風祭文庫・モノノケ変身の館






「鬼の牙にも当たってみろ」


作・風祭玲

Vol.892





「えぇ、まだ告白してなかったのぉ?」

夕方、

神社の境内に少女の驚く声が響き渡ると、

「ちょちょっとぉ、

 そんなに大声を上げないでよぉ」

その声を聞いた殿田こずえは慌てて前にいる原井みずのの口を塞ぎ、

周囲に誰かいないか2・3回、辺りを見回して見る。

「むぐっ

 むぐむぐ

 ぷはっ

 いきなり何をするのよ!」

いきなり自分の口を塞がれたみずのはこずえの手を自力で振り切って

みずのに向かって文句を言うと、

「いきなり大声を出すからでしょ」

相変わらず周囲を気にしながらこずえは注意をする。

「誰も居ないって…もぅ」

そんなこずえの態度を見てみずのは呆れたように言い返すと、

「昨日あれだけ意気込んでいったのに、

 結局Uターンしてきちゃったの?」

と昨日こずえは意中の人に告白することをみずのに告げていたことをため息混じりに指摘するが、

「だぁてぇ」

その言葉をさえぎる様にこずえは声を上げると、

「……恥ずかしくなっちゃったんだもん」

頬を赤らめ、目を伏せながら理由を呟いた。

「恥ずかしくなっちゃったって…

 あのねっ、

 それを乗り越えないと愛を育むなんて出来なのよっ、

 木の影からそっと見守ってます。じゃぁ幸せにはなれないのよ、

 いぃこと?

 愛はねぇネット通販でポチ押して、

 あとは黙って自宅で待っていれば宅配屋が勝手に持ってくるものじゃないんだからねっ、

 こずえが自分から打って出なければ駄目じゃないっ、

 もし、この時間の間に何処ぞの馬の骨がこれ幸いにとコクったらどうするの?

 進んでしまった時計は巻き戻せないのよっ、

 あぁしまった。

 とその時になって反省をしても

 一人寂しく後の祭りで盆踊りを踊るしか出来ないのよっ、

 判った?

 判ったらさっさと告白しに行ってくる。

 チャンスのネコはそう何度もこずえの前を駆け抜けてはくれないのよっ!」

それを聞いたみずのは顔を真っ赤にして嗾けるが、

「そっそんなこと言ったってぇ…」

その嗾けに応えようとせず、

こずえは困惑した表情を見せるのであった。

「あぁ、もぅじれったいわねっ、

 何でもいいから当たって砕けなさいよぉ」

なかなか煮え切らないこずえの態度を見てみずのは痺れを切らせながら、

ゴンッ!

そばにあった祠の壁を拳で殴りつけ、

「ひっ」

予想外のみずのの剣幕にこずえは思わずひるむが、

しかし、

「………」

その後に続くはずのみずのの言葉はなく、

祠の壁に拳を当てたまま、

みずのは虚ろな目で宙を見つめていたのであった。

「みずの?

 みずのぉ?

 ちょっとみずのどうしたの!?」

親友の様子が突然おかしくなったことにこずえは驚き、

拳を祠の壁に当てたままの彼女の体を揺らそうと手を伸ばすが、

バシッ!

差し出したこずえの手が叩き落とされるかのように弾かれてしまうと、

「痛ぅぅ!」

痛みを感じたこずえは慌てて手を庇いながら引っ込めてしまった。

そして、不安げにみずのを見ると、

『こぉぉぉぉぉぉ…』

半開きになっているみずのの口から不気味な息遣いが漏れ響き、

『コーホー、

 コーホー』

喉に掛かるような息をし始めると、

ボコンッ

みずのの体から何かが飛び出すような音が響いた。

「え?

 何の音?」

その音にこずえはキョロキョロして見せると、

ボコン!

またしても同じ音が響き、

さらに

ボコッ!

ボコ!

ボコボコ!!

ボコボコボコ!!!

と連鎖的にその音が響き渡ると、

音にあわせてみずのの体がガクガクと揺れ始める。

まるで子供に悪戯されている操り人形のごとく、

みずのは体を揺らしていくと、

「みっみずのぉ!」

こずえは恐怖に満ちた声を上げるが、

メリッ

メリメリメリィィィ!!!

みずのの体を引き裂いていくかのように彼女の体が膨れ始めると、

『コーホー

 コーホーっ』

みずのの口からこぼれる息遣いは荒くなり、

メリメリメリメリ…

こずえの目の前でみずのは体を膨らませ、

次第にあるものの姿へとなって行く、

そして、

バリバリバリ!!!

制服を引き裂き天高く聳え立って行くと、

「おっおっ鬼…」

自分の目の前に聳え立つみずのを指差してこずえは呟く、

そう、こずえの目の前には燃えるような真紅の肌をさらし、

口は耳まで引き裂け頭には角を頂く鬼が

金色に染まる瞳を空に向けていたのであった。

「あわわ…」

鬼と化した親友を見上げながらこずえは腰を抜かしてしまうと、

『コーホー

 コーホー…』

鬼と化したみずのは引きちぎれた制服に手をかけ、

ギュッ!

