風祭文庫・モノノケ変身の館






「鬼の念仏」


作・風祭玲

Vol.874





パァン!

校舎裏で叩く音がこだますると、

「きゃっ!」

追って少女の小さい悲鳴が響き、

ドサッ!

ツインテールの髪を靡かせながら制服姿の御堂久美子が地面の上に倒れ込んだ。

そして、

「まったく、手間を掛けさせやがって、

 おいっ、

 今度の奉納舞、辞退しくれるよな」

と凄みのある声で話しかけながら

中野麻紀は倒れている久美子の背中を踏みつけると、

「麻紀っ!」

その麻紀を制止するかのよう結城夕菜の声が響いた。

「!っ」

夕菜の声を聞いた麻紀は

ビクッ!

っと身体を強張らせ、

「はっはいっ!」

慌てふためきながら振り返ると、

「顔には手を出すなよ、

 後々面倒なことになるからな」

と笑みを見せつつ冷たい視線で夕菜は指図をする。

「すっすみません」

夕菜の声に麻紀は慌てて脚をどかせると、

長い髪を靡かせながら夕菜は倒れている久美子に傍まで来ると腰をかがめ、

「あたし…

 暴力は嫌いなのよ」

と優しく囁きかけはじめた。

「ひぐっ!」

その声を聞いて久美子は慌てて起き上がると、

起き上がった久美子の頬を撫でながら、

「あたし、暴力は嫌いよ、

 でも…

 あたしの言うことを聞いてくれないと…

 どうなるか判るよね」

と耳元で囁くように続ける。

「ひっ!」

ニコリと微笑んでみせる夕菜の表情に久美子は恐れ慄き声を詰まらせてしまうと、

コクリ

コクリ

と涙で濡れている顔を2・3回縦に動かして見せたのであった。



「さすがは結城さんですね」

久美子を開放した後、

麻紀はすかさず夕菜を褒め称えると、

パンッ!

その麻紀の頬が叩かれ、

「てめぇっ、麻紀っ!

 調子に乗るんじゃねぇ!」

と夕菜の罵声が浴びせられた。

「もっ申し訳ありません」

赤く腫れてくる頬を押さえかけた手を下げて、

後ろに組みなおし麻紀は頭を下げると、

「ったくぅ…

 お前がもっとシャンとすればあたしが面を晒すことは無かったんだよ」

と夕菜は文句を言う。

「申し訳ありませんっ」

夕菜の文句に麻紀はただその言葉を繰り返すだけだった。



シャンッ

シャンッ

明日の奉納舞のために神社の境内に設けられた特設舞台。

その舞台に静かに鈴の音が鳴り響くと、

舞の装束を身に纏った夕菜は神妙な面持ちで舞を舞い踊る。

「ふぅむ…

 いいんじゃないかな」

夕菜の舞を見つめながら指導役の神職は満足そうに頷くと、

「はーぃ、

 お疲れでぇーす」

とリハーサルが終わったことを告げる声が響き渡った。

「いやいや、ご苦労さん」

本番用のメイクを整えている夕菜に向かって神職は労い、

「明日の本番もお願いしますよ」

と言いながら彼女の肩を叩いてみせる。

「はいっ

 よろしくお願いしますっ」

神職の言葉に夕菜は明るく返事をすると、

「いやぁ、内定していた御堂さんから辞退の申し出があったときは

 ”どうしようか”と内心不安になったが、

 いやぁ、よかったよかった」

神職はホッとした表情を見せ舞台から去り、

その神職の後姿を見ながら夕菜は小さく微笑んでいた。



「夕菜様っ

 お疲れ様っす」

メイクを落とし着替え終わった夕菜が社務所に設けられた更衣室から出てくると、

待っていた麻紀が手を後ろに組み労いの挨拶をする。

「ふっ、

 ちょろいものね」

麻紀に向かって夕菜は笑って見せると、

「はいっ」

麻紀は威勢良く返事をして見せる。

すると、

ピクッ

夕菜の眉が動き、

「おいっ、

 あまり大声を出すな、

 目立つだろう」

と注意しながら歩き始めると、

姿を見せた小さな祠へと向かっていく。

そして、その場でタバコに火をつけると、

「(ふーっ)

 まぁ、世の中うまく立ち回ったものの勝ちだね。

 ふんっ、

 この神社で奉納舞を舞った女は結構運が向くって言うからね。

 これであたしも勝ち組だね」

と笑いながら祠に手を突いてみせた。

「そうですとも、

 夕菜さんにはもっと大きくなってもらわないと」

夕菜の言葉を受けて麻紀はそう称えるが、

「・・・・・」

なぜか夕菜は一点を見据えたまま動かなくなってしまうと、

「夕菜…さん?」

動かない夕菜の姿に麻紀は小首を傾げながら話しかける。

すると、

バキッ!

突然響いたその音共に、

ムキッ!

