風祭文庫・モノノケ変身の館






「スタンプラリー」


作・風祭玲

Vol.876





「ふーん、ポケモン・スタンプラリーねぇ」

カントー地方にある大都会の中をグルグル回る東都環状線。

その環状線を走る電車に掛かる中吊り広告を見ながらスグルは呟くと、

『…ただいま、ポケモン・スタンプラリーを開催中です…』

と彼を誘うかのように車内アナウンスが流れ始めた。

「はっ、

 ポケコンなんてもう卒業したから俺には関係ないよ」

流れるアナウンスに向かってスグルは悪態をつきながら下車駅で降りると、

「急げピカチュウ!

 スタンプ台は向こうだ!」

『ぴかぁ』

ポケモンを連れた小学生トレーナーが勢い良く走りぬけ、

彼のあとをトコトコとポケモンが追って行く。

「おーぉ、

 元気なことで」

スタンプ台目掛けてまっしぐらの彼らを見送るが、

ピタッ

スグルは改札に向かっていた足を不意に止めてしまうと、

「今日の予定は…

 たいした仕事はないか」

とつぶやき、

ゴソゴソと背広の内ポケットからケータイを取り出すと、

「あっもしもし」

とスグルは電話を掛け始める。

そして、

「…すみません。

 そういうわけで

 先方と連絡が取れないみたいですので、

 今しばらく現場で待ってみます」

と電話に向かっていうと、

パチン!

開いていたケータイを閉じる。

「ふぅ…

 あーぁ、時間が空いちゃったな…ってワザとだけど」

背広にケータイを押し込みながらスグルはそう呟き、

そのままホームの端に設けられている喫煙コーナーへと向かうとタバコに火をつける。

ユラリ…

ゆっくりと立ち昇っていく紫煙を見ながらスグルはネクタイを緩め

「あいつ、いま何をやっているかなぁ…」

とかつて自分が連れていたポケモンのことを思い浮かべた。



スグルはかつて凄腕のトレーナーとして名を馳せ、

ジムリーダーを務めたこともあったが、

しかし、いつまでもポケモンに夢中になっているわけもいかず、

トレーナーとしての勲章であったバッチを置く決心をすると、

連れて来ていたポケモンたちとも別れ、

一流商社の営業マンとしての日々を過ごしていたのであった。



「あの頃は楽しかったなぁ…」

かつての自分を思い出しながらスグルはそう呟くと、

チラリ…

ホームの広告掲示板に張られているポスターを見つめる。

『ポケモン・スタンプラリー開催中!』

ポケモンたちの写真と共に書かれているポップを見ながら、

「やってみようか」

ふとスグルはそう呟くと、

コツッ!

彼の足はみどりの窓口へと向かっていったのであった。

「ふーん、なるほど」

当日有効のフリー切符と共に渡されたスタンプ帳をスグルは捲り、

「要するに駅を回ってこのスタンプ欄にスタンプを押してゆけばいいんだな、

 なになに?

 それぞれの駅にはシークレットアイテムがありますので、

 どの駅でラリーを終えるのかを良く考えてください。か…」

と注意書きを読むと、

「とにもかくにも最初の一歩を踏み出さないとな」

と言いながら

早速、この駅のスタンプ台へと向かい、

ポンッ!

ひとつめとなるヒトカゲのスタンプをスタンプ帳に押して見せる。

スタンプラリーの範囲はきわめて広く、

すべてのスタンプを集めるのは難しいものであったが、

だが、スグルは営業マンとしての勘も手伝って、

ポンポンポン

ポンポンポン

っと効率よくスタンプ帳にスタンプを押しまくっていった。

そして、

「ふぅ、

 なんだかんだ言っても楽勝じゃないか」

ついに最後の一つとなる駅に降り立ったスグルは余裕の表情で

改札口に設けられているスタンプ台で最後のスタンプを押し、

「よしっ、

 コンプリート完了!

 これで全部揃ったなっ」

と満足そうな笑みを浮かべる。

すると、

「スタンプラリー、コンプリートおめでとうございます」

という声が上がると、

サッ!

スグルの前に記念品が差し出された。

「これは…」

記念品を指差しながらスグルは驚くと、

「はいっ、

 制限時間内に全スタンプをコンプリートした方に差し上げております、

 シークレットアイティムでございます」

とスタンプラリーの係員は説明をする。

「シークレット・アイティム?

 そういえば注意書きにあったな…」

キョトンとしながらもスグルは記念品を受け取ると、

駅から程近い公園へと向かって行く。

「はぁ、

 なんか楽しかったな…」

仕事の事などすっかり忘れて西に傾く夕日を眺めながらスグルはそう呟くと、

「で、シークレット・アイティムってなんだ?」

と駅で貰った記念品を開け始める。

「モンスターボール?」

中から出てきたモンスターボールを見つめながらスグルは説明書に目を通すと、

「なになに、

 このモンスターボールはあなたが一番会いたいポケモンに出会えるボールです。

 使用法は会いたいポケモンを念じながら投げてください。

 すると、対象となるポケモンが出てきますので、

 なつかしのポケモンに会いたいときなどにお使いください」

と説明書に書いてある文言を読み上げた。

「へぇぇぇ、

 なんか、俺にあってつけのモンスターボールじゃないか」

モンスターボールを眺めながらスグルはそうつぶやくと、

「よーしっ、

 んじゃ、

 でてこいっ、

 俺のクサイハナ!」

スグルはかつて自分が連れ、

そしてもっとも信頼をしていたポケモンの名前を叫びながらモンスターボールを放り投げると、

ビシャァァァン!

周囲に放電の光が瞬くのと同時に、

「え?

 うっ、

 わぁぁぁぁ!!!」

なぜかスグル自身がモンスターボールの中へと取り込まれてしまい、

そして、改めて放電が起こると、

ビシャンッ!

さっきまでスグルが立っていたところに

ポケモン・クサイハナが姿を見せたのであった。

モンスターボールから飛び出たクサイハナはしばらくの間その場に立っていたが、

『!!っ』

『!!っ』

しばらくして自分の姿に気づくと何かを叫ぶような仕草を見せると、

慌てて周囲にいる人に何かを知らせようとするが、

「あっクサイハナだ!」

「捕まえろ!」

それを見たポケモントレーナを目指す子供たちが目の色を変えて追いかけ始め、

「!!!!っ」

迫る子供達を見てクサイハナは必死の形相で逃げ出したのであった。



−商品回収のお知らせ−

全駅コンプリートのシークレット・アイティムとして配布いたしました

特製モンスターボールに不具合が見つかったため、

商品の回収と修正済みの商品の引き換えを行います。

未修正の商品は御使用にならずに最寄の駅までお持ちください。



おわり