風祭文庫・モノノケ変身の館






「節分」

作・風祭玲

Vol.083





「ふぅ〜っ」

朝、私はカレンダーを眺めながらため息をつく、

”2月3日”

ついにこの日がやってきた。

世間一般では「節分」ということで、

いまでは少なくなったけど豆を撒いて邪気を払う日なのだが

しかし、私にとっては1年でもっとも憂鬱な日なのである。


トントントン

支度をしていると母さんが階段を上がってきた。

「美春っ、わかっていると思うけど

 今日は早く帰ってくるんですよ」

「うん、わかっている」

あたしがそう返事をすると、

「ならいいんだけど…

 じゃぁコレを渡しておくね」

「え?」

「去年みたいに突然変身の兆候が現れて、

 我慢ができなくなったら、

 ちゃんと着替えておくのよ」

そう言いながら母さんは

祖先伝来の虎縞の褌をあたしに渡した。

「そう言えば…

 去年は帰宅途中で変身が始まっちゃって

 制服を台無しにしたんだっけ…

 しかし…

 いやだなぁ…

 だって、こんなの学校では着替えられないよ」

私はそれを眺めながら文句をいう。

「仕方がないでしょう、

 これは野神の者の宿命なんだし、

 母さんも昔はそうだったんだから

 我慢をしなさい」

っと母さんは呆れた口調で言う。

「そんな事を言ったってぇ…」

あたしはプッと膨れるが、

「とにかく、

 今日は早く帰ってくるのよ、いいわね」

念を押すと母さんはわたしの部屋から出て行った。

「う〜っ」

渡された褌を見ながら、

あたしはアルバムを開いた。

そしてページをめくると、

パラリと一番見たくないページが姿をあらわす。

そこには数枚の写真が張ってあり、

ごく普通の家族の団欒の様子が写されていたが

どの写真にもひとつだけ異様なのが写っていてそれが目を引く。

そう…

それはどの写真にも筋肉隆々の体に

真っ赤な肌を露にしたの鬼の姿が写っていた。

「やっぱ、はずかしいよぉ…」

その写真を見ながらあたしは顔を赤くする。

そう、その写真に写っている鬼こそあたしの姿で、

節分から立春にかけての一晩の間

あたしは鬼になってしまうのだ。


なんでこうなってしまったのかというと

約1000年程前のご先祖様が、

当時都で大暴れていた鬼を退治して鎮めたのはいいんだけど、

ただ、鎮めるのと引き換えに

1年に一度、節分から立春にかけての一晩だけ、

自分の娘の体を貸すことを約束したそうで、

そのとき以来、野神の家に生まれた娘は、

年に一度鬼の姿になってしまうそうなのだ。

まぁ、結婚して子供を産めばそういうことが無くなるそうだけど、

年頃の女の子が一晩とはいえこんな姿になるのは耐えられないよ〜

全く、ご先祖様もとんでもない約束をしてくれたものだ。


あっ、頭がムズムズしてきた……

角が生え始めたみたい、


「行って来ます」

そう言って私は頭を抑えながら家を出た。


キーンコーン

「おはよ……」

「おはよ、美春ちゃん」

「あれ?どうしたの?、頭なんて押さえちゃって」

「え?、これ?、アハハハハ

 ちっちょっとね……」

そう誤魔化しながら自分の席につく。

うわぁぁぁ、

家を出るときよりもムズムズ感が強くなってきている……

お願い今日一日持って……

あたしは思わずそう祈った。


「おーす」

あっ、林クンだ。

「おはよ」

「おぉ、野神っ、オッス」

林孝信……

ずっと片思いだったけど、

先週思い切って告白したら

彼のほうも私のことが気になっていたんだって。

うれしい……

きょう無理してきたのも、

彼に会うためだったんだ

あ〜ぁ、この体さえ普通だったら

文字通りラブラブになれるんだけどなぁ…

などと考えているうちにHRは終了、

何時の間にか1時間目の授業が始まっていた。


お昼休み……

ムズムズ感は頭から体中に広がっていた……

体が鬼になりたがっている…

「やばいなぁ……去年よりもペースが早い」

鞄に入れた鬼の褌のことが気になってきていた。

「最悪、制服を破いてしまう前に

 コレに着替えなくてはならいか」

覚悟を決めると、妙に楽になってになってきた。


放課後……

良かった…

何とか持ってくれて…

もぅ今日は速攻で帰ろう…

と思いながら帰り支度をしていると、

林君があたしの傍に寄ってくるなり、

「野神っ、今日の夕方…予定空いていか?」

と尋ねてきた。

「え?」

あたしが驚いていると、

「今日の練習は休みになったし、

 まだ……その……デートというのをしたことがないから」

と彼は鼻の頭を掻きながら言う。

「うそぉぉぉぉ」

あたしは天に上る気持ちで2つ返事でOKしてしまった。

「じゃぁ、下駄箱のところで待っているから」

林クンはそういうと先に教室から出て行ってしまった。

そして、その姿を見送っているとき、

あたしは重大なことを思い出した。

「しまったぁ……

 今日は早く帰らなくっちゃいけないんだっけ、

 いまさら林君に

”ごめんなさい”

