風祭文庫・モノノケ変身の館






「鬼が笑う」


作・風祭玲

Vol.870





「きゃはははは!!!」

黄昏時の神社の境内に一際高く少女・並木鈴子の声が響き渡ると、

「わっ笑わないで下さい。

 ぼっ僕は真剣なんですっ」

学生服姿の少年・枚方継生は頬を真っ赤に染めて言い返す。

すると、

「キャハ…

 だって、

 だって、

 いきなり、付き合ってください。だなんて…

 冗談にも程があるわ、

 きゃはは…」

セーラーのタイを揺らし、

お腹を抱えながら鈴子はさらに盛大に笑って見せると、

「僕の気持ちは冗談などではありませんっ」

少し怒った表情で継生は言い返した。

「キャハハ…はぁ…」

継生のその言葉を聞いた途端、

鈴子は笑うのをやめ、

そして、

真面目な視線で継生を見据えると、

「残念だけど、

 あなたとはお付き合いできません」

と言い切る。

「!!っ

 そっそうですか…」

鈴子の返事を聞いた継生はスグに目を伏せ、

肩を少し震わせると、

「以上であなたの用事は終わり?」

と鈴子は事務的に聞き返してきた。

「うっ………」

鈴子のその問いに継生は何も言い返せないで居ると、

「じゃぁ、そういうことで

 バイバイ」

軽く手を振り鈴子は継生の前から去って行こうとするが、

その時、

「なっ並木さんっ!」

突然、継生が鈴子を呼び止めると、

「なによっ」

鈴子は足を止め面倒くさそうに振り返った。

「あの…」

ジロッ

睨みつけてくる鈴子の視線に臆しながらも、

「あの…

 生徒会の関山と付き合っている。

 と言う噂は本当なのですか?」

と継生は鈴子について回る噂話を口にした。

一瞬の間が開き、

クスッ

鈴子の口が小さく笑みを作りながら、

「そうよっ、

 それがなにか?」

とあっさりと噂を肯定してしまうと、

「うっ」

継生はもぅ何も言い返せなくなり、

「そっそうですか…」

そういうことしか出来なくなってしまったのであった。

ところが、

「まったく、

 なに、対抗意識を持っているのよっ

 関山君と枚方君とでは月とスッポン。

 金魚にメダカ。

 イソギンチャクにイトミミズよ、

 彼と張り合おうってところがそもそも間違っているのよ」

とイヤミを言い出し始めた。

「そっそんなことどうでもいいじゃないですかっ」

鈴子の口から出てきたイヤミに継生は目をそらして膨れると、

「きゃは」

鈴子は笑いながら歩き出し、

その後を継生は不愉快そうに歩いていく。

サクッ

ほどなくして鈴子は神社とは区切られた小さな祠の境内に入り込むと、

その祠の屋根に手をつきながら、

「折角だから教えてあげようか、

 あたしが好きなのは将来伸びてくれる人よぉ、

 良い大学に行ってくれてぇ、

 給料が高い役所に勤めてくれてぇ、

 でも、あたしにはお金さえ渡してくれれば良いわ…」

と身勝手な願望を言い出し始めた。

そして、

「で、そのお金であたしはお店を開くのよぉ…」

そう言ったのと同時に、

ドクンッ!

突然、鈴子の胸が大きく脈打つと、

「………」

鈴子は目を見開いたまま固まってしまったのであった。

「なっ並木さん?」

まるで人形になってしまったかのような鈴子の姿に継生は恐る恐る声をかけると、

メキッ!

ボキッ!

鈴子の体から不気味な音が響き始め、

見開いた鈴子の目が見る見る充血して行く。

そして、

バッ!

いきなり鈴子は自分の首を絞めてしまうと、

「うぐっ、

 うごぉっ

 うぐわぁぁぁぁぁぁ」

と声を張り上げ、

バキバキバキバキ!!!!

背中を大きく膨らませ始めた。

「なっ並木さぁん!」

髪を振り乱し、

身体を膨らませ異形のモノへとなっていく彼女の姿に、

継生は鈴子の名前を呼ぶのが精一杯であり、

ベキバキバキ!

グキグキグキ!

