風祭文庫・モノノケ変身の館






「鬼の面」


作・風祭玲

Vol.482





「福はぁ〜〜うち」

「鬼はぁ〜〜そと」

周囲の家々からそんな声が響く節分の夕刻…

「はぁ」

手にした鬼の面を見下ろしながらあたしはため息をつくと、

そのジッと鬼の面を見つめていた。

ひゅぅぅぅ〜っ

節分の夕刻に吹き抜けるカラッ風は身を切るような冷たさで

身を清めたばかりの白装束姿をしているあたしから体温を奪っていく。

「はやくしなさーぃ」

ジッとたたずむあたしの背中を自宅のドアを開けてあげたママの声が押す。

「判っているわよ」

ママの声にあたしはそう言い返すと、

「もぅ、付ければいいんでしょう、

 付ければ!」

と文句を言いながら、着ていた白装束を脱ぎ捨て、

そして、全裸になった。

ブルッ!!

「寒いっ!!」

自宅の西に広がる森の中とは言え

寒風吹きすさぶ節分の夕方である。

カラっ風が全裸となったあたしの体から一気に体温を奪い始めた。

「はぁ〜ぁ…

 バレンタインが近いというのに

 また今日も話が出来なかったなぁ…」

あたしは話しかけることが出来ずにいつも見ているだけの存在である

テニス部の山元先輩の事を思い出すとぽそっと呟いた。

「はぁ…

 折角テニス部に入ったのになぁ… 

 …あっ、急がないと、風邪引いちゃう」

そうぼやきながらもブルッと震えた身体にあたしは押されるように鬼の面を顔につけた。

その瞬間、

ピキーーーン!!

あたしの体の中を何かが突き抜けて行く。

「あっ

 この感じ…

 へっ変身が始まる」

さっきまでの寒さがまるで感じられなくなるとの同時に、

ズンッ!!

シュォォォン!!

シュンシュンシュン!!

四方八方より一斉にあたしの身体へ目掛けて”それ”が飛び込んでいた。

「あっいっいやっ

 あぁ

 入ってくる、

 あっあたしの身体に、

 あぁ…邪気が入ってくる!!

 いやっ

 いやっ

 そんなに入ってこないで」

鬼の面をつけながらあたしは回りから一斉に襲い掛かってくる邪気より逃れるかのように

のた打ち回り始めた。

「いやっ

 いやっ

 いやっ」

毎年一回、節分の夕方に味わうこの感覚…

鬼の面によって引き寄せられる邪気が体に入ってくる苦しさにあたしは悶絶をする。

すると、

シュンッ!!

ムリッ!!

シュン!!

ムリッ!!

ある時を境に邪気が飛び込んでくる毎にあたしの体が変化を始めだした。

まるで飛び込んでくる邪気を飲み込み、

そして取り込んで太っていくようにあたしの身体は膨らんで行く。

「あっあっ

 体が…

 大きく…なって…」

面の中から見える自分の腕が膨れ、

そしてパンパンに張っていく様子を見ながらあたしは声を上げるが、

見ることは出来ないものの、あたしの体全体が膨れている様子は感じることが出来た。

しかも、膨れるといってもただ膨れるのではない。

筋肉が膨らみ、あたしの身体を中から押し上げているのだ。

その一方で、寒さで白身を帯びていた肌は次第に赤銅色へと染まり、

ベリッ!!

あたしの頭の皮を突き破るとその両側から角が生えていく。

『うぅ

 うぉぉぉ』

呻き声をあげながら変身の苦しさから逃れようと、

起きあがると、節が膨れ爪が鋭く長く伸びた指であたしは鬼の面を掴み力任せに引っ張るが、

しかし、鬼の面はまるであたしの顔に張り付いたかのごとく剥がれず、

『うぉぉぉぉぉ!!

 うぉぉぉぉぉ!!』

ついにあたしは蹲ってしまうと、呻き声をあげながら邪気が収まるのをひたすら待っていた。



どれ位の時間が過ぎたのだろうか、

次第にあたしの身体へ飛び込んでくるのが邪気の数が減り、そして止んでくると、

ハァハァハァ

あたしは盛り上がった肩で息をしながらゆっくりと顔を上げ、

自分の腕を見た。

ムキッ!!

