったら彼女がいいです。 とても優しいし、 一緒にいて楽しかったから。 この人が一番好きです』 とタールは強い口調でそう言った。 顔を上げた彼女のその無邪気な2つの目がまっすぐプテラを見つめている。 それを見ながらプテラは少し考えた後、 『タールちゃん、 あなたの気持ちはよく分かったわ。 …そうね、それはいい考えね。 それじゃぁ彼女にしましょう。 私もあれ以来ずっと心配だったし…』 とタールに言うと、 『うわーぃ!』 タールは嬉しそうな顔をした。 また彼女と会えることをとても喜んでいる。 しかし、その時プテラは部屋にあるモニター目がいった。 そこには全く動かないオムナイトを抱きかかえているカイリュウの姿が映っている。 『う〜ん、 でもあの子を呼んだとしてもあれじゃぁ研究には使えないし、 それにあの子にはあんな風にはなってほしくないわね……』 プテラはそう思うとしばらく考えていたが 『……ねぇタールちゃん、 彼女を呼んだらこうしてほしんだけど』 と、タールにある計画を話し合った。 その数日後 街の市場を1人の若い女が歩いていた。 「お姉ちゃん、 やっと会ってくれるんだわ」 “セツコへ”と書かれた手紙を持ったその少女は 姉との久々の再会に心弾ませていた。 彼女の姉は以前まで街の研究所で働いていた。 数年前に両親を亡くしたセツコにとって、 姉とはお互いたった1人の肉親だった。 既に仕事に就いていた姉は両親亡きあと、 まだ学生だった彼女の学費や生活費の他、 全ての面倒を見てくれた。 姉はセツコにとって生活のそして心の支えであり また大きな誇りであった。 しかし1年前その姉が突然研究所から出ていってしまった。 姉は何も話してくれなかったが、 研究に情熱を注ぐ姉が自ら辞めるとは考えられなかった。 きっとつらい訳があったのだとセツコは思い、 何とかして理由を聞いて姉を励ましたかった。 しかしそれ以来姉は高原の研究所に引きこもってしまい、 自分との連絡も絶ってしまっていた。 そんな姉から先日手紙が届いたのだった。 ワープロで書かれたその手紙は、 彼女を自分の研究所に招待したいというものであった。 “ちょっと汚いところだけど我慢してね” という所にプライドの高い姉らしさが出ていた。 彼女はその手紙と地図を見ながら街を出て青空の下道を歩いていた。 「えっと…、 街を抜けて道の左に大きな広場があって、 そこに着いたらメールするのね」 地図を確認しながらセツコはしばらく歩くと 目印の広場を見つけた。 広場というよりそこは空き地で、 緑の草が生い茂っている。 “いま道の横の広場に着いたよ” セツコはそう姉にメールを打つと、 すぐ返事が届いた。 “着てくれたのね、 ありがとう。 今から迎えをよこすから10分ぐらい待っててね” と画面に表示された。 「迎え? 車か何か来るのかな」 そう思ってセツコがしばらく待っていると、 突然彼女の上を巨大な影が通り過ぎた。 セツコはびっくりして見上げると、 大きな翼を持つ灰色のポケモンが自分の頭のすぐ上を飛んで行き、 上空で旋回をしながら向きを変えると目の前の空き地に下りてきた。 そして、空き地の真ん中に着地すると こっちを見ながら羽を畳んでいる。 そして驚いた顔で見ているセツコにゆっくりと近づいてくると、 そのポケモンは手に持っていた封筒を彼女に差し出した。 「え?私に?」 セツコがそうつぶやくと、 そのポケモンが大きなアゴを縦に振った。 せツコはそのポケモンの大きな口や鋭い目を怖がりながらも 手を伸ばしてそのポケモンから封筒を受け取った。 封筒をあけると中には一枚の紙が入っており、 “セッちゃん、 迎えにきたわ。 研究所に連れてってあげるから背中に乗ってちょうだい” と書かれていた。 「そうか、 迎えってこのポケモンのことね。 お姉ちゃんの所まで連れてってくれるの?」 セツコがそう聞くと、 そのポケモンは大きくうなずいた。 「そうなの。 お願いねポケモンさん。 