風祭文庫・モノノケ変身の館






「ポケモン化スプレー」


作・風祭玲

Vol.865





ここはとある地方にあるとある街。

この街のメインストリートに面した一等地に居を構えるポケモンジムは

ポケモントレーナーを目指し日々切磋琢磨する少年・少女達で賑わっているのだが、

だが、深刻かつ重大な問題が少年少女たちを悩ませていたのであった。

「おいっ、

 聞いたかっ

 北のショッピングセンターにワンリキーが入荷したそうだぞ!」

「本当か?

 よしっすぐに行こう!

 整理券の配布はまだ終わってないよな」

「ねぇ、南のナントカカメラでコラッタが入荷したようよ」

「本当?

 行こう、行こう」

「あぁっ、待ってよ!」

流通ルートによって販売されるポケモンの入荷情報がもたらされる度に少年少女達は東奔西走し、

配布される整理券の壮絶な奪い合いバトルの末、

このように自分の伴侶となるポケモンをゲットしているのだが、

だが、このような販売店で販売されるポケモンは数が少なく、

少年少女たちの需要を賄えるには遠い存在であった。



ではなぜ、少年少女たちは野生ポケモンを捕まえるのではなく、

このような販売されるポケモンの購入に走るのか、

その原因はこの地方が置かれている特異な状況にあった。

元々この地方では野生ポケモンの固体数が極めて少なく、

しかもその多くが絶滅危惧種(レッドデータブック)に指定され、

新人トレーナが自分のポケモンを捕まえることは極めて困難であった。

結果、不本意ながらも販売店に頼らないとならないわけである。

無論、大人たちはこのような状態を好ましいとは思ってはなく、

野性ポケモンを増やすことに努力してきたのだが、

しかし、なかなか思うようになってはいないのが現状である。



一体、どれくらいポケモンの個体数が少ないのかというと、

長年、この地方でポケモン研究に勤しんでいる著名な博士の報告によれば

全国平均を100とした場合、

この地方の野生ポケモンの個体数はわずか5と全国平均の20分1であり、

初心者はもとより、

上級者でも野生ポケモン(飼育の許可が降りている種類)をゲットするのは至難の業であった。

しかも、近年では地球温暖化の影響や、

海を隔てて大陸にある国からもたらされる大気汚染物質による環境汚染など、

野生ポケモンにとってさらに辛い環境へと変わりつつあった。



そんな時、

「ふっふっふっ、

 出来たぞぉ!」

ここは”とある街”から少し離れた山の中にある朽ちかけた研究室。

その研究室の中で妖しげに黄色く光る溶液が入ったビーカーを掲げながら、

「くくくっ、

 これさえあれば…

 この地方のポケモンを大幅に増やすことが出来る。

 もぅ、整理券を貰うために並ぶことも、

 もぅ、やっとの思いで見つけた野性ポケモンを奪い合うことも

 パーフェクトで完璧に無くすことが出来るのだ!

 トレーナー達にとってまさに夢の発明!

 その夢の発明をわたしはやり遂げたのだぁ!!