祠に突いている夕菜の腕が一気に2・3倍の太さに膨れ上がった。

「ゆっ、夕菜…さん」

それを見た麻紀は目をまん丸に見開き話しかけるが、

バキッ!

バキッ

バキバキバキバキ!!!

夕菜の体中から異音が響きまくり、

その音と共に、

メリメリメリメリ…

夕菜の身体全体が見る見る膨れ上がり始め、

血管と筋が肌の上に突き出してきた。

「ひっひぃぃぃぃ!!!」

変化していく夕菜の姿に麻紀は腰を抜かしてしまうと、

その場にペタンと座り込み、

ガタガタと震え始めた。

だが、そんな麻紀には構わずに夕菜の変化はさらに続き、

ミシミシミシっ!

髪の毛を掻き分けるように左右に角が伸びてくると、

ベリッ!

口は大きく引き裂け、鋭い牙が生えてくる。

そしてさらに、

膨れいく体についていけなくなった衣服は無残に引き裂けてしまうと、

虎皮の褌となって肌を青く染めていく夕菜の腰を締め上げた。

「おっ鬼だ…

 夕菜さんが、鬼になっていく」

身長を伸ばし、筋肉の鎧を纏っていく夕菜の姿を見て麻紀はそう呟くと、

「たっ助けて!!!!」

悲鳴を上げながら這いつくばりながらも逃げ出したのであった。

『コーホー…

 コーホー』

不気味な息遣いをしつつ、

鬼と化してしまった夕菜は

ガコンッ

鋭い棘が打ち込まれた金棒を取り上げると、

逃げる麻紀を見据えて金棒を大きく振りかぶった。

刹那…

ブンッ!

鋭い風切り音を響かせて、

金棒は麻紀に襲い掛かるが、

ドォォン!

間一髪、

振り下ろされた金棒は麻紀の脚と脚の間に落ちたのであった。

だが、

「ひぃぃ!!」

金棒の恐怖に支配されてしまった麻紀はもはや一歩も歩くことは出来ず、

その場でガタガタ震えながら、

「たっ助けて…」

とかすれた声をあげるのが精一杯であった。

しかし、

ガコン…

振り下ろされた金棒がゆっくりと引き上げられると、

『コーホー』

今度は狙いを外さないようにと鬼は麻紀を見下ろし振りかぶる。

「ひぃひぃひぃ」

絶体絶命のピンチに麻紀は落とされ、

こんどこそ自分を殴り殺すであろう金棒をただ見上げていると、

ブンッ!

再び風切り音が鳴り響き、

麻紀に落ちる金棒の影が見る見る大きくなってきた。

「ひぃぃぃ!!!」

麻紀の悲鳴があたりにこだました瞬間、

ガキーン!

金棒が何かに当たる音が響き渡ると、

『コーホー…』

振り下ろされた鬼の金棒は一本の払い串によって寸止めされていたのであった。



「妙な気配がしたので来てみたらこんな事が起こっていたとはのぅ」

巫女装束を纏った一人の巫女が掲げた払い串で金棒を見事に止めると、

ジロリと鬼を見据える。

『コーホー…』

巫女のその声が耳に届いたのか鬼は改めて巫女を見ると、

振り下ろした金棒を再び持ち上げ大きく構えた。

「なるほど、

 貴様、今度奉納舞を舞う娘であったか、

 己の本性を隠してネコを被っていたところを鬼に付け入られるとは

 まさに”鬼の念仏”」

払い串を構えつつ巫女はそう告げると、

『コーホー』

巨大な青鬼と化した夕菜は

グッ!

金棒を振りかぶってみせる。

だが、

「ふっ、

 脇が甘いな…」

鬼を見上げながら巫女はそう呟くと、

素早く懐より破魔札を取り出し九字を切りながら、

「悪鬼退散!!」

と声と共に、

振り下ろされた金棒をかわしつつ、

ビシッ!

鬼の胸元にその破魔札を貼り付ける。

すると、

『ごわぁぁぁぁ!!!!』

辺りに鬼の絶叫が響き渡り、

ビシビシビシ!!!

鬼の身体を縦に割るかのごとく真っ二つに引き裂けてしまうと、

ドサッ!

ヨリシロとなっていた夕菜が引き裂けた鬼の身体の中から零れ落ち、

一方の鬼も雲散霧消していったのであった。



シャンッ!

シャンッ!

神社に設けられた舞台に鈴の音が鳴り響くと、

華麗な衣装を身につけた御堂久美子が緊張した面持ちで舞い踊る。

「まったく目先の損得につられて脅しをしていたとは情けない。

 まぁ、最初からこの方が良かったのかもしれんがな」

舞い踊る久美子を眺めながら巫女はそう呟くと、

ピンッ!

何かを感じ取り、

「やれやれ、

 また鬼が暴れ始めたか、

 こんどは誰に憑いたかのぅ」

とため息混じりにつぶやいていたのであった。



おわり