風祭文庫・モノノケ変身の館






「鬼に金棒」


作・風祭玲

Vol.861





「せいっ!」

放課後の柔道場に一際高く少女の声が響き渡ると、

ダァァン!

白帯柔道着姿の柴田敦夫は大きく宙を舞い、

畳の上に一気に落とされてしまう。

「いててて」

体の中を駆け抜けて行った痛みを堪えつつ敦夫は立ち上がると

「ほらっ、

 何をしているのっ

 まだまだよぉ!」

黒帯を締める藤田美砂は足取りか来る気合十分なところを見せる。

だが、

「ちょっと、タンマっ、

 少し休ませろよぉ」

気合十分な美砂に向かって汗だくの敦夫は声を上げると、

「なによぉ!

 まだ乱取りを始めて30分しか経ってないじゃない」

と腰に両手を当て、美砂は情けないような顔をして見せた。

「あのなぁ〜っ」

そんな美砂に敦夫は声を上げると、

「根性なし、

 いいわよっ

 あたし一人で稽古するからぁ」

敦夫を突き飛ばし美砂は一人で稽古用の人形を相手に汗を流し始めた。

「はぁ…

 なんとか助かったな」

美砂を横目にしながら敦夫は顎を伝わる汗を拭うと、

パタン!

とその場に倒れこんでしまった。



美砂と敦夫が籍を置く柔道部には部員はわずか5人しか居ない。

一応、団体戦が出来る人数であるものの、

だが、そのうち3人は上級生である3年生部員であり、

2年生部員は美砂と敦夫、

そして1年生となると0という有様であった。

「はぁ、何でこんなことになったんだろう…」

道場から見える夕焼けの空を見上げながら敦夫はそう思う。

元々敦夫は運動が苦手で部活も歴史研究部に席を置いていた。

だが、そんなある日、

幼馴染の美砂から柔道部の頭数要員にと懇願されたのであった。

無論、柔道の心得が全くない敦夫は即座に断わるものの、

”柔道部の稽古はあくまでお付き合いの幽霊部員でもかまわない”

”歴史研究部は辞めずに掛け持ちでもおっけー”

と言う条件を出されてしまうと

幼なじみのお願いを断る理由が無くなってしまったのであった。

しかし、敦夫の入部と同時に3年生部員は受験を理由に実質上の引退をしてしまい。

結局、実働部員は美砂と敦夫のみとなってしまったのである。

「いくら稽古をしても、

 美砂には勝てるわけ無いのに…」

そう愚痴を漏らしながら敦夫は一人汗を流す美砂を見る。

このような環境下でも美砂の実力は相当なもので、

先日の大会では女子個人戦で優勝をしてしまうほどの腕前であり、

まさに最強の女【この地域限定】と言っても過言ではなかった。



そんな対照的な二人が柔道場にいると、

「おぉぃ、

 柴田はいるかぁ?」

の声と共に歴史研究部の顧問である所沢が顔を出してきた。

「あっ所沢先生!」

所沢の顔を見た敦夫は駆け寄ると、

「いま時間があるか?

 ちょっと手をかして欲しいんだけど」

と所沢は敦夫に尋ねる。

すると、

「先生、ダメですよ、

 敦夫はいまあたしと柔道の稽古中です」

それを見た美砂が中に割って入り込むが、

「いじゃないか、

 僕、歴史研究部員であるんだから」

美砂を押しのけ敦夫は上履きを穿くと、

「道着のままでもいいですか?」

と言いながら歴史研究部の部室へと向かって行く。

「もぅ!」

それを見た美砂はむくれながらも敦夫の後を追いかけて行った。



「うわっ、

 なんですかっ

 これ!」

「きゃっ、

 凄い」

二人が歴史研究部の部室に入った途端、

その凄惨な状況に思わず声を上げた。

「いやぁぁぁ、

 ちょっと片付けようと思ったら、

 なぜかこんなになってしまって」

驚く二人の背後から所沢がすまなそうに言うと、

「先生。

 片付けながら散らかすって、

 相当な技術ですよぉ」

とジト目で敦夫は文句を言う。

「あはははは…

 要はやってもらいたいのは…」

申し訳無さそうに頭をかきながら所沢は用件を言おうとすると、

「ココの片付けですね」

ため息をつきつつ敦夫は腕まくりをして片づけを始めだす。

「あたしも手伝うわ」

それを見た美砂も手伝い始めると、

「いやあぁぁぁ

 あははははは」

所沢はただ笑っているだけだった。



1時間後…

「ふぅ、

 何とか形になったな…」

片付けの目処がつき、

敦夫は柔道着の袖で流れる汗を拭うと、

「おぉ!

