風祭文庫・モノノケ変身の館






「竜神の罰」



作・風祭玲


Vol.117





ピカッ!!

ガラガラガラ

外は雷と共に大雨が降っていた。

ハァハァハァ

「くっ苦しい…」

暗い洞窟の中に一恵の声が響く、

「一恵…しっかりして…」

あたしも息苦しさにこらえながら彼女のことを心配する。

カッ!!

稲光の閃光が洞窟内を照らした。

「あっ」

緑色に染まった一恵の肌が照らし出された。

「あたし達…やっぱり河童になっちゃうの…」

一恵はあたしの方を見るとそう言った。

しかし、あたしは彼女に何も言えなかった。

そう…自分の肌からも盛んに粘液がにじみ出ていて、

背中には”硬いもの”が徐々に広がっていた。



夏休みの初め、

探検部の一員であるあたしと一恵はN県の北部にある

”竜神沼”と言う沼に向かっていた。

コトの発端は、終業式の日。

いつになく部長がウキウキしながら部室に入ってくると

「一恵ちゃんに千春ちゃん…

 ちょっとこっち来て…」
 
と言いながら手招きをした。

「なんですか?」

あたしと一恵が部長の所に行くと、

「じゃーん」

と言って古風な地図を机の上に広げた。

「なんです?、これ?」

あたしが聞くと

「うふふ…お宝の地図…」

とニンマリして説明した。

「また部費で変な物を買ってぇ…

 あとで会計から追求されても知りませんよ」
 
あたしが横目で見ながら言うと、

「まぁまぁ…で、話というのは…」

と部長が言ったところで、

「ココに行って調査をしろっ

 って言うんでしょう…」

ため息混じりで一恵が言う。

「そう、その通り。

  話が分かるじゃない。

 と言うわけで頼んだわよ……」

てな顛末があったんだけど、

それにしても新幹線に電車とバスを乗り継ぐこと約9時間。

現代日本でこんなに時間がかかる所がある…

と言うことを思いっきり知らされたワケなんだけど、

ふぅ…

ようやく沼のある山ふもとの里にたどり着いたときには、

すでに夕方の3時を過ぎていた。

そして、山を登るべく道を歩いているときに、

あたし達は一人のおじいさんに出会った。


そして、そのおじいさんから沼に河童が出るという話を始めて聞かされた。

「河童が出る!?」

「おぉ、そうじゃ、

  その様子ではお前さんたちこの上にある竜神沼に行く気じゃろう」

おじいさんは大真面目な顔であたし達に言った。

大きなリュックを背負ったあたしは、

「まぁ、そうですが」

と答えると、

「悪いことは言わん、今すぐここから引き返しな」

「いやっ、せっかくここまで来たのにそれは出来ません」

そうあたしが答えると、

「だったら、決して竜神沼には入っては行かんぞ」

とおじいさんは忠告する。

「何でです?」

あたしが訊ねると、

「沼を守る河童に尻子玉を食べられてしまう」

「尻子玉?」

「あぁ、人間は必ず一つ持っている、

  そして、それを持っているからこそ、

  人間で要られるんじゃ」

おじいさんが唾を飛ばしながら説明していると、

「食べられたらどうなるの?」

と一恵が聞いてきた。

「食べられたら、そりゃぁ河童になってしまうぞ」

「ぷっ、きゃははははは…

  河童になった千春って見てみたいわ」

一恵がお腹を抱えて笑い出した。

すると、

「こらっ、これは嘘ではないぞ」

おじいさんは怒り出した。

「一恵っ、失礼だよ…」

私は彼女の脇腹を突付くと、

「判ったわ、

  おじいさん、忠告ありがとう

  沼に入らないように注意するわ」

そうあたしが言うと、

「よいな、

  その姿で戻って来たかったら、

  沼に決しては行ってはならんぞ」

と言うと、

おじいさんはあたし達の目の前から去っていった。


「へぇ…河童が出るですって…

  よくそんな嘘が堂々とつけるものね」

一恵がおじいさんの後ろ姿に、

”べー”

と舌を出すと、

「行こう、千春」

と言って私の手を引いた

「うん…」

しかし、私にはあのおじいさんが嘘をついているには、

どうしても思え無かった。



ぜぇぜぇ

「それにしても、なんつぅー山道よ」

途中で一泊したあたし達は、

翌日の昼前になってもまだ山道を歩いていた。

「もっもぅちょっとよ…」

「はぁ、こんなに大変だったとは」

「しっ仕方が無いよ」

そう言っていると突然視界が開け、

大きな沼が姿を現した。

「こっここ?」

一恵があたしに聞いてくる。

「うん、そうみたい」

地図を広げてあたしは答える。

「やったぁ!!!!

