風祭文庫・モノノケ変身の館






「災難」



作・風祭玲


Vol.180





「えぇっ!!、先輩にチョコを上げなかったの!!」

2月15日放課後…

アタシの話を聞いた友達の美樹は目を丸くして怒鳴った。

「そっそんなに怒鳴なくっても良いじゃない」

やや引け目を感じつつアタシが反論すると、

「怒鳴るわよっ、

 先週の日曜日アンタに散々つき合わされたのは何処の誰よ!!」
 
グィ

っと美樹は自分の顔をアタシの顔の真ん前に近づけるとさらに怒鳴った。

「そっそれは……」

アタシが答えに窮すると、

「全く…アンタって人は…

 この日のためにアタシがどれだけ苦労をして
 
 驫木先輩の情報を集めたと思っているのよっ
 
 しかも、チョコの作り方まで手ほどきをしてもらって…
 
 そこまでお膳立てをして貰っておきながら勝負に打ってでなかったなんて…
 
 えぇぃ!!
 
 たとえお天道様が許しもアタシは許さないからねっ!!」

と美樹は息巻く。
 
「で、いまチョコは持ってきているの?」

両手を腰において彼女はアタシにそう訊ねると、

コクン

アタシは素直に頷き、

鞄から綺麗にラッピングしたチョコの箱を取り出して見せた。

「そう…じゃぁ今からでも遅くはないわ、

 それを持ってさっさと勝負に行って来る!!」
 
「でも、もぅバレンタインは…」

「グッダグダ言わずにさっさと行動に出る!!

 この期に及んでまだ煮え切らない態度をとると、
 
 このアタシがマジでアンタの首を絞めるわよ!!」

「はっはいっ!!」
 
美樹のキレた怒鳴り声に突き飛ばされるようにして

アタシは校舎の中を駆け抜けていった。

アタシの名前は今井奈々子、高校2年生。

実はこの学校に入学した頃から憧れている人がいるんです。

その人の名前は驫木遼一さん、

アタシよりも1つ上の先輩だけど、

入学式のとき迷子になってしまったアタシを会場まで連れて行ってくれた時に

一目惚れをしてしまったんです。

それ以来、何とか告白のチャンスを窺って来たんだけど、

アタシの性格上、チャンスを取り逃がしてばかり…

そんなアタシの様子を見た親友の美樹は先輩の情報や、

チョコの作り方を教えてくれたんだけど

でも…一歩を踏み出せなかった…

タタタタタ…

先輩の居る3年2組のドアが徐々に近づいてくる。

思わず足を止めそうになったけど、

でも、鬼となった美樹の顔を思い浮かべると、

アタシの足は止まらなかった。



「驫木ぃ?」

「はい…」

アタシが丁度教室につくと同時に中から出てきた人に

驫木先輩を呼び出して貰おうと声を掛けると、

「あぁ…あいつならいまさっき帰ったぞ」

っと廊下の先を親指で指さした。

ガーーン!!

「そっそんなぁ…」

ショックでよろけながらも、

「しっ失礼しました〜っ」

アタシは先輩の後を追いかけ始めた。

「はぁ…なんてついてないんだろう…」

足取りが重くなる。

っとそのとき、

ナーォ…

『コラ!やめんか!!』

ファーォ

『ヤメロ!!、離せ!!』

猫の鳴き声と共に人が怒鳴る声が聞こえてきた。

「何かしら…」

アタシは声がする方向へと進むと

校舎のすぐ脇で一匹のネコが鳥を足で踏みつけている様子が目に入ってきた。

「あっコラッ!!」

思わず声を上げると、

シュタッ!!

