陽が西に傾いた初冬の境内に 「…でさぁ」 「きゃははは」 と少女達の明るい笑い声が響き渡り、 社の本殿より少し離れたところにある祠の傍で、 テニス部のロゴが入るジャージ姿の少女二人が話に花を咲かせていた。 「…そうなのよっ、 それでねっ あたしはわざとらしく言ったのっ、 じゃぁ、高見沢先輩っ、 今度の試合、がんばってくださいね。 ってね」 大きく手振りを見せながら快活そうな少女はそう言うと、 「ふぅぅん、 で、高見沢先輩はなんて返事をしたの?」 と少し大人目の少女は祠の周りに置かれている縁石に腰掛け、 話の先を尋ねる。 「そしたらさっ、 高見沢先輩って顔を真っ赤にして、 肩をわなわなと震わせながら、 (くすっ) 横芝さんっ、 あなた、あたしを馬鹿にしているのですか? ってそれはもぅ、 怒り心頭って感じでさ」 と快活な少女は角をイメージしているのか、 頭の両脇に指を立て見せながら話をする。 「あははは… それは怒るわぁ」 それを聞いた大人目の少女は口に手を当てて笑うが、 ふと、その表情から笑みが消えると、 「ねぇ、佐和ぁ、 そろそろ戻らないとダメじゃない?」 と周囲を気にしながら小声で話しかける。 「え? なぁに言っているのよっ、柚菜ぁ うるさい先輩達は試合でいないのよ。 こんな日こそノビノビしなきゃぁ」 と佐和と呼ばれた少女は笑い飛ばすが、 「そうかなぁ…」 その一方で柚菜は浮かない顔をしてみせる。 彼女達が所属するテニス部は全国的に見ても指折りの強豪であり、 試合会場でも常に注目を浴びているのであった。 そして、それもあってか部員数も多く、 試合日には柚菜や佐和のような1年生部員は自主トレーニングを課せられているのであった。 それからも佐和と柚菜の取り留めの無い会話は続き、 さらに日が傾いてくると、 「ねぇ、 もぅ戻らないとやばいんじゃない?」 と柚菜は話を続ける佐和を諭して見せる。 「えぇ… まだまだこれからよぉ」 柚菜の言葉に佐和は不服そうにすると、 「でもさっ、 先輩達が帰って来たときに1年生が全員そろってないと、 何言われるか判らないわよ」 と柚菜は言いながら徐に立ち上がり、 「ちぇっ」 そんな柚菜の姿を見て佐和は仕方がなさそうに歩き出す。 そして、 「あっ」 小石に卦躓いた佐和がそばにあった祠の壁に手をつけた途端、 ザワザワザワ 祠より佐和の体に向かって何かが一斉に流れ込んでくると、 ドクン! 佐和の心臓が大きく高鳴った。 「ねぇ、佐和ぁ、 もし見つかったときの言い訳だけどさ、 二人でロードワークに行っていた。 ってことにしない?」 佐和の異変に気づかない柚菜は何も知らずに振り返り、 もし、サボっていることがばれたときの言い訳について話しかけてくる。 しかし、 「佐和?」 祠に手をつけたまま虚ろな視線で空を見上げている佐和を見て小首を傾けるが、 『コォォォォォ…ホォォォ…』 僅かに開かれた佐和の口からもれ出る不気味な息遣いを聞いた途端、 「佐和っ どうしたの佐和っ」 と驚きながら駆け寄り、 その体に触れようとしたとき、 バシッ! 「きゃっ!」 差し出した手が思いっきり弾かれてしまうと、 柚菜は悲鳴をあげて手を引っ込めた。 そして、 「佐和っ、 あたしよっ どうしたの? ちょっとあたしの声、 聞こえているの?」 と緊張した面持ちで話しかけるが、 だが、柚菜の声が届いている様子は見られず、 それどころか、 ボコッ! 何かが弾ける音が佐和の体から発せられると、 ムクッ! 彼女の体の一部が膨れ上がり、 さらに ボコッ ボコッ と弾ける音が鳴り響き始めると、 メリメリメリ… ムクムクムク… と佐和の体が膨れ上がるように巨大化して行ったのであった。 「さっ佐和ぁ… なによこれぇ おっおっ鬼?」 ジャージを引き裂き、 中に着ていたテニスウェアの歯切れを舞い躍らせながら、 『コーホー』 佐和が虎皮の褌を締める大鬼と化していくのを見つめ、 柚菜は一歩、また一歩と引き下がっていく、 そして、 ギロッ 口を引き裂き、 角を生やした佐和の顔で金色の眼が見開かれると、 『コーホー!!』 佐和の体は見る見る真っ赤に染まり、 ガコンっ、 鋭い棘がついた金棒が握り締められた。 「ひぃぃぃぃ」 ゆっくりと金棒を持ち上げ、 金色の眼で自分を見据える鬼と化した佐和の姿に、 ペタン 柚菜はその場に座り込んでしまうと、 ジワァ… 彼女の周囲に黒い染みが広がり始める。 だが、鬼は腰が抜けている柚菜に狙いを定め、 ブンッ! 構えていた金棒を一気に振り下ろした。 「あははは」 自分を潰す勢いで迫る金棒を見上げながら柚菜は乾いた笑いを浮かべていると、 「風竜扇っ!」 突然、掛け声が響き渡り、 社の方より赤紫色をした光る球状の物体が稲妻を伴いながら飛び出し、 ドォォォン 金棒ごと鬼を弾き飛ばした。 「ふぅ… ぎりぎりセーフか」 広げていた扇を仕舞いつつ姿を見せた巫女は額の汗を拭って見せると、 「宝物庫を整理していたら、 これが出て来たので早速使ってみたが、 うむ、たいした威力じゃのぅ…」 と鬼を弾き飛ばした扇の威力に感心をしてみせ、 「雷竜扇というのとペアになっているようじゃが、 まぁ、それはおいおい探すとして、 さて、鬼っ」 そう言いながら巫女は起き上がろうとする鬼を見据えると 「なるほど、 鬼の居ぬ間に洗濯とはよく言うが、 少々くつろぎ過ぎた様じゃのっ、 その油断が鬼を招いたのじゃ」 と断言するなり、 スラリっ いつもの払い串と破魔札を懐より取り出すと、 「闇の奥底より侵入して来た亡者よっ、 このわしが成敗してくれるっ」 の声と共に巫女は一気に鬼に迫った。 『コーホーッ!』 鬼は迫る巫女を払おうと手を上げるが だが、巫女は鬼の手を払い串で受け止めると、 タンッ! 一気に駆け上がって鬼の正面に躍り出し、 「前がガラ空きじゃ 悪鬼退散!」 の声と共に破魔札を鬼の額に貼り付けてみせる。 その途端、 『ゴワァァァァァァ』 鬼の絶叫が辺りに響き渡ると、 ゴバァァ! 鬼の巨体はまるで砂山を崩すかのように崩れ落ち、 ドサッ! 鬼の体が崩れ落ちて出来た砂山に 中から出てきた佐和が倒れこんだのであった。 「で、ロードワークに行っていたってどこまで行ったいたの?」 星が瞬き始めた空の下、 テニスコートの脇でそう問い詰めながら腕を組んでみせる先輩の前で、 「それは…」 申し訳なさそうに佐和と柚菜は口をそろえるが、 「サボりの罰はわかっているわよねっ」 と二人に向かって先輩は言いつけると、 「はいっ」 佐和と柚菜はシュンとした表情で頷いて見せたのであった。 おわり