手を掛けられた制服は瞬く間に虎皮の褌となり、

みずのの股間を引き締め上げる。

そして、宙を見ていた瞳をゆくっりと下ろして、

こずえに焦点をあわせると、

「みずのぉ、

 あたしよ、こずえよ、

 わっ判るでしょう」

黙ったまま自分を見つめるみずのに向かってこずえがから声を上げた。

だが、

ガコンッ!

みずのはその言葉には答えずに鉄の棘が鋭く覆う金棒を担ぎ上げ、

そして、

ブンッ!

自分を見上げるこずえに向かって振り下ろした。

「ひっ!」

一瞬の出来事であった。

ズシンッ!

鬼が振り下ろした金棒が地面に突き刺さると、

その場にはこずえの姿がなく、

その近くで身を伏せる制服姿の少年の下に抱かれていたのであった。

「危ないところだったね」

間一髪だったにもかかわらず、

さわやかそうな顔でこずえを少年は見つめると、

「あっ…剣先君…」

こずえは自分を助けてくれた少年が

告白しようとしていた相手であることに気づき頬を染める。

「これって、なに?

 何かの映画の撮影?」

金棒を振り下ろしたままの姿で固まっている鬼を見つめながら尋ねると、

「そっそんなんじゃないわ

 あたしにも良くわからないの。

 みずのがいきなり鬼になってあたしを襲ってきたの」

とこずえは事情を話すが、

しかし、その説明は第3者を納得させるには程遠いものであった。

「うーん、

 良くはわからないけど、

 とにかくここから逃げた方が良い」

あまりにも理解を超えた説明に少年は小首をかしげながらも立ち上がると、

「さっ早く」

と腰が抜けてしまっているこずえの手を引っ張るが、

こずえが立てないことを即座に知ると、

「あっ」

こずえをお姫様抱っこをしながら少年はその場から逃げ出していったのであった。

「そんな…

 あたしったら…

 いやだぁ」

少年の腕に抱かれながらこずえは

ずっとこのままで…

とは思うものの、

『コーホー…』

ガコンッ!

鬼は軽々と金棒を持ち上げると、

真っ直ぐ逃げていく少年とこずえにターゲットをロックし、

『コーホー』

ブンッ

ブンッ

と金棒を振り回しながら追いかけてきたのであった。

『ちょっとぉ!

 鬼が追いかけているよ!』

それを見たこずえは思わず声を張り上げて指摘すると、

シャッ!

一枚の扇が鬼に向かって投げつけられ、

サクッ!

鬼の眉間に当たってしまうと

『ゴォォォォ!』

鬼は額を押さえながらうめき声を上げたのであった。

「なるほど、

 こっちでも威力ありか」

それを見届けるようにして白衣に緋袴姿の巫女が姿を見せると、

「景気付けに鬼の牙にも当たってみろ。と言おうとしたようじゃか、

 その鬼に乗っ取られるとは」

と呆れた口調で言う。

「あっあの…」

こずえを抱きかかえたままの少年は巫女に向かって何かを言おうとすると、

「そこに下がっておれ、

 いまから鬼退治をする」

カチリ…

そう言いながら巫女は箒の枝に仕込んでいた払い串を引き抜くと、

「さぁ、このワシが相手じゃ、

 どうした鬼よ」

と払い串を構えつつ鬼に迫っていく、

すると、

『コーホー!』

鬼の息遣いが荒くなり、

ガコンッ!

改めて金棒を担ぎ上げると、

巫女を瞬殺するべく一気に金棒を振り下ろした。

だが、

紙一重で巫女はそれを交わし、

「行くぞ、鬼っ

 悪鬼退散っ!!」

巫女は怒鳴り声を響き渡らせながら、

シャッ!

一枚の破魔札が投げつけると、

札は光を放ちながら鬼の眉間に張り付く。

その途端、

ドゴッ!

鬼の手から金棒が零れ落ち、

『ごぉぉぉぉ!!』

泣き崩れるように声を上げながら鬼は両膝をつくと、

両手を地面につけた。

そして、

ザザザザ…

まるで砂の城が崩れ落ちていくように体を崩していくと、

その中よりみずのが姿を見せ、

砂山と化した鬼の傍らで寝息を立てていたのであった。



「終わったようじゃな」

鬼が消えたのを肌で感じながら巫女はホッとひと安心してみせると、

「あっ」

「え?」

我に返ったこずえと少年は慌てて離れると、

「いや、あの、その」

ものの弾みでこずえを抱き上げてしまった少年は

頬を赤らめながら言葉にならない声で言い訳を始めだし、

「じゃっ、ぼっ僕はこの辺で」

と逃げるように走り去っていく、

すると、

「あっ待って」

その少年を追いかけるようにこずえも走り出しと、

参道の真ん中辺りで少年に何かを話しかけ、

程なくして二人そろって参道を歩き始めたのであった。



「おいっ、娘っ、

 友人を忘れているぞ、

 って既に聞こえてないか…」



おわり