風祭文庫・モノノケ変身の館






「節分合戦」
(前編)


作・風祭玲

Vol.926





ザワザワ

ザワザワ

それはとある早春の朝のことだった。

「むっ

 鬼が騒ぐのぅ…」

その日の未明より鬼封じの祠より発せらる寄せては引く波動を感じつつ

寝起き姿の巫女は雨戸を大きく開け放つと、

じっと祠のある方角を睨んでみせる。

そして、

チラリ

と横の壁にかかるカレンダーへと視線を向けた途端、

「ふっ、

 なるほど、

 お主らも今日に備えてきた。と言う訳か」

と半ば呆れたような表情を見せ、

「よかろうっ、

 その覚悟。しかと承った」

巫女は意を決する声を残し窓際から去って行く。



ハグハグハグ

ハグハグハグ

「おぉ、起きて来たか。

 鬼が随分と騒いでいるようじゃが…」

日曜日のため勤務先の学校への出勤はなく、

そのまま巫女装束へ着替え終わった巫女が朝食をとりに居間へと向かうと、

そこには彼女の叔父である僧が彼の妹が作った朝ごはんに舌鼓を打ちつつ話しかけてくる。

「おっ叔父上っ!

 来ていたのですか?」

盛大に食べ散らかしている僧を見ながら巫女は驚いてみせると、

「なんじゃ、

 わしがここにいるのがそんなに迷惑か?」

と僧は皮肉を言う。

「いえ、そう言う訳では…

 しかし、叔父上が来たということは何か悪い予兆でも?」

母親より山盛りにご飯が盛られたお櫃を受けとり、

それを軽く平らげた巫女は僧に向かってこの場に来た理由を尋ねると、

「ふむ」

僧は湯気が立つ湯飲みを手に取り、

「不吉じゃ、

 きわめて不吉じゃ。

 祠の鬼があまりにも活気付きすぎておる」

そう指摘するが、

「存じております」

巫女は冷静に返事を返す。 

すると、

キッ

僧はキツイ視線で巫女を見つめ、

「決戦…を申し込んでおる。

 と見受けるが…」

と指摘すると、

「そのようですな…」

相変わらず巫女は冷静に返事をし湯気が立つ湯飲みを啜って見せた。

「うむ、判っておるのならこれ以上何も申さないが、

 わしも今日一日立ち合わせて貰うがよいか?」

湯飲みの中で見事に立って見せる茶柱を眺めつつ僧が提案してくると、

「祠の鬼が何か事を起こすときは

 それなりのヨリシロが必要なのは叔父上も存じているはず。

 祠の周りにはすでに結界を張り巡らし進入を規制しているので、

 わたしが知らない一般市民が無闇に近づくことはござらん。

 仮に無理をして鬼が実体化したとしても、

 所詮は芯のない木偶人形。

 わたしの力で十分です。

 もし、わたしの身のことがご心配であるなら、

 ぜひご自分の寝所にて願を掛けてもらえんか」

夕方、この神社で行われる節分祭に乗じて

今宵の夕食にもありつかんとする僧の下心を見抜きつつ巫女は断ると、

「やれやれ、世知辛い世になったものよのぅ」

僧は嘆きながら、

ズズーッ

っと盛大に湯飲みを啜ってみせ、

「じゃが、一言忠告をしておく、

 慢心は怪我の元じゃ」

巫女に向かって僧は告げると、

「どれ、戻るとするか」

の声と共に席を立ったのであった。



ドドドドド

キッ!

節分祭の準備で慌しさを見せる社務所の表玄関にバイクの音が響いたのは昼前のことだった。

シュォォン…

玄関に映るバイクの影が人の形に変わり、

ガラッ!

「こんにちわぁ」

社務所の中に島田姫子の声が響くと、

「誰もいませんかぁ?」

追って坂本敦の声が響く。

すると、

「はーぃ!」

の返事と共に巫女装束姿の少女が飛び出していくと、

「おぉ!

 本物の巫女さん!」

目の前にやってきた巫女装束の少女を見て敦は思わずにやけて見せた。

「敦ぃっ!」

それを見た姫子はすかさず嗜めると、

「えぇっと、

 そっか、今日は節分祭だっけ、

 じゃぁバイトの子?

