風祭文庫・モノノケ変身の館






「いしのキオク」
(第2話:かいのカセキ)



原作・都立会(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-191





「所長、ポリゴンのデータ解析結果出ました」

「ん〜、いいわね。

 じゃぁこっちの方もお願い」

とある町の研究所。

見かけはただの薬品会社の研究所であるが、

そこがある闇の組織のものであることを知るものは少ない。

そして、その研究所の一角、

所長室と書かれた部屋では

白衣を着た1人の女性が部下からの報告を受けていた。

彼女の名前はミキ。

何年も研究員として働き、

今年若くしてここの所長になった。

彼女の知性と才能、

そして欲深さによって掴んだ地位であった。



この日も、部下からの研究報告を受けていると、

情報部の団員がやって来て、

「ミキ様、例の場所よりお届けものです」

と言いながら封筒を差し出した。

「あぁ、ご苦労様。

 そこに置いといて」

報告を受けながらミキは情報部の団員に指示すると、

団員は言われたとおり、

封筒をミキの傍に置いて出て行く。

そして、団員が出て行った後、

置かれた茶色の封筒を手に取るなり、

ミキは鼻で笑った。

それは以前、

彼女が追い出した元研究員からのものだった。

常に研究のことばかりを考え、

お金にも地位にも興味を見せなかった

その女研究員はミキの出すどんな誘惑に見向きもせず、

ひたすらその成果をあげていたのであった。

だが、それは他人を出し抜き、

出世を望むミキにとってとても邪魔な存在となり、

ついに、同じように彼女を嫌っていた幹部らと

共謀して彼女を罠にかけ研究所から追い出したのだった。

その時できたコネの力で、

ミキはここの所長に上り詰めることが出来たのだが…



その追い払った彼女から本部宛に郵便が送られて来たのだ。

ミキは情報部にも手を回し、

彼女からの郵便は全て自分に届けられるようにしていた。

今は高原の古い研究所で

古代ポケモンを復活させるという研究をしているようだったが、

ここしばらくは報告が無かった。

「一人で研究なんて大変ね。

 もう疲れちゃって組織を辞める決意でもしたのかしら」

そう思いながらミキは封を開けるが、

しかし、そこ文章の内容に彼女は驚愕した。



“前略、

 この度わたくしは、

 古代ポケモン・プテラの復活に成功いたしました。

 本部にいち早くこの成果を報告と思い、

 その映像とデータを納めましたのでぜひご覧下さい。

 そちらからの評価をお聞き次第、

 他の部署にも通達する所存であります。”

「なにこれ?

 古代ポケモンの復活?

