風祭文庫・モノノケ変身の館






「鬼塚」


作・風祭玲

Vol.575





ザッザッ

ザッザッ

深々と降る雪の中を僕は手にした松明を掲げ歩いてゆく、

ザッザッ

ザッザッ

ここはA県H連峰に囲まれた小さな村、

雪道を歩く僕の両脇には白い雪の壁がそびえ立ち、
この道から外れて歩くことを固く禁じている。

「………」

本来寒いところが苦手な僕はこのような場所を歩くことなど

決してあり得ないはずなのだが、

しかし、現実に僕はこの雪道を歩いていた。

なぜなら、

ピタッ!

雪道を歩く僕の腕を抱きしめるように

佐々木薫が体を寄せ、僕の後に続いてきているのだ。

「だっ大丈夫ですか?」

振り返りながら僕は尋ねると、

「うん、ありがとう、

 あたしは大丈夫だけど、

 でも、雪がすごいね…」

頭からすっぽりと覆う白いダウンジャケットを着込んだ彼女はそう返事をすると、

衝立代わりにするかのように僕の背中へと回る。



「え?

 鬼塚への節分参りですか?」

「そのとーりっ!」

その話が振って沸いたのは約2時間前のことだった。

サークルのスキー旅行でこの村にきていた僕達に

リーダーの森田はガッツポーズをするかのごとく片手を掲げると、

「お参りって今からですか?」

サークル仲間の新橋が眉をひそめながら聞き返す。

「決まっているだろう?

 この村では古より数え二十歳の若き男女が節分の夜、

 鬼塚にお参りをして五穀豊穣を祈願する。

 となっておる」

森田はいわれを説明するが、

「で、なんで僕達が行くんですか?」

と僕はよそ者の自分達がその行事に参加しなければならない訳を尋ねた。

すると、

「品川君っ

 君はこの村についてからいったい何を見てきたのかね」

まるで教授のごとく森田は胸を張り、

そして、僕を指差しながら、

「いいかねっ

 いま、この村の最少年齢者は幾つだと思うか?」

と尋ねた。

「えぇ?」

森田の問いかけに僕はあっけに取られると、

「そういえば…」

その問いに皆は一斉に考え込み、

村に来てから出会った人間について思い返す。

「うーん、確かに…

 子供の姿は見えなかったし

 一番若そうなのは…

 この民宿のおかみさんかな…」

「あの人って年幾つだっけ?」

「25歳とか言っていましたよ」

「ということは?」

「ふっふっ

 そうだ、

 2005年2月3日、午後21時24分現在、

 数え年で二十歳という適格者を擁するのは、

 我々のみであり、

 そして、その適格者とは…

 品川君と佐々木君の二人だけだ…」

メガネを怪しく輝かせながら森田は僕と佐々木薫の肩に手を乗せ、

ポンポン!

と二回叩いた。

「ぼっ僕が…ですかぁ?」

森田の言葉に僕は悲鳴に似た声をあげると、

「あら、でも面白そうねぇ…」

それに反して薫は長い黒髪を梳きながら興味深そうに返事をする。

「そうだろう、

 そうだろう」

薫の言葉に森田は満足そうにうなづくと、

「で、品川君も行ってくれるよね…」

と僕の耳元で囁く。

「いやだと言ったら?」

その言葉にすかさず僕は拒否を匂わせる返答を返すと、

「ふふっ

 品川君、僕を悲しませないでくれるか?

