風祭文庫・モノノケ変身の館






「通り雨」


作・カギヤッコ(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-120





ザザザーッ…。

突然降り出した雨は猛暑の包まれた山全体に一時の潤いを与えていた。

そんな中、大慌てで走る三人の少女の姿があった。

「何よ、天気予報じゃ

 晴れだって言っていたのに!」

河部春海がクセのある髪を押さえながら悪態をつく。

「仕方ないじゃない、

 山の天気は変わりやすいって言うし…」

水津千影が取り成しながら走る。

そして二人の後を

「ねえ、春海、千影、待ってよーっ!」

岸村奈美が両手に袋を持ったまま必死であとを追う。

高校のいわゆる"仲良しトリオ"である三人は

夏休みを利用して近くの山にキャンプしたついでに近場の掃除でもしようと

しゃれ込んでいたのだが、

突然の雨にたたられ必死で雨宿り先を探していた。

「あっ、あそこ、

 ほらっ洞窟がある!」

どこまで走ったのだろう。

ふと目の前に洞窟と言うには少し小さな洞穴が見えた。

「よかった、

 ひとまずあそこで雨宿りしよう」

「ま、待ってよー!」

三人は有無を言わさない勢いでその洞穴の中に入って行った。

洞穴の中はゴツゴツした岩場で構成されている反面

学校の教室位の広さを持ち、

どこかに別の穴でも開いているのだろう、

外の明かりが漏れ、風が流れ込む音がする。

よく見ると川と言うには小さいせせらぎが洞穴の入り口に続いている。

その姿は何やら神秘的な空気を感じさせる。

「ふう…やっと一心地ついた…」

タオルで髪をぬぐいながら春海がため息をつく。

千影もやれやれと腰を下ろし、

また奈美に至っては袋を手にしたままへたり込んでいる。

「雨…まだ止まないのかな…」

奈美がふと心配げに洞穴の外を覗くが、

しかし、降り足りないのか雨は未だ激しく降り続いていた。

「まあ、通り雨だと思うし、

 しばらくすれば上がるわよ」

千影は奈美の両手から袋を取ると、

近くの岩陰にそっと置いた。

「それにしても服がびしょびしょ…

 このままじゃ風邪引いちゃうわ…」

春海が文字通り全身びしょ濡れの体をすくめる。

千影や奈美も同じ様なものである。

そして春海は何を思い立ったか、

Tシャツの裾をつかむと一気に引き上げた。

プルン。

ブラジャーも同時につかんだのか、

その勢いで春海の大きめの乳房が弾み、

そして返す刀でジーンズをひき下ろす。

こちらもショーツごとつかんでいたらしく、

ものの数秒で彼女は年の割にはややグラマーな裸身を露わにする。

「ち、ちょっと春海、

 何考えてんの!」

突然ストリップをしでかした春海に

千影は驚きと怒りの声を上げが、

しかし、春海はそれを意に介さないかの様に、

「何言ってるの。

 このままじゃ風邪引いちゃうじゃない。

 幸い他に誰も来そうに無いし、
 
 それに岩場も多い。

 しばらく服と体を乾かすにはもってこいじゃない?」

と陽気に答えながらTシャツとジーンズ、

そして下着を岩場にかけた。

二人とも脱いだ脱いだとせかす春海に対し、

「そうよね、せっかく誰もいないんだし」

そう言いながら奈美も服を脱ぎ出すとまだ幼さの残る裸身をさらす。

「ほら、千影も早く。

 別に取って食おうって訳じゃないんだし」

「そうそう。

 けっこう気持ちいいよ」

すっかり裸をさらしている二人に対し千影は顔を赤らめていたが、

思い立ったように岩陰に身を隠す。

「何よ、恥ずかしがって。

 女同士じゃない」

「でも千影ってこう言う事には照れ屋だし」