 ですってぇ?」

ミキは肩をワナワナと震わせながら、

手紙を机に叩き付けると、

急いで同封されていたディスクを自分のパソコンに入れた。

そして、映像データを開くと

なんと大空を飛び回るプテラの姿が映し出され、

さらに地面を歩く姿、

木の実を食べる姿、

木の上で寝ている姿、

ピジョットとバトルしている姿…。

などなど、プテラの映像がミキの前に繰り広蹴られた。

どう見てもこれは合成ではない。

本当に彼女はプテラの再生に成功していたのだった。

「馬鹿な…」

ミキは呆然としながら、

椅子に座り込んでしまうと、

ほかのデータにも目を通し始める。

そして、プテラに感する様々なデータに

ミキは打ちのめされていくのであった。

プテラの体の細部までの作りや

視覚、

聴覚、

嗅覚、

触覚など感覚の鋭さ、

翼や足の強さ、

飛んでいるときの動きなど

体についての事だけでなく、

さらに、味や暑さ寒さの感じ方、

風のつかみ方などまであらゆる事項が

こと細かく書かれていたのであった。

いくら落ちぶれたとはいえ

あの女が本部にウソのデータを報告するはずがない。

どうやって調べたのかは分からないが、

これは正確なものと認めざるをえなかった。

ミキは当然悔しがった。

せっかく追い出したのに

これではまた戻って来てしまう。

いやそれだけではない。

再び信頼を得た彼女が自分たちのした事を話してしまえば、

せっかく掴んだ自分の地位も危うくなってしまう。

最悪の事態を想像するなりミキは頭を抱えてしまが、

だが、ある考えが浮かんだ。

「そうよ。

 まだこの事を知っているのは私だけなのよ。
 
 今のうちに成果を横取りしてしまえばいいんだわ。
 
 今からあの高原の研究所に行って

 全て盗んで自分の成果としてしまえば、
 
 もう信頼のないあの女が後でわめこうが騒ごうがもうムダよ。
 
 そうよ、
 
 そうなれば幹部昇進も夢じゃないわ」

そう考えるや否や早速ミキは、

体調不良という名目で本日の早退と

3日間の休みをとった。

そして、組織の黒い戦闘服に着替え、

背中に必要なものを入れたナップサックを背負うと

建物の裏手に回る。

そこでミキは腰につけている4つのモンスターボールの中から、

研究でも使っている自慢のカイリュウを出すと

その背にまたがり、

密かに高原の研究所を目指し飛び立っていったのであった。



カイリュウの卓越したスピードであれば、

例の高原までさほど時間はかからなかった。

目印の湖が見え先には、

湖畔に面した今にも朽ち果ててしまいそうな研究所が見えた。

コンクリートの壁は蔦に覆われ、

湖の反対側の壁に一部は崩れて大きな穴があいてしまっている。

「あれが高原研究所ね。
 
 フフ、あの女にはお似合いね。
 
 カイリュウ、あの研究所の前に下りて」

そう言って、カイリュウに高度を下げさせた時だった。

ミキの背後で鋭いポケモンの泣き声がしたと思うと、

大きな翼をもつ灰色のポケモンが

彼女たちのすぐそばをかすめて飛んでいった。

「!!っ

 アレだわっ

 あれよカイリュウ、

 あれを捕まえてちょうだい」
 
すぐにミキはカイリュウにプテラを追うように言った。

プテラは水面ギリギリを飛んでいる。

カイリュウはミキを背中に乗せたまま

上空から突っ込むようにプテラの後を追う。

そして、プテラのすぐ近くまで来たとき、

プテラは翼を激しく羽ばたかせ、

羽先で水面に弧を描くように急旋回した。

それを追ってカイリュウは慌てて羽ばたき、

何とか湖すれすれで上昇した。

顔を上げたミキが頭上を見ると、

プテラは彼女をあざ笑うかのように

鋭い声で鳴きながら上空を旋回している。

「すばやいヤツめ。

 さぁもう一度行きなさい」

ミキにそう命令され、

カイリュウはまたプテラに向かってすごい勢いで飛び始めた。

スピードでは勝るカイリュウであるが、

プテラはその機動性を生かして逃げていく。

すぐ近くまでは追いつけるのだが、

プテラはまるで自分の能力を試しているかのように

その攻撃をかわしていく。

「何やってるの!