 柵良さん、こっちに居るかしら?」

と姫子は少女に尋ねる。

「柵良先生ですか?

 少々お待ちください」

姫子の質問に少女はそう返事をすると出てきた部屋に戻り

「希さぁん、

 柵良先生、どこに行かれたか知ってます?」

とその部屋にいるであろう少女の知り合いに声をかける。

すると、

「え?

 知らないけど…凛ちゃん知っている?」

「あたし知らないわよ、

 可憐さん、知ってます?」

「確か…

 祠の方じゃないかしら、

 ほら、柵良先生を尋ねられた女の人と出かけていきましたから」

「じゃぁ、あたしが案内してあげましょうか」

「あぁ、麗ちゃんお願い。

 こっちいま手が離せないんだ」

「はーぃ、

 小町さん。

 お客様はどちらに…」

「玄関にいらっしゃいますわ」

などど会話が続き、

「お待たせしましたぁ」

の声と共に先ほど応対に出た少女とは違う少女が姫子達の前に姿を見せる。

「柵良さん。

 鬼封じの祠に居るのね」

出てきた少女に向かって姫子は尋ねると、

「はいっ」

左右に束ねた髪を軽く揺らしながら少女は明るく返事をし、

「さぁ、こちらです」

との声と共に姫子達を鬼封じの祠へと案内し始めた。



「ん?

 姫子ではないか」

祠を思慮深げに見ていた巫女が姫子に気づくと、

「では失礼します」

姫子を案内してきた少女はその声を残して去っていく。

「あれ?

 お一人ですか?」

一人で立っている巫女を見ながら姫子は聞き返すと、

「いや、もぅ一人おるが、

 いま祠を調べてもらっておる。

 気になるところがあってな、

 にしても、どういう風の吹き回しじゃ?

 節分祭にはしゃぐ年頃でもなかろう」

驚きながら巫女は姫子がこの神社に来た理由を尋ねる。

すると、

「え?

 あたしは柵良さんからここに来るように…

 って電話を受けたので来たんですけど」

と姫子は巫女に呼び出されたことを言う。

「なんじゃと?

 わしは電話なんぞ掛けておらんぞ」

それを聞いた巫女は驚きながら聞き返すと、

「そんな…

 だって…」

思いがけない展開に姫子は困惑した表情を見せ、

横に立つ敦に視線を向けると、

キッ

巫女は表情を硬くしつつ、

「わしからと言う電話はいつ受けた?」

姫子に問い尋ねた。

「えぇっと、

 明日提出のレポートの仕上げにかかっていたから…

 昨夜の3時ごろかしら、

 夜中にいきなりかかってきたので驚きました」

巫女の問いに姫子は思い出しながら返事をすると、

「丑三つ時…か」

と巫女は考えるそぶりを見せる。

「?」

納得顔の巫女を見て姫子と敦は小首をかしげていると、

ピクッ!

巫女のコメカミがかすかに動き、

「だれじゃ、そこにおるのは…」

と言いつつすばやく懐より払い串を取り出そうとするが、

シャッ

それよりも一歩早く手の動きを封じるかのように影が巫女の前を横切り、

タンッ!

白足袋眩しい巫女の足元に突き刺さっさってみせる。

「なにっ」

「あら」

「おっ」

巫女と姫子、そして敦の3人の視線にあったもの、

それは、一枚の花びらを散らしてみせる赤バラの花であり、

皆の視線が赤バラに向けられていると、

『ははははは…』

高らかに笑う男の声と共に、

スタッ

シルクハットに黒タキシード姿の男性が3人の前に舞い降りたのであった。



「不吉じゃぁ…」

フォォォン…

鬼気漲るオーラが漂い始めた神社を仰ぎ見つつ、

沼ノ端高校の屋上で巫女の所から追い出された僧が一人肉まんをかじっていると、

ヌッ

僧の背中に小山のような影が伸びる。

「ん?」

その気配に気づいた僧が振り返ると、

『・・・・・』

僧の背後には日頃この学校の校長室に入り浸っているネコが立ち、

無言のまま神社を見上げていたのであった。

「おぉ、

 ネコではないか。

 どうした?