えぇっと…、 何てポケモンだったけなぁ」 セツコは目の前にいるポケモンを見ながら言う。 昔何かの本で見たことあるのに、 このポケモンの名前が思い出せない。 しかも何だろうこのひっかかるような感じは…。 そんな事を考えながらセツコは 背をかがめているそのポケモンの背中に上った。 背中のでっぱりの上に腰を下ろし、 足を羽の前に足を下ろすとセツコは 「顔はちょっと怖いけど、 あなたおとなしいいい子ね。 それじゃぁお姉ちゃんの研究所までお願いね」 と言ってそのポケモンの頭を撫でてあげると、 その太い首にしっかりとつかまった。 それを確認したプテラはその高い声で鳴くと翼を大きく羽ばたかせた。 広場に土ぼこりがたち、 セツコを乗せたポケモンはゆっくりと大空へ舞い上がった。 ポケモントレーナーでないセツコにとって、 ポケモンに乗って空を飛ぶのは久しぶりだった。 あれはもう何年も前である。 姉のピジョンがピジョットに進化した時に乗せてもらったのだ。 その時セツコは怖くて姉の背中を掴んだまま目をつむってしまっていたが、 吹いてくる風だけはよく覚えていた。 暖かな風がとても気持ちよかった。 そして今自分はまたその時と同じ風を感じた。 暖かな風はまた気持ちよく、 また空からの景色は最高であった。 太陽が近くに感じられ、 地上の森や遠く山が一望できる。 今ポケモンに乗っているのは自分一人だが、 今回は不思議と怖くは無かった。 まるで姉と一緒にまた飛んでいるようであった。 「ねぇ、 空を飛ぶのってすっごく気持ちいいでしょう」 その時前に姉が言った言葉がまた聞こえたような気がした。 あの時は答えられなかったが、 今なら言える。 「うん、 すっごく気持ちいいねお姉ちゃん。 また一緒に飛ぼうね」 セツコがそう言うと、 彼女を乗せていたポケモンが甲高く鳴いた。 森の上をしばらく飛ぶと目の前に湖見え、 プテラはそれに向かって高度を落とし始めた。 セツコが湖の方を見ると、 その上を1匹のポケモンが飛び回っていた。 灰色で翼を持つポケモン、 自分が今乗っているのと同じ種類である。 そのポケモンがこっちに向かって飛んでくると、 セツコを乗せているポケモンが高い声で鳴いた。 するとあちらも同じように鳴き声を出した。 どうやら仲間同士で挨拶しているようだった。 そのポケモンは何回かセツコらの周りをぐるぐると回ったあと、 すぐ横を並んで飛び始めた。 よく見るとあちらのポケモンの方が自分の乗っているのより少し小さい。 「もしかしてまだ子供かな…」 そんなことを考えているうちに、 セツコの乗ったもう地上近くまで降りてきていた。 湖の水面のすぐ上を、 2匹の灰色のポケモンが並んで飛んでいる。 森をバックに並んで飛んでいるポケモンが見えた時、 それが本で見たそのポケモンのイラストと重なり、 同時にセツコはそのポケモンの名前を思い出した。 「…プテラ。 そうだプテラってポケモンだわ」 セツコはやっとのことでこのポケモンの名前を思い出せたことを喜んだが、 同時におかしいことに気づいた。 「でもプテラって、 確か大昔に絶滅したポケモンのはずじゃ…」 セツコがそう考えているうちに、 彼女を乗せたポケモンは湖畔の地面に降り立った。 「これがお姉ちゃんの研究所…」 身をかがめているポケモンから下りながら、 彼女は目の前の建物を見てつぶやいた。 壁にツタが何重にも絡まった古い建物。 手紙の通り本当にひどい所だと思った。 「お姉ちゃん、 一人でずっとこんな所にいたんだ。 きっと大変だったんだろうな…」 セツコはそう思いながら研究所を見上げた。 あの姉がずっと住んでいるなんてちょっと信じられなかったが、 確かに手紙に書いてあった通りの場所である。 ボロボロの研究所を唖然と見ている彼女の横で、 彼女を乗せてきたポケモン・プテラが 建物の湖近くにあるドアの所まで歩いていくと、 翼の中ほどにある指でノブを回してドアを開けた。 