 早く捕まえなさい!」

何度も失敗するカイリュウに腹を立てたミキが

彼の背中をたたきながら怒鳴った。

すると、プテラは今度は研究所の方に向かって飛び始めた。

カイリュウはしっかりと狙いを定めると、

一直線にプテラに突っ込んでいった。

スピードにのったカイリュウは

ぐんぐんとプテラに近づき、

ついにプテラの俊敏さでも避けることの出来ない距離まできた。

しかしその時、

プテラが急にミキたちの方を向いたかと思うと、

その口から大きな炎を吹いた。

カイリュウはとっさに身を守り、

ミキもその背中にしがみついた。

大の字の炎がカイリュウの体を襲った。

背中にまで炎が回ってこなかったので

ミキにケガは無かったが、

炎が治まったあと

彼女がまた前を見てもそこにプテラの姿は無く、

その先には壁に大きな穴のあいた建物が姿を見せる。

「穴から研究所に逃げ込んだか。

 まぁいいわ。
 
 あの女にもご挨拶しなくちゃいけないし。
 
 カイリュウ、あの前に下りて」
 
カイリュウが研究所の前の地面にゆっくりと着地した。

ミキは背中から降りるとカイリュウをボールに戻し、

目の前にある2階建ての研究所を見上げた。

「本当に汚い所ね。

 よくこんな所で暮らせるわね。
 
 さっさとプテラとあの女を捕まえて、
 
 こんな所からはおさらばしましょ」

ミキはそうつぶやくと、

腰のモンスターボールを手で触って確認しながら、

プテラの入ったと思われる研究所の壁の穴に近づいていった。

よく見ると窓だった部分の下側を崩した穴で、

壁に背をつけて中を覗くと真っ暗である。

ミキは懐中電灯を取り出すと、

明かりをつけて中を照らした。

かなり広い部屋の中に多数の機械が見え、

懐中電灯の明かりがそれらのランプや計器類を照らすと、

一瞬、それらが淡く輝いて見える。

そして、その明かりを部屋の奥の方に移していくと、

「いた」

部屋の一番奥でプテラが羽をたたんで休んでいた。

さっきの追いかけっこで疲れたのか、

目を閉じてじっとしている。

ミキはここぞとばかりに

手にモンスターボールを持って暗い研究所の中に入った。

眠っているように見えるプテラに向かって、

足音をたてないよう一歩二歩と近づいていく。

しかし部屋の一番端の機械に手をかけた時である。

シュパパパパパ……

ミキは変な音とにおいに気が付いた。

光を音のする方に向けると

そこにはクサイハナが居た。

その頭から緑色の粉、

ねむりごなが噴出している。

「まずい、

 はやく逃げナクt……」

そう思ったミキだがもう遅かった。

ねむりごなを大量に吸い込んだミキは

ボールと懐中電灯を床に落とすと、

その場に倒れてしまった。

バタっという音が部屋中に響き渡ると、

その音を聞いたプテラの目が開き、

そして眠っているミキを見るなり、

体を起こしてそのそばへとゆっくり歩いて行く。

コロッ

明かりがついたままの懐中電灯が

彼女のそばに転がっているの見た後、

プテラは翼の中ほどにある手で懐中電灯を拾うと、

スイッチ押してその明かりを消した。



ミキが目を覚ますと、

目の前に自分の顔が映って見えていた。

そこは大きなガラスのカプセルの中だった。

「いったいどこなの…」

そう言ってカプセルの外を見ると

そこはさっきの部屋の中、

しかし、そこにある機械は作動しており

ランプやスイッチが光を放っている。

ミキはポケモンを出そうと腰に手をあてたが、

そこにつけていたボールは全て取られていて、

背中に背負っていたナップサックも無くなっていた。

慌てているミキの目の前に、

突然奥に2つの光る目、

プテラが現れた。

カプセル外に立ち、

中にいるミキをじっと見ている。

「ひぃ!」

自分のポケモンや武器をとられ、

まさにとらわれの身となっている

ミキは恐怖から全く動けなくなった。

しばらくそんなミキの姿を見ていたプテラは

カプセル横のパソコンの前に立つと、

翼の太い指を使ってパソコンのキーボードを操作し始めた。

古代ポケモン・プテラがパソコンを操作している

そのあまりにも異様な光景にミキは

もうこれが夢なのか現実なのか分からなくなっていた。

そんな彼女の目の前で、

パソコンを打っていたプテラが彼女の方に顔を向けた。

その口が笑うようにゆがんだと思うと、

プテラがその太い指でパソコンの横にある

大きなスイッチを押した。

その途端、ミキの入ったカプセルに

緑がかった半透明の液体が流れ込んできた。

「このプテラ、

 私を溺れさせる気?」

ミキはカプセルを割ろうと、

ガラスを思いっきり叩いたり蹴ったりしたが、

頑丈なガラスのカプセルはびくともしない。

そうしているうちに液体はどんどん水かさを増していき、

ミキは空気を求めて上へと顔を上げる。

カプセルの中で必死にもがく彼女を

プテラはカプセルの前でまたじっと見ている。

そしてカプセルの中が液体で一杯になった瞬間、

2つの電極から電気が流れ、

ミキの体を貫いた。

空気の抜ける穴まで泳いで上がっていたミキは

その衝撃で肺に貯めていた空気を口から吐き出しながら

カプセルの中に沈んでいった。



次の瞬間、

ミキの腕が光りだしたと思うと、

急激に縮み始めた。

それだけではない、

彼女の全身が光りながら

液体に溶けていくように小さくなっていく。

しかもそれは体の外側だけではなく、

骨も体の中で溶けて無くなっていくのをミキは感じた。

体のあらゆる部位が小さくなり、

自分の胸だった所に集結してくる。

同時に足だった部分がお腹側に曲がっていく。

骨という硬い支えを失ったミキの体は

先から順番にくるくると渦のように丸まっていき、

それと同時に体の外側には硬い殻が形成され始めた。

腕が完全に消えると彼女の手だった部分が

彼女の口の周りをとりかんだ。

形を失っていた指がきれいな円錐形に整っていくと、

それは10本の触手となった。

そしてすっかり曲がってしまった体が

頭の上まで来たと思った時には、

ミキの体は頑丈な殻に包まれていた。

そして次の瞬間、

パアァァンッ…

という化石が砕け散る音が部屋中に響き渡ると

カプセルに流れていた電気が止まった。

光が消えるとカプセルの中にいたのは1人の女性ではなく、

体長40cmほどの1匹のオムナイトであった。



光が収まったと同時に

ミキの口から吐きだされていた空気がぴたっと止まった。

胸にあった肺が完全に無くなってしまったのだ。

しかし同時にミキは息苦しさを感なくなった。

液体が頭の上から体を通り、

何かが自分の口の両側で動いている。

『これは…、エラ?』

ポケモンの研究をしている彼女には

それは数多くいる水ポケモンが持つ

水中の酸素を取り入れる器官であることは

すぐに分かった。

そのおかげで苦しくはなくなったが

しかし、全く安心できるわけがなかった。

『何?
 