  ついに着いたわ!!」

一恵が喜びながら、靴を脱ぐと

ジャブジャブ

水の音を上げながら沼の中に入って行った。

「ちっちょっと…」

あたしが彼女を制止しようとすると、

「千春も入ってきなさいよ、

  冷たくて気持ちいいわよ」

っと言いながら膝まで漬かりながら沼の中を歩いていた。

「もぅ………」

あたしが呆れていると、

チャプン!!

沼の真ん中で丸い”何か”が浮き上がると、

あたし達の様子をじっと眺めていた。

「河童…」

思わずあたしがそれを指差して声を出すと、

「え?、何か居たの?」

一恵があたしの傍に寄るとあたしが指差した方を見つめた。

しかし、さっきまでいた”それ”は姿を消し、

水面には風によって作られた波が立っていた。

「あっあれ?」

「もぅ、驚かさないでよ」

一恵はそう言うと、

ポン

とあたしの肩を叩いた。

でも、確かに何かがあそこにいた…

結局、竜神沼の探索は翌日にすることにして、

あたし達は沼の岸辺にテントを張るとそこで夜を明かすことにした。



翌日

「う〜ん、いい天気に、いい気温

  宝捜しにはもってこいの陽気だね」

朝食後、一恵は大きく背伸びをすると、

早速、リュックから水着を取り出した。

しかし、なぜかあたしは水着を取り出すのを躊躇っていた。

「どうしたの?

  まさか、昨日のおじいさんの言ったこと気にしているの?」

一恵が訊ねると、

「うぅん、そうじゃないけど…」

「じゃぁ、早くしよ」

「うん…」

あたしは気が進まないまま水着姿になった。

「で、どの辺なの?、お宝の場所って」

あたしは先輩から預かった地図を広げると、

「あれがこの岩で…

  これがあれでしょう…

  そうだねぇ…おそらく…

  ほらっ、あそこに洞窟が有るでしょう…

  だから…あの前みたい」

あたしは少し離れたところにある洞窟を指差した。

「なるほど…あそこか…」

一恵は洞窟を見つめると、

「よしっ、じゃぁ、早速準備だ」

そう言うと、彼女はテキパキと準備を始めた。

やがて、

「よしっ、準備OK」

と言う彼女の目の前にはゴムボート他の準備が終わっていた。

「これだけの手際のよさを他に生かせば凄いのに…」

あたしはそう思いながら一恵を見つめていた。

「どうしたの?、行こうよ」

「うっ、うん」

水着姿のあたしと一恵はボートに乗ると、

そのポイントへと水面を移動していった。

ボートの上からみる水の透明度は高く、

はるか底を泳ぐ魚の姿も手に取るように見えた。

「綺麗な水ねぇ」

「ほんと」

あたし達は感心しながら眺めた。

やがて目的地の岩場に着いたあたし達は、

早速調査を開始した。

「どう?、見つかった?」

「ううん、まだ」

先輩発明の機械を使って小一時間調べて見たが、

案の定、お宝のかけらも見つからなかった。

「やっぱり、今回もガセかぁ…」

などと思っていると、

「きゃっ」

と言う声と共に、

サブン!!

一恵が水に落ちた。

「一恵っ、大丈夫」

思わず手を伸ばしたあたしに彼女はニコッと笑うと、

あたしの手を思いっきり引っ張った。

「きゃぁぁぁぁぁぁ」

ドボン!!

水面に水柱が上がった。

「やったなっ」

「きゃぁぁぁぁ」

調査を忘れてあたしと一恵はじゃれあった。

その時、

サワッ

何かがあたしのお尻をなでた。

「え?」

あたしは急に動きを止める。

「どうしたの?」

一恵が聞いてくる。

「いま、何かがあたしのお尻を触ったわ」

と言うと、

「魚じゃないの?」

そう彼女が言ったとき、

ヌッ

水掻きのついた緑色の手が水面から伸び始めた。

「かっ、一恵っ、後ろ!!」

あたしがそう言ったとたん。

「ぎゃっ」

ザブン!!

