風祭文庫・モノノケ変身の館






「いしのキオク」
(第1話:ひみつのコハク)



原作・都立会(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-190





「くそ!

 またダメかっ」

うす暗い部屋の中で白衣を着た1人の女が机を叩いていた。
 
その部屋には所狭しと置かれた溶液を入れたタンク、

唸りを上げる発電機、

複雑に絡み合う配管やポンプ、

そして精密機器類などの機械が稼動し

多数の計器類やランプが色鮮やかに光っていた。

「なぜ。

 なぜ古代ポケモンは復活をしないの?
 
 私のこの理論は完璧のはず」

頭を掻き毟りながら白衣の女は

機械の端に取り付けられている一対の放電板を睨みつける。

そう、その2枚の放電板の間には黄色い石、

いや、

はるか古代に形成されたコハクがあった。

そして、そのコハクの中には肉片、

大昔に絶滅したポケモンの体の一部が入っているのであった。



彼女はある組織に所属する研究員で、

去年まではとある町の研究室で研究をしていた。

まじめで頭も良かった彼女は入団してすぐに

研究所屈指の天才研究員といわれるまでになった。

しかし、世の中とはおかしなもので、

優秀な彼女だからこそ、

その才能をねたむ者が現れた。

彼女は言われもない罪を着せたれ、

研究所を追われたのだった。

幸いというべきか彼女の才能を惜しむ者もいたので、

高原の中の使われていなかった古い研究所を与えられ、

今彼女はそこで1人研究をしている。

小さな時から成績優秀だった彼女にとって

研究所を追われた事は今までに無い大きな屈辱であり、

自分を陥れた研究員や上司を見返すべく、

1人、研究を続けているのである。



彼女が町でしていた研究は

今は絶滅した古代ポケモンの調査。

しかし、その中で彼女は一つの古い資料を見つけていた。

それは絶滅したポケモンを復活させる研究の資料、

とうの昔に忘れ去られた古い研究報告書である。

彼女が見たところそこに書かれていた事項は

理に適っているものばかりであった。

古代ポケモンの化石から遺伝子をとり、

それを他の生物に組み込んで再生する

完璧なまでの理論がそこにあった。

これを見つけた時も彼女は

この理論を用いて研究をしようと言ったのだが

だれも見向きはしなかった。

鼻から「そんなことができるわけが無い」

という者もいたし、

「完璧な理論でならば

 それを書いた研究者がとっくに成功させている」

という者もいた。

しかし、この理論が書かれたのはもう何十年も前の話である。

研究を可能とする為にはまだ足りない技術が数多くあり、

報告書の終わりにはそれが今後の課題として列記されていた。

だが、その後の技術の進歩により

現在ではそのほとんどが確立されていた。

一人、この高原の研究所にきたいまこそ、

彼女はこの資料を再び使って、

古代ポケモンを再生させる絶好の機会であった。



この資料を得られたことにより

すでに彼女は手に入れたコハクより

古代ポケモンのDNAを取り出すことまでは成功していた。

だが、ここで彼女の研究は大きな壁にぶつかっているのである。

「ヤドンのしっぽでもだめか。

 このポケモンも生命力が強すぎる。

 イーブイの毛もメタモンの体でもだめだとすると、

 あとは一体何があるというのだ」

そうつぶやきながら彼女は機械の真中にある大きなカプセルを見る。
 
大きなガラスの筒を横に寝かせたような形のカプセル、

中に浮いているピンク色のしっぽに変化はない。

完成間近だからこそ出てきた最後にして最大の問題、

それは再生に用いる生物に何を使うかであった。

彼女は初め生きているポケモンに

コハクから取り出した遺伝子を合成させて

古代ポケモンを復活させようとしているのである。

しかし、生きているポケモンには抵抗力があり、

遺伝子レベルでの進化は不可能であった。

今はポケモンからとった体の一部で研究しているが、

それでもポケモンの遺伝子は予想以上に強固で

あと一歩のところで研究は難航していた。

「何としても、

 古代ポケモンの復活させなければ。
 
 私をこんな目に合わせたヤツラに
 
 目にもの見せてやるためにも」

そう言って胸に“R”の文字の入った白衣を脱ぎ捨て、

彼女は部屋を出ていった。



建物から出ると研究所のすぐ横には大きな湖があり、

その先には緑の山々が広がっているのが見える。

湖の周りの森に生えている木々は、

大昔から存在する種類。

彼女がこの研究所で唯一気にいっている所である。

古代ポケモンを復活させて、

この森での生体の観察、

そして再び繁栄させる。

それが彼女のいま唯一の夢といえるものであった。

その思いを再び心に誓い

彼女はモンスターボールからピジョットを出すと、

その背中に乗って大空に飛び立った。



彼女はピジョットでしばらく飛ぶと、

町の市場のそばに降り立った。

町は今日も沢山の人であふれている。

彼女は生活に必要なものを買いながら、

研究に使えそうな物も探していた。

手がかりでも何でもいい、

何か無いものかと思いながら露天を覗いていた。

そんな時こんな会話が聞こえた。

「ホントに大丈夫?」

「あぁ、

 まだちょっと痛いけど大丈夫さ」

「まったく、

 すぐムチャするんだから。

 傷だらけじゃない」

「俺もポケモンみたいに、

 “じこさいせい”っとか
 
 できたらいいのにな。」

「そんなのムリにきまってるでしょ。

 ポケモンの回復力ってすごいんだから。」

「あぁ、

 ポケモンの体にはやっぱり勝てないさ。

 やつらどれだけケガしても
 
 すぐに直っちまうんだからな。」

どこにでも居るポケモントレーナ同士の会話である。

研究員は何気なく聞いていたが、

急にハッと気が付いた事があった。

彼女は目からウロコがとれたような気がした。

「ポケモンより人間の方が生命力は弱い…

 それならば…!」

研究員は居ても立ってもいられずに、

ピショットの背に乗ると

高原の研究所に戻った。



研究所に戻ると彼女はすぐ白衣に着替えると

化石再生用装置を起動させた。

いつものように放電板の上にコハクを乗せると、

カプセルには自分の爪を切ったものを入れた。

「ポケモンを再生させる材料は

 ポケモンだと今まで考えていたが、

 ポケモンに生命力で劣る人間のものなら

 古代ポケモンの遺伝子を
 
 うまく組み込むことができるのかもしれない」

そう思いながら、

いや、そう確信しながら、

彼女は機械の操作用パソコンで

再生プログラムを実行させた。

カプセルに緑がかった半透明の液体が流れ込み、

中が液体でいっぱいになると

カプセルの両端から電気が流れだした。

期待した以上に反応はすぐに起きた。

爪が光りだしたと思うと、

見る見るうちに形を変えながら

大きな固まりとなっていった。

今までに無かった反応に彼女は興奮した。

「この反応は…。

 これはいけるかもしれない」

研究員はかたづを飲んで見守った。

固まりがこのまま大きくなり、

そして生きたポケモンになれば研究は完成である。

しかしカプセルの中の固まりが

バスケットボールぐらいの大きさになった時、

急に光が消えた。

そして真っ黒な固まりがカプセルの底に沈んでいった。

「細胞が死んでしまったか。

 今度は生命力が弱すぎたか…」

研究員はカプセルの中の固まりを覗きこみながらつぶやいた。

固まりは底に沈み、

形がくずれていった。

「また壁か!