 まさか、こんなチャンスをミスミス見逃す男とは思わなかったよ」

と意味深なセリフを吐く。

「チャンス?」

「そうだ、

 この村の古老の話によると

 節分の夜、鬼塚参りをした男女は鬼によって赤い糸が結ばれ、

 その結果必ず結ばれる。と言うそうだ…

 ふっふっ

 佐々木君に密かに想いを寄せる君がこんなチャンスを見逃すはず…

 無いよね…」

「なっ!」

森田が囁いた言葉に僕は驚き、

「なんで、佐々木のことを…」

と僕が佐々木さんに思いを寄せていることを何で知っているのか聞き返した。

しかし、森田は壁にかかる民芸品の仮面を被って見せると、

『ふふっ

 王様の耳はロバの耳…』

と返事するだけで、僕の求めた説明はしてはくれなかった。

「ねーねーっ

 ロバの耳って何よ?」

僕と森田との話を聞いていた佐々木さんの親友、上野美奈子が割って入ってくると、

「あっそうだ、

 あたしも数えで二十歳なんだけど、

 あたしは行ってはいけないの?」

と森田に尋ねた。

「え?」

上野さんのその言葉に森田はギョッとすると、

「そうだっけ?」

と上野さんを指さし聞き返す。

「しっつれいねぇ!!

 あたしも数えで二十歳よっ」

驚く森田に向かって上野さんはそう叫ぶと、

「うーむ、

 とは言ってもエントリーの受付は終わっているし、

 ならいっそ、3人で行くか?」

考え込んだ森田はそう提案をした。

すると、

「いいわよっ

 そんな取ってつけたようなコト、

 あたしからゴメンするわ、

 佐々木さんに品川君っ

 替わりにその大役果たして頂戴ね」

ヘソを曲げた上野さんはプィと横を向くと、

スタスタと自分の部屋へと戻っていった。

「ニヤッ」

そんな上野さんの後ろ姿を見送りながら森田は笑みを浮かべると、

『と言うわけだ、

 佐々木君に品川君、

 君たちにこの鬼塚参りを遂行する義務が生じた。

 まっ鬼塚参りといっても、

 松明をもって、歩いて村はずれの鬼塚に行き、

 そこにこのお札を置いてくるだけの素っ気の無いものだけどな。

 さっ、佐々木君に品川君、

 がむばってくれたまえ!!』

再び仮面を被り民謡を踊るような手振りをしながら森田はそう激励すると、

「はーぃ」

「はぁ…」

元気良く返事をする佐々木さんに対して、

僕はやや浮かない返事を返していた。



ヒュォォォォッ!!!

「まったく、何で吹雪になるんだよっ

 これじゃまったく前が見えないじゃないか!」

集落を出た途端、

僕達に襲い掛かるように吹雪は吹きまくり、

その中を顔をかばう僕と後につく佐々木さんはただまっすぐに歩いていた。

「きゃーっ!!!

 すごぉい!」

悲鳴をあげる僕に対して佐々木さんは吹きすさぶ吹雪の様子を見て無邪気にはしゃぐが、

「ううっ

 いくら佐々木との交際が保証されると言っても、

 なんで、こんな苦労を…」

鼻から伸びる鼻水を半分凍らせて、僕は嘆いていた。

しかし、いまから帰るわけにも行かず、

まさに雪中行軍の形相で僕は前へと進む、

そして、

ヒュォォォッ……

あれだけ吹き荒れていた吹雪がぴたりと止むと、

ポゥ…

僕達の前に一つの塚が姿を見せた。

「あれ?

 なんか光っているような…」

姿を見せた塚が淡く光り輝いているように見えた僕は思わず目をこするが、

「ねぇ、何をしているの?

 早く行こうよ」

後ろから佐々木さんがそういうと

「あっあぁ」

僕は押されるようにして前へと進む。



「ふうーん、これが鬼塚の祠?」

「らしーな」

小さな鳥居の奥に雪に埋もれかかるように姿を見せた祠に向かって、

僕は掲げていた松明を向けると、

「そっか、

 思っていたよりも小さいのね」

と祠を眺めながら佐々木さんは感想を言う。

「だな…

 と言うか、

 まっ通常サイズとでも言うか」

「ねぇ、

 お札…置いて行こう」

「あっあぁ…」

東京でも見かける小さなお稲荷様ほどの大きさの祠を見ながら

佐々木さんは預かってきたお札を置くように急くと、

パサッ

僕は懐よりお札を取り出し、

そして、祠の前に置こうとした。

そのとき、

「あっ」

何かに気づいた佐々木さんが咄嗟に祠に向かって手を差し出すと、

パサッ!!