 そのようなところに立ってないでこっちで肉まんでも食べるか?

 なぁにダンボールなどは入ってはおらんぞ」

そんなネコに向かって僧は親しそうに話しかけるが、

『・・・・・・』

僧の言葉が届かないのかネコは黙ったまま神社を見上げ続け、

ヌッ

突然歩き始めると、

僧にかまわずそのまま屋上から降りてしまったのであった。

「なんじゃ、

 つまらないのぅ」

去っていくネコを見送り、

僧は再び神社を見上げると、

「むーっ、

 鬼気がさらに強くなってきておる。

 不吉じゃ

 きわめて不吉じゃぁ」

と呟いてみせる。



「なんじゃ、

 鍵屋ではないか…」

目の前に舞い降りたタキシード男の正体を巫女は言い当てると、

『あちゃぁ、

 やっぱり判りました?』

一発で見抜かれたことに鍵屋は照れ笑いながらマスクを取り、

頬を掻いてみせる。

「いつもの格好はどうした?

 お主らしからないではないか」

鍵屋に向かって巫女は苦言を言うと、

「まぁ、

 外人の方とお付き合いだなんて、

 意外と隅にはけないんですね」

と姫子はニヤケながら巫女のわき腹をつついて見せる。

「ち・が・うっ」

その声に巫女は顔を赤らめながら思いっきり否定すると、

「まったくっ、

 こうも知り合いが押しかけて来ては結界の意味もないではないか」

そう文句を言いながら、

ズカズカズカ

と足音荒く鍵屋の傍へと向かい、

「鍵屋っ!、

 なんでお主はこうも間が悪いときに出てくるのじゃ!」

と怒鳴って見せる。

すると、

『え?

 そんなに間が悪いですかぁ?』

巫女の抗議に鍵屋はキョトンとして見せると、

「で、

 ここに来たということはぁ。

 例のモノは見つかった。という訳じゃな」

巫女は腕組をしながら尋ねる。

『えぇ?、

 いや、あのぅ…

 わたしは柵良さんに呼び出されたので、

 大急ぎで客先から駆けつけたんですよ。

 ちょうど打ち合わせが終わったところに、

 ”大急ぎで来いっ”

 ってケータイにメールが入ったものですから、

 もぅそれこそ着替えずに』

と鍵屋は巫女から急な呼び出しを受けたことを言い、

巫女からのメッセージが入っているケータイを見せる。

「馬鹿な…

 わしはメールなぞ打ってはおらんぞ」

ケータイの画面を見つめながら巫女は表情を硬くし、

「待てよ、

 姫子に鍵屋?」

覚えのない呼び出しに巫女は慌てて振り返り、

「黒蛇堂!

