風祭文庫・モノノケ変身の館






「河童地蔵」



作・風祭玲


Vol.390





「では、来週の月曜日の水泳の時間にテストを行います」

「えぇ!!」

梅雨が明けたばかりの金曜日の午後、

プールサイドで水着姿の女性体育教師が次の水泳の時間にテストを行うことを告げた途端、

プールから上がったばかりの女子生徒達が一斉に声をあげた。

「なにが”えぇ”です?

 これは体育の期末テストですから、

 サボったりしたら赤点にしますからね」

女子生徒たちの反応に体育教師はムッとした口調でそう告げると、

「では整理体操をしてください。

 体育委員、後をお願いね」

と言う言葉を残してプールを後にしていった。



「ねぇどうする?」

「なにが?」

「なにって、テストよテスト」

「あぁ」

プールから戻り、更衣室で着替えていると、、

不意に浅野恵子が隣で着替えている宮島敦子に尋ねた。

「そうねぇ…

 イヤだけどまぁ仕方がないんじゃないの」

恵子の質問に濡れた髪を拭きながらあっけらかんと敦子が答えると

「そりゃぁ、敦子はいいわよ、

 泳げるし、

 テストも終わりのほうだもん。

 みんなの成績を見てそれに合わせれば良いんだから…

 それに比べてあたしときたら…」

「あぁ、そうか、

 恵子って泳げない上に初っ端だもんねぇ」

そのとき恵子があまり泳が得意でないことと、

テストの順番が五十音順であることに敦子は気がつくと、

思わず恵子を労わるように

「大丈夫よ、

 初めだからといって先生そんなに厳しく採点はしないから」

と励ましながら彼女の肩をたたくが、

しかし、

「はぁ…」

恵子はテスト一番手の重圧を感じてかロッカーに手を置きため息をついた。



「そんなに落ち込むことないじゃない」

「そうよ、

 ちゃっちゃと泳いでしまえば問題ないんじゃない?」

「気にしない気にしない」

教室に戻ってからも落ち込んだ様子の恵子に、

友人の益田美香、木下朋美も加わって恵子を励ますが、

しかし、励まされるごとに逆に恵子は落ち込んでいった。

とそのとき、

横で見ていた恵子たちの様子を見ていた笹島ルミがふと、

「そういえばさぁ…

 竜陣山の中程に

 河童地蔵っていうのがあるのを知っている?」

と話かけてきた。

「河童地蔵?」

彼女の言葉に恵子を含めた4人が一斉に向くと、

「なんでも、その地蔵に願をかけると、

 どんなに泳げない人でも河童のようにスイスイと泳げるようになるって

 あたしの死んだ曾おじいちゃんが言っていたよ」

とルミは河童地蔵のことを恵子たちに説明する。

すると、

「はは、馬鹿馬鹿しい。

 そんなものにお願いして泳げるようになったら誰も苦労はしないよ」

隣で授業の支度をしていた鹿島美奈がメガネを直しながら、

即座にルミの話を否定した。

「あら、本当の話よ、

 だって、曾おじいちゃんお願いしたら泳げるようになったって言っていたよ」

「おいおい、

 そんなことまじめに信じるのか?」

「だってぇ」

「そういう話はみんな嘘に決まっているだろう?」

「でも、本当だもん

 曾おじいちゃん、ウソつかなかったもん」

恵子そっちのけでルミと美奈が問答をはじめると、

「あっあのぅ…

 あたしのことを心配してくれるのは嬉しいけど、
 
 喧嘩は止めてね」

口論の行く末を心配した恵子が割って入った。

そして、

「そうだ、明日その河童地蔵というのに行って見よう」

と提案をすると、

「あたしは行かないよ」

美奈は開口一番、そう言い切りそっぽを向く。

「べぇ!!」

そんな美奈にルミが舌をだすと、

「ルミっ!!」

すかさず恵子はルミに注意をした。

すると、

「じゃぁがんばってね」

「あたし行けないけど、応援しているから」

美香と朋美が相次いで竜陣山に同行できないことを告げると、

「えぇ!!

 付き合ってくれないの?」

二人の言葉に恵子は思わず声を上げた。

「だって、予定があるしねぇ」

「うっうん」

すまさそうに装いながら美香たちはそう返事をすると、

教室に戻ってきた体育委員が、

「みんな、聞いて!!

