風祭文庫・モノノケ変身の館






「鬼籍帳」


作・風祭玲

Vol.992





パタパタパタ…

良く晴れ渡った夏の午前。

蝉時雨が響き渡る社務所の前でハタキの音が響き渡ると

巫女が一人、

社務所前に置かれた台の上に並べ揃えられている品々に向かってハタキを掛けている。

やがて

「ふぅ」

大きく息を継ぎながら巫女は改めてハタキを掛けていた品々を見下ろすと、

「例大祭が近づいたので恒例の虫干しを行ってみたが、

 また去年よりも品物が増えておるのぅ、

 まったく、叔父上ときたらいらんものを次々と…

 管理するわしの身になってほしいものじゃ」

と彼女の叔父である僧が退魔成就のために持ち込んできたことについて文句を言う。

そのとき、

「柵良先生、

 これはどこにおきます?」

と言う少女の声が巫女の背後から響く。

「ん?

 そうじゃのぅ…

 そこのお神酒徳利の横にでも置いてもらうか」

巫女は振り返りつつ返事をし、

「せっかくの夏休みなのに、

 わざわざ来て貰ってすまぬのぅ」

と労うと、

「いぇいぇ、

 いいんですよ」

「あたし達も今日の予定が無かったので」

「問題は無いですわ」

と巫女装束姿の春日野麗、水無月可憐、秋元小町は笑みを見せながら

手にしていた品物を次々と陽の光を受けて輝く徳利の横へと丁寧に置いていく。

その時不意に麗が巫女の方を見るなり、

「ところで、柵良先生。

 この箱に書いてある”鬼籍帳”ってなんですか?」

と自分が持ってきた箱の中身について質問をしてきたのであった。

「ん?

 あぁ、それはじゃのぅ、

 鬼籍に送りたい者の名前と、

 鬼籍に送られるときの日時と状況を書くとじゃ、

 書かれた者はその通りの展開を辿らされて鬼籍に送られてしまうという。

 恐ろしい物じゃ

 だからこうして厳重に封印をしておる」

麗の質問に対して巫女はそう答えて見せると、

「まぁ、それじゃぁ

 まるでデス●ートじゃないですか」

その説明を聞いた途端、

小町は目を輝かせて微笑んで見せる。

「小町…

 あなた、誰かを殺したいの?」

小町の表情を見た可憐は身を遠ざけつつさりげなく尋ねると、

「ううん、違うの。

 実験をしてみたいの…

 本当にそんなことが起こるのかってね」

と返事をしながら小町は可憐を見つめて見せる。

「おっオホンっ

 そっそれにしても、

 結構色々と宝物があるんですね」

小町の視線から逃れるようにして、

骨董市かと思わせるほどの宝物を眺めながら可憐は感心すると、

「歴史のある神社ですから、

 伝わる宝物もそれなりにあるんでしょう」

と表情を引きつらせながら麗が笑って見せる。

「危ないものに惹かれるのはわかるが、

 その”鬼籍帳”は少々精度が悪くてな、

 たまに”送り損なわれる者”が出おる。

 そうなると手がつけられなくなるので

 下手に弄るでないぞ

 どれ、蔵の片付けも終わったようだし、

 中の掃除をするか」

3人に向かって巫女は警告しつつそう告げ、

社務所の中へと消えていくが、

そんな、彼女と入れ替わるようにして、

「ねぇ、希、知らない?」

社務所の中から夏木凛が姿を見せると、

表の3人に向かって夢原希の居場所を尋ねてきた。

「え?

 希さん、

 凛さんのところじゃないんですか?」

彼女の言葉を聴いた麗が驚くと、

「まったく、

 蔵の片づけが終わったら、

 ついでに社務所の中の片づけをしようって言っていたのに、

 どこに行ったのやら」

それを聞いた凛は少し苛立ってみせる。

すると、

「ちょっとぉ!

 希っ、

 あなた、そこで何をやっているのよ!」

「え?

 いやぁ、ついでにこっちもお掃除しようと思って」

とあの鬼封じの祠から希と美々野胡桃の声が響いたのであった。

「希と胡桃?」

その声を聞いた4人は顔を見合わせると、

「もぅ、あの祠は曰く付きなんだから!」

「柵良先生から近づいてはいけない。って言われているのに」

「困った人ねぇ」

と文句を言いながら4人とも祠へと向かっていく。

そして、4人が消えた後、

社務所の周りはつかの間の静寂が訪れるが、

だが、

ヌッ!