ふくれる春海とそれをとりなす奈美の視線の先にある岩陰に

千影のYシャツとズボンがかけられてゆく。

そして少しの間のあと、

両手で一糸まとわぬ姿を隠しながらもじもじと岩場から出てくる千影の姿が見えた。

「…やっぱり恥ずかしいよ…」

顔を赤らめる千影の背中を春海はポンと叩き、

「全部脱いでおいて何言ってるの。

 せっかく産まれたままの姿になったんだから、
 
 しばしの自然回帰としゃれ込もうじゃない」

千影はあくまでも陽気な春海の声にやれやれと呆れるばかりだった。

そこへ、

ヒュゥゥゥゥゥ…。

ふいにどこからか吹いて来る風が裸身を駆け抜けると、

「きゃんっ!」

千影は思わず全身をのけぞらせてしまい、ますます顔を赤らめたが、

反面何かが吹っ切れたように改めて伸びをすると、

「なんだか…いいな…」

と、そっとつぶやき、

ちょうど春海と奈美の半ば位のプロポーションを風にさらした。

「ところで千影に春海、

 服が乾くまでどうするの?
 
 雨もまだ止みそうに無いし」

岩場に腰掛けて奈美そう尋ねた。

その姿はさながら妖精の様である。

「そうねぇ、体も冷えてきてるし、

 素肌を絡めて暖め合おうかしら?」

春海はまだ濡れたままの髪が顔にからみ付くのを払いながら答える。

その姿はさながら陸に上がった人魚か。

「…じ、冗談じゃないわよ!

 そりゃあこう言う場合裸で密着し合った方がいいと言うけど、
 
 やっぱりそう言うのは…」

こう言う場合さすがに千影は照れを隠せない。

ちなみに三人ともレズの気はないし、

もちろん男性経験もない。

とは言えこの中では千影が一番純情らしい。

「ならこのまま風邪引いて凍え死んでもいいのかしら?

 背に腹は変えられないわよぉ」

春海はイジワルそうに言う。

「大丈夫よ、千影、

 別にエッチな事するんじゃないし…
 
 でも勢いでって事もあるかな」

春海の言葉を受け奈美も軽くからかう。

千影はますます顔を赤くするが、

その視線―洞穴の奥に何かが入る。

「春海、

 奈美、
 
 あれ…何かしら?」

「千影、いきなりごまかすのはよくない…ってあれは…」

「ん?

 なんだろ?」

千影が指を指す方向に他の二人も目を向ける。

その先には何やら小さな家のようなものが見える。

近付いて見るとそれは小さな祠だった。

多少苔むしたりもしているが、その輪郭はしっかりと保たれている。

「…ねえ、これって…」

春海が尋ねる。

「この山の神様なのかな…」

奈美も少しおびえている。

「…もしかしてここって入っちゃいけない場所

 …だったのかしら…」

千影はそう言いながら息を呑む。

三人はしばらく考え込んでいたが、

同時にウンっとうなずくと、

「神様仏様ごめんなさい!」

「少しの間だけ雨宿りさせてください!」

「こんな姿でごめんなさーい!

 お願いだからバチ当てないでーっ!」

三者三様に手を合わせ必死に祈る。

「これで…いいのかしら?」

千影はふうと息をつく。

「…さすがにマズイ事しちゃったって感じね…」

春海もさすがに気まずそうな顔をする。

「雨が上がったら早く服を着てここを出よう。

 そして改めて掃除の再開よ!」

何とか自分を保とうと拳を上げる千影。

その時、まだ祠の前に立つ奈美の姿が見えた。

「奈美、何しているの?早く戻った方がいいわよ」

「戻らないとそれこそバチが当たっちゃうわよ!」

連れ戻そうとした二人の声に対して奈美はじっと祠の奥を見詰めていた。

「ちょっと待って、祠の奥に何か文字が見える。

 んーと、なんだか呪文みたい…」

そう言いながら奈美は奥に書かれているその呪文をつぶやいた瞬間、

ビクン!!