 凄いっ

 床が見える!」

と所沢は感心をしてみせる。

「先生っ

 これが普通ですよぉ」

そんな所沢を敦夫は困惑の眼で見ると、

「いやははは、

 ほかの部員達はさっさと帰ってしまうし、

 どうしようかと途方にくれていんだ。

 うん、君たちが居てくれて本当に助かったよ」

敦夫の手を握り締めながら所沢は感謝の言葉を述べた。

「いや、まぁ、

 僕も歴史研究部の部員ですから」

オーバーに喜んでみせる所沢を苦々しく見ながら敦夫はそう言ったとき、

「あれ?

 これなんです?」

何かを見つけたのか、美砂の声が部室に響き渡った。

「ん?」

その声に敦夫は振り返ると、

「うっ

 重い…」

新聞紙に巻かれた高さは1m50cmほど、

野球バット4・5本分の太さのある棒状の物体が美砂に寄りかかろうとしていて、

美砂は必死にそれを支えていたのであった。

「あぁ…

 ダメだよ、それを勝手に引っ張っては!」

それを見た所沢は慌てて美砂の下に駆け寄り、美砂と共に押し戻すと、

「先生?

 なんですそれ?

 この間までは無かったですよね」

と尋ねながら敦夫はその物体を指差した。

その途端。

キラッ!

所沢の目が輝き、

ユラリ…

体中からオーラを吹き上げながら、

「ふっふっふっ

 聞いて驚け、

 見て驚け

 実はこれはなぁ!!」

と言いかけると、

バリッ!

「?

 金属製の棒じゃない、

 妙に凸凹しているけど」

物体を包んでいた新聞紙を破いた美砂が言う。

「あぁ!

 こらっ!

 勝手にそれを破くんではない、

 それには結界がぁ!」

新聞紙の中から顔を出した金属の表面を撫でる美砂に向かって所沢が叫ぶが、

「はぁ?」

所沢のこの声に怪訝そうな顔をしながら美砂は棒の上部を握り締めた。

その途端。

パァァァン!!!

部室に何かはじけるような音が響き渡ると、

「あっあっあっ

 なにこれぇ

 なにかがあたしの中に流れ込んでくるぅぅ!!」

稽古のために縛っていた髪が振り解けたのか、

髪を靡かせながら美砂が悲鳴を上げた。

「美砂!!!」

それを見た敦夫は美砂の名前を呼ぶが、

コワァァァァ…

見る見る美砂の身体が光り輝き始めると、

ビシビシビシッ!

美砂の身体に無数の筋が立ち、

メリメリメリメリィィィ!!!

さらにその筋を補うように筋肉が盛り上がり始める。

「あぐっ

 ぐぉぉぉぉぉ!!!」

苦しくなってきたのか、

身体を膨らませながら美砂は口を大きく開け、

さらに獣のような唸り声を上げると、

ビシビシビシっ!

頭の両側から角が突き出してきた。

「なっなんだこれは…」

人なのか獣なのか判断がつかない姿へと変わっていく美砂を見て、

「先生っ

 何が起きているんですかっ」

と敦夫は所沢に詰め寄るものの、

「うむ、

 まさか、

 こんなことが、

 信じられない…」

所沢はそう呟きながら変身して突く美砂を眺めているだけだった。

その間にも美砂の変身は進み、

メリメリメリ…

バキバキバキ!!

女子としては平均的だった身長が伸びていくと、

バリッ!

頑丈な柔道着が見る間に引き裂け、

角が伸びる頭が天井へと近づいていく、

さらに、

男のように筋肉が発達した体が真紅色に染まっていくと、

引き裂けた口の上下に牙が突き出していった。

「なっなんだよ、

 これじゃぁ…

 おっ鬼じゃぁないか」

昔話で聞く鬼の姿そのものになっていく美砂を見ながら

敦夫はそう怒鳴ると、

『ぐるるるるるるる…』

鬼と化した美砂は唸り声を上げながら

虎皮の褌になってしまった柔道着を締め直し、

彼女をこの姿に変身させてしまったあの棒に手を伸ばすと、

カンッ!

ギュッ!

重々しいその棒を握り締め、

ガコン!

一気に持ち上げる。

そして、

ザッ!

棒を包んでいた新聞紙が一気に肌蹴ていくと、

ギラッ!