そしてもう片方の手で中に入るように促している。 「へぇ、 ドアマンまできるの。 あなたすごくお利口さんね。 ありがとうプテラさん」 ドアを持っているプテラにそう言うと、 セツコは研究所の中へ入っていった。 研究所は中もひどいありさまだった。 全く手入れされておらず、壁は汚れ、 床にはホコリが溜まり、 落ち葉が積もっている場所もあった。 セツコの歩いている廊下に電気はついているが、 所々蛍光灯が切れてしまっている。 「お姉ちゃん、 本当に大丈夫なのかな。 また研究のことばかり考えているんだろうけど…」 そう思いながらセツコは歩いていると、 1カ所明かりのついている部屋があった。 中には机とパイプ椅子。 机の上にはモニターとなぜかマイクがあり、 コードが部屋の外に伸びている。 机の向こう側には開いたままになっている窓があり、 外には自分がプテラで降りた広場、 その先には森が見えた。 セツコは部屋に入りゆっくりと机に近づいてみると、 その上には手紙も置いてあった。 “セッちゃんへ 今はちょっと会えないから しばらくここで待っててね。 そっちの声はマイクで聞こえるから それに向かって話してちょうだい。 こっちは今声が出せないけど、 文字は打てるからそれで返させてもらうわね” と書いてある。 その手紙をセツコが見ていると、 モニターに文字が現れた。 “いらっしゃい。 よくきてくれたわね” 姉からのメッセージのようである。 「お姉ちゃん? 私よ。 聞こえる?」 セツコはモニターの前のマイクに向かって言ってみた。 “ええ、よく聞こえるわよ。 ごめんねセッちゃん、 研究のせいで今はこんな形でしか会話できなくて。 もうちょっとしたら普通に話せるようになると思うんだけどね” 彼女の言葉を受けて、 モニターに新しい文字が出た。 どうやら姉は今しゃべれない状態らしい。 「いいのよ。 どうせまた何かの実験中なんでしょ? 私も早く話したかったから。 お姉ちゃんは元気なの?」 研究のこととなれば寝食を惜しむ姉である。 また手が離せないのだろうとセツコは思いながら言った。 “えぇ、 びっくりするほど元気よ。 体は丈夫になったし、 もうパワーが有り余って困ってるぐらい。 それよりセッちゃんはどうなの?” また新しい文字が出た。 その言葉の感じから、 マイクの先にいるのは姉で間違いとセツコは思った。 「うん、元気だよ。 本当に心配だったんだよ。 ずっとここにいたの?」 セツコはすぐに聞いた。 この1年姉には会ってなかったのでとても心配だったのだ。 “えぇ、汚いから最初はちょっとあれだったんだけど、 何としても自分の研究を完成させたかったから。 今はもう慣れちゃって、 むしろ居心地がいいぐらいよ。 それよりセッちゃんはどうだったの? アレ以来こっちも全然助けてあげれなかったから” 姉もまた聞いてきた。 ずっと連絡が無かったとはいえ、 姉妹でお互いのことを心配していたことがセツコは嬉しかった。 「えぇ大丈夫よ。 学校は休学しちゃったけど、 今はいっぱいアルバイトしてるし、 一人で何とかがんばってるから」 とセツコは言った。 できるだけ姉には心配かけまいと思ってはいたが、 いざ話してみるとどうしても甘えが出てしまう。 “そうだったの。 本当にごめんなさいね。 あんなことがなければ今でも助けてあげれたのに。 本当に苦労かけてごめんなさい” セツコの危惧した通り、 姉に謝らせてしまった。 「そんな…いいのよ、 本当に大丈夫だから。 今まで私、 お姉ちゃんに頼ってばっかりだったし…。 これからはお姉ちゃんの力になりたいの。 ねぇいったい何があったの? 教えてくれない?」 セツコは1年前の事を尋ねてみた。 あの時姉は何も教えてはくれなかった。 今なら自分にも打ち明けてくれるかなとセツコは思って聞いたのだが、 “ありがとう。 でももうあの時のことはいいの。 この前ちゃんと解決したから” やっぱり姉は話してはくれないようだ。 