 何があったの?
 
 私どうなったの?』

緑がかった液体の中でミキがつぶやいた。

それにより彼女の混乱はさらに増大された。

自分はそう思っただけなのに液体の中でなぜか声が出せる。

もうミキの頭の中は完全にパニック状態であった。

彼女の頭が大混乱している反面、

液体の中は異様に静かであった。

しかしその静けさも突然破られた。

ドシン、ドシン…

という音と水の振動。

巨大な何かが歩いている。

そう感じた次の瞬間、

ミキの見開いたような2つの目の前に、

あのプテラが現れた。

そのプテラの顔が笑っている。

さっきまで分からなかったその表情が

明確に読み取ることができる。

そのプテラがカプセルのそばの何かに触った。

次の瞬間カプセルの下に穴が開き、

ミキは液体と共にカプセル外に流れ出た。

冷たい部屋の床の上で

彼女は液体の中から空気中に出た。

発達したエラは空気中でも働いているようなので苦しくはないが、

体の周りの液体が蒸発してとても寒い。

そう思っていると突然ミキの体が宙に浮いた。

空中で止まるとすぐ近くには巨大なプテラの顔。

プテラが彼女を摘み上げたのだった。

『やったわ。

 ついにオムナイトも復活したわ』

プテラがミキを見てそう言っている。

プテラの鳴き声が言葉として耳に届いている。

『オムナイトって

 いったい何のこと?
 
 あなた一体何者?』

ミキは目の前でしゃべるプテラに驚きながらそう尋ねた。

自分の口の形は変わってしまっているはずなのに

やっぱり声は出せた。

しかし、自分の声も聞こえ方も何かおかしい。

『フフ、

 そうね。
 
 あなたも見せてあげましょう。
 
 自分の今の姿を』

そう言ったプテラはミキを掴んだまま

明るい日の差し込む穴の近くまで歩いていくと、

そこにあった鏡の前に立った。

『よく見なさい。

 今のあなたの姿を』

まずミキが鏡に中に見えたのは巨大なプテラの姿。

そしてその手に掴まれているのは…

『……オムナイト?』

まさしくそこに映っているのは、

古代に絶滅したと言われる、

うずまきポケモンオムナイトの姿。

その姿にミキは初めて自分がどうなったかを

はっきりと理解した。

いや、実際何が起こったかは

自分でもとうに分かってはいたが、

今まで頭がそれを理解することを拒否していたのだった。

しかし鏡に映る今の自分の姿を見ると、

もうこの事実を否定する事は出来なかった。

『ほ〜ら、

 よくご覧なさい、
 
 プテラに続き、

 オムナイトまで復活したのよ。

 これでまた私の研究は完成に近づいいたのよ』

愕然とするミキを手にしながら

プテラが声高らかに笑っている。

それを聞いたミキは

今自分を持ち上げているポケモンの正体が分かった。

『まさかおまえは……』

と言った彼女を、

プテラはまた自分の目の前に持って来ると

『えぇ、

 お久しぶりね。
 
 ミキ様』

と不気味に微笑んだ。

その声は間違いなく

自分が追い出したあの研究員のものだった。

『フフ、

 思った通り来てくれたわね。
 
 どうかしら?
 
 オムナイトになった気分は?』
 
オムナイトになったミキを

軽々と持ち上げたプテラが聞いた。

『なぜ、

 私が来ると……』

恐怖と怒りで顔を歪ませながら、

オムナイトが尋ねる。

『分かったのかですって?

