風祭文庫・モノノケ変身の館






「スナッチ」


作・風祭玲

Vol.669





「はぁ…」

とある平日の夕方。

ホウエンチホウの国道沿いにあるポケモンセンターで

1人の少年が大きくため息をついていた。

彼の名前は藤原タクミ(14歳)。

この街の豆腐屋のひとり息子であり、

センターの前に止まっている白と黒に塗り分けられた自転車は

彼がこよなく愛する愛車であった。



「はぁ…

 また負けちゃったなぁ…

 くっそう…

 ケースケめぇ…

 チームでよってたかって僕を集中攻撃しなくてもいいじゃないか」

とつい先ほどまでスタジアムで開かれていた闘いにの結果を悔しがっていた。

そして、そんな彼の視線の先には闘いで傷つき、

まさに癒やされようとしているモンスターボールがあった。



ピン・ピン・ピコ・ピン!!



センターの中に軽快な音共にモンスターボールが点滅をする。

「やっぱり僕って、

 だめなトレーナーなのかな…」

その音を聞きながらタクミふと漏らしたとき、

コツリ…

少年の脇に人影が立った。

「え?」

影の大きさから相当大きな体格の持ち主と判断した少年は顔を上げると、

『ん?』

「うわっ」

まるで聳え立つかのように体格の良い大男が立っていて、

黒のスーツに長い顎、

そして7・3に分けた髪を輝かせながらタクミを無言で威圧していた。

「すっすげーっ

 格闘技か何かやってるのかな?」

筋骨逞しい顎長の男を見上げながらタクミはそう思っていると、

『なにか?』

と彼は低い声で尋ねた。

「え?

 あっいっいえっ」

顎長の男の声にタクミは思わず萎縮してしまうと、

『ふんっ』

彼は鼻を鳴らし、

『君の闘いを見ていた。

 これしきのことで顔をそらすからお前は負けるのだ』

とタクミに言う。

「うっ」

顎長の男の指摘にタクミは身体を強ばらせると、

彼はゆっくりと腕を組み、

『お前のポケモンの中で一番強い奴のレベルはいくつだ…』

と尋ねた。

「え?

 あっ
 
 じっ13です」

『いつから飼い始めた』

「あっはいっ

 2ヶ月前からです」

『鈍いな…』

「そんな、僕のオタチの電光石火は…」

『違うっ

 成長速度だ』

くってかかるタクミに男はそう言うと、

『ちょっと来い』

と言うなりポケモンセンターから出て行ってしまった。

「え?

 なっなにかな…
 
 僕、何か悪いこと言ったかな?」

顎長の男の態度にタクミはてっきり叱られるのかと思いつつ、

癒しが終わったモンスターボールを受け取ると、

渋々センターから出て行った。

ところが、

「おいっ

 なんだお前っ、
 
 俺と勝負をしようって言うのか」

ポケモンセンターの前では一人の青年と、

あの顎長の男がにらみ合いを演じていて、

『先にぶつかって来たのは君じゃないのか?』

と顎長の男は余裕の笑みを浮かべる。

「なんだとぉ、

 貴様っ、この俺を誰だと思っている。

 ポケモントレーナー歴・10年。

 サザンシティのジムリーダーでもあるヨシキ様だ」

顔を真っ赤にして男はそう叫ぶと、

『はて?

 そのようなジムリーダーは知らんなぁ…』

と顎長の男はとぼけた。

「貴様ぁ…

 えぇい、勝負だ!

 お前もポケモンを持っているだろう!!

 リザードン!!
 
 カイリキ!!
 
 この男のポケモンを捻り潰してしまえ!!」

ヨシキはそう叫ぶと、

2つのモンスターボールを放り投げ、

ズーン!

ビシーン!

顎長の男の前に2体のポケモンが姿を見せた。

「うわっ

 レベル69!!
 
 すげー
 
 こんなに進化ポケモン見たこと無いよ…
 
 ジムリーダって言うのは本当だったんだ」

顎長の男の前に立つポケモンのレベルにタクミは愕然とするが、

『ふんっ

 若さ故の過ちという訳か。

 エーフィ!

 ブラッキー!

 懲らしめてあげなさい』

そんなポケモンに目もくれず顎長の男はそう言うと、

ポイ!

2個のモンスターボールを放り出した。

そして、

ビシッ!

バシッ!

そのモンスターボールが炸裂すると、

シュタッ!