赤銅色の肌に太い血管が絡むように這う、

まさにプロレスラーを思わせる極太の腕があたしの視界に入ってくる。

『うわぁぁぁ

 これが、あたしの腕?』

自分のその腕をマジマジと見ながらあたしは声をあげるが、

しかし、あたしの口から出てきたのは獣が唸るような声だった。

『あっ』

その声にあたしは思わず手で口を塞ぐと、

『あたし…鬼になったんだんだ…』

そう呟きながらゆっくりと手を体の上に這わせた。

しかし、あたしの手から伝わってくるのは

女性の柔らかい感触ではなく、

男性のような固くてゴツゴツとした筋肉の凹凸と

頭に生えた二本の角…

『うぅっ』

その感覚を感じながらあたしは声を殺しながら呻き声をあげると、

「梓ぁ〜っ

 準備できたぁ?」

とママが声が響き渡らせながら森に入ってきた。

『あっ

 ママ、ダメ!!』

あたしは今の自分の姿を見られないように声を上げるが、

「もぅ何をしているの、

 みんな待っているわよ」

と言いながら、

ヒョイッ!

っと覗き込んでくる。

『きゃっ!!

 見ないでよ』

厳つい身体に似合わない仕草をしながらあたしは悲鳴をあげると、

「あらあら、

 今年はまた一段と凄くなったわねぇ…

 まぁ物騒な事件も多いし、

 それに不景気が続いているせいかもね、

 まったく小泉さんにはしっかりしてもらわないと」

ママはあたしの姿に大して驚くことなく、そんなことを言うと

「境内に行く前にちゃんと前、隠すのよ

 あっコレ、ここに置いていくからね」

と言い残してパタパタとサンダルの音をさせて戻っていった。

『言うことはそれだけ?』

去っていくサンダルの音を聞きながらあたしはそう呟くと、

『はぁ…』

あたしはため息を吐き、

ママが持ってきたトラ縞の布を鋭く尖った爪で傷付けないように慎重に腰に巻いて、

カラン!

立てかけてあった金棒を手に取った。



ドス

ドス

ドス

金棒を手に取ったあたしはゆっくりとした足取りで自宅を取りすぎていくと、

光が溢れるお山を裏から登り始めた。

こんなごつくて大きい体だけど、でも軽い…

『はぁ…

 なんでこんなことをしているのかなぁ』

金棒を担ぎ、そしてお山を登りながらあたしはそう呟くと、

いつもなら15分かかるお山をたったの5分で登りきってしまった。

「おぉ、梓か…

 ん?

 ことしは一段と逞しく怖くなったなぁ」

神職姿のパパがあたしの姿を見ながらそう感想を言うと、

『しらないっ』

鬼の面をかぶるあたしはそう返事をしてプィと横を向く。

「はっはっはっ」

そんなあたしの様子に周囲に詰めていた氏子たちが一斉に笑い声を上げると、

「さっ、

 みんなが待っているから」

とあたしの肩を光の向こうへと押した。

『うっうん』

その言葉にあたしはそう返事をすると覚悟を決める。

「よし、行って、みんなから祓ってもらえ」

光に向かって歩き出したあたしにパパはそう元気づけると、

『えぇ、

 去年1年溜めたみんなの邪気、祓ってくるわ』

とあたしはガッツポーズをしながら光の中へと踊りだした。



その途端、

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

境内に詰め掛けた参拝客から一斉に歓声が上がると、

「鬼はぁ〜〜そと!!」

「福はぁ〜〜うち!!」

の掛け声と共にあたしに向かって一斉に豆が投げつけられた。

ビシビシビシ!!!