 当然よ。
 
 私が研究に成功したって聞いたら、
 
 欲張りななミキ様が黙って見ているわけないですもの。
 
 必ず1人で来てくれると思っていたわ』

ミキは自分の所に届けられた、

この女が出した本部宛の郵便のことを思い出した。

『まさか、

 あの手紙もわざと……』

『えぇ、

 あなたが私からの手紙に手を回していたのは
 
 とっくに分かっていたから。
 
 ちなみに罠のかけ方はあなたから学んだものよ』

プテラが勝ち誇ったように言った。

『すぐに私を元にもどしなさい!』

ミキは叫ぶように言った。

『ごめんなさい、

 それは出来ないの。
 
 私が作ったのは化石になったポケモンを再生する機械なの。
 
 人間の化石なんて、
 
 まだこの世には存在しないからね。
 
 まぁ仮に出来たとしても、
 
 私があなたを元に戻すわけは無いけどね』

プテラがわざと申し訳なさそうな顔を作って言った。

『そんな……』

その言葉でミキの心に絶望という2文字が

くっきりと刻みこまれた。

ミキの中で何かが砕け散り、

目の前が真っ暗になった。

『でもがっかりしないで。

 この体、
 
 とてもすばらしいんだから。
 
 私たちが今まであんなに苦労して調べてきたポケモンの事が、
 
 今では手にとるようにわかるのですもの。
 
 あなたもすぐに気に入るわよ』

プテラはそう言ったが、

ミキはまるでその声が届いていないように

遠くを見つめている。

それを見たフッと笑うとプテラは

近くにあった机の上にミキの小さな体を置いた。

つるつるの机の上に、

オムナイトの10本の足がベチャっとはりつき

彼女の体を支えた。

ミキを置いたプテラは

横の機械の上に置いてあった4つのモンスターボールを手にとった。

『さて、

 もうあなたにこれは必要ないわね。
 
 このままじゃ可哀想だから出してあげましょう』

そう言って、

プテラはスイッチを押してから空中にボールを投げると

中からミキが連れてきたポケモン達が現れた。

『さぁみんな、

 これがあなたたちトレーナーのミキよ。
 
 さっきポケモンのオムナイトになっちゃたの』

プテラがミキのポケモン達に呼びかけた。

それを聞いて4匹のポケモン達は机のそばに寄って来ると、

ミキをぐるっと取り囲んだ。

ポケモン達は彼女をじっと見たり、

鼻先をあててにおいをかいだりしている。

ミキはプテラに告げられた事のショックからか、

それとも自分より大きなポケモン達に囲まれてからか、

うつろな目をしたまま全く動かない。

『ホントにミキさんだ』

『確かにミキさんのにおいがする』

『すごい、

 ミキさんがポケモンになっちゃったんだ』

机の上のオムナイトを見ながら、

ポケモン達が口々に言っている。

『そうなの、

 もうミキさんはポケモンで、
 
 あなた達にかまってられないのよ。
 
 それでなんだけど、
 
 あなた達はこれからどうする?
 
 研究所に帰る気はあるの?』

プテラはまるで学校の先生のように、

ミキを囲むポケモン達に言った。

『帰るってあの研究所にか?』

『オレはいやだな。

 もう研究に使われるのはまっぴらだよ』

『私もよ。

 注射は大っ嫌い!』

ポケモン達が今度はプテラを見ながらまた口々に言う。

あの研究所でのポケモン達の待遇を考えれば当然の事であった。

プテラは予想していた答えに満足すると、

『それならあなた達は自由よ。

 好きなところに行っていいわ。
 
 ちゃんとトレーナーポケモンの登録解除もやっておいてあげるわ』

とポケモン達に笑いかけた。

『本当にもういいのか?

 もう実験に使われなくていいのか?』

『えぇ、そうよ。

 トレーナーがポケモンになったちゃったんですもの。
 
 もうあなた達は彼女のものではないわ』

その言葉にそれまで不安そうだったポケモン達の顔が、

一気に輝いた。

『やった!

 また野生に戻れた』

『嬉しい!