彼女の体を衝撃が走った。

「!?」

お尻の辺りから何かがもぎ取られたような苦痛と快感の混じった衝撃にのけぞる。

「奈美、大丈夫?」

「言わんこっちゃない!」

そのまま身動きしない奈美に二人は声をかけるが、

春海の手が肩に触れた瞬間、

奈美の体が大きくビクッと震えた。

「な、奈美?」

「あ、ああ、あああ…」

両手を広げ、大きく目と口を見開いたまま体をこわばらせる奈美の肌がどんどん青ざめて、

そして、緑色に染まって行く。

ぴちゃ、

ぴちゃ…。

「何これ、変な匂い…」

千影は異臭に思わず鼻を覆ってしまう。

その匂いの元は言うまでもなく奈美の体を覆う粘液である。

「ああ、あア、アアアア…」

その匂いに刺激されたのか、

恍惚とした顔を浮かべる奈美の体はさらに変化を始める。

ズズッ、ググーッ…。

両手足の小指が掌の中に縮んで消えて行くのと入れ替わりに

他の指の間を水かきが覆う。

プクッ、ズズズズ…。

彼女の胸の上にあった乳首がさほど大きくない乳房の中に引っ込むと

乳房もまた競泳用の水着に押さえつけられたかのような形で胸に張り付く。

「アアッ、

 アウァ、
 
 ウアッ、
 
 ウグァッ、
 
 グワァ…」

小さめの唇がジワジワと伸び出し、

硬い嘴へと変化してゆく。

そして、その中で歯が歯茎もろとも縮んで行き、

同時に彼女の耳も縮んで行く。

ムクッ、

ムクッ、

ズプワッ!

「ウグワァッ!」

いつの間にか背中から盛り上がったコブが

彼女の背中を破るとその中から濃い緑色の輝きを湛えた甲羅が現れる。

「ち、千影、これって…」

目の前で行われる奈美の変貌に身動きの取れない春海が

辛うじて顔を動かして千影に声をかける。

無論、千影もおびえながら、

「か、河童…」

と言うばかりだった。

ムクムク、

ズサアッ…。

異様に膨らんでいた奈美の頭から髪が抜け落ちる。

そしてそれと入れ替わりに…。

パカァッ。

「クワァーッ!」

水をたっぷり湛えた皿が頭の上で開いた時、

奈美は歓喜にも似た奇声を張り上げる。

そしてその目はすぐ横にいた春海に向けられる。

「そ、そんな…

 奈美が河童に…」

春海は衝撃と恐怖に腰を抜かしそのまま動けなくなる。

「春海、逃げて!

 逃げて!」

千影も半ばパニック状態になって叫ぶが、

そんな叫びをあざ笑うかの様に奈美は春海の胴をつかむとそのまま地面に押し倒す。

「うっ!」

春海は体を叩きつけられ苦痛にうめく。

しかし、奈美はそれにかまう事なく彼女の両足を押さえるように馬乗りになると

その背中をムリヤリ押さえつけてグリグリと回す。

「うっ、

 あんっ、
 
 いやっ!」

上半身を押さえつけられ大きめの乳房を軸に、

揺り動かされる苦痛と快感に春海の顔が歪む。

「奈美、止めて…止めてーっ!」

千影の叫びも虚しく一通り春海をもてあそんだ奈美は

身動きの取れない春海の裸の尻に右手を沿わせると、

一気に突き刺す。

「ギャァーッ!」

突如襲った苦痛に晴海は目を見開く。

そして奈美は右手で彼女の尻の中をまさぐり、

グニュッ、

ムニュッ、

グニュグニュ…。

「あっ、あん、

 奈美、
 
 あうっ、
 
 やめて、
 
 あんっ、
 
 あっ、
 
 あっ、
 
 あっ、
 
 あ…」

尻の中をまさぐられる恐怖と苦痛、

快感で身動きが取れないまま春海はどんどん高まるなか、

そして奈美の右腕は何かをつかんだ。

ムンズッ!

「うっ!」

春海の顔が歪むが、

かまう事なく一気に引き抜く。

ズポッ!