その声を残して彼女があたしの前から消えた。

「一恵っっっ」

あたしが叫び声を上げると、

スッ

いきなりあたしの足に何かが捕まると、

ジュボッ

ものすごい力であたしを水中へと引きずり込んだ。

ゴボゴボ

「!!!」

水の中に引き込まれたあたしは、

自分の足にしがみついている者の姿を見て驚いた。

それは、緑色の肌に背中に黒い甲羅を持った河童だった。

「河童!!」

あたしは咄嗟におじいさんの言ったことを思い出した。

「一恵は…」

周囲を見ると幾人もの河童が群がっている固まりの中に、

彼女が着ていた水着の色が見えた。

「一恵っ」

あたしは声を上げたが、水の中なので、

ゴボゴボ

っと泡が立ち上るだけだった。

やがて、

固まりの中から血が沸きあがると、

手に小さな玉を持った一人の河童が固まりから飛び出してきた。

「あれは…」

あたしが玉のことを気にすると

『尻子玉さ…』

と言う声が頭の中に響いた。

「え?なに?」

『お前達は竜神様の池を汚した…

  その罰として、お前達が持っている尻子玉を竜神様に捧げるんだ』

「そんな…」

『そして、僕たちと同じ河童となって竜神様に仕えるんだ』

と声が響く、

『さぁ、あいつは終わった、今度はお前の番だ!!』

そう言うと、

ワラワラ…

あたしの周りに河童たちが集まり出した。

「いやっ、止めて…」

あたしはもがきながら水面へと昇ろうとしたが、

たちまちのうちに河童たちが、

あたしの手や足・体中にしがみつき、

そして、あたしのお尻をまさぐり出した。

「いや…いや…許して…」

あたしは身を捩りながら抵抗したが

『駄目だよ…さっ、その人間の尻子玉を出すんだ』

と言う声がするのと同時に、

河童達の手が水着を破ると、体の中に突き刺さってきた。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ」

あたしは激痛に悲鳴を上げる。

グリグリ…

河童たちの手はあたしの体の中を蠢く。

グァ…グァ…

あたしは声にならない声を上げていた。

やがて、一つの手があたしの奥にある何かをつかむと、

グリィッ

と引き出した。

ビリビリビリィィィィィ

それがあたしの体の外に出た瞬間、

あたしはまるで高圧電流に撃たれたようになって気を失った。



ピチョン…

ピチョン…

「うん?」

気がつくとあたしは暗い洞窟の中に寝かされていた。

「ここは…」

『”新生の窟”…、

  お前達はここで河童に生まれ変わるんだ』

再び声がした。

「河童に…、

  イヤ…

  そんなのは」

『ハハハ、無理無理、

  お前達の尻子玉は竜神様に捧げられた。

  だからここで河童になる以外、道はないさ…』

「そんな…」

しばらくすると、

あたしは息苦しさとと共に、

体が何か別のものに作り替えられていく…

そんな苦しみが襲ってきた。


ハァハァハァ

「くっ苦しい…」

体中から粘液が吹き出し、あたしの体を覆い始める。

ピチョピチョ

体を動かすたびに粘液が音を上げる。

「あたし…このまま…河童になっちゃうの」

闇の中で絶望的な気持ちになっていると、

同じようなうめき声がした。

「はっ、一恵っ、近くにいるの?」

あたしが声を上げると

「ちっ、千春…そこにいるの…」

彼女からの声がした。

「ごっ、ごめんなさい…こんな事になるなんて」

彼女からの言葉に、

「いっいいのよ…それより、体は…」

あたしが訊ねると、

「せっ、背中が変なのよ、何かが盛り上がって来て苦しいの…」

「ハァ…あたしはまだ無いけど…それって甲羅じゃないの?」

とあたしが答えると、

「そう、甲羅なの?

  じゃぁあたし…もぅ河童なの?」

「頭の皿は」

「………ううんまだ無いわ」

「じゃぁ、まだ一恵は河童じゃないわ」

「でも…髪の毛はもぅないの…」

「え?」

「頭はツルツルの坊主頭になっているわ」

彼女のその言葉がしたとき、

あたしも背中に何かが盛り上がってきた。

ググ

モリモリモリ…

手を背中に持っていくと、

何やら硬いものが盛り上がり始めていた。

「あぁ…、あたしも甲羅が盛り上がり始めたわ」

「………」

一恵からの返事が返ってこない。

「一恵…どうしたの…」

「………」

「一恵?」

「千春……」

再び聞こえた彼女の声はまるで喉を絞めたような声がした。

「どっどうしたの、その声」

「くっ嘴が…」

「え?」

「嘴が…」

「嘴?」

あたしは必死に這いずりながら彼女の方へと向かいだした。

ズル…ズル…

ピチャ…

「!!」

あたしに手に粘液に包まれた彼女の体の感触が伝わってきた。

「一恵?」

あたしは声を上げてそれを揺すると、

「千春?」

彼女から返事が返ってきた。

ペト…

彼女の手があたしの顔や肩・腰などを触ってきた。

小さくて水掻きのある手だった。

あたしは彼女の身体の上を手を滑らせながら、

そっと、一恵の顔を撫でた。

口の所に堅く尖ったモノがあった。

「あぁ、ほんとうだ嘴がある…」

あたしがそう言うと、

コクン

彼女が頷いた。

「ねぇ…あたしのも触って…」

あたしがそう言いながら彼女の手をあたしの各所に導いていった。

「!!

  千春ちