風祭文庫・モノノケ変身の館






「鬼に衣」


作・風祭玲

Vol.854





カラカラカラン…

秋、七五三のお参りで賑わう神社の境内。

「ふぅ…

 さすがにこうも参拝客が多いと順番待ちも大変だな」

3歳になる娘の参拝に妻と共にやってきた吉本利夫は

順番待ちの行列を見るやゲンナリとした表情を見せると、

「利夫さん、

 なぎさの受付やっといて下さい」

稚児装束姿の娘の手を引く俊夫の妻・美咲は利夫に向かって指図をする。

「はいはい」

美咲の指示に利夫は怒りもせずに受付へと向かっていくと、

「まったく…

 あたしの指示が無いと動かないんだから」

と娘の稚児衣装よりもはるかに映える着物を着る美咲は呆れた顔で夫の後姿を見送るが、

「お待たせ、

 4番目になったよ」

受付を済ませた利夫が美咲の所に戻ってくるなり、

「えぇ!

 ちょっと利夫さんっ」

美咲は不満そうな表情を見せ声を荒げた。

「なっなに?」

豹変した美咲の姿に利夫は驚くと、

「4番目ってなによっ

 4番目って

 なぎさの七五三よぉ!

 なんでそんな不吉な番号を取ってくるのよっ」

と美咲は怒鳴る。

「まぁまぁ、

 落ち着けよ、

 4番目というのはいま待っている人が3組あるってことだよ。

 今日の受付順なら13組目になるかな」

怒る美咲に向かって利夫はそう説明をすると、

「利夫さんっ!!!」

さらに一段と高い美咲の怒鳴り声が響き、

「13番ってどういうつもり!」

と責め立て始めた。

「はぁ?

 13は西洋忌番じゃないかっ

 神社で13は意味が無いよぉ」

文句を言われ続けてきたせいか少し不機嫌そうに利夫は言い返し、

「さらについでに言うと、

 今季の通し番号で言うと666番目になるよ」

と言いながら受付証を美咲に見せた。

その瞬間、

カァァァァァ!!!!

美咲の顔が真っ赤に染まると、

「ちょっとぉ、

 利夫さんっ

 こっちに来なさいっ

 なぎさちゃんはちょっとここに居なさいねっ」

いきなり美咲は利夫の耳たぶを掴み上げ、

娘にその場に居るように告げると、

「いてててて!」

痛さに悲鳴を上げる利夫をこの場から離れた祠へと引っ張っていった。

そして、

「利夫さん、婿養子だからといって調子に乗ってませんっ?」

と祠の前で振り返らずに尋ねると、

「別に調子になんて乗ってませんが」

腕を組み不満そうに利夫は言い返す。

「うそをいわないで!」

その言葉にすかさず美咲は言い返すと、

「そうやって間の悪い数字ばかり引き当てて、

 そんなにあたしにあてつけたいの?

 婿養子でも構わない、あたしと結婚をしてください。

 言ったのはどこの誰よ。

 それなのに…

 こんな、酷い仕打ち…をして、

 利夫さんは恥ずかしくないんですかっ」

目に涙をいっぱいためて美咲は訴え、

「判りました。

 あたしたち離婚しましょう。

 懇意にしている弁護士さんに相談いたします。

 無論、慰謝料・養育費はたっぷりと頂きますからねっ」

語気を強めて美咲は言い切った。

すると、

「なぁ、美咲っ、

 なんで、今日になぎさの七五三をすることになったんだっけ?」

と何食わぬ顔で利夫は尋ねると、

「なにってあたしの予定が今日しか開いてないに決まっているでしょう」

と美咲は言う。

「そうか、今日しか開いてないのか?

 他の日に開けることは出来なかったのか?」

そんな美咲に利夫は再び尋ねると、

「仕方が無いでしょう、

 お茶にお花に舞踊っとあたしも色々忙しいのよっ、

 そんなことも判らないで聞くわけ?

 やっぱりあなたとは離婚ね」

膨れながら美咲は自分の意見を通そうとする。

すると、

キラッ

一瞬、俊夫の目が輝き、

「なぁ、今日は仏滅なんだよなぁ…

 しかも三隣亡…

 こんな日にお祝いをするなんて、

 どうかしているとは思わないか?

 こんな不吉な日に娘の幸せを祈るなんて親としてどうだろう」

と返した。

「だからって何よっ、

 ってえ?

 そっそうなの?

 べっ別にいいじゃないっ

 些細なことよっ」

利夫の指摘に美咲は慌てながらそう言うと、

「そうだよなぁ…

 仏滅・三隣亡が些細なら、

 4番だとか、

 13番だとか、

 666番なんて些細なものだよなぁ…」

と利夫は返す。

「煩いわねっ

 要はなぎさを想う心よ、

 あんな数字を引いてくる利夫さんにはなぎさを想う心が無いわ」

そんな利夫に美咲はそう言い切るが、

「なぁ、なぎさの稚児装束がレンタルで、

 なんで美咲の着物が仕立物なんだ?