ネコは鳥をそのままにして脱兎のごとく走り去っていった。

「全く…しょうもないネコだ」

見る見る小さくなっていくネコを眺めていると、

『助かった…礼を言うぞ!!』

アタシのスグ下から少年の声が聞こえた。

「え?」

思わず下を見るとさっきネコに踏みつけられていた鳥の姿は消え、

また何処にも声の主と思えるヒトの姿は見えなかった。

「?」

姿を求めてキョロキョロしていると、

『こっちだこっちだ!!』

「え?あっ!!」

声のする方に顔を向けると、

そう、昔絵本などで見た妖精にそっくりな姿をした

小さく鳥の羽のようなものを持った人間が宙に浮かんでいた。

「☆●○◆▲!!」

アタシは思わす言葉にならない声で叫び声を上げてしまった。

『そんな大声を出すなよぉ!!』

妖精の姿をした小人は耳をふさぎながら文句を言うと、

「なっなっなによ、あなたは…」

ようやく文法を思い出したアタシはスグに小人に素性を尋ねた。

『…ふん…俺の名は”準天使・ルルク”だ、

 つい今し方、天上界から修行のために地上に降りてきた所なんだが、

 到着早々あの猛獣に襲われてな…』
 
「ネコが猛獣ねぇ…」

『全く話には聞いていたが地上というのはホント危なっかしい所だぜ』

そう言いながらルルクは何やらガサゴソと箱を開けると、

中から濃い茶色をした物体を取り出してボリボリと食べ始めた。

「なに食べてんの?」

『いやなに(モゴ)…

 しょこに落ちていてな…

 旨そうな臭いがしていたので、
 
 いま食べて居るんだけど、
 
 コレって本当に旨いなぁ…
 
 お前も食うか?』
 
と言いながらルルクは手にしていたそれをアタシに差し出した。

「こっコレは…」

そうルルクが手にしていたのは、

アタシが驫木先輩に渡すために作ったチョコレートだった。

「あんた!!、ぬわんて事をしてくれたのよ!!」

バッ!!

アタシはルルクからチョコを奪い取るとチョコレートを眺めたが、

手作りチョコは無惨にも全体の6割近くが既に消失していた。

「そんなぁ…」

『そんなにショックを受けなくても良いじゃないか、

 お前って意外と食い意地が張って居るんだなぁ…』

ガックリと肩を落としたアタシの姿を見たルルクはしれっとそう言うと、

ムギュッ!!

アタシは両手でルルクを握りしめると、

「こ・れ・はねぇ…

 アタシが驫木先輩に上げるために作ったチョコなのよ、
 
 それをあなたは…」
 
背景にメラメラと炎を燃やしながらアタシは両手に力を入れた。

『ぐっぐるじぃ…つぶれる…』

見る見るルルクの顔が真っ青になっていく、

『わがった、俺が悪がっだ…

 かっ換わりに別のモノをお前にやるから許してぐれぇ〜』
 
酸欠に陥った金魚のように口をパクパクさせながらルルクが声を絞り出すと、

「え?」

その言葉を聞いたアタシはスグに手の力を抜いた。

ぜはぁ〜ぜはぁ〜

目に涙を一杯ためながら肩で息をするルルクに、

「で、何をくれるのよっ」

アタシはルルクに問いつめると、

『なぁ…いま思い出したけど、

 それってチョコって言うヤツだろう…

 確か地上ではバレンタインと言う日に

 チョコを好きな人に送る風習があるって聞いたけど、
 
 でもバレンタインって昨日だよなぁ…
 
 なんで、お前はそれを持っていたんだ?』
 
と尋ねてきた。

グサッ!!

ルルクの言葉はアタシの痛いところをモロに直撃した。

ムギュッ!!

アタシは再びルルクを握りしめると、

「人間にはいろいろと言えない事情があるのよっ

 で、何をくれるのよっ!!」
 
握りしめながらそう怒鳴ると、

『わがった…

 わがったから、俺を握りしめるのは辞めてくれぇ』
 
ルルクは悲鳴に近い声を上げると、

ポン!!

杖のようなモノを出すと、

『…………』

なにやら呪文のような言葉を唱え始めた。

するとパフッっとガマグチが空中に飛び出してきた。

「なにそれ?」

アタシはルルクを手放すと、

『今し方ちょっとお前の頭の中を覗かせて貰った…

 お前が惚れているヤツってのは人魚に興味があるそうだなぁ…』
 
と言いながらルルクはガマグチを自分の傍に寄せると

ゴソゴソと中をあさり始めた。

「こらぁ!!、ヒトの頭の中を勝手に覗くなぁ!!」

アタシが声を張り上げると、

『ホレ!!』

ポーン

っとルルクは一粒の小さな丸い玉をアタシに放って見せた。

「なにこれ?」

掌に落ちた玉を眺めながら訊ねると、

『人魚に変身できる飴玉さ…』

とルルクは玉の説明をした。

「え?」

『お前が人魚になってそいつに迫れば、

 あっさりと陥落するんじゃないの?』
 
っとルルクは頭の後ろに手を組みながら言う…

「アタシが人魚になって先輩に告白…」

ドクン!!