 そやつが何を企んでいるかわかるかぁ?」

と声をあげた。

すると、

ヒョコッ

祠の影から黒く輝く髪を揺らしつつ、

トレードマークとなっている黒装束姿の黒蛇堂が姿を見せると、

『あら、鍵屋さん。

 今日はまたすばらしいお姿で、

 そうそう先日のお薬。

 ありがとうございました。

 お陰で体調はすっかり良くなりました』

と黒蛇堂は鍵屋に向かって頭を下げて見せる。

『くっ黒蛇堂さんもこちらにいらしたのですかぁ?』

思いがけない黒蛇堂の登場に鍵屋は驚いて見せると、

驚く鍵屋に黒蛇堂は笑みで答え、

そして、その緋色の瞳で姫子を見るなり、

『はじめまして、

 柵良さんの従姉妹さんですね。

 確かにその体ではいろいろと苦労もあるでしょう』

と黒蛇堂は姫子の秘密を言い当ててみせる。

彼女からの言葉に

「あの…」

姫子は声をあげ、

「あたしの体のこと、

 知っているのですか?」

と尋ねると、

『えぇ…存じておりますわ』

黒蛇堂は明るく返事をして見せる。

「柵良さんが、

 教えられたのですか?」

姫子のことを柵良が黒蛇堂に教えたのか、

と疑いつつ姫子は巫女に尋ねると、

「いや、

 わしは何も言うてはおらん。

 今日、お主らがここに来ることすら知らなかったのだからな」

巫女はきっぱりと否定し、

『言われなくも、

 一目見れば判ります』

と黒蛇堂は返事をした。

「あのぅ

 元に…

 あたしは元の人間に戻れるのですか?」

それを聞いた姫子は黒蛇堂に質問すると、

「おっおいっ

 そんな事を聞く奴があるか」

姫子の横に立つ敦は驚きながら姫子の肩を掴むが、

「もぅ、敦ったら、

 あたしがこのままでいいと思っているの?」

振り返って敦を見つめつつ姫子は言う。

すると、

『うーん、

 あなたを形作る”銀”のことですが…

 恐らくは”上”が何か関与していると思います。

 昔読んだ資料の中に”銀”のことが書かれていたことを覚えていますし、

 それに、祠の鬼もあなたが来ることを望んでいるようです』

姫子を見つめつつ黒蛇堂が言う。

「上?」

黒蛇堂の返事の中にあった言葉に敦が反応すると、

『はい、上です』

と黒蛇堂は空を指差してみせる。

「?」

その意味が判らず敦は小首を捻ると、

「資料って…

 ”銀”について書かれた資料があったのですか?」

敦を押しのけ姫子が前に出る。

そして、

『えぇ…

 もぅ、大昔になってしまいますが…

 確かに』

黒蛇堂がそう答えたとき、

ズォォォン!

ズンッ!

ズズズズズズンンンンン!!!!!

周囲の空気が大きく震えたのであった。

「うわぁ!」

「キャッ!」

体の心から震えだすような強烈な震えに皆が驚くが、

「なんじゃと!」

巫女はひるまず祠を睨み付けると、

ゴワァァァォォォォォ…

ついさっきまで何も変化のなかった鬼封じの祠よりオーラが吹き上がり始め、

さらに、

ドォォン!

ドォォン!

と大太鼓を叩くような音と共に

祠を焼き尽くすかの如く鬼気溢れるオーラが立ち上っていく。

「むっ、

 なんという凄まじい鬼気じゃっ、

 みんなっ

 下がれ、

 下がるんじゃ!」

オーラの動きを見切りつつ巫女は黒蛇堂たちに後方に下がるように命じると、

チャッ

退魔札と払い串を用意してみせる。

「早いのぅ…

 こっちの準備がまだ整っておらんっ

 手持ちの札で抑えられるか」

準備を万端に整えた後、

鬼と立ち向かうつもりだった巫女はその計画が狂わされたことと、

手持ちのアイテムが少ないことを不安に思うが、

ブォォォッ…

息を継ぐようにオーラの吹き出しが一瞬弱くなったのを見逃さず、

「今じゃっ」

祠に向かって巫女は飛び出した。

だが、

ヌッ

その巫女の背後に小山のような影が迫ると、

ドンッ!

瞬く間に巫女を突き飛ばし、

ノッソ

ノッソ

と沼ノ端高校の屋上から姿を消したネコが通り過ぎていく。

「なっ、

 ネコ?

 なぜ、お主が…

 いかんっ

 戻れっ、

 すぐに戻るのじゃっ」

突き飛ばされた巫女はネコを引きと声をあげて追いかけようとするが、

ビシッ!!!

「うっ」

その巫女の正面に張られた結界が彼女の足を止めたのであった。

「おのれっ」

歯を食いしばり

巫女は渾身の力で手を伸ばしてネコを引きとめようとするものの、

ネコは振り返ることなく

まるで手招きをしているようにオーラが沸き立つ祠へと向かっていく。

「してやられた!!」

ネコの背中を睨みつけながら巫女が己の策が破られたことに気づくと、

「柵良さんっ

 あの…あれってなんですか?」

と敦は震える指で二本足で歩く巨大なネコを指し尋ねる。

「やつは生前、飼い主から虐待を受け、

 コタツへの想いを抱きつつ生涯を閉じた哀れなネコじゃ」

敦の質問に巫女はそう答えると、

「じゃぁ、

 幽霊なのですか?」

と姫子が尋ねる。

「幽霊といえば幽霊なのじゃが、

 鬼にとってはまさにうってつけのヨリシロ。

 くっ、

 しくじった」

悔しそうに巫女がそう答えると、

『ふんっ』

祠の前に立ったネコは大きく足を上げて四股を踏み、

そして、

ドォォンッ!

