風祭文庫・モノノケ変身の館






「鬼を欺く」


作・風祭玲

Vol.879





「はいっ、

 それで結構です」

街中にあるバレエスタジオ。

そのレッスン室に響き渡っていた手拍子が止まるのと同時に、

舞台衣装を身につけ舞踊るバレリーナ達の動きをじっと見ていた名越友恵の労いの声が響く。

「ふぅ…」

彼女の声と同時に緊張感で引き締まっていた空気が一気に緩み、

みなホッとした表情を見せると、

「みなさん、お疲れ様っ、

 いまの動きはとてもよかったです。

 本番でもその動きを出来るようにしてください」

とバレリーナたちに向かって友恵はそう告げると、

「はいっ」

レッスン室に元気の良い返事が鳴り響いた。

そして、彼女達がトゥシューズの音を響かせながら退室していくと、

「あの…先生」

友恵に呼びかける声が響く。

「はい…

 あっ…小百合さん」

自分を呼び止めた声に向かって友恵は返事をしようとするが、

だが、その声の主が佐々木小百合であることに気づくと、

やや声のトーンを落とした返事をしてみせる。

すると、

ヌッ!

友恵の前に黒い影が立ちはだかり、

「先生、

 あのっ

 あたし…この役はやっぱり無理です」

と友恵を見下ろしながら小百合は今度の発表会で与えられた役について辞退を申し入れようとするが、

「小百合さん、

 あなたの気持ちは判らなくも無いわ、

 でも、その役はあなたではないと出来ないし、

 第一、あなたがその役を降りてしまったら発表会は出来ないのよ。

 そこを判って頂戴」

と友恵は訴える視線で小百合を見る。

「先生…

 でも、あたし…」

友恵を見下ろしながら小百合はなおも困惑した表情を見せると、

「しっ失礼します」

その声を残して更衣室へと駆け出してしまった。



ガラッ!

更衣室に勢い良くドアが開く音がこだまし、

中に残っていた小百合の友人の安芸裕美はその響いた物音に振り向いて小百合の姿を見た途端、

「きゃっ」

思わず悲鳴を上げてしまった。

すると、

「うっ…」

そんな浩美の態度を見た小百合は今にも泣きそうな顔になってしまうと、

「あっさっ小百合だったの。

 ごめんごめん。

 てっきり男の人が入ってきたかと思って」

と慌てて浩美は慰めるものの、

「どっどうせ、

 あたしは男みたいな身体ですよっ!!」

それを見た小百合は怒り出してしまう。

「あぁ…

 いや、そういう意味じゃぁ、

 ってこうなると手に負えないわね」

泣きながらレオタードを脱ぎ始めた小百合を見ながら裕美は頭を掻くが、

しかし、小百合の後姿は見事なまでの逆三角形で、

均等良く盛り上がった筋肉、

両側に凹みがある小さなお尻、

どこをとっても男性の身体しか見えなかった。

「はぁ…」

小百合の後姿を見ながら裕美は思わずため息を付いてしまうと、

「……裕美?」

ジロリ…

後ろに視線を送りながら小百合は聞き返す。

「え?、

 なに?」

その視線に裕美は慌てて取り繕うと、

「いまあたしを見ながら変な妄想していたでしょう」

裕美に向かって小百合は意地悪そうに尋ねる。

ブンブン!

頬を赤く染めながら裕美は大きく首を横に振ってみせると、

「はぁ…

 いいのよ、

 あたしの身体を見て欲情しても…」

と小百合はストレートに指摘するが、

「そっそんなこと無いわよっ」

その指摘に裕美は声を大にして言うと、

「はぁ、なんでこんな身体になっちゃったんだろう」

と小百合は呪うよう視線で胸板が盛り上がる自分の肉体を見る。



小百合は標準的な女の子として生を受けた。

しかし、幼稚園・小学校と進むうちに

どういうわけか小百合の身体は女性というよりも男性の姿へと成長し、

高校入学時には身長180cm、体重70kgと

標準的な男性の肉体に成長してしまったのであった。

「ちゃぁんと月モノは来るし、

 ホルモンの値だって御医者さんに計ってもらったら平均的な女性の値…

 だけど、

 だけど、なんで身体が男みたいになっているのよ。

 ほら見てこの脛毛!

 胸の周りにも生えて来ちゃっているし、

 髭だってぇ…

 あぁん、もぅ死にたいよぉ」

股間の性器以外は全く男性と言っても差支えが無い身体を見せつけながら小百合は泣き叫ぶと、

「でっでも、

 結構人気があるのよ、

 小百合って…」

なんとか小百合の長所を教えようと裕美は言うが、

「あのねぇ…

 女の子にたくさんラブレター貰ってもちっとも嬉しくは無いわよ、

 あーぁ、こんなことなら学園祭でホストの真似事なんてしなければよかった」

と小百合は学園祭で皆に勧められるままホストのコスプレをしたのだが、

元々のイケメン顔も手伝ってか、

上級生下級生ともども女子生徒たちのハートをゲットしてしまったのであった。



「はぁ、

 100%男の子として生まれてくればこんなに悩むことが無かったのに」

バレエスタジオを出て帰途につく小百合は愚痴をこぼしながら歩き出すと、

「こんどの発表会だって、

 あたしは王子様役だしぃ、

 みんなみたいにチュチュを着たいよ」

と愚痴をこぼす。

「でっでも、

 小百合の王子様姿って結構決まっていたわよ、

 姫役の中沢さんだって、

 小百合に持ち上げられたこと、

 とっても喜んでいたわ」

そんな小百合に向かって裕美はそう指摘するが、

「それって全然嬉しくない」

小百合は余計落ち込んでしまうと、

「あちゃぁ…」

裕美は思わず目を覆ってしまった。



やがて二人は神社の鳥居の前に差し掛かると、

「!!っ、

 ねぇ小百合ぃ

 ちょっと寄って行かない、

 甘酒おごるわよ」

と裕美は持ちかけてきた。

「え?