アタシの胸が高鳴った。

『じゃっ、俺はこれで…』

と言いながら去っていくルルクを

「お待ちっ!!」

アタシはアタシは再び捕まえると、

そのまま制服のポケットの中に押し込んだ。

『おっおい!!』

「この計画がうまくいくかどうか、

 ちゃんとつき合って貰うわよ」

ルルクをポケットに押し込んだままアタシは教室に戻ると、

「どうだった?」

教室で待っていた美樹の質問に答えず、

鞄を取ると急いで先輩の後を追いかけ始めた。



驫木先輩の姿は駅までの途中にある中央公園の近くで捕らえる事が出来た。

『ふぅ〜ん…あいつがお前の想いの相手か』

ルルクがポケットから顔を出しながらそう言うと、

「あんたは引っ込んでなさい」

アタシはルルクをポケットの置くに押し込むと、先輩に声を掛けた。

”場の勢い”ってヤツなんだろうか、

これまで何度も声を掛けようとしても出来なかったことが、

今日はスラスラと出来る。

「君は?」

振り向きながら先輩が訊ねると、

「先輩…人魚に会ってみたいんですって?」

アタシは単刀直入に先輩に尋ねた。

「え?、誰から聞いたの?そんなこと…」

驫木先輩はやや苦笑いをしながらアタシに訊ねると、

「えへ…先輩に憧れる娘なら誰だって知ってますよ」

と返事をする。

「参ったぁ…恥ずかしいから秘密にしていたんだけど…」

頭を掻きながら先輩が答えると、

「そんなことはないですよ」

「え?、そう?」

「えぇ…実はアタシ…

 …誰にも言ってなかったけど本当は人魚がなんです…」

「え?」

驫木先輩は驚いた顔でアタシを見つめた。

「あっ、その目、

 アタシを信用していませんね」
 
「そっそりゃぁ…

 突然そう言われても…」
 
頬を掻きながら驫木先輩はそう言うと、

「そうですね、

 いきなり”アタシ人魚なんです”って言っても

 信用できませんよね、

 でも、ウソじゃないですよ…」

「…………」

驫木先輩はなおも信じられない様子でアタシを見つめていた。

「判りました…

 じゃぁ、その公園の池で証拠をお見せいたします」

アタシは驫木先輩の腕を掴むとそのまま公園へと向かっていった。

幸い公園の池にはいつも浮かんでいるボートの類はなく、

また周囲には人影もなかった。

「…うふふ…ラッキー!!」

アタシは心の中でそう呟きながら、

池の畔に先輩を立たせると、

「先輩はそこで待っていてください…

 アタシは準備してきますので」

と言い残してアタシは傍の茂みに隠れると制服を脱ぎ、

下着も脱ぎ捨てると全裸になった。

『お前も顔に似合わず大胆だなぁ…』

ポケットから顔を出したルルクは呆れながらそう言うと、

「さて、あなたから貰ったこの飴玉…

 使い物にならなかったら絞め殺すわよ」
 
ジロリ…

アタシはルルクを睨み付けると、

ポケットから例の飴玉を取り出すと口の中に運んだ。

ジワッ

口の中に甘いような酸っぱいような味が広がっていく、

ムズムズ…

スグに身体に反応が現れた。

「よしっ…どうやらホンモノみたいね」

飴玉を含みながらアタシはルルクに言うと、

『天使は嘘をつかないぜ…』

ルルクはそう言うとフワリと浮き上がった。

『じゃぁ俺はコレで…

 …まぁ後はあんた次第だ、頑張んな』
 
と言うと飛び去っていった。

「よしっ」

アタシは気合いを入れると、

チャプン…

っと池の中に右足を入れた。

ヒヤッ!!