懇親の力で祠に張り手を打ち込んで見せたのであった。



「やぁ!

 頑張っているか?」

祠で起きている危機がまだ知られていない社務所に

いつの間にか沼ノ端高校の教員になっていた小牛田浩二の声が響くと、

「あっココぉ!」

祭りの支度に追われていた希の明るい声が響く。

「先生?」

「偵察ですかぁ?」

希の声と共に顔を上げた可憐と凛が話しかけると、

「あれ?

 麗は?」

メンバーの一人がいないことに浩二が気づき、

その姿を探し始めると、

「あぁ、

 麗ちゃんはちょっと外でお仕事、

 それよりも、どういう風の吹き回しですか?

 凛ちゃんの言う様に偵察ですか?」

と希は浩二が社務所を訪れた理由を尋ねる。

すると、

「え?

 あっ、いやっ

 まぁ、担任としてちょっと気になってな」

浩二はそ知らぬふりをしつつ頬をかいてみせるが、

「立ち話もなんですから、

 どうぞお上がりください」

そんな浩二に向かって小町が話しかけると、

「そうそう、

 おいしいシュークリームもあるよ」

と希は差し入れの袋を掲げて見せた。

「あっ、

 うん、

 ありがとう。

 その格好もなかなかいいじゃないか」

シュークリームという言葉に少し嬉しそうにと浩二は返事をし、

希たちの巫女姿を眺めながらややニヤケながら頷いてみせると、

「先生っ

 それじゃぁどこかの変質者と一緒ですよ」

そんな浩二を醒めた目で見つつ凛は呆れて見せた。

「え?

 いやだなぁ…

 そんな下心なんて…」

凛の指摘に浩二は慌ててごまかそうとしたが、

「ん?」

直ぐに浩二の顔に緊張感が走ると、

「何か出た…」

と呟く。



ドォォォン!!

ゴワァァァ!!

張り手を喰らった途端、

祠からは柱のごとくオーラが激しく吹き上がり、

吹き上がるオーラはネコを飲み込んでしまうと、

バキバキバキ!!!

メリメリメリ!!!

その中で人畜無害に見えたネコは変化し、

コォーホー

コォーホー

不気味な息遣いを響かせながら邪悪な鬼が立ち上がって行く、

「うそぉ!、

 なんじゃこれは!」

見上げるほどの巨大な鬼を見上げつつ敦が悲鳴を上げると、

「毎年、

 2月3日はこの祠の前でわしと鬼は対決して来たのじゃが、

 鬼め、

 姫子や鍵屋と使ってわしを撹乱し、

 その隙にネコをヨリシロに決戦を挑むつもりだったのか」

と巫女は冷や汗を流しながら呟くが、

「ん?

 違うっ」

何かに気づいた巫女は突然声をあげると、

「違うっ、

 姫子と鍵屋は撹乱要員ではない。

 まさか姫子の…”銀”が目当てなのか、

 そして鍵屋の何かが目的…」

鍵屋を横目で見つつ考えるそぶりを見せる。

そして、不意に漂ってきたある気配に気づくと、

「この感じは…狐?

 まさか…」

僧呟く巫女の脳裏にあるものの存在が浮かび、

急いで鍵屋の方を向くと

「鍵屋っ、

 お主、いま狐のものを持ち込んで来てはないか」

と問い尋ねた。

すると、

『良くわかりましたねぇ、

 これのこと…

 取引先のサンプルですが』

巫女の指摘に鍵屋は感心しつつ、

タキシードの懐より鈍く光りを放つもの取り出しかけるが、

「やっぱりっ、

 鍵屋っ

 いまこの場でそれを出すな!」

それを制する巫女の怒鳴り声が響き、

『わっ!』

その声に鍵屋は慌てて面を懐に戻してみせる。

面の存在を巫女が確認した後、

「すべては偶然はなく必然。

 わしとの決戦を挑むにあたって必要となるものを揃えたに過ぎないか、

 わしとしたことがしてやられたわ」

巫女はそう呟くと、

クルリ

顔を黒蛇堂へと向け、

「黒蛇堂!