投げられた豆があたしの肌に当たるたびに痛みが走る。

『痛い』

容赦なく降りかかってくる豆とそれに合わせて走る痛みにあたしは思わず声を上げようとするが、

しかし、その声をかみ殺すと、

『うぉぉぉぉぉぉ!!』

っと雄たけびを上げた。

すると、

さらに参拝客のボルテージがあがり、

まさに集中攻撃の如く、豆が投げつけられた。


『うぉぉぉぉ!!!』

「うわぁぁぁ」

「きゃぁぁぁ」

『うぉぉぉぉ!!!』

突進し始めたあたしから悲鳴をあげて逃げる参拝客、

逆に勇敢に立ち向かって豆を投げつける参拝客、

怖くて泣き叫ぶ幼児、興味深そうに触ってくる子供、

まさに境内は全員参加のお祭りの様相へと呈していた。

そして、投げつけられた豆が肌に当たる度に、

あたしの体からさっき森で飛び込んできた邪気があたしの体から飛び出し、消えていく。

バラバラ

バラバラ

周囲から豆が投げられ、その度にあたしの体から邪気が飛び出すと消える。

すると、プロレスラー顔負けに張り出していた筋肉が少しずつ萎み始め

あたしの身体は小さくなりはじめた。

『あっ』

それを感じたあたしは群集を掻き分け、逃げはじめた。

「あっ鬼が逃げるぞ!!」

それを見た子供の声が響くと、

「鬼は、外!」

「鬼は、外!」

逃げるあたしを追い払うかのように豆が投げつけられる、

『うぉぉぉぉ!!』

『うぉぉぉ!!!』

その一方であたしは雄叫びを上げながら

みんなから豆が当てられるように境内の中をぐるぐると周り続けた。

次々と邪気が抜け、見る見る萎んでいく身体を引きずりながら、

『そろそろかな』

頃合いを感じたあたしは境内から飛び出すと、参詣の階段を一気に駆け下るが、

その間にも豆が投げつけられる。

シュワシュワシュワ…

すると加速するようにあたしの体は小さくなっていく、

『あぁ体が重くなってきた…

 女の子に戻っていく…』

筋肉が消え乳房が膨らみ、

腰に巻いた虎縞の越布がズレ、

そして、頭の角がぐらついていく

さっ

あたしは胸と頭を押さえながら

そのまま変身をした森へと逃げ込んだ。

『もっもぅ…持たない…』

鬼で居ることに限界を感じた時、

ザッ!!

一人の人影があたしの前に立つと、


「福はうち!」


という声と共に、

一粒の豆があたしの身体に当てられた。

それと同時に

ポンッ!!

最後の邪気が抜け、クラッカーが弾ける様な小さな音森の中に響き渡ると、

ポロッ…

頭の角と引っ張っても取れなかった鬼の面がまるで剥がれ落ちるかのように外れ落ち、

ポトッ

ポトッ

とあたしの足元に転がった。

「あっ…」

いきなり開いた視界にあたしは呆然としていると、

スッ

あたしの前に湯気が立つ甘酒が入った湯のみが差し出され、

「今年の御勤め、お疲れ様」

というねぎらいの声が掛けられた。

「え?」

その声に驚きながらあたしは人影を見ると、

「ん?」

甘酒を差し出した人物はテニス部の山元先輩だった。

「せっ先輩!」

予想外の先輩の登場にあたしは驚くと、

「なんで、ここに?」

先輩がここに居ることを尋ねた。

「え?

 あぁ…

 新谷の鬼ってどんなものか見たくてな…」

と先輩は笑いながら答えた。

「え?

 先輩…知っていたんですか?」

先輩の思いがけない言葉にあたしは愕然とすると、

その場に座り込んでしまった。

「そんな…そんな…」

一番見られたくない姿を見られた。

その絶望感に襲われていると、

「おっおいっ

 俺ん所はお前の神社の氏子だぞ、

 この節分祭の裏側は親父から聞かされているんだから、

 そんなにショックを受けるな、

 まぁ、俺も話を聞いたときには信じられなかったけど、

 でも、大役を果たしたんだから堂々としろよ」

先輩はなぜか顔を赤らめながらそう言うと、

「ほらっ、

 風邪を引くぞ」

と言ってあたしに毛布を放り投げた。

「え?

 あっ」

鬼の面が外れるのと同時にあたしは元の女の子の身体に戻っている事に気づくと、

「きゃぁぁぁぁ!!」

あたしがあげた悲鳴が日が落ちた森に響き渡った。



ズズズズ…

先輩から貰った毛布で身体を包みながらあたしは甘酒を啜っていると、

「しかし、新谷は毎年コレをやっているのか」

先輩は落ちた鬼の面を手に取り関心をしていた。

「うっうん…

 巫女であるあたしの役目だし、

 先祖代々受け継がれているからね」

感心する先輩にあたしはそう答えた。

「へぇ…

 ここの鬼っててっきり体つきの良い男の人が鬼の面をかぶっていたと思っていたけど、

 でも、新谷が変身していたとはねぇ」

「うん、

 まぁ、変身するときは苦しくって仕方が無いんだけど、

 でも、こうしないと1年の間に溜まった邪気がみんなの心を蝕むからね、

 節分の夜にちゃんと浄化しないとね」

「ふぅぅん、

 どうりで、この街には変な犯罪が起きないわけだ。

 つまり、新谷は街の安全を守るウルトラマンのようなものか」

と先輩は笑みを浮かべてあたしを見る。

「えぇ?(ドキっ)

 うっウルトラマンですかぁ?」

先輩の例えにあたしは思わず聞き返すと、

「そうだよ」

ケロっとした顔で先輩は返事をした。

「せっ先輩…

 もちょっと良い例えをしてくださいよぉ」

「あははは、

 ゴメンゴメン」

先輩とあたしとの間がちょっぴり縮まった節分の夜のお話でした。



おわり