風祭文庫・モノノケ変身の館






「角隠し」


作・風祭玲

Vol.848





とある6月の吉日。

梅雨入り以降シトシトと降り続いた雨もようやく上がり、

雲が切れ久方ぶりとなる日差しが窓から入ってくると、

「いやぁ、晴れてよかったですなぁ」

「そうですねぇ」

「6月の花嫁というのも風情がありますな」

「式は9時半からでしたっけ」

「あたし、絶対結婚する。

 もう決めた!」

「気が早いって」

「あれ?

 俺のデジカメどこに行ったんだ?」

その街に聳え立つ式場の控え室にはこの日を祝う新郎新婦の親族一同はもとより

友人、職場の同僚達が集まり、

間もなく始まる式を心待ちにしていた。

そんな控え室とは壁を隔てた部屋に

「じゃぁ、由美子。

 父さんと母さんはご挨拶に行って来るからね」

花嫁の父母の声が響き渡ると、

ニコリ…

白無垢の婚礼衣装に身を包んだ花嫁が静かに微笑んでみせる。

そして、その笑顔に送られて、

礼服を身に着けた壮年の男女がイソイソと出かけていくと、

その二人と入れ替わるようにして、

おめかしをした5歳ほどの少女が控え室へと入って来る。

「あら、沙代ちゃん」

控え室に入ってきた少女の姿を見て花嫁は微笑むと、

「うわぁぁ、

 由美子お姉ちゃん、きれい…」

沙代と呼ばれた少女は姉の晴れ姿を見るなり頬を赤らめ目を輝かせる。

「え?

 そっそぉ?

 ありがと」

妹のその声に由美子は化粧崩れがしないようにはにかんで見せると、

「いいなぁ…

 あたしもお嫁さんになりたいなぁ」

と沙代は呟き、

拗ねてしまったのか絨毯敷きの床を履いている靴で突っつき始めた。

「大丈夫よ、

 沙代ちゃんだって

 その時がくればあたしみたいにお嫁さんになれるわ」

妹の気持ちを気遣いながら由美子は励ますと、

「そうかなぁ…」

姉の言葉に沙代は自信なさそうに聞き返す。

「うんっ、

 お姉ちゃんが言うんだもの、

 絶対に大丈夫!」

少し腰を上げて元気が出るようにと由美子は力強く囁いたとき、

「ねぇ、お姉ちゃん」

不意に沙代は話題を変え、

「その頭の帽子ってなぁに?」

と由美子の頭を覆っている角隠しを指差した。

「え?

 あぁ、これ?

 これは角隠しって言うのよ」

沙代の質問に由美子は答えると、

「ふぅん、

 ねぇ、それ、

 ちょっと見せて」

と沙代はせがみ始めた。

「あぁ、だめよ、

 これは取ってはいけない物なの」

せがむ沙代に由美子はそう言い聞かせるが、

「あぁん、

 見たいの

 見たいの!」

駄々をこね始めた沙代はついにぐずり始めだしてしまった。

「あぁん、

 沙代ちゃぁん、

 無理を言わないで」

ぐずる沙代の姿に由美子は仕方なしに前かがみになって頭を撫でようとしたとき。

キラッ☆

沙代の目が一瞬光ると、

バッ!

その小さな手が伸び、

由美子の頭を覆っている角隠しの一端を握り締めた。

そして、

バッ!

角隠しを一気に剥ぎ取ってしまうと、

「やったぁ!」

と喜んで見せる。

だが、

コォォォォ…

角隠しを取り払われた由美子はゆっくりと立ち上がり、

その目から光が消えると、

不気味なオーラが全身を包み込み始めた。

「おっお姉ちゃん?」

ビクッ!

ビクビク!!

と身体を振るわせる姉の姿を見上げながら

沙代は不安そうな表情を見せたとき、

ボコッ!

何かが弾けたような音が響くと、

バンッ!

由美子の右肩の部分が大きく膨れ上がる。

そして、

ボコッ!

ボコッ!

ボコボコボコボコボコ!!!!

弾ける音が由美子の全身から響いていくと、

メリメリメリメリィィィィィ!!!

華奢だった由美子の身体は見る見る膨れ上がり、

背丈は天井に向かって伸び、

白い肌が真紅に染まっていく、

そして、

メキメキメキ!!

結い上げた髪が解け、

頭の両側から厳つい角が伸びていくと、

グワッ!

鋭い牙を生やした口が引き裂くようにして大きく開いた。

「うっうそ…

 おっお姉ちゃんが…

 お姉ちゃんが、

 おっ鬼になっちゃったぁ」

白無垢の花嫁衣裳はいつの間にか筋骨逞しい赤い肉体の股間を覆う虎皮となり、

さらに、

ガコンッ!