 頼んでおった豆の支度はできているか?」

と問い尋ねる。

すると、

『はいっ、

 まもなく到着いたします』

ケータイを耳に当てながら黒蛇堂の声が響くのと共に、

シャカタタタタ!!

空間を引き裂いて一条の軌条が延び、

鈍く光るレールの上を煌々と光るライトと共に”業ライナー”が飛び出してきた。

「うわっ、

 これって、

 あっあれ?

 華代ライナー…じゃないっ」

以前に出会った華代ライナーとは違うスタイルの車両に敦は驚くが、

キキキキッ!

ギーッ!

驚く敦の前にブレーキの音を響かせ業ライナーは停車すると、

『黒蛇堂さま、

 ご注文の出雲産・退鬼用スーパーハイグレード豆。

 ならびに節分用火器ならびに重火器一式。

 ただいま業ライナーにて到着いたしました』

の声と共に黒蛇堂の従者がライナーから飛び出し報告し、

ドザァァァァ!!!

車両に搭載されたコンテナより香ばしい香りと共に炒り豆があふれ出した。

「よしっ、

 これならなんとかなるかもしれん。

 黒蛇堂っ

 礼を言うぞ!」

香ばしい香りをたてる炒り豆を手で掬いながら巫女は大きく頷き、

「姫子っ、

 お主はその体を使って囮となり鬼の注意を向けるのじゃ。

 鬼は間違いなくお主の”銀”を欲しておる。

 決してつかまる出ないぞ。

 鍵屋は甲種結界を用いて速やかにこの空間を遮断し、

 何人たりとも入れてならんぞ、

 残りの者はめいめい豆と火器を持ち鬼を攻撃するのじゃっ、

 さぁて、鬼が出るか仏が出るか。

 こうなったら意地でも仏を出すしかあるまい。

 行くぞ!」

巫女は皆に声を掛け立ちはだかる鬼へと向かいだしたとき、

ギンッ!

閉じられていた鬼の目が見開き、

ドンッ!

それと同時に強烈な鬼気が襲い掛かる。

だがそれに臆することなく皆は一斉に火器と豆を手に取り、

「じゃぁ行きますか、

 ”豆まきに”…」

と敦が話しかけると

コクリ、

皆は静かに頷き鬼に向かって走って行ったのであった。

そして、

『やれやれ、

 相変わらず人使いが荒いお方だ』

鬼に立ち向かうべく走っていく巫女たちを見送りながら鍵屋は笑って見せると、

『まぁ、いいでしょう。

 この鍵屋。

 柵良様のお言いつけどおり、

 この空間を封鎖してみせましょう』

と言いつつ鍵屋は被っていたシルクハットを取って礼をして見せると、

真上に向かって白手袋が覆う右手を伸ばし

パチン!

と指を鳴らしてみせる。

すると、

ガチャンッ!

何か鍵が開く音がこだまするのと同時に、

スッ

鍵屋の右腕の先の空間に線で区切った四隅が現れ、

ギィ!

っと軋む音を響かせながら斜め下に向かって空間が開いていく、

そして

ストンっ

開いた空間の中より使い込まれた一本の鍵杖が落ちてくると、

ハシッ!

鍵屋はその杖を落とさずに右手に握り締め、

ブンッ!

巧みな手さばきで振り回して見せながら、

ゴンッ!

鍵杖を地面に突き立てる。

その瞬間、

ガシャンッ!!!

重く響く鍵が閉まる音がこだまし、

ゴワッ

鍵屋の足元より霧が巻き起こりはじめると、

見る間に巫女たちと鬼が対峙する空間を包み込み、

祠の周囲を神社の境内から切り離してしまったのであった。



『封印完了!!

 さぁて、みなさぁん。

 気張ってくださいよぉ』



つづく