風祭文庫・モノノケ変身の館






「鬼の死んだで行く所無し」


作・風祭玲

Vol.896





「ねぇ、あんた達。

 カンパしてくれない?」

暮れなずむ神社の境内に少女の声が響き渡ると、

「そんなこといわれても」

「あたし達、お金なんてありません」

話しかけられた制服姿の少女達は困惑した顔をしながら、

目の前で仁王立ちになり自分達を見据える強面の少女を見つめる。

「なによっ、

 出せないって言うの?」

少女達の表情を見ながら強面の少女は腕まくりする仕草をして見せた途端、

「きゃっ!」

「ごめんなさいっ!」

少女達はギュッと身構え縮こまってしまった。

「いいから、さっさと出しなさいよぉ」

そんな少女達に構わず強面の少女は迫ると、

「うぅっ」

耐え切れなくなってか一人が泣き出してしまい、

「うわぁぁぁん」

「しくしく」

とお堂の前に連れてこられた少女達は皆泣き出してしまったのであった。

「あのっ…

 こらっ、

 なっ泣かないでよぉ」

泣き続ける少女達を見てさすがの強面の少女は困惑した表情で宥めようとするが、

しかし、少女達はなかなか泣き止まずいつまでも泣き続けてみせる。

「あぁっ

 もぅ!」

すっかり手に負えなくなった強面の少女は天を仰ぐように顔に手を置くと、

「あなた達、そこで何をやっているのっ」

その声と共に大人し目に見えるの少女が

手入れの行き届いたロングヘアを揺らしつつ声をかけてきた。

「げっ

 りっ律子っ!」

「すっ、須藤さぁん」

「どこに行っていたんですかぁ」

強面の少女と彼女に脅されていた少女達はロングヘアの少女を縋るような視線で見つめ、

さらに彼女には人望があるのか、

「須藤さぁん」

と声を上げて少女達はロングヘアの少女に縋り拠ってみせる。

「どうしたの?

 あなた達いきなりいなくなったから探したわよ」

まるで幼児をあやす母親のようにロングヘアの少女は優しく話しかけると、

ジロッ!

キツイ視線で強面の少女をにらみ付け、

「この子達、あたしの後輩なのっ、

 あなたがここで何をしていたのかは聞かないけど、

 連れて行って良いわよね」

と強う口調で問いただしてみせると、

「うっ」

ロングヘアの少女の気迫に押されてか強面の少女は何も言えず、

「さぁ行きましょう」

と話しかけながら立ち去っていく皆を見送ることしか出来なかった。



それから程なくしてさっきのロングヘアの少女が戻ってくると、

「いや、あのぅ

 りっ律子ぉ」

と強面の少女は機嫌を伺うようにロングヘアの少女・須藤律子に向かって話しかけると、

パァン!

強面の少女・紙草真理亞の頬が思いっきり叩かれ、

「たかが2人を相手に何、モサモサしているんだよっ」

とドスの聞いた律子の怒鳴り声が響き渡る。

「そんな事言ったってぇ!

 あたしには無理ですよぉ、

 この役は!」

叩かれた勢いで尻餅をついてしまった真理亞は頬を押さえながら言い返すが、

「なにぃ」

その言葉が気に入らなかったのか、

律子の口がへの字に曲がると、

ドカッ!

いきなり真理亞のお尻が蹴り上げられ、

「うわっ」

蹴り上げられた勢いで真理亞が倒れこんでしまうと、

「このぉっ!

 人がせっかく間抜けそうな二人を誘ってここまで連れて着たのにぃ

 なんてことをしてくれたのよっ」

と般若のような顔になって幾度も幾度も蹴り上げてくる。

「こめんなさい、

 許してください」

蹴られるごとに真理亞は許しを請うが、

しかし、

「うるさいっ

 このこのこのぉ!!!

 このグズ女ぁ!!」

簡単には怒りが収まらない律子は怒りに任せて、

息が切れるほどまで蹴り続け、

「はぁはぁ」

疲れからかようやく収まったときには、

「うぐぐぐぐ…」

律子の足元には顔中を晴れ上がらせた真理亞がぐったりと倒れていたのであった。

「ちっ!

 使えない奴はとことん使えないな」

つばを吐き捨て律子はポケットからタバコの箱を取り出すと、

「おらっ、

 ノロマっ、

 さっさと火をつけないか」

と倒れている真理亞を蹴り上げる、

だが、律子に散々蹴られ続けてきた真理亞は立ち上がることなど出来るはずはなく、

「うぐぐ」

倒れたままうなり声を上げているだけだった。

「言っておくけどな、

 その顔のせいで友達がいなかったお前に声をかけたのは一体何処の誰だっけ?

 その恩を仇で返しやがって、

 いい気なものだな」

動けない真理亞を横目に自分でタバコに火をつけた律子は煙を上げながらそういうと、

「おいっ、

 もう一回チャンスをやる。

 今度こそはしくじるなよ」

と話しかけて、

ふとそばにあったお堂の壁に手をついた途端、

ビクンッ!