祠に掛かっていた注連縄が外れ佐々木さんの手の上に掛かった。

「なに?」

彼女のその行為について僕は思わず尋ねると、

「……」

佐々木さんはまるで固まってしまったの様にその格好のまま立ちすくみ、

じっと祠を見つめていた。

「おっおいっ

 どっどうしたの?」

ただならないその様子に僕は驚きながら彼女の肩を叩こうとしたとき、

『ぐふーっ

 ぐふーっ

 ぐふーっ』

唸るような声をあげ、

佐々木さんはその肩を上下に揺らせると、

『ウォォォォォォッ!!!!』

突然、地獄の底から響き渡る雄たけびをあげた。

「え?

 え?

 どっどうしたの!」

佐々木さんの豹変に僕が驚いていると、

ブワッ!!

今度は佐々木さんの身体よりオーラが吹き上がり、

そして、

ググッ!!!

佐々木さんは身体全体に力を入れた。

バシッ!!

「うわっ!!

 なっなんだぁ!!」

吹き上がるオーラに弾き飛ばされた僕は

雪の中より呆然と佐々木さんを見ていると、

メキメキメキ!!!

佐々木さんの体からきしむような音が響き渡り、

ググググ…

華奢な彼女の体が見る見る膨らみ始めた。

「んなっ」

突然の事態に僕は尻餅をつきながら眺めていると、

メリッ!!

佐々木さんの額に一本の角が突き出し、

メリメリメリメリ!!!

音を響かせながら成長していく、

そして、

メリメリメリ!!

細面の顔が瞬く間に厳つい鬼を思わせるような表情へと変化すると、

ジワッ

色白の肌が真っ赤に染まっていく。

「なっ

 そんな…

 さっ佐々木さんが…

 佐々木さんが…

 鬼になっていく…」

バリバリバリ!!

『グォォォォォッ!!!』

服を引き裂き、燃えるような真っ赤な肌とともに

筋骨隆々の姿をさらした佐々木さんはまさに鬼と化していた。

「ひぃぃぃ!!!

 なっなんで!!」

聳え立つ鬼の姿に僕は腰を抜かすと

その場より逃げ出そうとしたが、

バシッ!!

「なっなんだこれは!!!」

いつのまにか鬼塚の周囲には見えない壁のようなものが張られていて、

そこから脱出することが不可能になっていた。

「おいっ

 出してくれ!!

 ここから出してくれ!!」

見えない壁を何度も叩きながら僕は叫ぶが、

しかし、僕の声を聞きつけて駆けつけてくるものは無く、

ズシン

ズシン

代わりに来たのは佐々木さんが変身した鬼のほうだった。

「うわぁぁぁぁ!!

 くっ来るなぁ!!!」

迫ってくる鬼の姿に僕は悲鳴をあげながらも、

足元の雪を次々と投げつける。

しかし、

ズシン!!

僕が投げつける雪ごときでは鬼の足を止めることなど出来るわけも無く、

ムンズ!!!

鬼は僕の襟首を持ち上げると、

ブンッ

まるでゴミを放り投げるかのように僕の体を放り投げた。

「わぁぁぁ!!!」

ドサッ!!

軽く20mは飛ばされただろうか、

僕の体は鬼塚の祠の真上を通り過ぎ、

その反対側へと落下する。

幸い、降り積もった雪のおかげで怪我をすることは無かったが、

しかし、

ズシン!!!

雪の中に埋もれている僕に向かって鬼が向かって来た。

「ひぃぃ!!」

徐々に近づいてくる足音に僕は雪を掻き分け逃げるが、

しかし、

ムンズっ

またつかまってしまうと、

ブンッ!!!

さっきと同じように放り投げられる。



「くっそうっ

 佐々木さん…

 じゃなかった、鬼めっ

 こうやって僕を弱らせて後で食べる気だな…」

あれから幾度か放り投げられ、

また、塚の周囲から新雪が積もった部分が消えると、

僕の体に掛かる衝撃が次第に大きくなっていた。

「このままじゃだめだ、

 何とかしないと…」

追いかける鬼から逃げ回りながら僕は鬼を退治する方法を考える。

しかし、塚の周囲には武器になりそうな物も、

また、鬼から身を隠す空間も無く、

ただ僕の体が疲労で衰弱していく以外選択肢は無かった。

「だぁぁぁ!!!