 月曜日の水泳のテストは50m2本のタイムを計るようよ」

と声を張り上げた。

「50m…」

「2本?」

体育委員の説明に美香たちは一瞬顔を見合わせると

ガシッ

恵子の手を握りしめ、

「明日、一緒に河童地蔵に行きましょうね」

と真剣な表情でそう告げた。



「ふぅん、ここを上っていけばいいのね」

翌朝、初夏の朝日を浴びながらTシャツに短パン姿の恵子は、

竜陣山の山腹にある鳥居の前に立っていた。

「そうよ」

「竜神山って良く来るけど、

 こんな鳥居なんてあったっけかなぁ?」

「そうねぇ、ちょうど裏側だもんねぇ、ここ」



竜陣山というのは恵子たちが住む街の南西の方角にある山で、

市街地から近距離にあるために市民たちの憩いの山となっていた。

しかし、それは登山道や展望台が整備された表側の話で、

その裏側は山頂にある竜神神社の神域とされ、

立ち入りこそは規制されていないが、

簡単に整備された登山道があるだけの昔ながらの雰囲気を残していた。



ジジジジ…

気の早い蝉が鳴き始めた登山道を恵子たちはぞろぞろと上っていく、

女の子達だけで上っていくにはやや無謀のように思えるが、

しかし、山の表側には日ごろ部活などで上っているだけに、

彼女達は抵抗を感じることなくそのまま上って行った。

無論、彼女達をそういう行動にさせているのには

神域特有の清浄さも手伝っていた。

「ねぇ、まだぁ?」

「もうちょっとかな?」

息が上がり始めてきた朋美が先を歩くルミに話し掛けると、

ルミは少し考えるそぶりをしてそう返事をする。

「ふぅ、なかなかキツイな」

額に浮かびはじめた汗をぬぐいながら美香がふとそう漏らすと、

「本当…

 あたしも恵子みたいな格好で来ればよかったなぁ」

と厚着で参加した敦子はそうぼやく。



歩き始めること小一時間、

表側の登山道ならとっくに頂上についている頃になって

恵子たちはようやく中腹のやや広めの場所にでた。

「ここ?」

「うーん、恐らく…」

開けた空間を眺めながら恵子の質問にルミがそう答えると、

「あぁ、あそこに池がある」

敦子がやや奥まったところに池があることに気が付くと声をあげた。

すると、

「あっそこよきっと、

 曾おじいちゃん、お地蔵さんの傍に池があるって言っていたから」

敦子の声にルミは喜びながらそういうと、

すぐに池の方へと走っていった。

しかし、

「ねぇ、いったい、ドコにその河童地蔵があるのよ」

そんな彼女達を待ち構えていたのは池の周りに背高く生い茂った夏草の山だった。

「どうする?」

「帰ろうか?」

夏草の山に臆した朋美と美香が話し合うと、

「ちょっと待ってよ、

 せっかく着たんだからさ

 みんなで探そうよ」

そんな二人を引き止めるようにルミが声をあげると、

「仕方がないか…

 折角きたんだし、探してみよう」

恵子はそう言いながら草の中へと足を踏み入れた。

すると、

「あっあたしも…」

その後を追うように敦子が踏み入れるとルミも続いていく、

そして、後に残った美香と朋美も顔を見合わせると、

結局彼女達も草の中に入っていった。



「ねぇ、あった?」

「うぅん無いよ」

「どこなんだろう」

「さぁ?」

ザザ

ザザ

5人の少女達が池の周囲の草を掻き分けて河童地蔵を探していると、

昼過ぎになって、

「ねぇ、ひょっとしてこれ?」

池の近くで高さ30cmほどの小さな石仏があるのを恵子が見つけ、声を上げた。

「え?ホント?」

「どれ?」

その声に即座に全員が集まると恵子が見つけた石仏を覗き込む、

すると、

「あっこれよこれ!