 私ずっと外の世界に憧れてたの』

『それならオレに付いて来なよ。

 いろいろ教えてやるぜ』

プテラの言葉を聞いた3匹のポケモン達は喜びの声を上げて

壁の穴から元気よく研究所を飛び出していった。

しかしそんな中、

ずっと黙っていたポケモンが1匹、

まだ残っていた。

『どうしたの、

 カイリュウさん?』

プテラがカイリュウに尋ねたが、

彼はじっと机の上のオムナイトを見ている。

一瞬プテラは彼がミキに攻撃するのではないかと思いドキッとしたが、

どうもそういう感じではない。

『ミキさん…』

そのカイリュウがぽつりとつぶやいた。

その声は自分のトレーナーの変わり果てた姿を悲しんでいる様子でも、

ましてや今まで受けたひどい仕打ちを怒っている感じでもなかった。

何かいとおしい物を見るような目で、

ただただオムナイト姿のミキを見つめている。

その様子にプテラはピンとくるものがあった。

『…もしかしてあなた、

 このオムナイトを好きになったの?』

黙ってオムナイトを見るカイリュウにプテラが尋ねた。

カイリュウは机の上を見たまま、コクっとうなずいた。

『ふ〜ん、

 なるほどね…』

そう言いながらプテラはあることを考えた。

『それならカイリュウさん、

 ミキはあなたにあげるわ。
 
 今日からミキさんはあなたのお嫁さんよ』

プテラが妙に明るく言った。

カイリュウは驚いた顔で振り向いた。

彼女の言葉のどう答えていいのか困っている。

『そんな顔しないでいいわよ。

 ミキさんは急にポケモンになっちゃったから、
 
 これから世話をする人が必要なの。
 
 それをあなたにやってもらいたいのよ。
 
 あなたもミキさんの役に立ちたいでしょう?』

プテラにそう言われて、

カイリュウはまたうなずく。

『だからこれからは2人で暮らすといいわ。

 ミキさんも自分のポケモンのあなた一緒ならきっと喜ぶわよ。
 
 しっかり世話して、
 
 そしていっぱい愛してあげて。
 
 でも私もミキさんには色々用があるから、
 
 遠くには行かないでね。
 
 この研究所の反対側は湖に突き出しているから、
 
 その下に住んだらいいわ。
 
 すぐに行ってミキさんを早く安心させてあげて』

彼女の言葉にカイリュウは再びうなづき、

そしてオムナイトをその太い腕に抱き上げると、

『ミキ様、

 良かったわね
 
 素敵な旦那様ができて。

 これで人間は寿退職、
 
 ポケモン同士いつまでも仲良くお幸せにね』

とプテラはニヤリとして言った。

それからは壁の穴に歩いていくカイリュウを

見送っていたが彼らが穴から出たところで

『あぁそれとカイリュウさん、
 
 中に変な機械があると思うけど、
 
 それには触らないでね。
 
 それじゃぁミキさんの事しっかりと頼むわね』

とプテラは後ろから声をかけた。

カイリュウは振り向いて再度うなずくと

背中の翼を広げ空に飛び立った。

建物の反対側に回りこむと、

カイリュウは空から湖に飛び込んだ。

そのまま水中を泳いで建物の下に入ると

彼は水面から顔を出してみた。

そこは昔ボートを止めてあった場所で、

建物の中はキラリと光る変な機械のほかは何もなかった。

しかし屋根もあり水も静かなので

暮らすのにはちょうどいいの場所である。

カイリュウはまた潜ると、

水の底に生えている藻の上にオムナイトをそっと置いた。

『ミキさん、

 好きです。
 
 大丈夫ですよ、
 
 自分はあなたのした様な
 
 ひどい事はしませんから。
 
 今度は自分があなたを
 
 しっかりとお世話します』

カイリュウは遠くを見たままのオムナイトに

優しく語りかけた。



『フフフ、いい感じね』

ボート置き場の中の機械から送られてくる映像を

モニターで見ながらプテラが言った。

カイリュウがせっせとオムナイトの世話をしているのが映っている。
 
その様子を満足そうに眺めた後、

プテラは廊下の向かい側の部屋に入った。

部屋の中ではピジョットが藁で出来た大きな巣の上に座っていた。

『あなた、様子はどう?』

プテラがピジョットに尋ねた。

『あぁ順調だよ。

 さっきから中で少し動いているんだ』

ピジョットが鳥ポケモン特有の早口で、

嬉しそうに答えた。

『それならもう少しね。
 
 代わるから休憩してきて』

プテラがそう言うとピジョットが巣から立ち上がった。

その下には大きな白い玉、

ポケモンのタマゴがあった。

部屋の窓に足をかけたピジョットが翼を広げ

空に向かって飛んでくのを見送ると、

プテラは大事そうにタマゴを抱きかかえた。

『フフフ、

 オムナイトも復活した。
 
 あのカイリュウの様子なら、
 
 オムナイトのもきっとすぐね。
 
 もうすぐ、
 
 もうすぐ私の念願が成就される。
 
 早く元気に生まれてきてね。
 
 私の赤ちゃん…』

窓から湖の見える部屋の中、

プテラは抱いているタマゴに語りかけていた。



つづく



この作品は都立会さんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。