一人の人影がそのそばに立つと、

「ほぉぉ…

 鬼籍帳ねぇ…」

トレードマークのメガネを光らせながら、

沼ノ端高校のあの男子生徒が姿を見せたのであった。



男子生徒は腕を組みながら社務所の周りに置かれている品物を眺めつつ、

「ざっと見たところ、

 我がコレクションに加えるべき宝物は見当たらないが、

 鬼籍帳と言うのがちょっと気になるな。

 どれ、どんな物なのか確認してみるか」

と言いつつ徐に封印を剥がし箱を開けて見せる。

すると、

「むっ!」

男子生徒のメガネが光り輝くのと同時に、

「うーん」

と唸りながら箱の中から一冊のノートを取り出して見るが、

「なんだぁ?

 ただの大学ノートではないか。

 本当にこれが鬼籍帳なのか?

 うーん、

 とにかく書いてみるか」

仰々しい箱の中から出てきたありふれた大学ノートの姿に

男子生徒はややがっかりしながらもペンを持ち、

サラサラ

と何かを書こうとしたとき、

「よぉ!

 何やっているんだ?

 そんなところで」

彼のクラスメイトである唐渡が話しかけてきたのであった。

「渡っ!」

思いがけないところでの渡の登場に男子生徒は驚きの声を上げると、

「ん?

 ノートなんて持って何をしようとしているんだ?」

と渡は覗き込むようにして尋ねて見せる。

「え?

 まぁいいか…

 渡に使わせてみるのも一計か」

そんな渡を見ながら男子生徒はそう呟くと、

「渡っ

 お前に面白いことを教えてやろう、

 このノートはだな…」

と鬼籍帳について説明を始めたのであった。



「なんと…」

男子生徒より説明を受けた渡は驚いてみせると、

「使ってみるがいい」

そういいながら男子生徒は渡に鬼籍帳を手渡す。

「うーん、

 これがそんなにすごい威力を持ているのか、

 よっよし、まずは一筆…」

渡された鬼籍帳を畏怖しながらも渡は徐に広げて見せると、

その第1ページ目に”円堂…”と書き始める。

だが、その次の瞬間、

シュパッ!

鋭い光が空を切るなり、

ハシッ!

渡の眉間の前でキラリと光る刃が止まってみせると、

「ぐぬぬぬ…」

目の前に迫る刃を両手で押さえながら渡は歯を食いしばっていたのであった。

そして、

「貴様、

 いまそのノートに何を書こうとした?」

の声と共にいつの間に現れたのか、彼のライバルである円堂忠太郎が涼しい顔で問い尋ねると、

「なにって…

 まぁ、なんというか、

 お祭りも近いし、

 お忙しい柵良先生のために記帳を…」

彼の問いに渡は嘯くように返事をして見せる。

「ほぉぉ…」

その返事に忠太郎は感心しつつも

ハラリ

額に前髪が一房下がるや否や、

「この期に及んで戯言を抜かすかぁ!」

の声と共に刀を引抜いてさらに大きく振りかぶると、

キラ☆

一瞬、渡の目が輝くや否や、

「隙あり!」

そう叫びながら、

ズゥゥン!

刀を振りかざす忠太郎を閉じ込めるようにして釣鐘が降ってきたのであった。

その途端、

『うわぁぁぁん、

 暗いよ、

 狭いよ、

 怖いよぉぉぉ!!』

と釣鐘に閉じ込められた忠太郎は泣き叫びながら中から叩きはじめると、

「よしっ邪魔者は消えた。

 さぁて、いまから柵良先生と甘いひとときを…っと」

釣鐘の中で泣き叫ぶ忠太郎を放置して

渡は足取り軽く社務所の中へと入っていくが、

パサッ

肝心の鬼籍帳は虫干しされている品々のところに置かれたままであった。

そしてその直後、

メリ!

ガァァァン!!

突如釣鐘が真っ二つに割れてしまうと、

ゼハァ

ゼハァ

ゼハァ

肩で息をしながら忠太郎は割れた釣鐘の中から歩き出し、

「おのれぇ〜っ

 唐ぃ…」

と鬼気迫る形相で改めて刀を抜いてみせると、

「でぇぇぃ!

