風祭文庫・モノノケ変身の館






「鬼に瘤を取られる」


作・風祭玲

Vol.906





チュンチュン

チュンチュン

朝日を浴びる神社の境内に

「では行ってまいる」

巫女の声が響き渡ると、

「うーん、

 良い天気じゃ」

大きく背伸びをしながらスカートスーツ姿の巫女は母親に見送られ、

保健医として勤務している沼ノ端高校へと続く道を歩き始めた。

「おはようございまーす、

 柵良先生」

「おうっ、おはよう」

朝の挨拶をしてくる女子生徒たちと言葉を交わしつつ

巫女の前に学校の校舎が姿を見せたとき、

ピクッ!

背後から迫る気配を感じるや否や、

「また貴様かぁ!

 唐ぃ!」

の声と共に体を捻りな巫女は背後に向かって強烈なキックを放つ。

すると、

「うごわぁぁ!」

巫女が放ったキックを腹に受け一人の男子生徒が白目を剥きながらも、

「ぐはぁっ、

 気配を消したのに…

 さすがは巫女…」

と感心しつつ男子生徒・唐渡はその場に倒れてしまうと、

「ったくっ、

 さわやかな朝の空気を汚しおってぇ!」

乱れた髪を払いつつ巫女はそう言い放ってみせる。

すると、

「渡君っ!」

の声と共に制服姿の少女が駆けつけるなり、

「あれほど柵良先生にはちょっかい出してはダメって言っているのに」

と嗜めつつ介抱を始めだした。

「忍っ、お主も相変わらず苦労が耐えないのぅ」

渡とは幼馴染である少女・三池忍に向かって巫女は労い、

そのまま二人を残して学校へと向かおうとした時、

『いやぁ、

 お見事ですね』

突然、巫女の背後から男性の声が響った。

「うがっ!」

それを聞いた巫女は目を剥き慌てて振り返って見ると、

『どうも、

 えーと、

 ここの時間では”おはようございます”ですね』

の声と共に巫女の背後には異国風の衣装を身にまとった若い男性が立ち、

朝日にキラリ☆と歯を輝かせて見せる。

「…なっなんじゃ、

 鍵屋か…」

鍵屋を眺めつつ巫女は安心して見せるが、

直ぐに、

「最初に言っておく、

 今度来た時はわしの後ろに立つなっ」

と警告するなり再び歩き始めた。

『そうですかぁ…

 判りました。

 じゃぁ、今度は柵良さんの前で業ライナーから降りるようにします』

それを聞いた鍵屋は横に並びながら返事をすると

「柵良さんっ!

 この人は一体誰ですかっ?」

さっき巫女の一撃を受けて気を失っていたはずの渡がいきなり巫女に迫ってきた。

「はぁ?」

真剣な表情の渡を巫女は呆れ半分に眺めると、

「柵良先生っ、

 その人ってまさか、

 柵良先生の…」

と渡を介抱していた忍も興味津々に問い尋ねてくる。

その途端っ

「ひどいっ

 僕に相談も無く他の男と付き合うだなんて!」

涙を流しながら渡が抗議を始めだすが、

「なんでお前の許可を一々取る必要があるんだぁ!」

の言葉と共に巫女が力を込めて放った拳が渡のレバーを直撃し、

「うごぉ!」

渡は華麗に宙を舞ってみせる。

「あぁ、柵良先生っ、

 ちょっとやりすぎです」

KOされた渡に駆けつけ忍が抗議すると、

「ふんっ、

 これくらいはまだ甘いほうじゃ」

ピクピクと体を震わせ倒れる渡を見下ろし、

巫女は肩で息をしながらそう言い切って見せた。

『まぁまぁ、

 いきなりの拳沙汰はいけないと僕は思いますが』

成り行きを見ていた鍵屋は巫女の肩に手を乗せて言うと、

「鍵屋ぁ!

 お前がそういうややこしいことをするから、

 いらぬ誤解を招くんじゃっ!

 わしが怒った顔をしているのがわからんのかっ」

それに気づいた巫女は鍵屋に向かって怒鳴り、

『いやぁ、あはは、

 つい…』

巫女に抗議に鍵屋は笑って誤魔化して見せると、

『で、なにか用ですか?

 私を直々に呼び出しとは』

と呼ばれた理由を尋ねる。

すると、

「うむ」

巫女は頷きはするものの、

周りの様子を目配せしたのち、

「コホン!

 鍵屋、

 すまぬが時間変更じゃ、

 夕方、神社の方に来い。

 いろいろ相談したいことがある」

咳払いをした後、

鍵屋に向かって巫女はそう指示をした。

その途端、

「柵良先生っ!!!」

渡がまたしても起き上がってくると、

「貴様とはこれ以上、話す気などないわぁ!」

巫女の叫び声が響くのと同時に、

ドカッ!