 だってほらっ、
 
 頭に皿があるもの、
 
 曾おじいちゃんが言った通りだわ」

石仏の頭を指差しながらルミが声をあげると、

「ねぇ、これ河童に見える?」

「どうかなぁ?」

美香と朋美は首をひねった。



「じゃぁお願いしましょうか」

恵子のその言葉で、

「うん」

その場にいた全員が頷くと、

お供えのキュウリを各々供え、

そして、河童地蔵に向かって願いを込めた。


…どうか、わたしをカナヅチではなくて水の中で自由に泳げる河童にしてください…


恵子は幾度もそう思いを込めて願った。

とそのとき、

『よかろう…』

そんな声が恵子の耳の中に響いたような気がした。

「え?」

その声に思わず恵子が振り返って見るが、

しかし、彼女の周囲には敦子達以外誰も居なかった。



「なんだ、表側と道が繋がっていたのね」

「最初からこっちから来ればよかったわ」

池のすぐ傍を表側の登山道が通っていることに気づいた恵子たちは、

文句をいいながら整備された登山道を降りて行っている途中で

「ねぇ、

 みんなで河童地蔵にお願いをしているとき声が聞こえなかった?」

と河童地蔵に向かって願をかけている最中に聞こえた声について恵子がそう尋ねたが、

しかし、

「そう?」

「あたしには何も聞こえないけど」

敦子や美香はそう返事をすると、

「そうか、

 やっぱり空耳だったのかなぁ」

恵子は日が傾いた空を眺めた。

とそのとき、

ムズッ

突然、恵子の背中に小さな痒みがまるで背中の奥より滲み出てくるとジワジワと広がっていった。

しかし、恵子はその事には気に留めず、

「本当に泳げるようになるかなぁ」

と呟くと、

「さぁそれは?

 信じるものは救われるってヤツかもよ」

恵子の隣を歩く敦子はそう返事をして恵子の背中を叩いた。

こうして竜陣山から下りた恵子たちは三々五々分かれながらそれぞれの帰途につき、

そして、方向が同じ敦子と恵子はそんな話をしながら自分の自宅前まで来ると、

「じゃぁね」

と敦子に別れの挨拶をして自宅の扉を開けた。



「ただいま」

「あら、お帰りなさい。

 夕御飯は?」

帰ってきた恵子に母親はそう尋ねると、

「うん、敦子達と食べてきたからいらない」

恵子はそう返事をすると、そのまま自分の部屋へと駆け込んで行った。

そして、

「ふぅ…

 本当に泳げるようになるのかなぁ」

自分の部屋に入った恵子はそう呟きながら服を脱ぎ、

下着姿のままベッドの上に横になると、

昼間の疲れもあってか横になった途端寝入ってしまった。



ポリポリ

ポリポリ

「ん…痒い…」

ジワジワと背中を突っつくような痒みに恵子は起こされると、

「う…」

身体を反転させてうつ伏せになると寝ぼけ眼で背中を掻きつづける

けど、痒みは収まることなくますます強くなり、

ついに、

「あぁ痒い痒い!!」

我慢できずに飛び起きた恵子はそう叫びながら背中をかきむしった。

「なによぉこの痒みは

 虫にでも刺されたの?
 
 もぅ、えいっ」

睡眠が妨害されその悔しさをぶつけるようにして

恵子は左右の肩甲骨の間にある一番痒い部分を思いっきり爪で押すと、

グニュッ!!

その部分がまるで粘土が沈むかのように沈んだ。

そして、それと同時に

ズクン!!

恵子の体の中を言いようもない快感が走り抜けて行く。

「あひっ!!」

走り抜けた快感に恵子は思わず喘ぐとその場に蹲ると、

身体を震わせ必死に絶えた。

しかし、

ズグン…

ズグン…

ズグン…

脈拍が打つ度に快感は恵子の体の中を走り抜け、

そして、恵子はそのたびにオナニーでも味わったことがない快感の攻撃を受けた。

「はぁはぁ

 いっいったい何なの?」

噴出した汗を滴らせながら恵子は背中に手を廻すと、

モリッ!!

さっき爪で押した所に手のひらほどの小さな盛り上がりが姿を見せていた。

「え?

 なにこれ?」

さっきまでは無かったその盛り上がりに恵子は困惑をすると、

手を捻りながらその盛り上がりの状態を触れながら確かめる。

しかし、

いくら手で触り押してみてもそれはプニっと指を押し返すだけで、

その詳細は依然不明だった。

「しょうがない」

触っているだけでは埒があかないことに恵子は気づくと、

再び起き上がり、

部屋に置いてある姿見に自分の背中を映してみた。

するとそこに映ったのは、

丁度左右の肩甲骨の間に長さが掌くらいの大きさをした黒い楕円の物体が

恵子の背中にへばりついていた。

「なに…これ?」

これまでに見たことが無いその物体に恵子は思わず口走ると、

「よっ」

っと爪を立ててその物体を引き剥がそうとした。

ところが、

ツルンッ

ツルンッ

その物体の端はまるで体の中から出てきているかのように、

恵子の爪をいなしてしまう。

「え?

 なに?
 
 これ…剥がせない」

剥がそうとしても剥がすことが出来ないその物体に、

次第に恵子に焦りの色が出てくると、

ズクン!!