 手打ちにしてくれる!」

の声と共に社務所の中へと突撃して行く、

「まったく

 唐に渡したのがそもそもの間違いだったな」

二人が消えた社務所の前でメガネを光らせながら男子生徒は鬼籍帳を取り上げると、

「ふむ、

 では私が一筆…

 まぁこれで始末するとしたら、

 やっぱりあいつ等か」

そう呟きながら、

”ぷりきゅあ・ふぁい部のリーダー…

 本日正午頃…”

としたため、

「よぉし、これでいいだろう。

 こんなもので本当にぷりきゅあ・ふぁい部を倒せれば苦労はしないけど、

 まぁ、気休め気休め」

ノートに書き終えた後、

男子生徒は冷やかし半分にそう言うと、

鬼籍帳を戻してその場を立ち去って行く。

それから程なくして、

「もぅ、希ったら余計なことをしなくていいの」

「だぁって、凛ちゃぁん」

「凛の言う通りよ、

 不用意に祠に出向いていって、

 もし、鬼に憑り付かれたらどうする気だったの?」

等と話しながら希たちが戻ってくると、

「あれ?

 鬼籍帳の封印が剥がされています」

と麗が鬼籍帳を収めた箱に貼られていた封印が剥がされていることを見つけたのであった。

「本当だ…」

「誰か勝手に弄ったのかしら?」

麗に続いて箱が開いていることを確認した6人は急いで箱のそばに行こうとすると、

正午を告げる防災無線のチャイムがなり、

それと同時に

カカッ!

一瞬、鬼籍帳の箱が光り輝いたように見えた。

「なにいまの?」

「箱が光ったような」

それを見逃さなかった凛と可憐が互いに目をこすり始めると、

「うぐっ!」

先を行く希が突然うめき声を上げながらその場に蹲ってしまう。

「希ぃ!」

「希さぁん」

「どうしたの?」

希の突然の変調に皆が驚くと、

「ぐっぐっ、

 ぐわぁぁぁ!!」

自分の喉元を絞めながら希は起き上がると空を掻く様にもがき苦しみ始めた。

「しっかりしなさい。

 希っ!」

凛の悲痛な叫び声がこだまし、

「まさかっ」

何かを思いだした小町はあわてて箱を取り出し、

その中に収められていた鬼籍帳を開いてみせる。

すると、

「そんな…」

鬼籍帳に書かれている物を見た途端、

小町の顔が見る見る引き攣っていくと、

「なっ何か書いてあるの?」

それを見た可憐と胡桃が駆け寄ってきた。

「”ぷりきゅあ・ふぁい部のリーダー…

 本日正午頃…”ってちょっとぉ」

鬼籍帳に認められたその文言を読んだ可憐と胡桃は驚きながら振り返ると、

「希ぃぃ!!

 しっかりしなさい。

 死んだらあたしが許さないんだからぁ!」

と顔面蒼白の希を抱きかかえながら泣き叫ぶ凛の姿があった。

「とにかく、

 すぐにこれを止めないと」

「でも、どうすれば…」

迫る時間に急かされながら小町・可憐は混乱していると、

「えぇい、

 そんなものっ、

 破ってしまえばいいのよ!」

の声と共に胡桃が鬼籍帳を鷲づかみにすると、

一気にそのページを破ろうとする。

そして、

ビリッ!

僅かにページが敗れかかったとき、

ギィィン!!

鬼籍帳から何か弦が弾き切れたような音が響き渡り、

「うわぁぁ!!」

凛の悲鳴が響いたのであった。



「どうしたの」

その悲鳴に皆が振り返ると、

さっきまで蒼白になっていた希の肌が真っ赤に染まり、

ベキベキベキ

ゴキゴキゴキ

と言う音と共に彼女のスレンダーな体格が膨らみだしていく。

「なっなに?」

見る見る姿を変えていく希を見ながら皆はただ呆然としていると、

『うごわぁぁぁぁ…』

口を引き裂き、

頭の両側より角を突き出した希がゆっくりと起き上がると、

メリメリメリィィ!!

膨れていく体をさらに膨らませ、

筋肉隆々とした巨体を作り上げていく、

そして、腰に虎皮の褌を引き締めると、

『ごわぁぁぁぁ…』

希は金棒を手にする巨大な赤鬼となって皆の前に立ちはだかったのであった。



「希が鬼に…化けた…」

赤鬼の足元で座り込んだ格好で凛は呆然としていると、

ガコンッ!

鬼は金棒を握り締め大きく振りかぶり、

ブンッ!

自分を見上げている小町や可憐たちに向かってその金棒を一気に振り下ろす。

「何をしているのっ

 逃げるのよっ!」

胡桃の怒鳴り声が響くのと同時に、

「はっ!」

4人は一斉に散ると、

ズガンッ!