 をするわけにも行かないし……」

そう言いながら腕を見ると、

筋肉が膨んできたためか少し太くなり始めていた。

「う〜ん、困ったなぁ……」

一時は途方にくれたものの、

しかし、いまの状態から変身が始まるまで、

あと2時間はかかると読んだ私は

そのまま林クンとのデートをすることにした。


「お待たせー」

「遅かったね」

「えっ、そぅ?」

「じゃっ行こうか……」

もぅ初めてじゃないけど、

でも、こうして二人並んで歩くのはやっぱり緊張する。

それから、ゲーセンに行ったり、

ハンバーガー屋で食べたりと、

まぁごく一般的なメニューを消化していた。

しかし、私の体の変化は徐々に始まり、

制服がきつくなってきていた。

そろそろ限界かな……

あと10分程したら理由をつけて急いで家に帰ろう。

など考えていると、

林クンのほうからあたしの手を握ってきた。

「きゃぁぁぁぁ……」

っと思わず喜んでいると

「あれ?、野神さんの腕ってそんなに太かったけ?」

と不思議な顔をしてあたしを見ていた。

そう言われて腕が筋肉が盛り上がって

パンパンに膨らんでいることに初めて気づいた。

「げっ、まずい」

慌てて手を隠したが

「錯覚かなぁ……

 なんかこう体が大きくなってきているような感じがするんだけど」

と首をかしげながらあたしを見た。

「きっ気のせいよ……

 あっそれより、

 あたし、今日、夕食の当番なんだ。

 だから…ここで…」

と言ったとき、


「ようよう、見せ付けているじゃないかかよ」

などといいながらガラの悪い4人組が絡んできた。

そう言えばこの公園にはデート中のカップルに

因縁をつける奴がいるって言ってたっけ、

「さっ、行こう…野神さん」

林クンは連中を無視して先に行こうとすると、

「待てよ」

と言って男の一人が彼の肩をつかんだ。

「なんだよ」

林君が睨むと、

「ここの通行料5万円置いていきな」

と言いながら男は手を差し出した。

「なんだと」

「払えないのなら、彼女を置いていきなよ、

 俺たちが可愛がってあげるからさぁ」

とあたしを見ながらそいつが言ったとたん、

ガシッ

男は林クンの顔をいきなり殴りつけた。

「野郎!!

 やっちまえっ」

ほかの男たちも次々と林クンに殴るかかる。

「やめて〜っ」

あたしが割って入ろうとすると、

「おっと……」

といいながら残っていた男に羽交い絞めにされてしまった。

「きゃっ」

あたしの悲鳴を聞いた林クンが、

「僕にかまわず逃げるんだ」

と叫ぶが容易には解けなかった。

「なんだ、お前、見かけによらず腕が太いじゃねぇか」

「うるさい」

「おい、女を逃がすんじゃないぞ」

リーダーの男が命令すると、

「わかっているよ

 彼氏の前でたっぷり可愛がってやるからな」

男が耳元でささやく、

「このっ」

「おい、はやくしろ、

 この女、結構力があるぞ」

男がリーダーに言うと、

「全く、なさけねぇ奴だな」

といいながらリーダーの男がやってくると

パン、パン、パン

っとあたしの頬を数回平手打ちにした。

「さて、それじゃぁ、お楽しみといこうか」

リーダーの男はナイフを取り出すと、あたしに近づけてきた。

「やめろ」

林クンの声がする。

「ヘヘヘヘヘヘ…」

男の顔がにやけ、ナイフを胸元に入れると、

ビーーーーー

あたしの制服を引き裂いた。

そのとき

ビクン!!