再び恵子の体に快感が走けて行った。

そして、それと同時に

ズグン

ズグン

背中の物体が脈打ち、ゆっくりと周囲に向かって広がりだし始める。

「えっえぇ!?」

ゆっくりとそして確実に自分の色白の背中を侵食して行くその物体の様子を目の当たりにして、

恵子は驚き、そして目を見張った。

「なっ何なのよこれ?」

瞬く間に物体は恵子の背中の半分近くを侵食してしまうと、

さらに周囲に向かって広がっていく。

「やっ止めて」

まるで自分の体すべてを食い尽くしてしまうのではないかと思える勢いに、

恵子はそんな恐怖感にとらわれると思わず頭を抱えて悲鳴を上げた。

すると、

ミシッ

ミシミシッ!!!

今度は自分の両手から軋むような音が響き始めると、

手の形が変化しはじめた。

「なに?」

耳元で響くその音に恵子は恐る恐る両手を目の前に持ってくると、

その途端、恵子の瞳が一瞬丸くなる。

そして、

「うそっ」

そんな言葉が恵子の口から漏れたとき、

メキメキメキ!!

目の前にある恵子の両手の指の間接が見る見る太くなっていくと、

親指・中指・小指が長くのび始め、

それに対してで人差し指と薬指が短くなっていくと、

「なによ

 これぇ」

変形していく自分の指を恵子は驚きながら見つめていた。

程なくして恵子の両手は3本指になってしまい、

さらに、指と指の間には水掻きが張って行った。

「ひっひぃぃぃ!!」

水掻きが張った手に恵子は悲鳴をあげようとするが、

メキメキメキ!!!

今度は口の周りから怪音が響きわたると、

「うぐぅぅぅぅ」

恵子は口を大きく開く。

すると、

バキバキバキ!!

次々と恵子の歯が吹き飛ばすかのように飛んでいくと、

歯を失った口の中から淡い緑色をした嘴がゆっくりと突き出してきた。

『うっうけぇぇぇ(こっ言葉が)』

『くぇぇぇぇ(喋れない)』

『くぉぉぉぉ(助けてぇ)』

人間の言葉を喋れなくなった恵子は水掻きが張った両手で自分の首を抑えそんなうめき声をあげる。

しかし、恵子を襲う異変はそれで終わりではなくて、

さらに、そして大胆に進んでいった。

恵子の背中を覆い尽くした物体はさらに淵を体から張り出させると、

ブチッ!!

恵子がしていたブラジャーを弾き飛ばし、

そして、黒い輝きを一層放ちながら、

パキパキパキ!!

と言う音とともにゆっくりと固まりはじめる。

また、それにあわせて恵子の肌の色が次第に緑色に染まってくると、

その表面に生臭い粘液が湧き、そして、生臭い匂いを発散させる。

また、彼女の足も手を同じように3本指に水掻きが張った姿に変わり、

その一方で、

プクッ

今度は恵子の頭の上で瘤が盛り上がり始めた。

『うけぇぇぇぇ(あたまに…)』

『けぇぇぇ!!(お皿が…)』

次第にふくらみを増してくる瘤に恵子はそう訴えながら両手で抑えるが、

けど、程なくして、

パチャッッ!!

という軽い音を立て、頭の上に出来ていた瘤は破裂すると、

水を湛えた丸い穴が恵子の頭に口を開くと、

そこからあぶれた水が恵子の頭を濡らしていった。

そして、そのときになってようやく恵子は自分の姿を映す姿見をみると、

そこには怪しく光る緑色の肌に覆われ、

背中には甲羅、

そして水掻きが張った両手両足を持ち、

口の嘴と、

頭の皿…

そう紛れも無い河童がじっとこちらを見つめていた。

『うっそ!!!』

本物の河童と化してしまった自分の姿に恵子は心底驚くと、

思わず失神しそうになってしまった。

しかし、失神しそうになった恵子を止めたのは、

コンコン!!

恵子の部屋のドアが叩かれ、

「恵ちゃん、どうしたの?」

っと彼女の部屋に響いた、母親の声だった。

『はっ

 ママ?!!っ

 だめっ

 こんな姿、ママに見られたら

 ママ卒倒しちゃう

 けぇぇぇ!!』

母親の声に恵子はすんでのところで踏みとどまると、

バッ!!

反射的に机の上に置いてあった携帯電話を取り、

そして、窓を開け放つとそこから外へと飛び出して行った。



ヒタヒタヒタ!!!

