風祭文庫・モノノケ変身の館






「鬼ごっこ」


作・風祭玲

Vol.843





初夏の日差しが照りつける梅雨の晴れ間。

「わーぃ、

 逃げろぉぉ!」

路地裏に子供の声が響き渡ると、

幼児から小学校低学年くらいの子供達が一斉に飛び出し

クモの子を散らすかの如く逃げていく、

「ふぅーん、

 鬼ごっこかぁ…」

そんな子供達の姿を登校途中のあたしは見かけると、

ふと、子供の頃に思いは馳せ、

「あたしもよくやったなぁ…

 鬼ごっこ」

と呟きながら自分の横を駆け抜けていく子供達を見送るが、

その時、

「おねーちゃん」

不意に立ち止まった一人の少女があたしを呼び止めると、

「え?

 なぁに?」

あたしは少女を見ながら聞き返した。

すると、

「お姉ちゃん、

 早く逃げた方が良いよ、

 じゃないと鬼に捕まっちゃうよ」

と4・5歳と思える少女はあたしに向かってそう言うと、

クルリと向きを変え、

タタタタッ!

全力で走り去って行った。



「あはっ、可愛い。

 あっ、そんなに夢中になって駆けていったら事故に遭うよ」

まだ遊びの意味が理解できてないだろう。

そう思ったあたしは去っていく少女を愛しく感じながら注意をするが、

既に彼女はわたしの声の届かないところへと走り去っていったしまってた。

「あーぁ…

 鬼ごっこに夢中になっちゃって」

そんな少女の姿をあたしは微笑んで見送ると、

「はぁ…

 折角の日曜なのになぁ…」

とため息を付く。

そう今日は日曜日。

だけど、あたしの学校ではその日曜日に授業があるのである。

もっともこうなったのもあのバカ男子共が数学の授業を妨害したからで

怒った数学の教師が今日補習を行うことを決めてしまったからだ。

ハッキリ言ってあたしは被害者である。

「全く、

 クソ真面目な滋賀の授業を妨害する奴があるかっ

 お陰で良い迷惑よ、

 ちゃんと授業を聞いていたあたしを巻き込むなっつーのっ」

ブツブツと文句を居ながらあたしは歩いていると、

ヌッ!

突然、黒く大きい影が前に立ちはだかった。

「え?」

思いがけない影の登場にあたしは立ち止まって顔を上げると、

コーホー

コーホー

不気味な息遣いとともに身長は2mをゆうに越す巨体が立っていて、

燃えるような赤い肌、

腰には虎ジマの褌を締め、

鋭い牙を剥く赤い顔がジッとあたしを睨みつけていた。

「おっ鬼?」

まさに御伽噺で聞く鬼そのまんまの姿に

あたしは手にしていたカバンを抱きしめて1・2歩下がる。

すると、

ゴンッ!

赤い顔の鬼は手にしていた棘がいっぱいついている金棒を振り上げ大きく振りかぶった。

「え?

 えっえぇぇ!」

一撃であたしを仕留めようとしているのが一目見て判るほど鬼の動きは明白であり、

睨みつける目はあたしを確実に補足していた。

”ヤバイ!”

命の勘という奴だろうか、

口悪い男子から”ノロマ”とからかわれて来たあたしには似合わない早さで身をよじると、

ブンッ!

間髪居れずに金棒が空を切り、

あたしの髪の一部を消し飛ばしてしまった。

「ひぃぃ!!!

 あっあたしをこっ殺す気?」

真っ青な顔をしながらあたしは悲鳴を上げるが、

ブンッ!

ブンッ!

まったく言葉が通じないのか、

鬼は当たるとただでは済まなさそう金棒を幾度も幾度も振り回し続ける。

「まっマジであたしを殺そうとしている!!」

目標をあたしのみに集中して攻撃を加えてくる鬼からあたしは逃げ出すと、

ズシン

ズシン

鬼はゆっくりとした足取りであたしを追いかけ始めだした。

「なっなんで?

 どうして?