 こんなことなら空手の一つでも習って置けばよかったぁ!!」

思わず、そんな泣き言を僕は叫んだとき、

『品川君!!!』

佐々木さんの声が響いた。

「え?」

その声に僕は驚くと、

メコッ!!

向かってくる鬼の胸の部分に佐々木さんの顔が浮かび上がると、

『豆を!!

 豆を使うのよっ!!』

と佐々木さんが僕に叫んだ。

「豆って?」

『ほらっ

 出発する前、

 民宿のおばあさんからもらってきたでしょう。

 ”もし鬼に遭ったらこの豆で退治しな”

 って…』

「あっ」

佐々木さんのその言葉で、

僕は発つ前に民宿のおばあさんから預かってきた一握りの豆のことを思い出すと、

バッ!!

「これでも食らえ!!」

そう叫びながら、

向かってくる鬼にめがけて思いっきり投げつけた。

すると、

『ごわぁぁぁぁぁ!!』

豆が当たった鬼は大声をあげながらのた打ち回ると、

ブワァァァァァ!!!

その巨体からオーラを吹き上げはじめる。

そして、オーラを吹き上げながら次第に体が萎んでいくと、

ボヒュン!!

何かが破裂するような音が響き渡り、

ドサッ!!

鬼がいたところに佐々木さんが倒れていた。

「………あはっ

 終わったのか…」

さっきまで暴れていた鬼の姿は無く

また、散々踏み荒さられた塚の周囲も新雪が堆く降り積もっていた。

「はっ

 佐々木さんっ

 大丈夫ですか?」

しばらくの間、呆けていた僕だったが、

しかし、すぐに気が付くと、

倒れている佐々木さんの元へと駆け寄っていった。



こうして、佐々木さんと僕の鬼塚詣では終わり、民宿に戻ると

「ごくろーであった!!」

何も知らない森田達の歓迎が僕達を待ち構えていたのであった。

後で佐々木さんにそのときの様子を聞いてみたところ、

僕がお札を置こうとしたとき、

祠の奥から不気味な手が出てきて僕を引き込もうとしたらしい。

それで、それを見た佐々木さんが引きとめようと手を伸ばしたら、

別の手が佐々木さんの腕をつかむと、一気に引き込まれ、

そのまま鬼に取り込まれて、必死で逃げ回る僕の姿を上から見たそうだ。

で、何とかしないと…と思ったときに

おばあさんから預かった豆のことを思い出したとか、

まぁ、こんな経験は二度としたくはないものだ…



さて、その後だけど、

森田が言っていたとおり僕と佐々木さんとは親しい間柄になり、

数年付き合った後、見事ゴールイン!

けど、すべてはめでたしと言うわけではなかった…

「ちょっと、あなた!!!」

夜、出張から帰宅した僕に妻・薫の怒鳴り声が響いた。

「なっなんだよ」

面倒くさそうに僕は返事をすると、

「この口紅は何?」

Yシャツについている口紅にを見せ付け、薫は迫ってくる。

「え?

 あぁ、それは電車の中で女の人とぶつかって…」

「そんな、言い訳、通用するわけないでしょう…

 あたしという者がありながら、浮気をするだなんて…」

「いや違うっ

 本当についただけだよ」

僕は言い訳するが、

しかし、

「くやしーぃ」

ついに薫は激昂してしまうと、

ジワッ

肌の色が一気に赤く染まり、

そして、

バキバキバキ!!

小さな体が見る見る膨らんでいくと

着ていた服を引き裂き、

ズゥゥン!!!

『納得のいく説明っ

 してもらおうじゃないのっ!!』

額に角を突き出し筋骨隆々とした文字通り”鬼”と化した

薫が僕の前に立ちはだかった。

そう、あの日以降

薫はこのように激昂すると鬼に変身してしまう体質になってしまったのだ。


「はぁ…

 豆…まだ余りがあったかな…」


そうつぶやきながら僕は妻の姿をただ見上げていた。



おわり