風祭文庫・モノノケ変身の館






「鬼とも組む」


作・風祭玲

Vol.883





カシッ

カシカシッ!

「めーんっ」

「どぉーっ」

とある高校にある剣道場。

その剣道場に牽制をする竹刀が当たる音と威勢の良い少女達の掛け声が響き渡ると、

正座する剣道部員達の前で防具を着装した2年生部員の野方圭子と

1年生部員の香住潤が対峙し試合を行っていた。

試合は有段者でもあり試合経験が豊富な圭子の方が誰の目で見ても圧倒的であり、

わずかの時間で終わるものなのだが、

しかし、二人の試合は試合開始以来ずっと牽制が続き、

いわば均衡状態となっていたのであった。

「ねぇ…いい加減勝負をつけてあげれば良いのに」

「下級生部員のためにやっている。なぁんて言うけどさ、

 でもあれって一種のいじめじゃない?」

「最後には棒立ちにさせてひたすら叩きまくる気よ」

「うわぁぁ、やだやだ」

硬直した試合を見ながらそんな声が部員達の口から漏れてくる中、

「こんな楽しいこと、

 簡単に終わらせるものですか」

竹刀を握る圭子はそう呟くと、

わざと隙を見せて潤を誘い始める。

そして、その挑発に潤が乗ってきたとき、

勝負を決めさせずにひたすら叩きまくる腹積もりであった。

だが、

潤は圭子が見せるその誘いになかなか乗らずにいると、

「もぅ、

 ノリの悪い子ねぇ、

 いいわ、あたしに楯突くとどうなるか見せてあげる」

と誘いに乗らない潤を見限り、

ドドンッ!

「メーンッ!」

剣道場を揺るがす声が響き渡ると、

圭子は一気に潤を突き飛ばすかのような勢いで飛び掛り、

そして、構えていた竹刀を一気に振り下ろした。

だが圭子に竹刀が潤の面を叩く寸前、

潤の姿が一瞬消えると、

コンッ!

圭子の脇に小さな衝撃が走り、

「あっっと」

弾き飛ばされたかのようにして潤は彼女の左横に移動する。

「勝った…」

手にしていた竹刀からは何かに触れた感覚はなく、

逆に自分の胴に何かが当たった感覚がしたものの、

圭子は勝利を確信すると、

「胴あり、一本!」

の声が響き渡り、

審判をしていた剣道部キャプテンの相模紀子の声が潤に向かって手を揚げていたのであった。

「えぇ!

 どういうことですかっ」

それを見た圭子はすかさず紀子に抗議すると、

「野方さんっ、

 あなたが打った面を香住さんは往なし、

 代わりに彼女は回りこんで素早く胴を取ったわ」

と説明をする。

「そんな…」

それを聞いた圭子は驚くと、

「それと、

 一つ、注意をします

 野方さん、

 あなた、試合中別のことを考えていたでしょう。

 傍目で見ていてあなたの心に集中が欠けていたのが見えていたわよ」

と警告をする。

「そっそうですか」

防具の上からでもわかるくらいに圭子は顔をヒク付かせながら頭を下げると、

「それと、香住さん。

 あなたも逃げてばかりじゃなくて

 もっと積極的に出なさい。

 さっきの試合、

 あなたが苦し紛れに出した竹刀が野方さんの胴を打ったから一本を取ったけど、

 とても褒められるものじゃないわよ」

と紀子は潤にも釘を刺す。

「はい」

その指摘に潤は小さく返事をすると、

ジロッ!

圭子は潤を睨みつけるようにして開始線に戻り、

互いに礼をしてみせた。



「香住さん、

 ちょっと良いかしら」

部活の後、帰り支度を済ませて校庭を歩く潤を捕まえるなり圭子はそう話しかけると、

有無も言わせずに潤を近くの神社へと連れ込んで行く。

そして、

「ちょっとぉ、

 さっきの試合、あれはなんなの?」

と小さな祠の前で圭子は息巻きながら潤に迫ると、

「そんなつもりは…

 ごっごめんなさい…」

圭子の勢いに押された潤はオドオドしながら返事をする。

「謝って済むと思っているの?」

祠の壁を叩いて圭子は迫ると、

「そんな事言われても…」

潤はただ困惑するばかりであった。

そんな潤の姿を見ながら圭子はさらに何かを言おうとしたとき、

ドクンッ!

突然、圭子の身体の中を何かが駆け抜けて行く。

「え?」

まるで外から自分の中に無理やり割り込んできたようなその感覚に圭子の口は止まり、

ただ目だけが潤を見下ろしていた。

そして、

メキッ!

圭子の体の中から異音が響き渡ると、

メリメリメリメリ!!!!!

潤の目の前で圭子は身体を膨らませ始め、

一回り、

二回りと身体を大きくしていった。

「ひぃ!」

見る見る身体を大きくしていく圭子の姿に潤は怯えてしまうと、

『コーホー

 コーホー』

圭子の口から不気味な息遣いが漏れ始め、

さらに筋肉が盛り上がる身体を真紅に染め上げていく、

「こっこれって…

 まるで、鬼…」

頭から角を突き出し、

引き裂けた口を大きく開け、

そして、ズタズタになってしまった制服から変わった虎皮の褌を締める圭子の姿は

潤の言葉通りの鬼と化していたのであった。

「そっそんな

 野方先輩が鬼になってしまっただなんて」

目の前に聳え立つ鬼と化した圭子を見上げながら潤は呟くと、

ガコンッ!