美砂が持ち上げた棒は鋭い棘が突き出している金棒であった。

「美砂が…

 鬼に…

 鬼になっちゃった」

信じたくない光景に敦夫は呆然としていると、

『コーホーッ!』

鬼と化した美砂は大きく息を吸い込み、

呆然としている敦夫めがけて、

ブンッ!

手にしている金棒を振り下ろした。

「うわっ!」

咄嗟の受身で敦夫は何とか金棒をしのぐが、

ゴワンッ!!

空を切った金棒は壁に当たると、

パラパラパラ…

壁には巨大な穴が開いていたのであった。

ゾワァァァ…

もし、一呼吸遅かったら…

そう考えると全身から鳥肌が立つ思いをしながら、

「美砂っ

 僕だよ、

 敦夫だよ」

と鬼に向かって敦夫は呼びかけるが、

その返事に帰ってきたのは、

ブンッ!

またしても振り下ろされた金棒であった。



「うーん、

 強い者が持つとその者を鬼にしてしまうと言う

 ”鬼に金棒”

 伝説とは思っていたが、

 まさか、本当にこんなことになるとは」

腕を組み納得顔で所沢がウンウン唸っていると、

「先生っ!

 何とかしてください!」

必死で金棒の直撃を避けてきた敦夫は泣き顔で迫る。

すると、

ガシッ!

所沢は敦夫の肩を握り締め、

「これは試練だよ、柴田君っ」

と告げたのであった。

「え?」

思いがけない所沢の言葉に敦夫はキョトンとすると、

「いいか、よく聞けっ、

 鬼とは言ってもこの地上に二本足で立つ生き物だ。

 二本足で歩くものにはどうしても克服できない弱点がある。

 君は歴史研究部員であるのと同時に柔道部員でもある。

 だから君には判るはずだ。

 鬼の弱点を!!!

 さぁ頑張ってきたまえ!」

そう言い聞かせると、

「暴れるなら柔道場で暴れてきなさい!

 健闘を祈る」

というや否や、

ドォォン!

所沢は敦夫を部室の出口へと押し出した。

「うわっ

 とととととぉ」

所沢に突き押された勢いで敦夫は廊下に出ると、

『コーホーッ!』

鬼もまた敦夫の後を追いかけ、

不気味な息遣いをしながら廊下へと出た。



「ひぃぃぃ!!

 僕を追いかけてくるよぉ」

自分の後を追いかけてくる鬼をチラチラ見ながら敦夫は走り、

そのまま柔道場へと向かうと、

「えぇっとぉ、

 ここで何とかしろって言われても…」

ガランとした柔道場の中で敦夫は右往左往する。

そして、その間にも鬼は迫り、

『コーホー…』

ズシン!

ついに柔道場に入ってくると、

ゴワッ!

持っていた金棒を振り上げ、

「ひぃぃぃ!」

自分を見上げて固まっている敦夫めがけて振り下ろそうとした。

そのとき、

「うわぁぁぁ!」

泣き叫びながら敦夫は鬼の下へと飛び込み、

「こっこれ以上、

 あっあばれるんじゃねぇっぇ!」

と叫びながら、

鬼の腰に締めてある虎皮の褌に取り付き、

そして、思いっきり自分の体へと引き寄せると、

一瞬、鬼の重心を崩すことに成功する。

そして、

ヨロッ!

よろけた鬼が脚を浮かせてバランスを取ろうとしたとき、

「させるかぁぁぁ!」

バシッ

素早く敦夫はその脚を自分の脚で払ってしまったのであった。

脚を払われてバランスを戻せなくなってしまった鬼は

グラァァァァ!

そのまま倒れていくと、

ダァァァンッ!

ものの見事に畳の上に倒れてしまい、

ガランッ!

ゴロゴロゴロ

鬼の手にあった金棒は主を失って転がって行く。

「やった…

 鬼を倒した…」

倒れて動けなくなった鬼を見下ろしながら敦夫は呆然としていると、

シュルルルルルルル…

見る見る鬼の身体は萎縮を始め、

「うっうーん、

 あれ?

 なんで、柔道場にいるの?」

頭を押さえながら美砂が身体を起こしたのであった。



「せいっ!」

放課後の柔道場に一際高く少女の声が響き渡ると、

「セイッ!」

その少女と互角の声が響く、

そして、

ダァァン!

柔道場に音が響き渡ると、

「ちょっと、敦夫っ

 あんた、最近急に強くなってきたけど、

 あたしに隠れて練習をした?」

少し悔しそうな顔をしながら美砂は尋ねる。

「あはは…

 まぁ、

 いろいろとね」

美砂の言葉に敦夫は頭を掻くと、

「まっいいか…」

と呟いたのであった。



おわり