「あああーっ!」

それが決め手だったのだろう。

春海は喉の底から響く声で叫ぶとそのまま倒れ動かなくなる。

「…」

その目は色を失い、口は軽く開いている。

医学の心得を持つ者が見れば間違い無くショックによる仮死状態と判断するだろう。

「奈美…春海…」

只おびえるばかりの千影をよそに、

奈美は春海の尻から抜き取った玉を高らかにかざすと

その玉は静かにその姿を消してゆく。

それを見届けると奈美は春海の尻にそっと息を吹きかける。

「う…」

春海の目に精気が宿り、

口から軽いうめき声が漏れる。

千影がホッとした瞬間、

春海はドンと両手をついて上半身を起こすと、

「グワエエエエーッ!」

と雄叫びを上げる。

同時にその体を粘液で覆われた緑色の肌が覆い、

背中から甲羅が、

一瞬で髪が抜け落ちた頭には皿が乗っていた。

ゆっくりと起き上がる春海の肩に奈美はポンと置きながら、

「クアアアア」

と喜びの声を上げると、

春海も嬉しそうに

「クウエエエエ…」

と鳴き声を上げる。

「そんな…春海まで…いや…やめて…」

一人残った千影は目の前で起きている状況に

もはや何も出来ず震える事しか出来なかった。

そして、そんな千影に一歩、また一歩と二匹の河童が迫る。

「やめ…ムグッ!」

千影の顔が奈美の股間に埋められる。

生臭い匂いと洞穴の様な空洞の感触が彼女の顔をふさぐ。

「ウグッ!」

背後からムリヤリ春海が千影の腰をつかみ引っ張り出す。

千影はちょうど四つん這いの姿勢で二匹の河童に挟まれる姿勢になる。

"奈美…

 春海…
 
 お願い…
 
 やめて…
 
 助けて…。"

千影に出来る事は恐怖におびえながら涙を流し只祈る事だけだった。

しかし、それもつかの間、春海の腕が千影の尻に伸びる。

「イヤァァァァァァァァァァーッ!」

千影の悲鳴が洞窟にこだました時、雨は一層激しく降り注いだ…



「クエエエエエエエッ!」

「クワァァァァァァッ!」

「クオォォォォォォッ!」

雨が小止みになった時、

洞穴の中から異様な物音が響く。

やがてその中から大中小の三匹の河童が姿を表す。

河童達は頭の皿で、

背中の甲羅で、

そして粘液に覆われた全身で雨を受けると、

洞穴のすぐ前に見える川の中に我先に駆けていった。

ドボォーン!