夜の街中を河童となった恵子はおぼつかない足取りで走っていく。

『いっいったいどうなっているの?

 なんで、河童なんかになったのよ』

恵子は自分がなぜ河童になったのかその理由が判らず

とにかく人目のつかないところに目指して走っていった。

そして、友人、特に敦子と連絡を取ろうと、

携帯電話を使って彼女を呼び出した。

人の言葉を話すコトを出来なくなった恵子だったが、

しかし、

『あっ敦子?』

かけた電話に出た敦子に向かって声をかけると、

『恵子?』

電話から恵子の話しかけに反応した敦子の声だった。

ホッ

敦子のその声に恵子は一瞬安堵するが、

『大変なの恵子、あっあたし…』

しかし、何か慌てたような声で敦子はそう告げると、

『あっあたし…

 河童になっちゃったのよ』

『え?』

電話口の敦子から出てきた言葉に恵子は言葉が出なかった。

しかし、

『あぁ体が乾くの…

 苦しい…
 
 そうだ、中央公園に池があるからあたしそこに行く…
 
 お願い、恵子、
 
 そこに来て』

敦子は一方的にそういうと電話を切ってしまった。

『あっ敦子も?』

恵子は河童になったのは自分だけではないことを知るとその場に立ちすくんだ。

しかし、すぐに自分の体の渇きによる苦しさが襲ってくると、

『苦しい…あっあたしも行かなきゃぁ』

恵子は街の真中にある中央公園へと向かっていった。



恵子が公園の池に到着したのはそれから僅か10分ほど後だったが、

しかし、河童となり、

体が乾いていた恵子にとっては長くそして苦しい10分だった。

『はぁはぁ…

 みっ水…』

すっかり体が乾きヨロヨロとしながら恵子は池のたもとにくると、

そのまま一直線に飛び込んだ。

ゴボゴボ…

乾ききっていた恵子の体はたちまち水に包まれ潤いを取り戻していく。

『はぁ…』

次第に楽になってくる呼吸に恵子はウットリとしていると、

『誰?』

水の闇の中から敦子と智子の声が響き渡った。

『え?

 あっちゃんとともちゃん?』

その声に恵子が振り返ると、

ゴボッ

2匹の河童が恵子の傍に近寄ると、

『あなた…誰?』

っと尋ねてきた。

『あっあたしよ

 恵子よ』
 
恵子は自分を指差しそして自分が浅野恵子であることを教える。

すると、

『恵ちゃんも河童になってしまったの?』

敦子と朋子は恵子の姿を見るなり驚くと、

『いっいったい何なのこれ?』

『わからない』

恵子たち3人はなんで河童になってしまったのかその原因を探り始めた。

そのとき、

ザボン!!!

池の中に何かが飛び込む音が響き渡った。

『誰か来た』

『まさか…美香…?』

その音に恵子たちが音をした方を見ていると、

『あっあなたたちは』

程なくしてやってきたのは同じく河童となったルミだった。

やがて同じように河童となった美香も合流すると、

『うそぉ…』

『みんな河童になっちゃったの?』

『大変だったんだよ』

『ふわーんどうしよう』

たちまち池の中は5匹の河童たちの声であふれ返る。

すると、

『これってやっぱり、

 あの河童地蔵のせいなの?』

敦子が河童となってしまった自分の身体を見下ろしながらふと漏らすと、

『あっそうかも…』

『だとしたら凄い効力ねぇ』

それに気づいた朋子とルミはそう感心しながら頷く。

その途端、

『なに感心しているのよ、

 このままじゃぁ

 あたし達一生河童としてこの池で暮らすことになってしまうのよ、

 とにかく早く人間に戻らないと』

美香が悲鳴に近い声で叫んだ。

『でも、どうすれば…』

美香の声に恵子がそう呟くと、

『もぅ一度河童地蔵にお願いしてみる?