鬼は棘だらけの金棒を取り出し、

呆然と見上げている潤目掛けて一気に振り下ろした。

ブンッ!

まさに間一髪であった。

振り下ろされた金棒は潤をかすめ、

ズシンっ!

黒土が覗く地面を直撃する。

「ひぃぃ!」

それを見た潤は飛び上がってしまうが、

だが、その場で腰を抜かしてしまうと、

ヘタリ

と座り込んでしまった。

ガコッ!

その間にも鬼は金棒を持ち上げ、

今度は狙いを外さないようにと金色に輝く目で潤を見据え、

再び振りかぶった。

「ああ…」

腰を抜かし動けなくなってしまった潤は構えられた金棒を見つめていると、

「なにをしておるっ!」

の声と共に、

「悪鬼退散!」

と声が響き渡る。

その途端、

ヒュンッ!

一枚の退魔札が潤の目の前を掠めて通り、

その札が鬼の右腕に張り付くと、

ギンッ!

退魔札が光り輝き、

『ぐわぁぁぁ!!』

鬼の悲鳴が周囲に響き渡る。

「え?」

悲鳴を上げながら構えていた金棒を落とす鬼の姿を見ながら、

潤は呆気に取られていると、

スッ!

潤と鬼の間に巫女装束姿の若い女性が立ち、

「なるほど、鬼とも組んだか、

 勇ましいだけで情が無いから鬼に憑り付かれるのだ」

鬼に向かって巫女は言うと、

二枚目の札を構える。

と、その時、

「待って下さい」

潤の声が巫女を呼び止め、

「先輩を元に戻すにはどうすればいいのですか?」

と問い尋ねた。

「ん?

 お前が鬼を退治するつもりか?」

潤の言葉に巫女は振り返りながら聞き返すと、

「これでも剣道部員です。

 もし、先輩があたしのせいで鬼になってしまったのなら、

 あたしに責任があります」

と潤は言い切る。

「ほほぅ…

 なんかこじ付けのような気もするが、

 お前がやるというならかまわんだろう。

 どうやら、鬼もお前に因縁がある見たいだしな」

潤の言葉を聴いた巫女はそう言うと、

「ありがとうございます」

巫女に向かって潤は礼を言い、

もって来ていた防具袋と竹刀袋を手にするなり、

「ちょっと着替えてきますので、

 先輩の足を止めていてください」

そういい残して神社の影へと向かっていった。

「おっおいっ!」

マイペースな潤に巫女は困惑するが、

『コーホー!』

息遣いをしながら鬼が潤の後を追おうとすると、

「まてぃ、

 いまはわたしが足止め要員だ」

と巫女は破魔札を構えながら言い放つ。

巫女と鬼のにらみ合いが続く中、

「よしっ」

剣道着に着替え防具を着装した潤は竹刀を片手に巫女の元に行くと、

「ありがとうございました」

と礼を言う。

「ほほぅ、

 その格好で戦うか、

 気構えは立派じゃな。

 でも、そんな竹刀であの鬼を倒せるのか?」

完全武装状態の潤を見ながら巫女はそう指摘すると、

「はいっ、

 出来ます」

潤は歯切れの言い声で返事をし、

「さぁ、先輩っ、

 今度はあたしが相手です」

と立ちはだかる鬼に向かって竹刀を構えた。

『コーホー

 コーホー』

鬼は巫女から潤に視線を移すと、

ガコンッ

落ちていた金棒を拾い上げ、

ユックリと構える。

鬼と剣士は互いににらみ合い、

呼吸を合わせていく、

そして、

『ゴッ!』

先に動いた鬼が一気に金棒を振り下ろす。

だがそれよりも

タンッ!

一瞬、潤が素早く動き、

振り下ろされた金棒を交わしてみせると、

金棒を振り下ろして前かがみになっている鬼の頭目掛けて、

「めーん」

の声と共に竹刀を振り下ろした。

その直後、

『ごわぁぁぁぁ!』

鬼の悲鳴が響き渡ると、

しゅわぁぁぁぁぁ

沸き立つ湯気と共にその真紅の身体が崩れ落ち、

中から気を失っている圭子が出てくると、

その場に倒れこんでしまったのであった。



「先輩、

 先輩…」

祠の前で潤の声が響くと、

「うっうん?」

揺れ動かされていた圭子は気が付き、

「あれ?」

と言いながら身体を起こした。

「よかったぁ」

無事であることに潤は喜ぶと、

「あら、香住さん、

 なんでそんな格好をしているの?」

と指摘する。

「え?

 あぁ、これは…」

その指摘に潤は防具を着装していることに気づくと、

「ふふーん。

 こんなところで秘密の特訓でもしていたの?」

と圭子は笑いながら起き上がり、

「じゃぁ、あたしも混ぜてもらおうかしら」

自分の竹刀を手にしたのであった。



「なんとか、自力で解決しおったか、

 まぁ、こんな展開も華があって良いか」

思いがけないところで始まった剣道の稽古を見届けながら、

巫女は一人社へと戻って行く。



おわり