風祭文庫・モノノケ変身の館






「鬼を一車に載す」


作・風祭玲

Vol.958





朝日に輝く街を見下ろす神社の境内。

「何ですってぇぇ!!

 演劇部は文化祭を辞退するってどういうこと?

 誰よっそんな寝ぼけたを言っているのは!!」

と甲高い怒鳴り声が響き渡ると同時に

バンッ!

本殿の壁が最大に叩かれる。

「まぁまぁ近和さん。

 落ち着いて、

 落ち着いて、

 溝口さんも十分に考えての決断だと思いますし、

 ここは一つ、

 部長である近和さんと、

 演出兼監督の溝口さんとで腹を割って話し合ってください」

そんな声の主を宥めるかのように別の声が響くと、

「高須君っ

 あなたがそんな調子だから、

 溝口君がワガママを言うんじゃないのっ!

 もぅ時間が無いのよ!」

と沼ノ端高校・演劇部部長である近和聡子は副部長の高須健二に食って掛かった。

「それにしても、

 当日になって止めるってどういうことですか?」

登校早々、

健二に呼び出された道具係の柴田辰夫は事情を尋ねると、

「いやねぇ…

 また溝口がいつもの病気を発病してね…」

と健二はため息を付きつつ事情を話し始める。

「あぁ…

 リアリティがない。

 オレが求めているのはこんなチャチな劇ではないって奴ぅ?」

事情を聞いた辰夫は呆れ半分に指摘すると、

「まぁ、そう言うこと」

と健二は腕を組んで呟く、

「で、どうするの?

 止めるなら早く先生たちに言わないとならないし、

 やるなら溝口君の首に縄をつけてでも従わせないと」

少しは気持ちが落ち着いてきたのか、

二人を睨みつつ聡子は冷静さを取り戻した口調で尋ねる。

「うん、

 そこなんだよ。

 それがあって僕は部長と柴田君の意見を聞きたくて、

 ここに連れてきたんだ」

聡子の言葉に健二はそう返事をすると、

「そりゃぁ、

 僕としては劇は上演するのが筋だと思うな、

 みんなそのために頑張ってきたんだし、

 それに僕達の劇を楽しみにしている人も居る」

と辰夫は言う。

「確かに…

 溝口君は少々難癖があるけど、

 でも、観客の視線を舞台に集中させる技量はある。

 今度の演目も僕なりには面白いと思っているし、

 みんなに受けると思うんだけどね」

辰夫の言葉に健二は頷いて見せると、

「じゃぁ、

 さっさと溝口君を説得しなさいよ。

 彼をそこまで買っているなら、

 その気にさせるのが副部長であるあなたの務めでしょう」

と頷く健二に向かって聡子は指示をする。

「無論僕も説得はしたよ、

 もぅ、この話を聞かされた夕べから今朝まで、

 それこそ夜通しで説得をしたけど、

 でも、溝口君は首を縦に振らないんだ」

聡子の指示に向かって健二はそう言い訳をすると、

「けど全てが終わったわけではないわ、

 文化祭自体はまだ始まっていないし、

 あたしたち演劇部の出番は午後、

 説得をする時間位はあるんじゃない?」

と聡子は指摘する。

「ところでリアリティって溝口君はいったい何のリアリティを求めているんだ?

 あの話にリアリティを…って発想自体に無理があると思うんだが」

少し考え込んでいる健二に向かって辰夫は事態の根幹を指摘すると、

「そのことは僕も気になって聞いたんだけど…」

そう言いながら健二は歩き出し、

境内のはずれにある鬼封じの祠へと向かっていく。

そして、その健二の後を聡子と辰夫が付いていくと、

「鬼が気に入らない。

 って言うんだよ」

と祠を背にした後、

親指で背後の祠を指差して言う。

「鬼?」

「鬼が?」

それを聞いた二人は同じ言葉で返事をすると、

「部員が演じる鬼では俺が描いた鬼ではない。

 鬼である以上、

 気迫と凄みが無くてはだめだ。ってね」

と続ける。

「そんなことを言ってもなぁ」

「じゃぁどうしろって言うの?」

その事を聞かされた聡子と辰夫は顔を見合わせると、

「で、困っていたときに偶然出会ったある方から、

 この祠には面白い伝承がある事を聞いてね、

 演劇部を率いる部長にぜひ一肌脱いでもらおうと思ったんだ」

聡子を見つめつつ健二は言う。

「あっあたしに?

 一肌拭って?」

思いがけない健二の言葉に聡子は困惑して見せると、

「なぁに、

 難しいことではありません。

 部長が直にこの祠に手を触れて欲しいんです」

と健二は言いながら、

”触るな危険、寝た子を起こしたらお仕置きよ! by社務所アルバイト一同”

丸文字でそう書かれている立て札が正面前に打ち込まれ、

注連縄に括られた紙出の結界が厳重に施されている祠を再度指差して見せる。

「絶対に手を触れるなっ!!

 って気迫が伝わってくるな…」

朝風に揺れる紙出を見ながら辰夫は呟くと、

「い・や・よ!」

ほぼ同時に聡子の怒鳴り声が響く。

「えぇぇ!!」

それを聞いた健二は困惑した声をあげると、

「こんな危なさそうな目にあたしを巻き込むつもり?

 絶対に嫌だからね」

腕を組みプイッと横を向きながら聡子は言う。

「そんなぁ!