足先から水の冷たさが伝わってくる。

「冷た〜いっ」

と思わず叫びそうになったけど、

グッ

と堪えてアタシは左足を入れた。

ジャブ…ジャブ…

そのまま池の真ん中へと歩き始めた。

ジン…

水は容赦なくアタシの体温を奪い始めたが、

しかし、飴玉の効能が効き始めたのかあまり感じなくなってきた。

さらに徐々に

ムズムズ…

っと体中の細胞が踊るようなそんな感じがしはじめた。

「あっ、アタシ…もぅスグ人魚になるんだ…」

その感覚から咄嗟にそう悟ったアタシは、

ハッ

大きく深呼吸すると、

カボッ!!

っと池の中に頭を沈めた。

ゴボゴボ…

池の中は視界が悪いモノのでも全く見えないって程ではない。

ムズムズ…

体中が踊る感覚はさらに強くなっていった。

『この足がもぅスグ鱗に覆われた尾鰭になって…

 ウフ…先輩のハートをゲットするのよっ!!』
 
アタシは人魚になったアタシを抱き上げる先輩の姿を想像しているとき、

ドクン!!

強い衝撃がアタシの身体を襲った。

『やったぁ!!』

しかし大喜びをしたもの束の間、

ムリムリムリ…

アタシの身体の変化は脚ではなく背中から起き始めた。

直接見ることは出来ないものの、

感覚で何かが背中で膨らんでいくのが判る。

『え?…なっなんで背中なの?』

予想外の展開にアタシが驚いていると、

さらに体中がムズ痒くなってきた。

『かっ痒い!!!』

アタシは体中を掻きむしり始めた。

そしてついに

グズッ!!

左腕の肌を掻き崩してしまった。

『しまった…』

慌てて左腕を見ると、

ヌト…

掻き崩れてしまった肌の下から濃い緑色をした別の肌が顔を覗かせていた。

『うっウソォ!!』

驚きながらその緑色の肌を眺めていると、さらに

ピリ…ピリ…

体中の肌に次々と裂け目が出来、

ビシビシビシ…

肌の下から左腕と同じ緑の肌が姿を現す。

『いっイヤだ!!』

アタシは声を上げたが、

まるでヘビが脱皮するようにしてアタシを覆っていた皮膚がはがれ落ち、

見る見るアタシの身体は緑色の肌に包まれていく、

『あっあぁ…』

剥がれ落ちた皮膚を拾い集めようとしていると、

ムリムリ…

背中で膨らんでいたソレは背中を覆い尽くすと、

キシキシキシ

柔らかさが消え徐々に固く締まり始めた。

『…いやぁぁ!!

 コレ人魚じゃない!!…

 ヤメテ…
 
 お願いだから…!!』
 
水の中でアタシは藻掻いていると、

ズルリ…

手の指はいつの間にか4本になり、

さらに指と指の間に水掻きが張っていた。

『何なのよこれぇ!!

 ルルク、どう言うこと!!』

スル…スル…

髪が次々と抜け落ち、

ググググググググ…

口の周りが徐々に固くつきだし始めた。

『ムグググググ…』

水掻きが大きく張った手で口を押さえたが、

アタシの口はまるで鳥の嘴のような姿に変わっていった。

そしてついには髪が全て抜け落ち丸坊主になっていた、

頭の上にムクムクと何かが膨らんでいくと、

パン!!

それが弾け飛んだ。

ビクン!!

と同時にまるで落雷にあったような電撃に近い衝撃がアタシを襲った。



『……たっ助けて、先輩!!』

アタシは必死で岸に近づくと、

ガパッ!!

っと水の中から飛び出した。

するとアタシの目の前に目を剥いて驚いている先輩の姿があった。

「あっ…あっ…」

先輩は目を丸くしてアタシを指さしながら何かを言おうとしている。

その様子に

『せっ先輩…どうしたんですか』

アタシが訊ねると、

「……かっかっ

 河童だぁ!!!!!」

驫木先輩は大声を上げると、

ヘタァ…

腰が抜けたのか尻餅をつくと、

まるで這いずるようにして逃げ出していった。

『カッパ?』

アタシは水に映った自分の姿を眺めたとたん、

『イヤァァァァァァァァァァ!!』

叫び声を上げた。



その日以来アタシはこの池から出たことがない…

河童となってしまった身体では学校はもちろん、

家にも帰ることが出来ないからだ。

『こらぁ!!、ルルク!!

 アタシを元の姿に戻せ!!』

河童の悲痛な叫び声が池にこだましていった。



おわり