風祭文庫・モノノケ変身の館






「鬼の面で子供を脅す」


作・風祭玲

Vol.902





夕刻。

「ふぅ…

 今日も無事、何事もなく終わったか…」

医務室に置かれた机にひじを立てながら校医は一安心したように呟くと、

「まだ安心するのは早い。

 校門を出るまで気を抜くでない」

の声とともに一人の僧が机の上に姿を見せ湯気の立つ湯飲みを啜ってみせる。

「おっ叔父上っ!」

突然現れた僧を見下ろしながら校医が怒鳴ると、

ドドドド!!!

医務室前の廊下を地響きと共に大勢の足音が迫って来た。

「ちっ…

 まだ一仕事残っておったか」

その音を聞いた校医はため息をつきつつ、

キッ!

ドアを見据えると、

ガラッ!

閉じられていたドアが一気に開かれ

「柵良先生っ!」

「治療をお願いしますっ!」

その声と共に汗砂まみれの運動系から、

埃まみれの文科系までの男子生徒が保健室に押しかけてきたのであった。

「また、お前らか…」

黒山となって押し寄せる男子生徒を見据えて校医は呆れて見せると、

「最初に言っておく、

 お主らのその様を見て、

 わたしはかぁ!なぁ!りぃ!呆れておるっ!

 手荒な治療をしてやるから覚悟するがよい!」

と言うや否や、

校医は腕まくりをして見せると、

ザワッ

保健室にただならない気配が支配し、

「うぎゃぁぁぁ!!」

その直後、男子達の悲鳴が響き渡ったのであった。

そして、

「あっありがとうございましたぁ、

 ってなんで、幸せそうな顔をして気絶しているんだよっ

 お前は!」

最後に治療を受けた生徒が文句を言われつつも

肩を担がれて医務室から去っていくのを見送った後、

「まったくっ手間をとらせおってぇ」

と校医はため息をつき、

「さて、そろそろ帰らねばなっ、

 封じておる鬼がいつ暴れだすかわからないからのっ」

と言いつつ腰を上げる。

そして、校医が実家の神社に戻ってきたとき、

「ん?

 あそこにおるのはウチの学校の演劇部ではないか、

 学園祭の稽古をしておるのか」

鬼封じの祠の近くで演劇部員たちが集まっているのに気づくと、

「まぁ、あの場所なら問題はないと思うが、

 後で祠に近づかないようにと注意をしておくか」

そう呟きつつ社務所へと向かっていった。

一方、

「えぇっ!」

「そんな横暴なぁ」

「事前に何の相談も無く勝手に決めないでよ!」

「あら、何か文句はありまして?」

学園祭で演じる劇の通し稽古をしていた演劇部部員達に向かって

演劇部の部長代理を務める高木美玖はツンと澄まして見せると、

「ちょっとぉ

 高木さんっ!

 一体、どういうつもりなの?」

と名越加奈が凄んで見せる。

「あら、名越さぁん」

凄む加奈を見下ろしながら美玖は小馬鹿にしたように笑って見せると、

「今度の学園祭で演劇部が演じるのはロミオとジュリエットって決まっているのよ、

 みんなもそのつもりで練習をしてきたというのに、

 それをいまさらになってシンデレラにするなんて、

 大体何の権限があってそんな命令をするのよっ」

と食って掛かるが、

「うるさいわねぇ、

 いいこと?

 今の私は急遽入院されてしまった部長の代理よぉ、

 部長の代理ってことは部長であることも一緒、

 だからこそ、わたくしは部長の権限で演目を変更します。

 って言ったまでよ」

美玖はそうかわしてしまう。

「それは屁理屈って言うものでしょう。

 大体、ロミオにするって言うことは、

 みんなで投票して決めたことよ、

 高木さんが提案したシンデレラなんて、

 たったの1票しか入ってなかったでしょう」

美玖に向かって加奈はなおも喰らいつくと、

「もぅいちいちうるさいわねぇ

 あなたにこの決定を覆す権利はあるのですか?」

と居直りとも取れる台詞を言う。

「うっ」

美玖のその言葉に加奈は黙ってしまうと、

「おほほほほ…

 わたくしだってこんなことはしたくないわよぉ、

 でもね、

 これってお告げなのよ。

 夕べ観音様がわたくしの枕元に降り立ちましてね、

 あたしが思った通りの舞台をしなさいって。

 そうお告げを下さったのよ。

 その辺、判って欲しいわ」

と言ってみせた。

「聞いたぁ、いまの?」

「観音様のお告げってマジで言っているの?」

「頭おかしいんじゃない?」

美玖が言ったその言葉に部員達は怪訝そうな目で見ると、

「うるさい

 うるさい

 うるさーぃ!

 観音様のお告げで創業したカメラ屋さんもあるのよっ

 それにこれは部長命令でもあるのよっ、

 部員は大人しく従うのよっ」

とそれらの言葉を切り捨てるかのごとく美玖は声を張り上げてみせる。



「ねぇ、どう思う?」

「ふんっ、馬鹿馬鹿しい、

 悪いけどあたしはパスするわ」

「そうねぇ、

 あたしもこんなことがまかり通るなら辞めるわ」

声を張り上げる美玖の姿に嫌気をさした部員達は

口々にそう言いながら美玖に背を向けると、

スタスタと歩き出してしまう。

「ちょちょっと」

それを見た美玖は驚くと、

「確かに」

さっきまで抗議をしていた加奈のため息をつきながら呟くと、

キッ!

と美玖を睨み付け、

「あなたのような人が居る演劇部には未練は無いわ、

 悪いけど生徒会と掛け合って、

 あなたとは別に出演させてもらうわ」

そう告げると美玖の元から立ち去ろうとした。

「なっなにを…

 こらっ、戻りなさいっ、

 わたくしの言うことが聞けないの?」

散り散りになって去っていく部員達に向かって美玖は声をあげ、

そして、彼女達を追いかけようとして、

タンッ

そばにあった祠の壁に手をつけたとたん。

ズルッ!