浅瀬を駆け抜け、一気に深みに飛び込む。

「クオッ、クオッ」

「クエクエクエ…」

「クワッ、クワッ!」

三匹はそのまま水中でじゃれ合いながら底にゆっくりと沈んでゆく。

そしてそのままゆっくりと川下に向かって転がり、

そのまま池になっている辺りまで転がってゆく。

「クエエエエエ…」

「クワアアアア…」

「クオオオオオ…」

三匹は悦楽の中にいた。

しかし、

コツン。

「クエッ?」

岩とは違う感覚が大きい河童の甲羅に当たる。

絡みを解いた大きな河童が底に合ったそれを見ると

それは誰かが捨てたであろうジュースの空き缶だった。

「クエッ!」

せっかくの楽しみを邪魔された事にいらだつ大きな河童。

「クワァ?…

 クワックワッ!」

小さな河童が回りを見渡すと川の底には大なり小なりの空き缶やゴミが転がっていた。

「クオッ…クオクオ…」

「クエーッ!クエーッ!」

「クアクアッ、クワッ!」

小さな河童は人間への怒りをあらわにする。

大きな河童はそれこそ人間どもをやっつけようとまで言い出す始末である。

しかし、その二匹を中位の河童が止める。

「クオクオクオッ、クオクオ」

「クワァ?クアクアクワァッ!」

「クオッ…クオッ、クオッ」

「クエッ!クエクエッ!」

どうやら中位の河童は人間達をやっつけても意味がないと諭そうとしたが、

大きな河童と小さな河童はこのままだと人間になめられるばかりだと反論する。

それでも中位の河童は必死で二匹を説得し、

「人間達の目の付く所に拾ったゴミを置く事で人間達に思い知らさせる」

と言う事で納得させた。

「クオクオッ、クオーッ!」

中位の河童が高々に右腕を上げる。

「クエーッ!」

「クワーッ!」

大きな河童と小さな河童もそれに習い、水中に散って行く。

「クオッ、クオッ、クオッ…」

小気味良く空き缶を拾ってゆく中位の河童。

何げにペットボトルと分けている。

「クエーッ、クエクエッ!」

ゴミを拾っていた小さな河童が突然身動きを取れなくなる。

大きな河童が泳ぎよって見てみると、

小さな河童の背中に小さな釣り針が引っかかっていた。

おそらく枝に引っかかって切れたものがそのままにされていたのだろう。

「クワァ…クワクワッ」

「クエクエクエーッ!」

全身をジタバタさせる小さな河童を必死で押さえながら大きな河童は釣り針を外す。

解放された小さな河童はうれしそうに泳ぎ回る。

その様を呆れて見ながら大きな河童は釣り針のかかっている糸を軽く右手に巻くと、

一気に引っ張る。

ボキッ、ボチャン…。

糸の巻き付いていた枝が折れてしまい、水中に沈んでゆく。

ブクブク…ドスン。

その勢いで大きな河童も沈んでしまい底で大きく尻もちをつく。

ふと右手に痛みを感じて見ると、

ちょうど糸を巻きつけていた辺りから血がにじんでいる。引っ張った時にすれたのだろう。

「クワックワックワッ…」

それを知らず笑い続ける小さな河童だが、

すかさず大きな河童に左手で小突かれる。

「クワァ…」

頭を押さえながら大きな河童にあやまる小さな河童。

大きな河童は糸を解きながら「わかればよろしい」と言う感じでうなずく。

「クオーッ!」

そこに中位の河童の声が響く。

「クワァ?」

「クエッ」

二匹が中位の河童の所に泳いでいくと、

そこにはどうやって捨てたのだろう、

一台の車が沈んでいた。

幸か不幸か中は無人である。

「クオッ、クオッ」

「クエッ、クエクエッ」

「クワァァァァ…」

わずかなやり取りのあと、三匹はある程度集まったゴミを車の中に入れる。

「クオッ?」

「クエッ」

「クワッ、クワッ…クワックワックワ…クワッ!」

三匹は勢いをつけて車を持ち上げるとそのまま車を岸に向けて運び始めた。



ザァァァァ…。

雨はまだ止む素振りを見せない。

「クワァ…クアッ、クアッ」

「クエッ、クエッ」

「クオッ、クオッ…」

あれから数時間、

三匹は池と前後の川のゴミをほとんど拾い集め陸へと引き上げた。

そのほとんどは岸辺の目立つ所や、

はては道路にまでデカデカと置かれていたが、

河童達から川や池を汚す人間達への警告だと思えば無理もないだろう。

そして三匹はひとしきり綺麗になった川を堪能しながら元来た洞穴の中に戻っていた。

三者三様に心地よい疲れに浸っていたが、

ふと思い立ったのか奥にある祠に足を運び、

奉られている山の神に報告をする。

「クワァァァァァァァァ…」

「クウェェェェェェェェ…」

「クオォォォォォォォォ…」

ひとしきり祈りを奉げたあと、

三匹は再び川に足を運ぼうとする。

しかし…。

「クワッ!」

「クエッ…クエッ!」

「クォォォォォッ!」

突然三匹の尻の中に何かが突っ込まれる感触が走ると

そのまま三匹は倒れ込み地べたで苦しみ出す。

「クエクエッ、クエッ…」

「クオオオーッ、クオーッ…」

「クワクワーッ!」

ある者は尻を押さえ、

ある者は肩を抱き締めながら悶絶する。

そうしているうちに三匹の体に変化が起き始める。

ズブッ、ズブズブ…。

背中を覆っていた甲羅が少しずつ小さく、薄くなってゆく。

ふと手を見ると、水かきが掌の中に消えて行き、入れ替わりに小指が生えてくる。

「クエッ?