「そう、 それならいいけど…」 セツコはちょっとがっかりしたが、 でも解決したというのならそれでいいと思った。 彼女は代わりにさっき疑問に思ったことを聞くことにした。 「ねぇ迎えにきてくれたポケモンってプテラでしょ。 確か大昔に絶滅したポケモンだと思ってたんだけど、 違ったっけ?」 セツコは自分をここまで連れてきてくれた あのとてもお利口なポケモンの事がどうしても気なっていたのだった。 “びっくりしないでね。 あのプテラはね、 私が復活させたのよ” 「エェッ! 復活させたって? お姉ちゃんが?」 セツコは思いもよらぬ答えにびっくりした。 てっきり自分の記憶違いか、 そうでなければどこかで発見されたものだと思っていたからである。 “驚いたでしょ、 そうなの。 古いコハクからプテラの遺伝子を取り出してね。 去年復活させることに成功したのよ” 画面の向こうで誇らしげにしている姉の姿がセツコの頭に思い浮かばれた。 「すごい! お姉ちゃん、 すごすぎるよ! 大昔のポケモンの復活なんて、 だれもやったことない大偉業だよ。 ずっとそんなすごい研究しててんだ。 何かすごい賞とかもらったの?」 姉からの信じられない答えに、 セツコは何度もすごいと言うしかなかった。 姉がポケモンについて研究している事までは知っていたが、 まさか絶滅したポケモンを復活させてしまうとは思ってもみなかった。 “まだ研究段階だからまだ世には出してないんだけどね。 もうちょっと研究して、 それが完成してから報告しようと思ってるの” 興奮しているセツコに対し、 当の姉からの返事はいたって冷静と思えるものだった。 「う〜ん、 なんかもったいないな〜。 それじゃぁ今まで出来てたのに、 損してる感じじゃない」 “ちょっと、 事情があってね。 ちゃんと完成してから発表したいの” セツコは研究成果を早く発表しない事が残念に思えてしかたなかったがが、 人類が未だなしえたことのない事に成功しても冷静である そんな姉がまた誇らしくもあった。 “それでなんだけどねセッちゃん” そんな時、姉がモニターで呼びかけてきた。 「何? お姉ちゃん」 セツコは聞いた。 声は伝わってこないが、 姉が何か重要なことを言おうとしているのが分かった。 “これからはここで私の研究を手伝ってほしいのよ” 「手伝うって? ここで昔のポケモンの研究を?」 セツコは急に手伝ってと言われて少し声を高くして言った。 “そうなの。 どうしても人手がたりなくてね。 どうしてもセッちゃんにやってもらいたいのよ” 「でも私、 ポケモンのこと全然知らないよ。 トレーナーでもないし…」 セツコは言った。 10歳でだれでもなれるポケモントレーナー。 マスターを目指すか否かは別として 自分のポケモンを持つことが許されるので 現代では大半の人がトレーナーの肩書きを持っている。 しかしセツコは昔あること事情により その登録はしていなかった。 いわばポケモンとは無縁の生活を送っていた自分に 手伝いなんかできるのだろうかとセツコは思った。 “それは大丈夫よ。 今日少し実験を手伝ってもらって、 それからは普通にここで居てもらうだけでいいのよ。 ちゃんと暮らしやすいように今からしてあげるから” モニターを通してそう姉は言ってくる。 モニターの前でセツコは考えた。 今までの自分は姉に頼ってばかりであった。 そんな姉が自分の研究を手伝ってほしいといっている。 この研究所で暮らしやすいようにしてくれるとも言っている。 きっと改装してきれいにしてくれるのだろうとセツコは思った。 それに今の自分の暮らしはアルバイトをして何とか生活している状態である。 別に断る理由は無いし、 何よりもずっと会うことさえできなかった姉と、 また一緒に暮らせるのである。 そう思うとセツコは 「そこまで言うのなら…いいわ。 どこまでお手伝いできるかは分からないけど、 お姉ちゃんとまた一緒にいられるんだもの」 とマイクに向かって言った。 “ありがとう。 これからちょっと大変かもしれないけど、 セッちゃんだったら大丈夫よ。 しっかりがんばってね。 本当にありがとう” 嬉しそうな姉の声が今にも届きそうだった。 それに文字ではあるが、 こんなに姉に礼を言われるのも初めてである。 「いいのよ。 私もずっと会いたかったし。 ねぇ今どこにいるのよ。 ちゃんと会って話ししたいし」 ずっと一方的に話している感じだったので、 セツコはそろそろ姉に直接会いたくなった。 “それじゃぁそのまま待っててくれる? 今からまた迎えにいくから” すぐに姉からの返事がきた。 「うん、 待ってるから」 セツコはそう言って、 開いたままになっているドアの方を向いた。 しばらくして廊下に誰かの足音が聞こえた。 「お姉ちゃん?」 そう言ってセツコ立ち上がろうとしたが、 足音がどうにもおかしい。 これは人ではなくポケモンの歩く音、 それも2匹分聞こえる。 そう思っていると、 ドアから頭に丸い花びらを持つポケモンが入ってきた。 「クサイハナ? またお迎えかな? ……!」 そう言ったセツコの目の前で、 突然そのクサイハナの頭から緑色の粉が噴出した。 ねむりごなを直に浴びて、 彼女はそれと気づく前にすぐ寝てしまった。 窓から入ってくる風でねむりごなが部屋から出て行くと、 廊下にいたもう一匹のポケモンが部屋に入ってきた。 『いつもご苦労さま。 はい、 約束のポケモンフーズよ』 そのポケモンがぱんぱんに膨らんだ袋を差し出すと、 クサイハナはそれを受けとり、 窓から森へ帰っていった。 部屋に残った灰色のそのポケモンは 机にもたれかかるようにして眠った妹に近づくと、 そのポケモンは彼女を翼で優しくなでた。 『セッちゃん、 やっと会えたわね。 あなたに手伝うってと言ってもらえて、 本当にうれしいわ』 そう言うとそのポケモンはセツコをそっと抱きかかえ、 部屋を出て行った。 セツコは冷たさを全身に感じて目が覚めた。 自分の体が水に浸かっている。 驚いて起き上がるとそこは透明なカプセルの中、 その周りには無数の機械が並んでいる。 そしてカプセルには緑色をした水が流れ込んできており、 中に溜まってきている。 セツコは怖くなりまわりを見渡したが、 近くに人の姿はない。 カプセルの外にいたのはあのプテラが1匹、 じっとこちらを見つめている。 セツコは何が起こっているのは全く分からず、 恐怖から黙ってカプセルの中で緑色の水に浸かっていた。 そかしその量はどんどん増えていき、 ついにカプセルのほとんどが水に満たされた。 その時になってセツコはやっとのことで叫んだ。 「助けて、 お姉ちゃん!」 そう言った時、 カプセルのそばにいたプテラ口が少し動いた。 それはカプセルの中のセツコに向かって そっと何か言ったように見えた。 そしてカプセルが緑の液体でいっぱいになった瞬間、 カプセルの中を強力な電気が走った。 セツコは体が電気に痺れて動かなくなった。 いや動かせなくなっただけで、 体が勝手に動いている。 しかもただ動いているわけではない。 全身が光りだすと今まで無かった形に変化している。 彼女は体が光の中心に向かって 押し縮められていくように感じた。 まるで周りからボールのような型で押し固められるかのように、 小さな硬く丸いものに変わっていく。 それと共にセツコの手足が元あった位置からお腹の方に移動してきた。 そして手や足首がそれぞれ鋭く尖った1つの爪になると 残った腕と足も内側を向き、 体の上で何かを抱え込むような格好になった。 その間も体の凝縮は進み、 さらに小さく さらに硬くなっていき、 ついに彼女の背中は50cmの半円型の硬い甲羅になってしまった。 比重を増したセツコの体はカプセルの底に沈むと、 ゴンという鈍い音が水の中に響いた。 その音に続き パアァァンッ… という何かが砕け散る音が響き渡った。 そしてカプセルの中で輝いていた光消えると、 その底にはこうらポケモン・カブトの姿があった。 