 わぁーはっはっはっ!!」

カルデラ禿げの頭を輝かせ、

薄汚れた白衣を着た発明家・Drタカマツは笑い声を高らかにあげていた。

しかし、その笑い声も長くは続くことはなく、

「!!っ」

タカマツは急に口を閉じると、

「問題は

 どうやってこの溶液をトレーナー達に広げるかだ。

 ただ、闇雲に試供品を配ればいいものではないし、

 無理やり押し付けるわけにはいかない。

 さぁて…」

テーブルの上に置いたビーカーを見つめながら腕を組み思案を始める。

とそのとき、

「おーぃ、

 Drタカマツぅ、

 生きているかぁ」

その声と共にポケモントレーナーを目指す少年・コウジがタカマツの研究所に入ってきた。

「生きているか、とは何だ!」

入ってきたコウジに向かってタカマツは怒鳴り声を上げると、

「まぁまぁ、

 そうカリカリするなって

 つるっぱげになるぞ」

トレードマークとなっている帽子を被りなおしながらコウジはそう言い、

タカマツの許可もなく適当な椅子に腰掛ける。

「まったく、

 最近の子供はなっとらん」

全く臆しない態度のコウジを苦々しく見ながらタカマツは独り言を言い、

「で、なにしに来た?」

とぶっきら棒に研究所に来た理由を尋ねた。

するとコウジは頭の後ろに手を組み、

「いや、べつに?」

しらばっくれる様に答え、

「で、何を発明したの?

 なんか高笑いが聞こえたからさっ」

とさりげなく尋ねた。

「む?」

コウジのその言葉にタカマツはすぐに反応すると、

チャカチャカチャカチャカ!!!

まるでビデオの早回しの如く手際よく作業を行い。

そして、いったん手を止めた後、

チラリとコウジの方を振り返る。

「?」

そんなタカマツの姿にコウジが小首を傾げた途端、

「これだ…」

威厳たっぷりに言いながらタカマツは一本のスプレーをコウジの前に置いてみせた。



「なにこれ?」

黄色のラベルが張ってあるスプレーを手に取りながらコウジは尋ねると、

「ふっふっふっ、

 聞いて驚け、

 見て驚け、

 いいか、そのスプレーこそ、

 ポケモントレーナーを目指すこの地方の少年少女達の救世主となるものなのだぁ」

と薄汚れた白衣を羽ばたかせながら声を上げる。

「はぁ?」

タカマツのその姿にコウジは眉を寄せ、

「で、なにをするものなんだ?」

と聞き返すと、

ガーン!

タカマツはショックを受けたように驚き、

そのままヨロヨロと座り込むと、

「あぁ、なんてことだ、

 この私の世紀の大発明が判らんとは…」

と嘆きながら頭を抱えた。

「だぁ・かぁ・らぁ、

 一体なんだよ、このスプレーは!

 キチンとした説明もなしに勝手に落ち込むな!」

タカマツに向かってコウジは怒鳴ると、

「ちょっと返しなさい」

いきなり立ち上がったタカマツはコウジからスプレーを取り上げ、

そして、冷蔵庫から一匹の魚を取り出すと、

窓を開き、外に向かってそれをふって見せた。

すると、

ニャァ…

タカマツの手にある魚に惹かれてか一匹のノラネコが研究室に入ってくると、

「見たまえコウジ君。

 このネコは我が神聖なる研究室に断りも無く忍び込む不届きなネコだ」

とタカマツはネコを指差す。

「あぁ、

 お前が呼んだからだろ、

 で?」

ネコを見ながらコウジは小馬鹿にしたように言うと、

「ふふっ、

 許可無く他人の部屋に忍び込む不届き者は制裁をしなければならない。

 ネコ君。

 君に判決を下す。

 わたしの実験台となりたまえ!!」

一人盛り上がりながらタカマツはネコに向かってそう言い出すと、

シュッ!

とひと吹きスプレーを吹きかけた。

すると、

「びぎゃぁぁぁぁぁ!!!」

研究室にネコの叫び声が響き渡り、

メキメキメキメキ!!!!

見る見るネコの姿が変わり始めた。

黒と白の毛並みが黄色く染まり、

細長い体がずんぐりむっくりとしていく、

そして、長く伸びている尻尾が階段状になっていくと、

「ピカチュウ!!!」

その声と共にネコはポケモン・ピカチュウへと変身してしまったのであった。

「うそ!」

自分の目の前で起きた現象にコウジは目を剥くと、

「ふははははは!!!