 河童地蔵にお願いして河童になったのだから、
 
 人間に戻るときもお願いすれば…きっと』

敦子がそう提案してみると、

『そうか、

 もぅ一度河童地蔵に行ってみようか』

敦子の提案に全員の表情が明るくなった。

ところが、

『でも、あたし達って表に出ると体が乾いて

 大変なことになるんじゃぁ』

と朋子が陸での行動に制限があることを指摘すると、

『あっそうか』

一度は希望をもった全員が落胆をした。

ところが、

『ねぇ、この池から出ている川って

 確か竜陣山の登山道の近くを流れていたわよねぇ』

と恵子がそのことを思い出すと、

『うんそうよ、

 そうか、

 じゃぁ川の中を泳いで行けば体が乾くことなく山の近くにたどり着くことが出来る』

『よし決まりね。

 とにかく日が昇る前に行こう』

『うん』

たちまち話はまとまり、

5匹の河童たちは池から川に出るとその中を泳ぎながら竜陣山へと向かっていった。

そんな中、

『(はぁ)プールもこんな感じで泳げればどんなに良いか』

川の泳ぎながら恵子はふとそう漏らす。


ようやくたどり着いたあの鳥居の傍から恵子たちは川から這い上がると、

『いーぃ、

 ココからは河童地蔵のそばにある池までは水は無いわ、

 無事に河童地蔵まで太取り付いて人間に戻るか、
 
 河童のまま山の中で干からびるか、
 
 二つに一つよ』

と敦子はみんなにそう告げると、

ヒタヒタヒタ

5本の水掻きが張った手が一つに集まり、

『ファイトォ!!!』

『おぉ!!』

と気合を入れ、

5匹の河童たちは勇んで鳥居の下をくぐりぬけた。

けど、

ハァハァ

ハァハァ

案の定、河童の体となってしまった恵子たちにとって

竜陣山の登山はまさに命がけの登山だった。

『あっあたし…

 もぅだめ』

ついに息があがったルミが音を上げると、

『ダメよ、ルミ

 諦めちゃぁ
 
 みんなで人間に戻りましょう!!』

朋子と美香がルミを抱きかかえ、

そして、上って行く、

カツン

カツン

硬く締まった甲羅を木々にぶつけながら、

そして下草で体中を傷だらけになりながら

恵子たち5匹の河童は竜陣山を上っていった。

こうして、必死の思いで登山道を進んでいくと、

やがて、白々と明け始めた夜空の下、

あの河童地蔵がある場所へと恵子たちは一人の落伍者も無くなんとかたどり着くことが出来た。

『あははは…

 やっとついた…』

姿を見せた池に恵子たちは歓声を上げ我を忘れて走り出すと、

そして、次々と池の中に飛び込んだ。

しゅわぁぁぁぁぁ…

乾き、そしてひび割れていた体が見る見る潤っていくのを感じていると、

『なに用じゃ?』

昨日、河童地蔵にお願いをしているときに恵子の脳裏に響いた声が再び響き渡った。

『あなたは?』

『わしか?

 わしはこの山の神じゃ』

『じゃぁ、あたし達を河童にしたのはあなたなのですか?』

『左様』

『お願いがあります。

 あのぅ、あたし達を元の人間に戻してください』

『なに?

 河童になりたいといったのはお前のほうではないか』

『いえっ

 そのことについては謝ります。

 ただ、あたしが言ったのは河童みたいに泳げるようになりたい。

 と言う意味で、河童そのものなりたいという意味ではなかったのです』

そう恵子が訴えると、

『お願いします』

それを聞いていた敦子や美香たちも一斉に口をそろえ頭を下げた。

すると、

『まったく、注文の多いやつらだ』

そんな声が響き渡った途端。

カッ!!

フラッシュのような光が現れるとたちまち恵子たちを飲み込んで行った。



「はぁ…酷い目にあったね」

月曜日の朝、

制服姿の恵子がため息をつきながらそう漏らすと、

「でも良かったじゃない

 こうして人間に戻れたんだから」

と敦子は返事をしながら、

自分の体を抱きしめた。

「本当…」

「あのまま河童のままだったら…」

「やめて」

敦子の言葉を受けて美香・朋美・ルミも次々と言っていると、

「ねぇ…

 そろそろ授業が始まるのにあたし達だけなの?」

っと恵子はガランとした教室を指差した。

「一体…」

「どうしたんだ?」

教室の異変に5人が顔を見合わせていると、

ペタペタペタ

という音が廊下の方から響きはじめ、

そして、

カラ…

っと教室の前後にあるドアの一つが開くと、

『くぇぇぇぇぇ!!』

っと鳴き声をあげながら一匹の河童が教室に入ってきた。

「河童ぁ!?」

その光景にルミが悲鳴を上げると、

『くぇぇぇぇ』

『けぇぇぇぇ』

と鳴き声をあげながら一匹、また一匹と河童が教室に入ってきた。

「まっまさか」

「みんな河童地蔵にお参りしたの?」

教室ないを埋め尽くした河童を指差しながら恵子が声を上げると、

『けぇぇぇぇぇぇ!!!』

河童達は一斉に鳴き声をあげた。



おわり