 再生まであともうちょっと。

 人間の細胞が使えることまで分かった。

 あとは、

 あとは人間の細胞を生きたままをどうやって……」

その時、彼女にある考えが浮かんだ。

だがそれは普通なら思いつかない、

思いついたとしても絶対に実行しない自殺行為の考え。

しかし、化石ポケモンの復活に執念を燃やす彼女に頭には、

すぐに実行するという文字しかなかった。

すぐに彼女はカプセルの中を空にした。

そしてパソコンでプログラムを立ち上げると、

突然着ている服を脱ぎだした。

白衣、シャツ、下着まで脱ぎ終えると、

一糸まとわぬ姿のまま彼女は再生プログラムを実行した。

半透明の液体が流れ込む中、

彼女はカプセルの上の蓋を開けて中に入った。

液体が蓋近くまできた時、

彼女は息をとめてカプセルの蓋を閉めた。

その直後、

電気が流れた。

彼女はすぐに出られるように

蓋を内側から持っていたが、

体を強力な電流に貫かれ、

カプセルの真中まで沈んでいった。



変化はまたすぐに起きた。

流れ続ける電流に耐える彼女の目の前で、

その手が光りながら急激に細く、

長くなっていく。

腕が小指ほどの太さになったかと思うと、

その小指もいつの間にか驚くほど長くなっていた。

そして余った腕の皮膚が平べったくくっ付いたかと思うと、

今度はそれがどんどん面積を増やしていき、

わき腹から小指の先まで広がる

大きな翼が出来あがった。

それを見ていると、

急に目の前に光る突起が現れた。

それはお顔を横に向けても、

いつでも目の前に着いてくる。

彼女はやっとのことでそれが自分の口が

巨大化したものであることに気が付いた。

次に体の遠くで何かが当たる感触があった。

巨大な口があるので横目で見ると、

お尻から長いくねくねとしたしっぽが生えており、

その尖った先がカプセルのガラスに当たっている。

その付け根には驚くほど太くなった2本の足。

足の先には大きな物でもつかめそうな指が

それぞれ2本ずつできていた。

そして、その上方、

腕の翼に通じる彼女の体は、

もはや人間の形跡など全く残しておらず、

その丸い胴体は硬そうな皮膚に覆われていた。



カプセルの中で体の変化が止まったと

彼女が思った時、突然

パアァァンッ…

という何かが砕ける音が研究室に響いた。

機械の先端でそれまで電気を受け続けていたコハクが

まるで彼女の進化が終わるのを待っていたのかのように

そのエネルギーに耐えかねて砕け散ったのだった。

同時に電流も止まり

体から出ていた光が消えたので

彼女はカプセルの蓋を開けて出ようとした。

だが指が太くなっていた上、

翼が邪魔で取っ手に指が入らない。

彼女は思いっきり足で蓋を蹴ってみた。

だが、蓋はびくともせず、

彼女はその反動で背中からカプセルの反対側まで飛ばされた。

その時突然ガラスのカプセルが砕けた。

それまでは気づかなかったが、

彼女の背中には大きな角みたいな突起ができており、

それがガラスを砕いたのだ。

半透明の液体と共に彼女は壊れたカプセルから流れ出た。



冷たい床の上に仰向けに倒れながら

彼女は口から大きく息を吸う。

口は大きく開いているようだったが、

目では見えない。

彼女は手でゆっくりと触ってみた。

巨大な下あご、

ぎざぎざの歯、

鋭く尖った上あご、

そしてその先にある鼻の穴を、

太い指で手確かめるように触っていった。

大きなあごを閉じてみた。

上あごとぴったりかみ合わさる。

口を閉じたまま息をはくと、

中にまだ残っていた液体が

大きな口の先端にある鼻から噴き出した。

そしてそのまま鼻で大きく息を吸うと

