風祭文庫・モノノケ変身の館






「鬼の目にも見残し」


作・風祭玲

Vol.959





「ちょっとぉ、

 揚羽さんっ

 なんなのぉ!

 この記事は!!」

県立沼ノ端高校。

人知も及ばない怪現象を筆頭としてさまざまな噂渦巻くこの学び舎の奥に

”みんなも知りたい、あたしも知りたい”

をキャッチフレーズに常に真実を追い求める勇者の一団があった。

”沼ノ端通信・編集部”

いかなる敵にも怯まず猪突猛進神風取材を敢行し、

学び舎にはびこる不思議のすべてを赤裸々に暴いていくその姿に

生徒は元より教師や周辺住民も大いに勇気付けられていたのであったのだが、

その編集部に編集長である増子美代の怒鳴り声が響き渡ると、

「なんですかぁ?

 編集長ぉ」

間延びした返事と共に牛乳瓶の底を思わせるメガネを光らせ、

一人の少女・揚羽千代子が執筆していた原稿から顔を上げてみせる。

すると、

「なんですかぁ?

 じゃないでしょっ」

の言葉と共に美代は腰に左手を当て、

そして右手に千代子が書いた原稿を持って寄ってくるなり、

「5W1Hはなっていない。

 ”てにわを”は滅茶苦茶。

 これじゃぁ記事にはならないわ。

 せめて”なにが””どうして””どうなった”位はキチンと書いてよぉ」

と文句を言いながら原稿をつき返してみせる。

「はぁ」

つき返された原稿に目をやりながら千代子は気迫が欠けた返事をすると、

「その返事!

 その気迫のない返事も何とかならない?

 我が沼ノ端通信の記者がそんな気が抜けた返事をするべきものではないの」

 だから書いた記事に魂がこもってないのよ」

びしっ!

と千代子を指差し美代は指摘する。

「えぇ!?」

美代の指摘に千代子は困惑した顔をしてみせると、

「もぅ、じれったいわねぇ、

 後のことはあたしがやっておくから、

 さっさと取材に行くぅ!

 あなた、追っかけているものがあるんでしょう?」

の声と共に痺れを切らした美代は千代子を編集部から叩き出したのであった。



「まったく、世話の焼ける」

追い出した千代子の後姿を見送りつつ美代はため息をついて見せるが、

「うふふ、

 なーんちゃってぇ」

編集部から叩き出されたはずの千代子は急に含み笑いをして見せると、

「増子さんの言うことなんていちいち聞いていられませんよぉ」

そう呟きながら編集部に向かってアッカンベーをして見せる。

そして、

ビシッ!

「へーんしんっ!」

の掛け声と共に腕に報道の腕章を巻きつけ、

さらに

ササッ!

掛けていたメガネを軽量型の物に変えると、

千代子は鈍重なお荷物記者から背中には重そうなリュックを背負い

カメラを身構える敏腕記者へと変身したのであった。



「さて、増子さんはあたしが書いた中途半端な原稿に釘付けで、

 ほかの取材をすることはできない。

 そして今宵は満月…

 うふっ、完璧だわ。

 あとはあたしが追っかけているスクープをものにできれば、

 沼ノ端通信なんて目じゃなくなる…

 くくく…そのときになっても怒らないでね」

編集部に向かって投げキッスをしながら千代子はそうつぶやくと、

キラリと輝く自慢の高機能デチイチを掲げて見せるなり、

彼女がずっと追いかけていた取材元へと突撃していったのであった。



千代子が向かった先、

そこは沼ノ端高校を見下ろす高台にある社である。

だが、千代子は表参道へと続く心臓破りの石段を登ることはせず、

学校の裏手から神社へと続いていく坂を上り始め、

20分後には息を切らせながら境内に立っていたのであった。

「ふぅ…

 毎度毎度この坂道には泣かされるわね。

 でも、保健医の柵良先生は毎日ここを通っているのよね、

 恐るべし脚力だわ」

と汗をぬぐいつつ千代子は学校の保健医を兼任している巫女の体力について感心をしてみせるが、

「さてと、取材取材」

直ぐに気持ちを切り替えると、

千代子は腰をすえて取材を続けている場所へと向かっていく。

そこは神社の境内の一角にある鬼封じの祠と呼ばれる祠であった。

「ふっふっふっ、

 鬼封じの祠…

 あたしはこの祠が学校で起こるさまざまな怪現象のグランド・ゼロ。

 爆心地だと睨んでいるわ、

 この祠での鬼の目撃談は絶えず報告されているし、

 夜な夜な現れる奇怪な電車。

 白尽くめ、黒尽くめの女の妖怪。

 さらには5人組の怪力少女…

 これほどの材料がそろっているのに何で編集長は徹底的な解明に乗り出さないのかしら?