あたしの体が波打った。

「あちゃぁ〜っ、

 変身が始まった……」

あたしは思わず顔を伏せた。

その様子を観念したと思った男が

「さぁーて、たっぷりと可愛がってあげるよ」

と言いつつあたしの胸に手を入れたとたん、

「!!」

男の表情が変わった。

さっ、手を引くとあたしを睨み、

「なっなんなんだ、お前は……」

と声をあげた。

「どうした」

ほかの男が訊ねる。

「こいつ……女じゃねぇ」

「なに?」

男たち仰天した顔であたしをみた。そして

「うわぁぁぁぁ」

「なんだそれっ」

男たちが指を指しているあたしの頭には2本の角が生えていた。

「あたしの秘密……見たわねぇ……」

と言うのと同時に

ビキビキビキビキ

体中の筋肉が音を立て始めると。

ググググググ

っと筋肉が盛り上がる。

「ひっひぃぃぃぃぃ」

あたしを羽交い絞めにしていた男は手を離した。

ぐぃぐぃ

と身長が伸びていくと

前を引き裂かれた制服は、

あたしの体の変化についていけず

至る所から引き裂け、

散り散りになっていった。


「うわぁぁぁぁぁ」

「おっ鬼だぁぁぁぁぁ」

変身したあたしの姿に男たちは腰を抜かすと、

アタフタと逃げ始めた。

「逃がすかっ」

あたしは這いずりながら逃げる

一人の男の襟首をムンズとつかみあげると

2・3発思いっきり殴ると男は抵抗しなくなった。

「このっ」

そのまま男を地面に叩きつけると、

ズン

っと止めの蹴りを入れた。

グボッ

男は白目をむくと動かなくなった。



「ひぃぃぃぃ」

「助けてくださぁい」

ほかの男たちはその様子に縮み上がり命乞いをするが、

「馬鹿野郎っ、謝ってすむと思うな」

鬼と化したあたしはそう怒鳴ると男たちに向かっていった。




カラン

最初にあたしの制服を引き裂いたナイフが

リーダ格の男の手からすべり落ちたとき

あたし以外に動くものはいなかった。

「はぁ……」

日が暮れて星が瞬き始めた空をあたしはボーっと眺めていた。

「のっ、野神さん」

「え?」

「お疲れさん」

振り向くと林クンが缶コーヒーをあたしに差し出していた。

「あたし……

 ごめんなさい」

と言って走り出そうとすると。

「あっ待て……

 座ってコレを飲むぐらいの間、

 付き合ってくれてもいいんじゃないか」

と言って先にあるベンチを指差すとコーヒーを私に手渡した。

そして、コーヒーを飲みながらあたしの話を聞いてくれた。


「ふぅぅぅん、ご先祖様のねぇ……」

「うん」

「だから……」

とあたしが言うと

「ってことはだ、

 要するに僕が今回の出来事を見なかったことにすれば、

 問題はないわけだね」

「え?」

彼の意外な言葉にあたしは思わず林君の顔を見た。

「だって、キミが変身するのは年に1回、

 節分の夜だけだし……

 明日の朝には元に戻るんでしょう」

「うん」

「じゃぁ、問題はなしだ、

 あはははは…」

と言うと林クンは缶コーヒーを一気に飲み干した。

「でも……」

「気にしない気にしない、

 まぁ、彼女に不良から助けられた……

 って言うのは、自慢できないけど

 でも、体質ひとつって考えればいいんじゃないの?」

とまるで気にしない様子。

「じゃぁ」

「僕は一向に構わないよ……」

というと林クンは笑った。

「ありがとう!!」

あたしは思いっきり林クンに抱きつくと

「ぐぇ、苦しい……」

「あっ、ごめんなさい」

ぐへぐへ

「凄い力だね」

「ごめんなさい」

「ところでさ、野神さん……」

「え?」

「いま、裸なんだけど、それでいいの?」

と林クンに指摘されたとたん、

まだ鬼の褌を締めていないことに気づいた。

キャァァァァァァ

夜の公園にあたしの悲鳴が響いた。



翌日

「ねぇねぇ、知ってる?」

「あの公園で屯っている不良グループが

 全治3ヶ月の大怪我をしたんだって」

「なんでも、鬼が出たってうわ言のように言っているとか」

「きっと日ごろの罰があたったんだよ」

「あはは……そうね」


「おはよ」

登校中の林クンを見つけるとあたしは走り寄ると声をかけた。

「おっ、元にもどったんだ」

林クンはそう言いながらまじまじとあたしを見ると

「鬼の姿よりも、そっちのほうがいいな」

と呟く

「もぅ、そのことは言わない約束でしょう?」

「あはは、ごめんごめん」


今日は立春っ、そろそろ春が目を覚ますころです。



おわり