液体のにおい、

機械類の油のにおいと共に

自分のというもののにおいを感じた。

彼女は立ち上がろうと思った。

腕を動かし翼で周りのカプセルの破片を跳ね飛ばすと、

体を床の上で転がした。

まだいくらかガラスのかけらが残っていたが、

それを踏んでも痛みは感じない。

体をうつぶせの状態にすると

次に手をついて上体を起こそうとしたが、

思った以上に体が重く全く持ち上がらない。

彼女は少し考えると、

太い足を床に着いてみた。

足の強靭な筋力で下半身が持ち上がった。

そこで両足をついて反動をつけて体をもたげると

少しよろけながらではあるが立つ事ができた。

彼女はすぐに自分の姿が見たかった。

足のつくりは太さや指以外は

人間とさほど変わりないので

すぐに歩く事ができた。

彼女は近くにあった分厚いカーテンを開けると、

窓ガラスに自分の姿が映した。

灰色の大きな体、

鋭い目に大きな口、

太い指に紫色をした丈夫そうな翼…。

その凶暴そうな姿にはもはや、

ついさっきまでの女性としての彼女は

微塵も残っていなかった。

だがガラスに映ったプテラの顔は笑っていた。

そしてその鋭い声で鳴いた。

『やった!

 やたのだ!
 
 ついに古代ポケモン、
 
 プテラが復活したのだ!』

プテラが超音波のような高い声で鳴いた。

すると目の前の窓ガラスがこなごなに砕けちった。

外からの風が研究室内に吹き込んできた。

彼女は外の空気が自分を誘っているように感じた。

彼女は窓枠に足をかけた。

まだ窓ガラスの破片が残っていたが、

岩のような灰色の皮膚は、

全く傷つかなかった。

ガラス破片を足で踏み砕きながら

彼女はゆっくり外に出た。

日の光の暖かさ、

湿った空気の冷たさ、

周りで踊っている風を彼女は全身で感じた。

風が、

日光が、

今までに感じた事のないほど気持ちいい。

大きく両腕を伸ばすと翼が広がり、

湖から吹いてくる風をつかんだ。

そして力いっぱい羽ばたくと

彼女の体は一気に空に舞い上がった。

『これがプテラの飛ぶ姿!

 すばらしい!』

彼女は空の上で、

風を感じていた。

不思議と空を飛ぶ事に不安は無い。

彼女の意識とは別のところで体が動き、

風を切って飛んでいる。

左右の翼が風をつかみ、

羽ばたきと静止を繰りかえす。

足はしっかりと体につけられており、

長い尾がくねくねと動き

常にバランスをとっている。

そんなプテラの飛ぶという本能に逆らわないかぎり、

落ちる心配は全く無かった。

空からの景色は壮大であった。

大きな上あごのせいで視界は狭いが、

視力は大幅に上がっていた。

遠くで彼女の姿を見た鳥ポケモン達が、

慌てて木の中に隠れている。

その羽の並びまではっきりと見えた。

夕日が西の空に沈みゆく中、

彼女は森の上を飛び回った。

湖に自分の姿が映っている。

彼女はそこに見えるプテラの雄姿にほれぼれとしていた。

『自分で自分の研究ができるなんて、

 こんにすばらしいことなんてない。
 
 やった!
 
 私はついにやったのだ!』

生まれたばかりのプテラは鋭い声で鳴きながら、

赤く染まる大空を飛び回っていた。



辺りが暗くなってきた頃、

彼女は研究所に戻った。

ガラスの破片がちらばる研究室の中を無言で進むと、

奥にある古いロッカーを開けた。

そこには“かいのかせき”と“こうらのかせき”が入っていた。

彼女はその巨大な口で静かに微笑んだ。



つづく…



この作品は都立会さんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。