 クエクエ…」

ズブズブズブ…。

ピクッ、ピクピクッ…。

頭の違和感に手をやると、

皿の回りの肉が盛り上がり、

少しずつ皿を包んでゆく。

同時に頭の両端に耳のような突起が生えてくる。

「クワッ…クワァ…」

体に目を置くと、全身の色が緑から少しずつ青ざめ白くなってゆく。

プルンッ、ピクッ。

戒めから解き放たれたかの様に胸の膨らみがはじける様に大きくなると、

その先端に小さな突起が浮かぶ。

「クオッ…クうぉ?」

嘴が縮み、替わりに小さな唇とかわいらしい歯が生えた口から軽い嬌声が漏れる。

股間に開いていた肉の空洞の中身が少しずつふさがり、

同時にそれが「女の感触」を与えているのだ。

「くわっ、くうわっ、うわっ、あっ…」

「くえっ、くうえっ、えあっ、あっ…」

「くおっ、くぅおっ、おあっ、あっ…」

いつしか三匹の肌は美しい肌色に染まり、背中の甲羅は体の中に消えている。

頭も皿の替わりにふさふさの髪が栄え揃っている。

すっかり人間の女性の姿になった河童達は粘液の代わりに

体中から大粒の汗を吹き出しながら変化の快感にうめき続け、

そして…。

ビクッ!

「「「ああーっ!」」」

と一声上げるとそのままドスンと倒れ込んだ。



「…う、ううん…」

一番先に体を起こしたのは千影だった。

まだ朦朧とする意識の中体を起こすと、

同じ様に全裸で倒れている春海と奈美を起こしにかかる。

「春海、奈美、しっかりして!

 春海!
 
 奈美!
 
 わたし達、人間になっちゃってるわ!」

「…な、何よ…」

「…まだ寝かせてよ…」

目を覚ましながらもまだだるそうな声で反発する二人だが、

意識がある事を知りホッとする。

二人がようやく体を起こし、

三人が人間としての意識を取り戻すのにはもうしばらくの時間が必要だった。

「…それにしても変な話よね。

 わたし達が河童になって池の掃除をしていたなんてね。
 
 普通信じられないわよ」

まだ糸による傷のアザが残る右手を見つめながら春海がつぶやく。

「でも、わたし達ホントに河童になってたんだよね。

 なんだかまだ自分が人間だって事がわからない位だし」

奈美も無邪気そうに答える。

「…河童になった時は人間だった時の事はまるで覚えてなかったけど、

 こうして人間に戻るとあの河童にされる時の恐さや
 
 河童になった後の気持ち良さがありありと感じられるなんて…
 
 不思議な気分ね…」

千影もそう言って改めて自分の人間として生まれたままの体を見つめる。

晴海は大きめの胸をワシッとつかむ素振りを見せ、

奈美もツルツルの尻をなでる。

「あっ、そう言えば奈美、

 あんたよくも人のお尻に手をつっ込んで引っ掻き回してくれたわね!
 
 メチャクチャ痛かったわよ!」

思い出したかのようにいきり立つ春海に対して奈美は陽気に、

「あの時はお尻の感覚が来た途端人間の意識がなくなっていたんだもの、

 仕方ないでしょ?それに、
 
 けっこう気持ちよがっていたじゃない。
 
 千影の時なんてもうノリノリだったよ」

と言って顔を真っ赤にする春海をかわす。

千影は二人に迫られ河童にされた記憶を思い出して春海以上に顔を赤らめていたが、

ふと思い出したようにポンと膝を打つ。

「ねえ、どうしてわたし達、人間に戻れた…

 と言うより"人間にされた"のかしら?」

「さあ…なんだかよくわからないな…」

「わたし達、あのお社に来た事で河童になったんでしょ?