白と黒の2体のポケモンが飛び出した。

「エーフィと

 ブラッキーだ。

 レベルは…
 
 うそ…
 
 99と98ぃ?」
 
顎長の男が出したポケモンのレベルにタクミは腰を抜かしてしまうと、

『ふんっ

 エーフィはさらに鍛えてある…
 
 もし、3桁のレベルが有効ならば、
 
 恐らく109…を行っているだろう』

腰を抜かすタクミに向かって顎長の男はそう告げるが、

「なにおかしな事を言っているんだ、

 ポケモンのレベルが99を超えることなんてあり得ないんだ、
 
 いやっ
 
 お前のそのポケモンのレベル99と言うのも怪しいぞ」

とそれを聞いたヨシキは声を張り上げた。

『ふふっ、

 では、君のポケモンで試してみるがいい、

 レベル109…マルキュー・ポケモンの実力を…』

ヨシキを嗾けるようにして顎長の男はそう言うと、

「化けの皮を剥がしてやる!!

 いけっ」

ヨシキは自分のポケモンに向かって指示を出した。

ところが、



キュドォォォン!!!



「そんな…」

『ふっ終わったな…』

顎長の男が出したポケモン、ブラッキーとエーフィに向かって、

ヨシキのポケモン、リザードンとカイリキはまるで赤子の如くあしらわれ、

一瞬のうちに倒されてしまったのであった。

「そんな…

 そんな馬鹿な…」

『ふっ判ったかね、

 ザコとは違うのだよ、

 ザコとは…な。

 さっスグに後ろのセンターで回復して貰うと良い』

呆然とする吉敷に向かって顎長の男はそう言うと、

賞金も受け取らずに去って行ってしまった。

「すっすごい…

 あれだけ強いポケモンを一撃で倒してしまうなんて」

顎長の男の底知れぬ力にタクミは武者震いをしてしまうと、

「すっすみせん!」

と声を上げながら追いかけていった。

だが、

「うーん、

 何処に行ってしまたんだろう」

あれだけ個性的な姿をしている顎長の男の姿をタクミは見失ってしまうと、

トボトボと街の近くにある池の畔を歩いていた。

「レベル109のポケモン…

 僕のオタチも、もしそれだけのレベルにすることが出来れば…」

そう思いながらタクミは歩いていると、

「あっ」

畔の木陰にあの顎長の男がいるのを見つけた。

「あの…」

そう声を掛けながらタクミが近寄ろうとすると、

顎長の男はなにやらモンスターボールに向かって話しかけているように見える。

「え?

 モンスターボールに話しかけている?
 
 なんで?」

顎長の男の行動をタクミは不思議そうに見ていると、

『おっおいっ!』

突然、顎長の男は声を上げ、

それと同時に、

ビシッ!

ビシィン!

顎長の男の手から落ちたモンスターボールが

独りでに炸裂してしまったのであった。

「うそ?

 モンスターボールが勝手に開いた?」

その様子にタクミは驚いていると、

シュタッ

開いてしまったモンスターボールから

あのエーフィとブラッキーが飛び出し、

そして、顎長の男と対峙する。

その時、

『ちょっと、兄さんっ

 いつまであたし達をこの姿にしているのよ』

とエフィーが顎長の男に向かって文句を言ったのであった。

「え?!」

ポケモンが文句を言う…

タクミにとってあり得ないそのシーンに彼の思考は止まってしまうが、

そんなタクミの事情に配慮することなく、

ピクッ!

エフィーの身体が動くと、

メリメリメリメリ!!!

その身体が膨れるように大きくなり、

また、身体を覆う白い毛が見る見る消え始める。

そして、胴が伸びていくと次第に横に扁平になり、

ムリッ!

肩が両側から大きく突き出ると、

ググググッ…

その下から白い肌に覆われた腕が伸びて行く、

エフィーの変化はさらに続き、

シュルルル…

尻尾が急速に縮んでいくと、

モリッ!

お尻が大きく膨らみ、

また、後ろ足も伸びていくと、

グググググ…

エフィーは人の姿…

それの女性の姿へと変化していったのであった。

「あっあっ

 エフィーが女の人になった…」

バサッ

白銀色の髪の毛を振りかざし、

裸体の女性となったエフィーが立ち上がると、

閉じていた目をゆっくりと開ける。

「うっ」

碧い宝石を思わせるその目に、

タクミは思わず釘付けになってしまうが、

『ほらっ、

 黒蛇堂っ
 
 あんたもサッサと戻りなさいよ』

と女性は隣で見上げているブラッキーに向かって声を掛けた。

すると、この女性と同じ行程の変化をして、

今度は髪の黒い女性が立ち上がると、

『最初に言ったはずよ、

 闘いはあのトーナメントだけだって、

 それなのになんであんなポケモンセンターで戦わせたのよ』

と白い髪の女が顎長の男にくってかかる。

『別に良いじゃない、

 白蛇堂…』

それを聞いていた黒蛇堂と言う黒髪の女性が止めにはいるが、

『だめよ、

 こういう事はキチンとしなくっちゃ、

 黒蛇堂もそう言うところが甘いから利用されるのよ。

 今回のお代。
 
 ちゃんと貰うからね』

白蛇堂はそう言ったとき、

パキッ!