 それもある意味七不思議と言えるわね」

カシャ

カシャ

とシャッターを切りながら千代子はそう呟き、

そして、

「今夜は万物の霊力が強くなるといわれる満月、

 きっと何かが起こるわ」

と期待に胸を膨らませながら千代子は結界の縄張りされている祠へと近づいていく、

「触ったらお仕置きよ。

 社務所バイト一同…ねぇ」

祠の前に置かれている警告の立て札を眺めつつ千代子は覚めた視線でそうつぶやくと、

「まぁいいわ、

 今夜は徹底的に見張ってやるから、

 覚悟しなさい!」

と祠に向かって指し示した後、

そそくさと草陰へと潜り込み背負っていたリュックを徐に開けると

千代子は誰にも見つからないように取材キャンプの設営を始めだした。



こうして千代子の張り込み取材は開始されたのだが、

だが、いくら彼女がファインダーを凝視してても何も起こることはなかった。

「ふわぁぁ…

 眠い…

 もぅ何かが起こるのならさっさと起きて。、

 あたしの完璧な取材計画を無駄にする気?」

張り込みを始めてから8時間近くが過ぎ

天空で輝いていた満月は既に西の空に傾き、

東の空が薄明に染まりはじめていた。

「えぇっ

 このままじゃぁ収穫もなしの草臥れ儲け?」

苛立つように千代子は声を上げ、

腰を上げるとズカズカと祠に向かって歩き始める。

そして、

「出るなら出るで何とかしなさいよ、

 もぅお月様が沈んじゃうでしょ!!」

と怒鳴りながら祠の壁に向かってキックを仕掛けた途端、

ビシーンン!!!

「あっ!」

祠を蹴った足から得体の知れないものが千代子の体に入り込んできたのであった。

「なっなにこれ?

 何かが入ってくる。

 やだ、

 やだやだやだ」

ズズズズズ…

無数の虫のような物が自分の足を伝って入り込んでくる感覚に千代子は悲鳴を上げるが、

だが、その声を聞きつけて駆けつけてくるものはなく、

「あっあっあぁぁぁぁぁ…」

頭を抱えながら千代子は空を仰ぎ見るように顎を上げると、

グリッ!

いきなり白目を剥き、

ミシミシミシッ!

ベキベキベキッ!

と体中から異音を響き始める。

そして、

『コホー

 コホー…』

半開きに開いた口から不気味な息遣いが漏れ始めると、

ゴリッ!

のど仏が盛り上がり、

さらに体中の筋肉を盛り上げていくと、

バリバリ!!!

体の変化についていけなくなった千代子の制服が引き裂け白い柔肌が露となるが、

だがすぐに燃え上がるような真紅色に染まっていくと、

グリッ

グリッ

ベリッ!!!

白目を剥く頭の両側から角が突き出し、

『うっ

 ぐっ

 ぐっ

 ぐぉぉぉぉ!!』

鬼と化した千代子は朝日を背にして雄叫びを上げたのであった。

と、そのとき、

ざっ!

「ふわぁぁ

 なにやらうるさいと思ったら、

 夜討ち朝駆けとは鬼も必死じゃのぅ」

の声と共に巫女装束をまとった巫女が眠そうな顔で姿を見せると、

『ぐぉっ?』

思わぬ巫女の出現に鬼は驚きつつ、

ガコンッ!

いつの間にか手にしていた金棒を振り大きく振りかぶってみせる。

すると、

「ほぉ…

 早速暴れてみるのか?

 鬼よ」

そんな鬼を見上げつつ、

巫女はすました顔を見せると、

ビュォッ!

一気に巫女に向かって金棒が振り下ろされるが、

ヒラリ!

自分に向かって落ちてくる金棒を巫女は軽くかわしてしまうと、

ズガンッ!

金棒は巫女の脇の土を大きくえぐって見せた。

「おぃおぃ、

 誰が祠の周りを整えていると思っているのじゃ、

 他ならぬこのわしじゃぞ」

抉られた土を見ながら巫女はため息をついてみせると、

チラリ

と草陰に設営されていた取材キャンプに視線を送り、

「なるほど…

 準備万端を整えてこの祠を見張っていたようじゃが、

 まったく、

 ”鬼の目にも見残し”という言葉もあるが、

 どんな完璧な計画でも漏れがあるというものじゃ、

 そんなところを鬼に付け入られたのじゃ」

鬼を見上げつつ巫女はそう言い切り、

そして、

バッ!

懐に忍ばせていた破魔札を取り出すなり、

『ぐぉぉぉ!!!』

ブォンブォン!

振りまくられている金棒を上手く避けつつ巫女は鬼へと近づいていく、

そして、

「悪鬼退散じゃぁぁぁ!」

という巫女の掛け声と共に、

ベタッ!

ビシッ!

バリッ!

鬼の体の3箇所に破魔札が貼り付けられると、

『ぐぎゃぉぉん!』

鬼の絶叫が辺りに轟き渡り、

ブバッ!

ドザザザザザ…

破魔札を張られた鬼は砂を撒き散らしながら崩れ落ちて行ったのであった。



「さぁて、

 さっさと朝食をとらないとな、

 あの悪ガキ共の相手をせにゃならんからな」

崩壊していく鬼に背を向け巫女が去った後、

「ぷはぁ!

 あっあれ?」

砂山と化した鬼の残骸から千代子が顔を出すと、

「あたし何を…」

と砂山の中で小首を傾げてみせる。

そして

「ってあぁ!

 かっカメラがぁぁぁぁ!!」

祠の不思議の正体を暴こうと用意していたデジイチの変わり果てた姿を見つけるなり

千代子は頭を抱えて悲鳴を上げたのであった。



おわり