 それこそ身も心も。
 
 それならこのまま河童として生きても不思議じゃないはずよ」

「案外河童達も住みにくくなってるんじゃないの?」

考え込む千影に対してのんびりと返す二人。

「もしかして、これってやっぱり"天罰"なのかも知れないわ」

「は?」

突然の千影の発言に奈美は首をかしげる。

「だから、川を汚すわたし達人間に対して身も心も河童に変えて水の中に住まわせるよりも、

 一度河童の気持ちを体験させたあと、
 
 人間に戻して川を汚さない為にどうにかさせようと思わせる。
 
 十分警告じゃない」

「…と言う事はあれ?あのあちこちに置きまくったゴミ、あれもそうって事?」

春海はそう言うと不思議そうに首をかしげる。

「…だとすればわかるかもね

 …河童だった時はあのゴミ、ホントにいやになったし、
 
 本当に人間達に思い知らせてやるって気持ちで一杯だったもの」

「でも、今度はあちこちにゴミを捨てた事で逆にいやな気持ちがするんじゃない?

 人間としては逆に迷惑だわ」

春海と奈美の疑問に千影は「それよ!」と叫ぶ。

「河童にいやな事は人間にもいや、そう言う事は一杯ある。

 それをわかって欲しかったのよ。
 
 もちろんわたし達に出来る事は限られるけど…」

「ま、あまり考え込んでも仕方ないって。

 出来る事をしましょうってのでいいじゃない」

「そう言う事そう言う事」

一通り話が付いた所で三人は改めて社に手を合わせ、

この気持ちを出来る範囲で活かす事を誓った。



「見て、雨が上がってる!」

外を見た奈美が叫ぶ。

「ほんとだ…」

洞穴の外からもいつしか晴れ渡った空と、雨露に輝く木々が見える。

その光景に千影は感嘆の声を漏らす。

「服もしっかり乾いているけど…

 ここで提案があります」

乾ききった服をまとめながら春海が何やらうれしそうな笑みを漏らす。

「このまま服を着て人間に戻るか、

 それとも綺麗になった川でもう少し河童の気分を味わうか。
 
 どちらにする?」

「は?」

春海の提案に思い切り呆れる千影だったが、奈美はと言うと、

「もちろん…河童ーっ!」

と叫ぶや春海と一緒に荷物やゴミ袋を手に裸のままで外に飛び出していった。

「やれやれ…今度こそバチが当たっても知らないわよ…」

とぼやく千影だったが、改めて社の方に頭を下げると、

「ちょっと待ってよーっ!」

と同じく陽光の下に裸身をさらす。

その先にあるのは自分達が頑張って綺麗にした川。

浅瀬では既に春海と奈美が水をかけ合いじゃれ合っている。

笑顔で川と戯れる三人。

もう河童になる事はないだろうが、

三人が"人間"に戻るのはもう少し後になりそうだ。



「なあ、この川って河童が住んでるんだってさ。

 ホントかよ」

バーベキューを済ませたあとの残飯を川に投げ捨てながら男が尋ねる。

「あくまでも噂だけどな、

 何でも川の掃除もしてくれるんだってさ」

「ふぅ〜ん、じゃああたし達の出したゴミ、

 全部片付けてもらえるって事じゃない」

「おいおい、本気にするなよ」

そう言いながら花火の燃えカスも川に放り投げる。

「オイ、このコンロもう使えないぞ。

 安物じゃないか」

「じゃあ、こいつも河童様に片付けてもらおうぜっ!」

と穴の空いたコンロまで川に投げた。

「さっ、さっさと寝ちまおうぜ」

「さんせーい」

「ねえ、今夜辺りどう?」

「しゃあねえなあ、どこか別の場所で…」

そう言いながら若者達はテントに入って行く。

それからどれだけ時間が立っただろう。

川面から一つ、二つ、月の光に照り返された皿が浮かぶ。

「クワァァァ…」

その声と共に川の中から数匹の河童がユラリ、ユラリと陸に上がってくる。

「クワァァァァ…」

そして河童達は川を汚した不埒なキャンパー達のテントに一匹、

また一匹入ってゆく。

その数秒後、若者達の悲鳴が響いたが、すぐに消えた。

そして、恨めしそうな声を上げながら川に入る河童達の悲鳴が山にこだました…。



おわり



この作品はカギヤッコさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。