 演劇部の危機なんですよぉ、

 その為に部長が立ってくださらないとぉ」

そんな聡子に向かって健二は縋るようにして懇願するが、

だが、聡子の首を縦に振ることは無かった。

「なぁ、触ったらいったい何が起こるんだ?」

二人のやり取りを見ていた辰夫が尋ねると、

「そうよ、

 何が起きるのよっ、

 鬼に関係する何かなんでしょう?

 まさか、この祠に鬼が封じられていて、

 あたしが触るとそれが蘇るとでも言うの?」

と聡子は指摘する。

「うーーん、

 極めてストライクなのですがぁ

 でも、その答えではボール球ですねぇ」

二人の問いに健二は答えながら、

聡子を祠のほうへとエスコートし、

ギュッ!

聡子の右手を握り締めると、

「では、試してみましょう」

そう言いながら

ペタン!

と聡子の手を祠の壁に触れさせたのであった。

「あぁぁぁぁ!!!

 何て事をするのよぉぉぉ!!!」

即座に腕を振り解き、

健二に向かって怒鳴りながら聡子は迫ると、

「なにか変わったことはありませんか?」

と相変わらず落ち着いた口調で健二は尋ねる。

「何か変わったって…」

その問いに聡子の口が閉じた途端、

ドクンッ!

聡子の胸が急に高鳴り、

ムズムズと体の中を何かが蠢くような感覚が走る。

と同時に

「!!っっ

 何か…

 何かからだの様子がおかしくなってきたし、

 それに急にだるくなってきた」

そう訴えながら聡子の膝が折れ、

バッタリとその場に手を付き膝を付けると、

「部長!」

さっきまで元気だった聡子の急変を見て辰夫は介抱しようとするが。

「部長に触れてはならないっ」

と言う健二の声にその脚が思わず止まる。

「はぁはぁ

 はぁはぁ

 体が熱い…」

次第に高くなってくる体温のためか聡子の身体は異常な発汗をはじめ、

喉元を伝ってくる汗がボタボタと落ちていくと、

下の地面に黒いシミを作っていく。

そして、

「熱い!

 熱い!

 熱い!」

そう訴えながら聡子は着ていた制服を脱ぎだし、

ついには全裸となってしまうが、

だが、彼女の肌はいつもの色白ではなく、

真っ赤に燃え上がるような赤色をしていたのであった。

「なんだ…」

真紅の肌を晒す聡子の姿に辰夫は驚くと、

「あぁ、少し下がったほうが良いよ、

 そこは危ない」

避難だろうか

聡子から離れた位置に立つ健二は辰夫に向かって手招きをすると、

「おいっ、高須っ、

 お前、何をした!!」

と健二の胸倉を掴み上げながら辰夫は怒鳴る。

すると、

「うぐがぁぁぁぁぁ!!!」

聡子の絶叫が響き渡るのと同時に

苦しみから逃れるようにのた打ち回り始め、

そして

ベキベキベキ!!!

ムキムキムキ!!!

真紅に染まる聡子の体が盛り上がっていくと、

『こほー

 こほー…』

聡子の口から不気味な息遣いが漏れ始める。

「おぉ…

 これは凄い」

胸板を盛り上げ、

体中の筋肉を発達させながら、

グングンと巨大化していく聡子の姿に健二は一人関心をしていると、

「おいっ、

 どうするんだよっ、

 これ!!」

涙を流しながら辰夫が食って掛かる。

すると、

「部長が我々の舞台の為に一肌脱いで鬼になってくれているのだから、

 暖かく見守った上げようではないか」

食って掛かった辰夫の手を握り締めて健二がそう言うと、

『きゃぁぁ!

 何この身体ぁぁぁ!!!』

とどろく声が響き渡り、

角が飛び出す金色の髪を振り乱し、

金色の眼を見開いて

耳元まで引き裂けた口を大きく開いて聡子が立ち上がると、

『高須くんっ、

 これってどういうことよ!!』

と怒鳴りながら、

ガコンッ!

どこから取り出した金棒を大きく振りかぶってみせる。

「ひぃ!」

「おぉ、

 さすがは部長!

 鬼に変身をしても自分を失わないなんて、

 それは凄いことです」

虎皮の褌を締める鬼の姿に悲鳴を上げる辰夫に対して、

金棒の影の下に入りながらも健二は落ち着いて見せると、

「溝口君っ

 この鬼なら良いでしょう!」

と背後の森に向かって声をあげた。

すると、

「おぉ!

 これこそ、僕が求めていた鬼ですよぉ!」

これまで隠れていたのか溝口隆が顔を出すなり、

「いやぁ、

 副部長のお陰でよい舞台が出来そうです。

 部長、その格好ですみませんが、

 舞台に立っていただけますか?」

と振りかぶったままの鬼に向かって声をあげる。

『だっだれが!

 もぅこの身体っ

 どうしてくれるのよっ』

鬼の姿に似合わない泣き声を上げながら、

ブォォン!

ブォォン!

風切音を響かせて金棒を振り回すが、

「よしよしよーしっ」

健二と隆は笑いながら学校へと続く坂道を逃げて行く。



その後、学園祭の催し物の一つとして上演された、

演劇部の舞台劇・一寸法師は、

舞台上で暴れる鬼のリアリティさに観客は皆悲鳴を上げて逃げ惑っていったのであった。

そして、観客席でそれを見た保健医は…

「まったく、鬼を一車に載すと言う言葉もあるが、

 余計な仕事を増やしおって!」

と呆れながら腰を上げたのであった。



おわり