 どうしてあたしがこんな目に?」

平和な日曜の朝。

しかし、その平和な空気を切り裂いてあたしは無我夢中で走り、

そのあたしの後を殺気立った鬼が追いかけてくる。

夢であって欲しい。

そう、これは夢なのだ。

本当の世界ではあたしはまだベッドの中にあって、

誕生日に買ってもらった黄色いクマのヌイグルミを抱きしめながら寝ているんだ。

息を切らせながらあたしはそう念じたが、

もし、それが現実だったら遅刻は確実である。

滋賀の補習に遅刻をしたら…それはそれで大事である。

「あっはやく目を覚まして!!

 じゃないと遅刻しちゃうよぉ」

息を切らし、

汗だくになりながらあたしは悲鳴を上げた時、

ガッ!

あたしの足が何かに蹴躓いてしまうと、

一瞬、身体は宙を舞い、

ドザァァァ!!

盛大に転んでしまったのであった。

「いっ痛ぁぁぁぁ!!」

抱いていたカバンがクッションになってくれたお陰で、

ダメージは大きくは無かったが、

でも、腕や足に擦り傷を負ってしまうと、

ジワ…と血が流れ出てくる。

「もぅ、

 あたしが一体何をしたのよっ、

 なんで鬼に追いかけられなくっちゃいけないのよっ」

そう泣き叫びながらあたしは顔を上げると、

コーホー

あたしの目の前に鬼が無言で立っていた。

万時急須

もはや逃げ道はどこにもなかった。

「あははは…」

乾いた笑いをあげながらあたしは鬼を見上げていると、

鬼はゆっくりと金棒を振りかぶり、

ブンッ!

あたしに向かって一気にそれを振り下ろした。

グシャッ!

潰れる音が路地に響き渡り、

血の匂いを撒き散らしながらあたしの体は金棒に押しつぶされていた。

そして、次第に遠のいていく意識の中で、

『つっかまえたぁ

 お姉ちゃんが次の鬼だよ!』

と言う無邪気な少年の声が響き渡ると、

カラン!

あたしを潰した金棒が路面に転がり落ち、

タッタッタッ!

一人の少年が走り去って行く。

『あたしが…鬼?』

少年の言葉をあたしは呟くと、

ドクン!

『!!っ』

消えかけていた意識が急にハッキリし、

さらに、体全体に力が漲り始めた。

そして、

メキッ!

メキメキメキメキ!!!

体中が捲りあげられるような強烈な痛みが走ると、

体が見る見る膨れ着ていた制服が弾け飛んでいく。

『うがぁぁぁぁぁ!!!』

激烈な痛みにあたしの口からこの世のものとは思えない獣のような声が響くと、

毛むくじゃらの青い裸体が陽の下にさらけ出された。

そして、

『コーホー

 コーホー』

不気味な息遣いをしながらあたしはゆっくりと起き上がると、

その視界は一気に上に上がり、

ムキッ!

幾重もの筋肉を纏いながらあたしは立ち上がった。

『これは…

 あたし…鬼になったの?』

頭から突き出している角を触りながらあたしはそう呟くと、

虎皮の褌を締めなおし、

そして、女の子の髪の毛が絡まり、

ヌラヌラとした返り血を滴らせる金棒を拾い上げた。

『そうだ、

 あたしは鬼なんだ。

 追いかけなきゃぁ』

鬼と化したあたしは金棒を担いでそう呟くと、

ノッシ

ノッシ

と逃げていった少年の後を追いかけるが、

ふと、学校の校舎が視界に入ると、

『そうか、

 あたしは学校に行っていたんだ。

 日曜日の朝を台無しにしてくれたあのクソ男子共のせいでこんな目に遭ったんだ。

 全員ぶん殴ってやる…』

怒りを煮えたぎらせながらあたしはそう呟くと向きを変え、

ブンッ

ブンッ

と2・3回金棒を振り回しながら校門を潜り抜ける。

そして、それから10数分後。

休日の校舎は阿鼻叫喚の地獄と化したのであった。



おわり