間一髪、金棒は誰もいない空間を直撃する。

「みんなっ変身よ!」

間髪入れずに小町が声を上げるが、

「待ってくださいっ、

 希さんを相手に戦うことなんて出来ません」

と麗が叫ぶ。

すると、

「うっ」

その言葉に皆の動きが止まると、

「じゃぁ、あたしが”みるきぃろぉず”で出るわ。

 じぃやさんに連絡を」

痺れを切らして胡桃が声を上げる。

そのとき、

「何事じゃ、

 騒々しい」

騒ぎを聞きつけて巫女が姿を見せたのであった。

「柵良先生!」

「大変なんです」

「のっ希が鬼に…」

「誰かが鬼籍帳に希さんの事を書いたんです」

と皆は巫女に向かって一斉に事情を話し始めると、

「一度に言うなっ

 事情は大体わかった。

 ったく面倒なことを起こしおって」

巫女は彼女達を制すると、

赤鬼と化した希を見上げてみせる。

「何か方法はあるんですか?」

スラリ

と払い串を取り出した巫女に向かって胡桃は尋ねると、

「はっきり言って、無いっ

 唯一の解決法は、

 天界に居る五芒山羊に鬼籍帳の該当ページを食べさせることじゃが、

 それは無理な相談じゃ」

払い串を構えつつ巫女はそう断じると、

「じゃぁ、

 希はずっと鬼のままなんですか?」

と一人鬼の反対側に居る凛が声を上げた。

「無念じゃが、

 その通りじゃ、

 本来なら希はそのページに書かれたとおりの手順で命が絶たれ、

 鬼籍に入っておるはず。

 それが鬼籍帳の不完全さ故に鬼と化したのじゃ。

 わしらが出来るのはわしらのやり方でこの鬼を封じることじゃ」

凛に向かって巫女はそういいきると、

「そんなぁ…」

説明を聞いた凛は肩を震わせる。

「お主らの気持ちは痛いほど判るが、

 そう都合よく五芒山羊など居るはずは…」

と巫女が言ったとき、

ンメェェェェェ!!!

の鳴き声と共に黒毛に額に五芒星が描かれた一頭の黒山羊が現れるなり、

カラン…

首につけた鈴を鳴らしながら巫女の前をシズシズと横切っていく。

「…五芒山羊…」

山羊を見送りながら巫女はそう呟くと、

『スミちゃぁん、

 どこに居るの?』

と言う黒蛇堂の声が響き、

程なくして巫女の前に黒装束姿の黒蛇堂がやってくるなり、

『あっお取り込み中すみません。

 こちらに額に星のマークがある黒山羊が来ませんでしたか?』

巫女に問い尋ねる。

「黒山羊なら…

 そこにおる…」

黒蛇堂の問いに巫女は震える手で

虫干しをしている品物の匂いを嗅いでいる黒山羊を指差すと

『もぅスミちゃんったらダメでしょう、

 勝手に表に出てしまっては』

と注意をしながら黒蛇堂は黒山羊の元へと向かっていくが、

しかし黒山羊は黒蛇堂を無視して胡桃の元へと向かっていくと、

フンフン

と彼女が持っている鬼籍帳に鼻をつけるなり、

バリッ!

モシャモシャ

と破れ掛けのページを引き千切り、

あっさりと食べてしまったのであった。

その途端、

スーッ!

立ちはだかっていた赤鬼は陽炎の如く姿を消し、

ドサッ

鬼が立っていた足元に元の姿に戻った希が倒れ落ちると、

「希っ!」

「希さぁぁん!」

「夢原さん」

それを見た皆は一斉に希の元に駆け寄り介抱をする。

程なくして、

「うん?

 ふわぁぁ、

 あぁ良く寝たぁ?

 あれ?

 みんなどうしたの?」

まるで熟睡していたのか目を覚ました希は起き上がり、

心配顔のみんなに向かっていつもの調子で話しかける。

「まったく、

 心配させて」

まったくいつもと変わらない希の姿に凛は泣きながら彼女を抱きしめると、

「とにかく…

 急転直下だけど無事解決して良かったわ、

 それにしてもなぁにあの黒山羊は?

 まさか、五芒山羊と言うのがここに居たというわけ?」

半分呆れながら胡桃は黒蛇堂が連れて行く黒山羊を見送ると、

「まぁそう言う事じゃのぅ…」

ポリポリと頬を掻きながら巫女は返事をする。



「なんだこれで仕舞いかぁ

 もっとおもしろいのが見られると思ったのに、

 余計な邪魔が入りおって…」

一件落着の巫女達の姿を木陰から眺めつつ、

男子生徒はメカネを光らせると、

「さぁて、

 あいつらの尻を叩いてコレクションの収集を進めないといかんなぁ」

と呟きながら姿を消したのであった。



おわり