 いいの?」

裕美の言葉に小百合は目を輝かせると、

「うん」

裕美は笑みを浮かべながら頷き、

そして、二人揃って参道を歩いていくと、

「あれ?

 なにかな、あの祠」

と参道の途中で姿を見せてきた祠を小百合は指差した。



「ふーん、昔の鬼を封じた祠ねぇ」

祠の前に立つ由来を記した立て札を読みつつ小百合は頷くと、

「この神社には幾度も来ているけど、

 こんな祠があったなんて気がつかなかったわ」

と裕美は興味津々そうに祠を見つめる。

「まっ由来がわかればいいや、

 行こう」

頭の後ろに手を組みながら小百合はそう言って行こうとするが

なぜか裕美は祠の前から動かなかった。

「裕美?

 どうしたの?」

ピクリともしない裕美を怪訝そうに見ながら小百合は話しかけるが、

「・・・・・」

相変わらず裕美は動こうとはせず、

祠に手を当てながらジッとしていたのであった。

「裕美ったらっ」

痺れを切らしながら小百合は彼女の名前を呼んだとき、

ビクンッ

と裕美の背中が蠢く。

「え?」

それを見た小百合は目をパチクリさせると、

ビクン!

ビクン!

飛び跳ねるように裕美の背中は幾度も蠢き、

そして、

メキメキメキメキ!!!!!

いきなり膨れ始めると、

バリッ!

着ていたトレーナーを引き裂き、

真紅に染まっていく肌が姿を見せたのであった。

「裕美ぃぃぃ!!!」

異形の姿へを姿を変えていく裕美の名前を小百合は叫ぶが、

『コーホー…』

『コーホー…』

不気味な息遣いと共に膨れ行く身体を起こした裕美の頭には2本の角が突き出し、

口は引き裂け、

目は金色色に輝くと、

「そんな、

 裕美がおっ鬼に…

 鬼になっちゃった…」

引き裂けた服が変化した虎皮の褌を締めなおし、

鬼と化した裕美は棘だらけの金棒を担ぎ上げる。

そして、目の前の小百合を見据えると、

ゆっくりと金棒を振りかざし、

ブンッ!

風切り音を響かせながら小百合に殴り掛かった。



だが、

「このぉ!!!」
 
バシッ!

小百合は振り下ろされたその金棒を受け止めてしまうと、

棘が突き刺さり血が流れ出る腕に構わず、

「正気に戻って!」

と裕美に向かって声を張り上げる。

しかし、

『コーホー…』

鬼は力任せに金棒を振り解き、

そして、

ブンッ!

またしても小百合に向けて振るが、

「このぉ!

 負けるかっ!」

小百合もまた負けじと金棒を受け止めてしまうと、

ねじり上げ始めた。

「鬼めっ、力勝負なら負けないぞぉ!」

ググッ!

血だらけになりながらも体中の力を振り絞って小百合は金棒を鬼から奪い取ろうとする、

『コーホー…』

「んなろぉ」

『コーホー』

「負けるかぁ」

まさに人間と鬼の戦いであった。

そして、

「っどりゃぁぁぁぁぁ!!!」

ついに小百合は鬼から力づくで金棒を奪い取ってしまうと、

それを放り投げ、

「このぉ!

 友達なめんなぁ!!!」

の声と共に鬼の顔目掛けて強烈な右ストレートを浴びせたのであった。



『コーホー』

相変わらず不気味な息遣いをしながら鬼は祠に向けて飛ばされるが

グッ!

すかさず小百合の右腕を握ると、

「うわぁぁ」

小百合ともども祠へと激突してしまう。

「痛い…」

どれくらい時間がたっただろうか、

気がついた小百合が身体を起こすと、

「うーん」

彼女の前には人間の姿に戻っていた裕美が横たわっていた。

「あっ、

 裕美っ

 裕美っ

 大丈夫?」

それを見た小百合はすかさず裕美を抱き起こすと、

「うん?

 あれ?

 あたし?」

目を開けた裕美は鬼だった記憶が無いのか、

何で横になっていたのかが理解できない表情を見せる。

そして、

「あなた、誰?」

と小百合を見ながら尋ねると、

「はぁ?

 何を言っているのよ、

 あたしよ、

 小百合よ、

 佐々木小百合よ、

 変な冗談を言わないで」

と怒鳴り返した。

その途端、

「うそぉ!」

裕美は手で自分の口を覆ってみせると、

「あなたが小百合?

 だって、

 おっ女の子になっているよ」

と信じられない顔で小百合を指差した。

「?

 あたしが女の子?」

裕美の指摘に小百合は自分が着ている服がだぶついていることに気づくと、

「うそっ

 おっぱいがある…

 それに身体も小さくなって…

 ってことは…

 あたし、

 女の子になれたんだぁぁぁ!!!」

と小百合の歓喜に満ちた声が響いたのであった。



「ふむ、鬼を欺いたか、

 今回はわたしの出番は無かったようだな」

喜ぶ小百合を遠くから見ながら巫女はそのまま引き返していくが、

「えぇぇぇ!!!」

その一方で、バレエスタジオの名越友恵にとっては、

このニュースは悪夢でしかなかった。

「どうしよう、

 いまから演目を変えるの?

 それってどうしよう、

 うーん、こまったわぁ」



おわり