鬼と化した由美子の手には鋭い棘がついた金棒が握り締められると、

ジロッ!

光が戻った眼から鋭い眼光が沙代を見下ろす。

「ひぃぃぃ!!!!」

控え室に沙代の悲鳴が響き渡り、

ブンッ!

その直後、

風を切り音を響かせながら金棒が沙代めがけて振り下ろされる。

だが、

間一髪、金棒は沙代の身体をかすめていくと、

バキッ!

その延長線上にあったテーブルを木っ端微塵に破壊した。

「あわわわ…」

あと10cm、

金棒の軌道に近ければ自分自身があぁなる運命であったことを、

沙代は直感的に感じ取ると慌てて逃げようとするが

だが、

ジワ…

沙代の股間から小水が漏れ出てしまい下半身に力は入らなかった。

「コーホー…」

一撃目を外した鬼は大きく息継ぎをすると、

金棒を構えなおし、

今度こそ狙いを外さないようにと沙代を睨む。

「誰か、

 誰か、助けて、

 おっお姉ちゃん…」

まさに万時急須。

沙代は泣き叫びながら這いずっていくが、

ブォッ

その沙代めがけて鬼は力いっぱいに金棒を振り下ろす。

その直後、

「させるかっ!」

女性の声が響き、

ガキンッ!

振り下ろされたはずの金棒は沙代の身体ではなく、

沙代を庇うようにして床につき立った一振りの払い串に命中する。

「コーホー」

金棒の直撃にも潰れない払い串の出現に鬼は驚き左右を見ると、

「角隠しを取られ、迷ったか…」

の声と共に巫女装束姿の女性が閉じられているドアの傍に立ち、

鋭い視線で鬼を睨みつけていた。

「だっ誰?」

思いがけない巫女の登場に沙代は彼女を見ると、

スタスタスタ

巫女は立ちはだかる鬼を意にも返さずに進み、

倒れている沙代を抱き起こすと、

同時に払い串を拾い上げる。

そして、

「いいこと、おじょうちゃん。

 花嫁さんの角隠しはねぇ、

 お式が終わるまで勝手に取ってはいけないのよ」

と腰を屈め、沙代の頭を撫でながらそう注意するが、

「コーホー」

その間に巫女の後ろに鬼が迫り、

手にした金棒を振りかぶると、

ビュオッ!

巫女に狙いを絞り金棒を振り下ろした。

「危ない!」

迫ってくる金棒を目の当たりにした沙代は声を上げるが、

パシッ!

なんと巫女は自分に向かって振り下ろされた金棒を片手で受け止めてしまうと、

落ち着いた表情で払い串を懐に仕舞い、

「おじょうちゃん、

 悪いけどその落ちている角隠しを取ってくれない」

と沙代に頼んだ。

「はっはい…」

巫女の言葉を受けて沙代は自分が取ってしまった角隠しを拾い上げると

「さぁ、お客さま、

 お式の準備が整いましたので、お迎えに参りましたぁ!」

の声と共に

シュルルルッ!

鬼の頭に角隠しを被せてしまうと、

グィィィン!!!

鬼の頭を覆った角隠しはまばゆく輝き、

ブォォォォォ!!!

光の中に鬼の巨体が飲み込まれていった。

そして、

フワッ…

輝いていた光が収まっていくと白無垢姿の由美子が姿を見せた。

「おっお姉ちゃん…」

鬼に変身する前となんら変わらない姿の姉の姿を見た途端、

安心したのか沙代は泣きながら抱きついてしまうと、

「さっ沙代ちゃん…

 急にどうしたの?

 ちょちょっと、

 衣装が汚れるでしょう?」

鬼だったときの記憶が無いのか、

沙代の急変に由美子は戸惑うものの、

「あれぇ?

 沙代ちゃぁん、

 また、お漏らししちゃったの?」

妹のスカートが濡れていることに気づくと、

呆れた顔で囁いたのであった。



こうして由美子の結婚式と披露宴は恙無く終わり、

「沙代っ!、

 あれほど他所でお漏らしをしていけないって言ったでしょう!!」

「うわぁぁん、

 ママ、ごめんなさぁい!」

沙代は母親からお漏らしをしてしまったことを咎められ、

一方で、由美子は…

「ちょっとぉ、

 このメールってなによぉ?

 ”…結婚されても私たちの愛は不滅です。

  愛しています…”

 ってぇ…一体…」

「うわぁぁ、

 ちょっと待て、

 話せば判る、

 落ち着け!」

「これが落ち着いていられるかぁ

 もぅダーリンのバカァ!!」

「うぎゃぁぁぁぁぁ!!」

初夜の床で新妻は嫉妬に燃える鬼娘に変身してしまっていたのであった。



おわり