 どうだ、

 我が発明の素晴らしさは!」

とタカマツは大きく胸を張った。



「すげーっ、

 すげーよ、博士!!」

自分の目の前をトコトコと歩いていくピカチュウを見ながら、

コウジは興奮した口調で叫ぶと、

「さぁ、コウジ君、

 君の持っているモンスターボールでそのピカチュウを捕縛するのだ」

とタカマツはコウジに命令をする。

「いっいいのか?」

それを聞いたコウジは聞き返すと、

「はっはっはっ、

 既にあのネコはこの世には存在しない。

 存在するのはそのポケモンである」

とタカマツは答えた。

すると、

「よーしっ」

スグにコウジは空のモンスターボールを取り出して、

ピカチュウに向かって放り投げると、

ずどぉん

たちまちモンスターボールは放電をするピカチュウを捕らえてしまった。

そして、

「なぁ博士、

 スプレーはこれだけしかないのか?」

と興奮しながらコウジは尋ねると、

「ん?

 まだまだあるぞぉ」

そう言いながらタカマツはピンク・アカ・ミドリ・アオのラベルを貼ったスプレーを取り出し、

「夢見るピンク」

「情熱のレッド」

「安らぎのグリーン」

「知性のブルー」

それぞれのスプレー缶を指差し、

「そして、これが弾けるイエローだ」

と5本のスプレー缶の紹介をする。

「へぇぇ…」

並べられたスプレー缶を眺めながらコウジは目を輝かせると、

「私はかねがねこの地方のポケモンの少なさに心を痛めてきた。

 しかぁし、

 ”居ないのなら作ってしまえホトトギス”

 と大昔の偉い人が残した言葉にわたしは感銘を受け、

 この”ポケモン化スプレー”を開発したのだぁ!!

 それぞれのスプレーはそれぞれの特性を持たせてある。

 これを使い分け5色のポケモンを作れば、

 ”ポケモン戦隊・Yesポケモン5”も夢ではなーぃ」

と声を張り上げると、

「とりあえず僕がモニターしてあげるよ、

 全部借りていくね」

タカマツの言葉には耳を貸さず、

コウジは5本のスプレー缶をバックに詰めると、

「博士ぇ、

 日曜日の朝はあまりTVを見過ぎない方がいいよぉ、

 折角の休日なんだからさぁ」

と言い残してさっさと研究室から出て行った。

「余計なお世話だ!!

 あっ

 おぃこらっ!

 いいか、

 ポケコン化スプレーは必ず野良犬や野良猫に向けるんだぞぉ

 人間に向けては絶対にしてはならんぞぉ!」

去っていくコウジに向かってタカマツは注意事項を叫ぶが、

だが、その声がコウジに届いたかどうかは定かではなかった。



「ふふふっ、

 すげー、

 このスプレーさえあればスグにトップレベルのトレーナになれる…」

手に入れた5本のポケモン化スプレーの重みを感じながらコウジは街のジムへと向かい、

そして、相変わらずポケモンよりもトレーナーで溢れかえるジムに戻ると、

「おーぃ、

 コウジぃ!」

と彼を呼ぶ声が響いた。

「ん?」

その声にコウジが振り返ると、

「メンバーが足りないんだ!」

とカードゲームをしていた彼の友人であるアツシが手を揚げた。

「なんだよ、

 ジムでカードゲームかよ」

それをみたコウジは情け無さそうに言うと、

「仕方がないだろう?

 ポケモンがいないんだからさっ」

と言いながらアツシは空っぽのモンスターボールをコウジに放り投げゲームを続ける。

すると、

「あのさっ」

早速コウジはポケモン化スプレーのことを話そうとするが、

「ほいっ

 コウジの番だよ!」

とアツシが先に話しかけ、

「仕方がないなぁ…」

コウジは仕方がなくカードゲームを始めると、

スグにゲームにのめりこんでしまい

ポケモン化スプレーのことをすっかり忘れてしまった。



やがて

「あーっ、あたしの負けぇ!」

ゲームに参加していたナツミの叫び声と共にゲームが終わると、

「よーしっ、

 罰ゲーム!