 親が娘より立派な着物を着るのはどうか。と思うけど」

と今度は美咲の着物について指摘をする。

「うっ、

 別にいいでしょうっ、

 それともなに?

 あたしにはこの着物が似合わないっていうのぉ」

メリメリメリ!!!

不気味な音を響かせながら美咲は身体を膨らませて怒鳴ると、

ゴリッ!

その頭から二本の角が伸びていく。

「え?

 なっなんだぁ!!!」

見る見る変身をしていく妻の姿に利夫は驚くと、

バリバリバリ!

ついに高価な仕立物の着物を引き裂き、

『コーホー!』

身体を真紅に染め上げ、

『コーホー』

牙を生やし、

『コーホー』

不気味な息遣いをする鬼が利夫の前に姿を見せた。

「おっ鬼ぃぃ!!!」

見上げるほどの高さの鬼を見ながら利夫は腰を抜かしてしまうと、

ガシッ!

鬼は巨大な金棒をゆっくりと振り上げ、

ジロッ!

金色の目が下に動くと利夫に照準を饐える。

そして、

ブォッ!

風切り音を響かせて金棒が利夫目掛けて振り下ろされるが、

ズゴォォォン!

間一髪、

「ひぃ〜っ」

直撃直前に利夫が逃げたために金棒は誰も居ない地面に突き刺さったのであった。

「美咲ぃ、

 気を取り戻せ!」

鬼と化した美咲に向かって利夫は話しかけるが、

『コーホー』

鬼は再び金棒を持ち上げると、

ブンッ!

今度は真横から利夫に向かって金棒を振った。

「うわっ」

迫り来る金棒から避けきれず、

利夫の悲鳴が響き渡ると同時に、

ガキィィィン!

何かが弾く音が響き渡った。

「うっ

 なに?」

身体を庇う構えを見せながら利夫は瞑っていた目を開けると、

「また鬼が出たか…」

巫女装束姿の巫女が手にしていた払い串を構え、

利夫を庇うように鬼の金棒を押さえていたのであった。

「あなたは?」

巫女に向かって利夫は尋ねると、

「あなた、なぎさちゃんのお父さんでしょう

 探しましたよ」

と利夫に聞き返す。

「え?

 あっいけない、

 なぎさ、あのままだった」

それを聞いた利夫は娘のことを思い出すと、

「一人ポツンと立っていたので、

 社務所の方で預かっています。

 これが終わりましたら迎えに行ってあげてください」

と巫女は言い、

「うりゃぁぁ!!!」

その掛け声と共に一気に鬼を押した。

その途端、

『コーホー』

巨体の鬼は身体のバランスを崩してしまうと、

ズシンっ

尻餅をついてしまい、

『コーホー』

その場に座り込んでしまったのであった。

「あぁ、美咲ぃ」

それを見た利夫は頭を抱えてしまうと、

「鬼に衣…

 分不相応なモノを身にまとうから鬼につけ込まれるんだ。

 ましてこの祠は太古の鬼を封じたもの、

 最も鬼になりやすいところだからな」

利夫に向かって巫女はそう告げると、

スッ

懐から退魔札を取り出し、

「闇に蠢く悪鬼よ、

 大人しく己の居場所へと戻るが良いっ!

 悪霊退散っ!!」

の声と共に鬼の額に向けて退魔札を放つと、

『ごわぁぁぁぁぁ!!!』

鬼は悲鳴を上げながら額に張り付いた退魔札に身体が飲み込まれ、

そして、鬼が消えた後には元の姿に戻った美咲が倒れていたのであった。



「あぁぁ、

 お着物がぁぁぁ

 ドロだらけぇ!!!」

程なくして境内に美咲の悲鳴が上がると、

「何をやったんだよ、

 あーぁ、盛大にスッ転んでぇ」

と呆れたような利夫の声が響いた。

「あぁ…どうしよう、

 これクリーニングするとなると…

 はぁ…」

ドロだらけになってしまった着物を気にしながら美咲はため息をついていると、

「あまりめかし込むからだ、

 とりあえず目立つ汚れを叩いて、

 ほら、なぎさが待っている」

そんな美咲に向かって利夫は指示をすると、

「はぁ、ついてないなぁ…」

ため息を漏らしながら美咲は着物の汚れを叩き、

二人揃って社務所へと向かって行く。

そして、

「記憶は封印したし、

 気丈さも鬼に持って行かれたみたいだな、

 まぁ、これでよかったのかもしれないな」

そんな二人を見送りながら巫女はそう呟いていたのであった。



おわり