渡の体が宙を舞い、

宙を舞う渡の下で

『はいっ

 畏まりました』

鍵屋は一礼をするとかき消すようにしてその姿を消して見せたのであった。



夕方。

「はぁ、

 ここは落ち着きましますねぇ」

神社の社務所の一室にて、

沼ノ端高校校長は湯気が立ち上る湯飲みを持ちつつ冬木立の境内をじっと眺めていると、

「校長、

 このようなところまでわざわざお越しになるとはどういう理由ですかな?」

下校し巫女装束に着替え終わった巫女が尋ねてきた。

「はい…」

巫女の質問に校長は顔だけ向けて返事をすると、

コタツに足を入れて暖を取っているネコの向かいに座り、

「実は大切なお話がありまして…」

と眼鏡を輝かせ話し始める。

「ほほぉ、

 大切な話ですか?

 伺いましょう」

それを聞いた巫女は神妙な顔つきになると空いている席に座る。



「ほほぉ、ぷりきゅあ・ふぁい部ですとな…」

校長から話を聞いた巫女は感心したような表情を見せると、

「はいっ、

 わが校は兼ねてより健全な学園運営を妨げる様々な事象より学園を守るために、

 生徒会直下にABCの3つの災害即応委員会があるのはご存知ですね。

 さらにそれとは別に私の指揮下に文化部・運動部より選りすぐった乙女達による

 D委員会…別名ぷりきゅあ・ふぁい部なるものがあるのです」

と詳細を説明する。

「噂は存じておりますが…」

それを聞いた巫女は頷いて見せると、

「はい…彼女達の活躍は目覚しく、

 先日のカエル騒動のときは見事その難題を処理してくれました。

 しかし、わたしもいろいろと忙しい身。

 そうそう少女達に目を掛けてあげることは出来ません。

 また、少女達も年頃のお嬢さんばかりですから、

 いつ何時、過ち…あぁいや、悩みを抱えてしまうか判りません。

 そこでです。

 ぜひ柵良先生に彼女たちの指揮を取って頂きたい。

 霊能力者でもあり、保健医でもあられる柵良先生なら、

 あらゆる超状的な現象にも対応でき、

 さらに少女達のよき理解者になっていただける。

 そう思いましてこうして参りましたしだいです」

校長は来意を告げると

ズズズズ−ッ

と湯飲みを啜ってみせた。

「なるほど、

 校長の言われることはごもっともと思いますな」

以上の話を聞いた巫女は頷いたとき、

社務所の外では、

「ちょっとぉ、

 渡君っ

 いい加減にしなさいって」

と呆れて見せる忍をよそに

社務所の壁にへばりつく渡はジッと耳を済ませていたのであった。

「柵良さんが…

 何処の馬の骨と判らぬ男と共にこの中で…

 そのようなことは僕は絶対に認めん!!!」

瞳に炎を燃やしながら渡は中で交わされている会話を聞き漏らさんとしていると、

いきなり、

ミギッ!

渡の耳が捻られるように掴まれ、

「さぁっ、

 もぅ帰るわよっ」

の言葉と共に忍は渡を引っ張り始めた。

「いてて、

 いてて、

 耳を掴むなっ」

耳をつかまれた渡は悲鳴を上げながら社務所から引き剥がされていくが、

だが、古来に鬼を封じた祠の傍まで来たとき、

「あっ!

 UFO!」

と空を指差して声を上げると、

「え?」

それにつられる様にして忍は空を見上げてしまった。

「隙あり!」

忍の一瞬の隙を突いて渡はその場から逃げ出してしまうと、

「待ちなさいっ!」

逃げ出した渡を捕まえようと忍が祠の壁に手を付いてしまった。

と同時に

キーン!

祠から強烈な波動が広がっていったのであった。

時を同じくして、

ガタガタガタ!!!

突然、社務所の中で巫女達が座っているコタツが揺れ始めると、

『!!っ』

「なっなんですか?」

揺れるコタツに驚いた校長とネコは驚き慌てながら席を立つ。

「面妖な…」

顔をこわばらせる巫女の前で4・5秒の間、

コタツは上下左右に揺れ動き、

さらに激しく上下にバウンドしたと思った途端、

バンッ!

コタツは真上に向かって一気に跳ね上がり、

そのまま天井に激突してしまうと、

ガタン!

ガタタン!

乾いた音を立てながらコタツは落下し足を上に上げてしまったのであった。

「なんてことでしょう」

突然の怪事に校長は驚いていると、

ガチャッン!

コタツが置かれたところから鍵が開く音がこだまする。

そして、

「!?」

巫女と校長、そしてネコの6つの瞳が注視する中、

ヌッー!

コタツが置かれていたその場所に四角形の枠が姿を見せると、

まるで扉が開くように枠が開き、

『はぁ、なにかつっかえていたみたいですが、

 なんとか開きましたね』

の声と共に鍵屋が顔を出したのであった。

「鍵屋ぁぁぁ…

 貴様かぁ!」

『あっあれ?』

枠の中から顔を出した鍵屋を見下ろし巫女は肩を震わせるが、

それよりも団欒を奪われたネコが無言のまま鍵屋の胸倉を掴み上げると、

一気に社務所内に引き釣りだし、

彼の行いに抗議するかのようにその顔を迫らせたのであった。

『あの…

 なにか…手違いがあったみたいですね…』

迫るネコに向かって鍵屋は冷や汗を掻きつつ言い訳をすると、

「”俺っていま、すっごく怒っている顔をしているだろう…”

 と言っているようじゃの」

と巫女はネコの気持ちを代弁してみせる。

『そんな、

 いや、ですからぁ…

 これは事故…

 そう事故なんです。

 決して悪気があったわけでは』

それを聞いた鍵屋は必死で宥めるが、

ネコの怒りは収まらず、

サラサラサラ

その体から砂が零れ落ち始めたとき、

キーン!