光が収まると共に突如セツコの視界が開けた。 顔は硬い背中の下で床の方を向いているはずなのに天井も見える。 あたかも頭の後ろがわにも目が出来たようであった。 彼女は辺りを見回そうとしたが、 体を動かすことができない。 動かすことが出来たのは目と口、 それと4本の爪になった手足だけであった。 首も腰も硬い甲羅に固められてしまっており、 ピクリとも動かせなくなっていた。 『うっ、 どうなってるの…』 カプセルの底でセツコはがうめくように言った。 世界の全てが変わってしまったように思えた。 水の中でも苦しくないし視界は広い、 その上、今度は声まで出た。 セツコは落ち着いて考えようとしたが、 どう考えても頭で理解できる状況ではなかった。 そうこうしていると今度は突然彼女の周りの水が流れ始めた。 激しい流れに押されるようにセツコの頭が流れる方向に向いた。 すると今度は流れの先から2つの手が伸びてきた。 3本指の灰色の手、 その手がセツコの硬い体を両側からしっかりと掴むと 水の流れる方向に彼女引っ張り出した。 そして彼女の体は緑がかった液体の流れ出るカプセルから外に出た。 次の瞬間、 セツコの目に巨大化したプテラの姿が映った。 両手で彼女の体を持ってこっちを見ている。 セツコはプテラの大きな口にそのまま吸い込まれるような気がして、 気絶しそうになった。 しかしその時である。 『セッちゃん、 セッちゃん、 しっかりして』 体がゆすられる感覚と共に、 どこからか懐かしい姉の声がした。 『…お姉ちゃん? お姉ちゃん! どこなの? 私はここよ!』 セツコははっと気が付くと叫ぶように言った。 そして動かせる目で必死に周りを見渡して姉の姿を探したが、 どこにもその姿が見つからない。 『大丈夫、 私はあなたの目の前にいるわ』 また姉の声が聞こえた。 だが、聞こえて来たのは自分の正面から。 しかもそこには甲高い鳴き声が混ざっていた。 『…目の前?』 そう言ってセツコは恐る恐る正面を見た。 そこにいるのはあの巨大なプテラ。 しかもこっちを見て微笑んでいるように見えた。 『そうよ私よ。 セッちゃん久しぶり。 本当に元気そうで何よりよ』 目の前のプテラがそう言った。 その声は間違いなく姉の声。 ポケモンが姉の声でしゃべっている。 『ウソ、 ウソよ。 だって私のお姉ちゃんは人間よ。 プテラじゃないわ』 セツコは慌てて言った。 『ええ、 前は人間だったけど、 研究のおかげでプテラになったの。 見てセッちゃん、 強そうな体でしょう』 プテラが自慢そうに体を動かす。 その言い方、しぐさ、 全てに姉の面影が重なって見える。 『そんな、 信じられるもんですか! お姉ちゃんがポケモンになっちゃうなんて。 ありえないわ!』 セツコはそう叫んで頭を抱えようとしたが、 思うように手が動かない。 『ありえなくは無いわよ。 だってセッちゃん、 あなたもポケモンなんですから』 セツコのその様子を見たプテラが穏やかにそう言った 『え?』 その瞬間、セツコの思考回路が止まった。 『私が…、 ポケモン?』 どういうことか分からず彼女の目が泳いでいる。 『それじゃあ一緒に見てみようか。 セッちゃんがどんな風になったか』 そう言ったプテラは明るい所まで歩いていくと、 そこにあった鏡の前に立った。 『これは…』 鏡にはプテラに捕らわれたセツコの姿が映はずだった。 しかしそこに見えたのは 茶色い甲羅と4本の黄色い爪を持つ 見たことも無いポケモンの姿。 『手足を動かしてみて』 後ろからプテラがそっと言った。 手足や目を動かしてみると、 鏡の中のポケモンも同じように動く。 それは鏡に映っているのは自分だという 疑い様のない証拠であった。 つづく この作品は都立会さんより寄せられた変身譚を元に 私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。