苦しむ鈴子の頭から2本の角が伸び始めると、

口は無残に引き裂け、

牙が突き出してくる。

さらに、盛り上り巨大化していく身体にセーラー服が追いついて行かなくなると、

セーラー服は引き裂け、

引き裂けた布は虎皮の褌となって変身する鈴子の股間を締め上げた。

「おっ鬼だ…」

角を生やし、

白い肌を青く染め上げ、

巨大化していく鈴子の姿を継生は見て思わずそう呟く。

そして、

『コーホー…』

不気味な息遣いをしながら鬼と化した鈴子は金色に輝く目で眼下の継生を見据えると、

ブンッ!

手にしていた金棒でいきなり殴りかかったのであった。



「うわぁぁぁ!!!」

祠の境内に継生の悲鳴が響き渡り、

ズンッ!!!!

その直後に何かが地面を叩く音が響き渡る。

そして、

「ひぃぃぃ!!!!」

境内からアタフタと継生が飛び出してくると、

ズシン

ズシン

その継生を追いかけて棘だらけの金棒を担いだ青鬼が祠の境内から出てくると、

「誰かぁ

 ひぃ

 誰か…助けて」

追いかけてくる鬼の気配を背中で感じながら

継生は必死で神社の方へと駆けて行く、

そして、神社の前に来たときに、

境内で掃除をしている巫女を見つけると、

「みっみっ巫女さぁぁぁんん!」

と泣きながら声を張り上げた。

「ん?」

継生の上げた声に気づいた巫女は顔を上げるが、

それと同時に、

「はぁ…またか…」

とため息を漏らすと、

ズシン!

『コーホー!』

継生を追って境内に鬼が入り込んでくる。

「たっ助けてください。

 鬼が、

 鬼がぁぁぁ!!」

巫女の影に隠れるようにして継生は鬼を指差すと、

「まったく、これでは掃除が終わらないではないか」

と巫女は慌てることも無く愚痴を言いながら、

カチリ…

竹箒に仕込んでいた払い串を引き出すと、

ジロッ!

っと迫る鬼を見据えた。

『コーホーッ!!!』

一際高く鬼の息遣いが響き渡り、

鬼は金棒を大きく振りかぶると、

ブンッ!

巫女に目掛けてその金棒を振り下ろした。

「みっみっ巫女さぁぁん」

迫る金棒を見上げながら継生は悲鳴を上げると、

「大方、鬼の祠の前で無理な願望でも言ったんだろう。

 そういうのを…

 ”鬼が笑う”

 と言うのだぁぁ!!!」

巫女の怒鳴り声が響き、

ガァァァァン!!!

追って何かと何かがぶつかる音が響き渡る。

「ひぃぃぃ!!!」

震え上がる継生の前で払い串を振りかざした巫女は立ちはだかり、

その巫女の前では透明な壁のようなものが広がると、

バリバリバリ…

激しく放電をする鬼の金棒を止めていたのであった。

『コーホー…』

グッ!

グッ!

壁に取り込まれたのか、

金棒を押すことも引くことも出来ず、

鬼は金棒を振り下ろしたままの姿で固まってしまうと、

「いま風に言うなら大地を揺るがす乙女の結界…とでも言うのかな。

 ふんっ、鬼ごときの金棒でこの結界は破れぬわっ」

と巫女は落ち着いた表情で言い、

スッ

懐から破魔札を取り出すと、

「ここはお前が暴れるところではないぞ、

 早々に立ち去れいっ!

 悪鬼退散!!!」

の声を共に張り手のようにして破魔札を鬼に向けて飛ばす。

すると、

ゴワッ!

飛んでいった破魔札より紅蓮の炎が吹き上がり、

瞬く間に鬼を包み込んでしまうと、

パキン!

鬼の身体が縦に引き裂け、

その裂け目より鈴子の身体が零れ落ち、

鈴子を落とした鬼の体が一気に燃え上がってしまうと、

フワァァァァァ…

吹き上がった灰は祠に向かって消えていったのであった。



「なっ並木さんっ

 ぼっ僕とお付き合いしてください」

黄昏時の神社の境内に枚方継生の声が響き渡る。

その声に並木鈴子は少し考え込むと、

「うーん、良いわよ」

と意外にもおっけーの返事をするが、

「でも、あたしと付き合う以上、

 色々と注文があるわよ」

目を輝かせながら鈴子はそう付け加えると、

サーッ

ザーッ

そんな二人の近くで掃除をしていた巫女は小さくため息をつき、

「くれぐれも鬼に笑われない程度でな」

と小さく注文をつけたのであった。



おわり