言いようの無い得体の知れないものが美玖の体に入り込み、

「あっ…」

美玖はその場に立ち止まってしまったのであった。



「あれ?

 追いかけてこない…」

神社から立ち去っていく演劇部員と共に歩いていた加奈は

美玖は後を追いかけてこないことに気がつくと、

「悪いっみんなっ

 先に学校へ戻っていて」

と言い残すと、

「もぅ、ほっんとうにお嬢様なんだから、

 世話の焼ける。

 いつでもあなたが一番なんかじゃないんだから」

そう文句を言いながら舞台稽古をしていた祠の傍へと向かっていく、

そして、祠に手を付いたまま立っている美玖の姿を見つけると、

「あのぅ…」

と声を掛けるが、

『コォォォォォ…』

半開きの口に虚ろな目で夕焼け空を見上げている美玖にはその声は届かないようで、

美玖は同じ姿勢をしたまま立ったままだった。

「あのぅ、高木さん?

 どうしたんですか?」

美玖のただならない雰囲気に気押されしながら

加奈は恐る恐る声を掛けるが、

だが、

『コォォォ…ホォォォォ…

 コォォ…ホォォ…

 コー…ホー…』

と不気味な息遣いをするだけで、

程なくして息を整えると、

ボコンッ!

と美玖の体から何が膨らむ音が響き、

さらに、

ボコンッ

ボコンッ

と音を響かせていくと、

ムクムクムク!

と美玖は体を膨らませ始めたのであった。

「ひっひぃぃ!!」

音と共に大きくなっていく美玖の姿に加奈は悲鳴を上げて逃げようとするが、

ガシッ!

「あっ」

落ちて石に毛躓いてしまうと、

「きゃっ!」

小さな悲鳴と共に加奈は地面の上に倒れこんでしまう。

そして、

「痛ぁぁ」

痛む足をさすっていると、

ズシンッ

ズシンッ

と迫ってくる足音が響いたのであった。



「!!っ」

迫る足音に加奈は振り返ると、

『コーホー

 コーホー』

不気味な息遣いをしてみせる全身蒼白の鬼が聳え立ち、

ガコンッ!

鋭い棘が光る金棒を持ち上げると、

ギロッ!

見開かれた金色の眼が加奈を見据えたのであった。

「きゃぁぁぁぁ!!!」

境内に加奈の悲鳴が響き渡るが、

しかし、黄昏時の境内に人影は無く、

また、演劇部のメンバーも立ち去った後だったために、

その悲鳴を聞きつけて駆けつけてくる者の姿は何処にも無かった。

「いやっ、来ないで、

 こっちに来ないで」

腰が抜けてしまったのか立ち上がることが出来ない加奈は

迫る鬼を見上げながらそう呟くが、

だが、

『コーホー』

鬼は息遣いを響かせながら思いっきり振りかぶって見せると、

ブンッ!

その金棒を加奈に向けて一気に振り下ろした。

「いやぁぁぁぁぁ!!!」

同時に加奈の悲鳴が辺りに轟き、

そして、打って変わった静寂が支配する。

「へ?」

振り下ろされた金棒の直撃を受けたと思っていた加奈は恐る恐る目を上げると、

ギリッ

ギリギリギリ

手にした扇を振り下ろされた金棒に押し当て見せる一人の巫女が立ちはだかり、

「鬼の面で子供を脅すとは言うが、

 ほぉぉう、

 部長の権威を背景に随分と無茶を言ったようじゃのぅ、

 そんなことをするから鬼に付け込まれたのじゃ」

と言い放ってみせる。

「柵良先生…」

巫女を見上げながら加奈は名前を呼ぶと、

「さっさとそこをどけっ

 鬼が退治できないではないかっ」

と巫女は背中まで伸びた髪を振り乱し加奈に命令をした。

「はっはいっ」

その言葉に加奈は慌てて這いずっていくと、

シャッ!

懐より巫女は素早く払い串を左手で取り出し、

「どれ、

 このわしが退治してくれよう

 覚悟せいっ!」

の声と共に払い串を扇に当ててみせた。

すると、

パウッ!

一瞬、扇が光ったかと思うのと同時に、

ドムッ!

鈍い音が響き、

『コーホーッ』

息遣いをしながら鬼の体は10mほど吹き飛ばされ、

ズズン!

と祠の傍で仰向けとなってしまった。

すると、

サッ!

巫女は懐より破魔札を取り出すや、

「悪鬼退散!」

の掛け声と共に鬼の上を一気に走る抜けると、

ピタッ!

倒れこんでいる鬼の額にその破魔札を押し当てて見せる。

すると、

『オォォォォンンン!!!』

泣き叫ぶような鬼の絶叫が当たりに響き渡り、

ボロッ!

ザザザザ…

鬼の体が砂山を崩すかのように一気に崩れ落ちていったのであった。



翌日

「それにしても良く高木さんが提案を引っ込めたわねぇ」

突然、美玖が自分の提案を引っ込めたことに、

演劇部員達は皆驚くと、

「さぁ?

 心変わりって誰にでもあるんじゃないですか?」

と加奈は返事をしてみせる。

「ねぇ、一体あれから何があったの?」

「高木さんと名越さんが残っていたんだよね」

そんな加奈に向かって部員達が美玖と加奈が何か取引でもしたのでは?

と勘ぐるが

「えへへ、

 それは秘密です」

そう加奈は答え

「さぁ稽古しよっ

 学園祭まであと少しよ」

と声を上げたのであった。



おわり