言いようも無い気配が社務所の中を突き抜けて行ったのであった。

『!!っ』

「なにか?」

『出ましたねっ』

その気配を感じ取った巫女と鍵屋、

そしてネコは一斉にある方向を見ると、

「この気配っ

 間違いないっ

 鬼が出おったかぁっ!」

真っ先に払い串と破魔札を懐に巫女が飛び出し、

『あぁ、待ってください』

鍵屋もすかさずその後を追っていく、

そして、二人が鬼封じの祠のところに来たとき、

「なんと」

『これは…』

祠の壁に手を付き髪の毛を逆立たせながら

金色に輝いている少女・忍の姿が飛び込んできたのであった。

そして、

「あっあっあぁぁぁ」

彼女の傍で腰を抜かしている渡を見つけると、

「唐ぃ!

 また貴様かぁ!」

渡の傍に駆けつけた巫女は彼の胸倉を掴み上げる。

すると、

『柵良さぁん!』

忍を見ていた鍵屋の声が響き、

メリメリメリメリ…

光り輝く忍の体に変化が起きた。

「まずいなっ」

チャッ!

それを見た巫女はすかさず払い串を構え備えようとするが、

「柵良さんっ、

 僕のために駆けつけてくれたのですね」

と渡は忍のことなど横において巫女の手をとって見せる。

「この非常時にぃ、

 貴様は一体何を考えておるのじゃ!」

それを聞いた巫女は怒鳴り声を共に渡の手を振り払い、

思いっきり蹴り飛ばすが、

その途端、

ピクッ

変化しつつある忍のコメカミがかすかに動くと、

ザワザワザワ

ショートカットだった彼女の髪が長く伸び始め、

さらに胸の膨らみがいっそう増してくると、

ミシッ!

頭の両側に角が顔を出す。

そして制服が崩れるように消えていくと、

その後には虎縞のビキニを身に着けたナイスボディが姿を見せたのであった。

『ほぉ!』

変身をしていく忍の姿を見ながら鍵屋は思わず感心してしまうと、

「鍵屋っ

 そこで何を感心しておるのじゃっ!」

と巫女が冷たい視線を向け、

『え?

 いやぁ…

 あははは』

その視線を誤魔化すように鍵屋は笑ってみせた。

すると、

シュゥゥゥン…

忍を覆っていた光が消え、

ゆっくりと彼女は手を祠から離すと

閉じていた眼を見開いてみせる。

そして離れたところで自分を見ている渡を見つけるなり、

ムンッ!

一気にその表情は怒ったモノへと変わったのであった。

「いっ、

 しっ忍?」

鬼に変身し怒りを露にする忍の姿に渡は身の危険を察すると、

ソロリ…

と彼女に背を向け、

この場から逃げ出そうとするが、

ポーンッ!

忍は無言で一気に空を飛び、

ムギュッ!

渡を逃さまいと抱いて見せる。

「ひっ!」

グィッ

自分の密着してくるナイスバディの感覚に、

本来なら鼻の下を伸ばすところだが、

しかし、忍の体から発散される敵意丸出しのオーラに渡の肝は押しつぶされてしまうと、

顔を引きつらせながら振り返る。

そして、

「やっやぁ、

 忍ぅ、

 見違えるような美人になっちゃってぇ、

 いやぁ…あははははは」

と笑って見せたのであった。

だが、一呼吸置いた後、

ポゥ…

渡に抱きつく忍の体が青白く光り始めると、

『渡のぉ…

 馬鹿ぁぁぁぁぁ!!!!』

の怒鳴り声と共に忍は盛大に電撃を放って見せたのであった。



「うぎゃぁぁぁぁ〜っ」

眩い閃光と共に渡の絶叫が当たりに響き渡り、

『どっどうします』

それを見た鍵屋はオロオロしながら巫女に尋ねると、

「ふんっ」

巫女は鼻で笑いながら構えを解き、

「まっ鬼退治ばかりではなく

 たまにはこういうのも有りじゃろう。

 唐ぃ!

 鬼に瘤を取られる。という言葉があるが、

 そのようになるように精進することだなっ」

絶叫を上げる渡に向かって巫女はそう言いきると、

クルリと背を向け、

「鍵屋っ、

 お主を呼んだ話じゃがのぅ」

と鍵屋に向かってこの場に呼んだ理由を話しながら立ち去り始めた。

「あぁ…

 柵良さぁん!

 僕を見捨てるのですかぁ?」

去っていく柵良を渡は呼び止めようとするが、

『まだ懲りないかぁ!』

それを聞いた忍はさらに放電の出力を上げ、

「うぎゃぁぁぁぁ!!!」

ボリュームアップした渡の絶叫が響き渡っていったのであった。



おわり