風祭文庫・モノノケ変身の館






「鬼と戯れ言」


作・風祭玲

Vol.904






ズズズーッ…

平穏な午後の校長室に茶を啜る音が響き渡ると、

コトン!

室内に敷かれたコタツのテーブル板に湯飲みを置く音が木霊し、

「………校長」

暖を取っていた僧が徐に話しかけてくる。

「はい、なんでしょうか」

その問いに僧とは向かい合わせの位置に座る校長は

湯飲みから湯気を立てつつ返事をすると、

「うむ…」

僧は納得するかのように小さく頷き、

「さすがは校長、

 誉れ高きセレブ堂のシュークリームとこうも相性が良い日本茶を見つけてくるとは…

 中々の名品とお見受けした。

 産地は何処で?」

と問い尋ねる。

「そんなに特別なものではありません。

 ごく普通に売られているお茶ですよ」

僧の問いに校長はサラリと返事をして見せると、

ヌッ

人の身の丈ほどもある白毛黒斑のネコが一匹、校長の脇にやってくるなり、

『…………』

無言で校長の横に立つ。

「あっ願いします」

ネコの存在に気づいた校長はそう言いながら手にしていた湯飲みをネコに託すと、

コト…

熱いお茶が入った新しい湯飲みが置かれ、

ネコは無言のまま去っていく。

「ほほぉ…」

去っていくネコを見送りながら僧は感心していると、

「最近よく来るようになったのです。

 なかなか愛嬌のあるネコでしてね」

校長は僧に向かって無口なネコを紹介する。

すると、

ヌッ

程なくしてネコは戻り、

そのままコタツの空いている場所へと腰を下ろすと暖を取り始める。

「なぁるほど…

 校長も隅には置けませんな」

そんなネコを横目で見ながら僧は大きく頷き、

ズズズズ…

湯飲みを啜ってみせると

ガラッ!

閉じられていたドアがいきなり開けられ、

「叔父上っ

 やはりココにいらしたのですかっ!」

の声と共に白衣姿の校医が髪を揺らせつつ姿を見せた。

「おやぁ、柵良先生。

 ちょうどお茶が入ったところですが、

 お一ついかがですかぁ」

校医に向かって校長が話しかけると、

「いえ、今は勤務時間内ですので」

校医は校長の勧めを断り、

ガシッ!

座ったままの僧の襟首をいきなり掴み上げると、

「あぁ…

 まだお茶が残っているのに…」

無念そうに語る僧に構わず

「では失礼つかまつる」

の声を残して廊下へと向かい出すが、

「きゃぁぁぁぁ!!!」

「!!っ」

「ん?」

学園の裏手より発せられた少女の悲鳴と

時をあわせてわき出してきた鬼気を察した途端、

「何か、出た」

二人は声をそろえてそう呟いた。

「え?」

その言葉に校長はきょとんとすると、

「行くぞ、叔父上っ

 神社じゃっ」

「判っておるわ」

の声と共に二人は一気に廊下へと駆け出して行く。



一方、

『コーホーッ』

「ひぃぃ」

学校を見下ろす位置に建っている神社の境内では

美術の野外スケッチでこの場所を飯島美耶が腰を抜かして座り込むと、

ヌッ

その美耶を覆い尽くすように影が包み込み、

ガコンッ!

日の光を受けて鋭い光を放つ金棒がゆっくりと持ち上げられたのであった。

「大津さんっ

 正気に戻って」

自分に向かって金棒を構えて見せる鬼に向かって美耶は声を上げるが、

『コーホー…

 コーホー…』

鬼は不気味な息遣いを数回して見せた後、

ブンッ!

構えた金棒を一気に振り下ろす。

ドゴッ!

間髪いれずに境内に何かが落ちる音が響くと、

ブワッ!

衝撃で舞い上がった土ぼこりが辺りを褐色に染め上げて行く。

だが、

「ひぃひぃ

 ひぃひぃ」

砂埃が晴れてくるのと同時に出てきたのは、

紙一重で金棒が横をすり抜けていった金棒と、

大粒の涙を流す美耶の姿であった。

「あっあと5cmずれていたら…」

棘が光る金棒に体をえぐられ真っ赤な鮮血を吹き上げながら

絶命していく自分の姿を思い浮かべ、

「いっいやぁ!

 誰か、

 誰か助けてぇ」

とかすれた声で助けを呼ぶが、

だが、元々人通りが少ない場所に建つ神社のためか、

美耶の声を聞きつけ助けに馳せ参じる人物なんて居ないのであった。

「なんで、

 どうして、

 ずっとあたしのことを毛嫌いしてきた大津さんが急に親しげに話し掛けてくるようになったと思ったら、

 いきなり鬼に変身だなんて…」

心の中でそのようなことを言いながら美耶は1mでも鬼から離れようとして這いずっていくが、

だが、その背中に黒い影が覆い尽くすと、

『コーホー』

鬼は今度こそは美耶を金棒で殺そうと金棒を振り上げて見せた。

「はひぃ」

「ひぃひぃ」

決死の形相で逃げる美耶と、

そんな美耶を一撃で殺そうとする鬼点

その二人の感覚が徐々に縮まり、

そして、鬼の狙いが美耶を捕らえたとき、

ブンッ!

風切り音と共に美弥に金棒が襲い掛かる。

そして、襲い掛かった金棒が美耶の体を砕こうとしたとき、

「妁玉波っ!」

の声が響くのと同時に赤く輝く光の弾が美弥の上を駆け抜け、

『ごわぁぁぁぁ』 

鬼の胸元に命中をしたのであった。

ズズズンンン!!!

鈍い音があたりに響き、

振り下ろしかけた金棒を持ちながら鬼は尻餅をついてしまう。

すると、

「間におうたようじゃなっ」

校医の仕事着、白衣を引っ掛けた姿のままの巫女が安心した表情を見せる。

そして、

キッ!

巫女が鬼を見据えると、

「なぁるほど、

 鬼と戯れ言 という言葉もあるが、

 日ごろ仲が悪いもの同士なのに無理やり仲良くさせようと振舞う心の隙間を

 鬼に突かれたわけじゃなっ

 何でそのようなことをしたのかは聞かぬが、

 でも、まぁ人様に迷惑をかけてまでするほどのものかっ!」

と言うや否や、

「ココからはわしが相手じゃっ」

の声を共に巫女は素早く手にしていた風流扇を仕舞い、

カチリ!

仕込みの払い串を引き出すと、

バッ!

破魔札を広げながら、

ダッ!

鬼に向かって巫女は一直線に駆け抜けていく、

そして、

『コーホーッ』

接近してくる巫女を振り払おうとして振り回し始めた金棒の動きを

ビシッ!

払い串で止めて見せると、

巫女は鬼の奥深くに飛び込み、

タンッ!

一気に足を蹴り上げると、

フッ!

巫女の体は鬼の顔の正面に飛び上がった。

そして、

「悪鬼退散っ!」

の声と共に鬼の額に破魔札を貼り付けると、

『ごわぁぁぁぁぁぁ!!!』

たちまち鬼は悲鳴を上げながら頭を抑え、

そして、

ズンッ!

足を地面に付けると、

泣きながらその体を崩していく、

そして、崩れ落ち砂山のようになっていく鬼を巫女は見つめていると、

「またつまらぬ鬼を退治したものだ」

と呟く。

そして、

「あのぅ…」

巫女に向かって話しかけようとする美弥に背を向けると、

「さっさとこの場から去るがよい」

と言い残して立ち去っていったのであった。



おわり