木の枝を踏み折る音が当たりに響いた。

『きゃっ』

『だれっ』

悲鳴とその音を立てた者に呼びかける声が響き、

フワッ!

周囲を睨み付けながら白蛇堂は白いドレスのような衣服を身に纏い。

また黒蛇堂も同じく黒い衣装を身に纏って、その肌を隠した。

『ん?

 君か?』

警戒する2人とは別に顎長の男は佇むタクミを見つけると、

「あっあの…

 コレは一体…」

タクミは事情の説明を顎長の男に求めた。

『見られてしまったのか…

 ふんっ
 
 まぁ仕方がない…』

パチン!

そう言いながら顎長の男は指を鳴らすと、

『あっちょっと…』

『きゃっ!』

フッ

フッ

白と黒の女性達は声を上げながら森に溶け込むように姿を消した。

そして、

『さて、どこから説明しようか?』

顎をさすりながら男はそう言うと、

「一体なんですか?

 なんで、ポケモンが女の人に変身するのですか、
 
 それにいま2人を消したのはどうやって…」

とタクミは矢継ぎ早に質問を浴びせる。



「えぇ?

 トレーナー…人間とポケモンとが対等の関係になれる

 新型のモンスターボール?」

『あぁそうだ。

 私はここから遙かに遠くの研究所で研究をしててね、
 
 さっきの女性達は私の助手だよ』

驚くタクミに顎長の男はそう説明する。

「そんな…凄いことを…」

『ふふっ、

 闘いを常に把握しているトレーナーがもしポケモンになれれば、

 それはそれで凄いことだとは思わないかい?

 そして、ポケモンとしての経験を積んだトレーナーは、

 ポケモンの事がよくわかり、対等の関係を築ける。

 わたしはそんな気持ちからこのモンスターボールを考えたのだよ』

驚き続きのタクミに顎長の男はそう説明すると、

ポケットから空のモンスターボールを取り出し、

そして、タクミに手渡した。

「トレーナーをポケモンに出来るモンスターボール」

手渡されたモンスターボールを見ながらタクミはそう呟くと、

『一つ君に頼みがある』

と顎長の男は切り出した。

「僕に頼みですか?」

『あぁそうだ。

 データが欲しいのだ。

 そのボールを君に貸しだそう、

 このボールにはスナッチ機能がついてて、

 闘いの際にトレーナーをスナッチして欲しいのだよ』

「トレーナーをですか?」

『あぁそうだ、

 スナッチされたトレーナーはこのモンスターボールの中で、

 特性にあったポケモンに変身する。

 それで、パソコンの通信機能を使って私の研究所まで送って欲しいのだよ

 無論、変身したポケモンは君が自分のポケモンとして使っても構わない。

 どうだ?』

顎長の男はそう持ちかけると、

「スゴイ…

 スゴイです。
 
 確かに、トレーナーをポケモンにしてしまえば…
 
 高いレベルのポケモンになれます。
 
 判りました!
 
 あなたのお力にならしてください」

モンスターボールの魅力に取り付かれたタクミはそう宣言をすると、

『期待しているよ、

 タクミ君…』

と顎長の男はそう囁いた。



そしてその日から、

「いまだ!

 でぇい」

タクミは積極的に闘いに参加するようになり、

次々とトレーナー達を渡されたモンスターボールでスナッチ、

そして、スナッチされたトレーナーは、

『うわっ、

 なんだこれぇ…』

『いやだ、助けてぇ』

『あぁぁん、

 手が…
 
 脚が…

 キャモメになっちゃう…』

と悲鳴を上げながら次々とポケモンへと変身していったのであった。



『ふふっ、

 そうだ、いいよ、

 タクミ君…

 君は実に忠実だよ

 君がそうやって頑張れば私のポケモンが増えていくのだよ、

 くくっ、

 トレーナーとしての経験を積んだ、
 
 高レベルのポケモンがね…』

地上から遙か離れたところで顎長の男はにんまりと笑うと、

『まったく…

 純情な少年を騙して、
 
 それでイイと思っているの?』

とその背後で白銀の髪を梳きながら白蛇堂は文句を言う。

いまから遙か昔の話である。



おわり