律子の体の中に電撃に似た衝撃が走り、

「うぐっ」

目をまん丸に剥いたまま律子を宙を見つめたのであった。



「律子?」

律子のただならない状態に気づいた真利亞が腫れ上がった顔を上げると

たいした風も吹いてないのに律子の長く伸びた髪は大きくたなびき、

「コォォォォォォォォォ…」

開かれた口からは不気味な声が漏れ続けている、

そして、

「律子?

 どうしたの?」

痛む体を庇いながら真利亞は立ち上がって、

固まった状態の律子に寄って行こうとしたとき、

ボコンッ!

律子の体から何かがはじけた音が響き渡ると、

メリッ!

彼女の肩が大きく膨らんでしまった。

「うそっ!」

それを見た真利亞は口元を手で押さえながら驚くと、

ボコンッ!

またしても音が響き、

それと同時に律子の左足の太ももが膨らむ。

ボコンッ

ボコンッ

音が響くことに律子の体の至る所が膨らみ、

ボコ

ボコ

ボコボコボコボコ!!!!

その音が張り響き始めると、

メリメリメリメリ…

美少女を言って良い容姿だった律子の体に幾重もの筋肉が盛り上がり、

バリバリバリ!

変化していく体についていけなくなった制服が引き裂けていくと、

メキメキメキ!

炎のごとく赤く染まっていく肌を晒しながら、

律子はあるものへと変身していったのであった。

「あわわわわ

 おっおっ…」

口を引き裂き、

頭から角を伸ばし、

引き裂けた制服が虎皮の褌となって腰に締めあげていく律子の姿に

真利亞は腰を抜かしてしまうと、

「おっ鬼だぁぁぁ!」

と叫び声をあげて這いずりながらその場から逃げ出した。

だが、

『コーホー』

鬼と化した律子は不気味な息遣いをしながら、

ガコンっ

金棒を持ち上げると大きく振りかぶり、

逃げる真利亞を見据えると、

躊躇いも無くそれを一気に振り下ろした。

ドガン!

間一髪、

振り下ろされた金棒は真利亞の横を掠めて落ち、

地面に大きな凹みを作ってみせる。

「ひぃぃぃ!」

まさに紙一重と言って良い状況に真利亞は震え上がると、

『コーホー』

鬼は再び振りかぶり真利亞に照準を定める。

「もっもぅ

 ダメッ」

股間から小水を垂れ流しながら真利亞は乾いた笑いを上げて見上げると、

ギラッ!

夕焼けの光を受けて一瞬、金棒が鈍く輝き、

その次の瞬間、

真利亞目掛けて振り下ろされた。

「ひっ!」

迫ってくる金棒から真利亞が目を逸らしたとき、

ガァン!

大きな音が響きわたり、

ガンッ

ガラガラガラ!!

真利亞に向かって振り下ろされていた金棒が何かに弾かれ、

お堂の向こう側へと転がっていったのであった。

「え?」

万事休すと思っていた真利亞にとって予想外の展開に彼女は呆気にとられると、

「鬼の気配がしたので来て見れば、

 なるほど、

 ”鬼の死んだで行く所無し”

 とは言うが、

 本当に腐った奴が鬼になったようじゃのっ

 どれっ、

 このわしが引導を渡してやろうか」

巫女装束姿のうら若き巫女が鬼に向かってそう告げながら

「久々に腕が鳴るのう」

と腕を大きくまくり、

サッ

払い串を握る手を突き出してみせる。

『コーホー』

自分を退治しようとする巫女の登場に鬼はゆっくりと振り返ると、

叩き落とされた金棒を拾い上げようとする。

だが、巫女の足が一歩速かった。

「させるかぁ!」

その声と共に巫女は素早く動き、

鬼の懐へと飛び込むと、

サッ!

己の懐から一枚の破魔札を取り出した。

そして、

ザンッ!

巫女は一気に鬼の懐を駆け上がり、

その顔の正面に飛び上がると、

「悪鬼退散!」

の言葉と共に破魔札を鬼の額に貼り付ける。

その途端、

『んごわぁぁぁぁぁぁ!』

鬼の悲鳴があたりに轟き渡り、

ドッ!

崩れるようにして鬼は両膝を地面につけると、

ザザザザザ…

まるで砂山を崩すかのように崩れ落ち、

その中から一人の少女が転げ落ちて行ったのであった。



翌日。

「あたしよっ、

 律子よ。

 信じて」

街に少女の声が響き渡ると、

「あなたなんて知らないわよっ

 付きまとわないで」

と鬱陶しそうに真利亞は付きまとう少女の腕を振り解く、

「そんなぁ」

昨日まで自分いついて回っていた少女の豹変振りに彼女は驚くが、

だが、無理も無い。

ダップン!

真利亞に付きまとっていた少女は昨日までの面影は全く無いほどに体が大きく膨れてしまい、

まさに”百貫デブ”という言葉がぴったりあてはまる容姿となっていたのであった。



「鬼となったときの副作用が出てしまったようじゃの。

 まぁ、己の心の醜さが出てしまったのじゃ、

 しばらくその姿でいるのがよかろう」



おわり