 罰ゲーム!」

とアツシの声が響いた。

「罰ゲーム、あり?」

彼のその言葉にコウジは驚くと、

「当然だろう?」

とアツシはあっけらかんと答えた。

そして、

「ん?

 何だこのスプレーは?」

コウジが持ってきたカバンに入っているポケモン化スプレーに気がつくと、

その中からピンク色のスプレーを取り出し、

「よーし、

 けってーぃ!

 罰ゲームはこれ!」

と叫びながらナツミに向かって

シュッ!

とひと吹きアツシはポケモン化スプレー吹きかけてしまった。

すると、

「え?

 え?

 えぇぇぇ?」

驚くナツミの体からピンク色の毛が噴出し、

さらに体が縮んでいくと、

目が大きくなっていく、

そして、

「コロン!」

と声を上げると、

なんとナツミはポケモン・プリンへと変身してしまったのであった。

「うそぉ!」

それを見た一堂は驚きの声を上げると、

トコトコトコ

何事も無かったかのようにプリンに変身してしまったナツミは歩いて行く。

「すげーっ、

 ポケモン化スプレーって人間をもポケモンにしてしまうのか」

ナツミの変身に一番驚いたのは他ならないコウジであった。

すると、

「なっなぁ、

 コウジ!

 このスプレーってなんだ?」

顔を青くしながらアツシは尋ねると、

「あっあぁ、

 Drタカマツが発明したポケモン化スプレーだよ。

 タカマツの研究室では野良猫がピカチュウになったけど、

 まさか、人間もポケモンにしてしまうとは…」

顔を引きつらせながらコウジは答えると、

シュワッ!

いきなりアツシに赤色の霧が吹きかけられた。

「!!っ」

突然のことに皆が振り向くと、

「コロンッ」

起こり顔のプリンが赤ラベルのポケモン化スプレーを持っていて、

さらにひと吹きアツシに向かって吹きかけた。

すると、

メキメキメキ!!!

見る見るアツシの体が変化し、

アツシは炎のポケモン・ヒトカゲへと変身してしまった。

「おぉ!

 アツシがヒトカゲに!!」

それを見た少年少女たちは一斉に驚くと、

ヒトカゲとなったアツシは自分の身体を見た後、

ガサゴソとコウジのカバンを漁りだす。

そして、

サッ!

緑色と青色のスプレー缶を取り出すと、

シュワァァァァァァ!!!!!

皆に向かって吹きかけたのであった。



「きゃぁぁぁ!!」

「にげろぉ!」

「やりやがったなぁ!」

「いやぁ!

 ポケモンにしないで!」

「どけぇぇぇ!」

たちまちジムの中は阿鼻叫喚となり、

逃げ出す者、

ポケモンになってしまう者、

そのポケモンをモンスターボールに封印しようとして

逆にポケモンにされてしまう者とで大混乱に陥いり、

次第にジムの中をスプレーから放たれ気化したポケモン化ガスが充満して行く。

そして、全ての物音が途絶えたとき、

「ふぅ…」

このジムを統括するジムリーダーが戻って来た。

「ん?

 やけに静かだな?」

とシンと静まり返るジムを見上げながらリーダーはドアを開けると、

ボムッ!

大音響と共にジムの中よりポケモン化ガスが噴出し。

「うわぁぁぁぁ!!!」

そのガスを浴びたリーダーはたちまちポケモンへと変身していく。

ズドドドドドド!!

ジムの中から大勢のポケモンたちが我先にと飛び出してくると、

一斉にガスと共に街の中へと散って行った。

とある地方にあるとある街。

野性ポケモンが少なく、

トレーナーを目指す少年少女たちが苦労したと言われた街は、

無数に溢れかえるポケモンたちの楽園となっていったのであった。



「ふぅ…

 コウジめ、

 ちゃんとポケモン化スプレーを使っているかなぁ」

その頃、街の大騒ぎのことをまだ知らないタカマツは、

次なる発明に取り掛かっていたのであった。



おわり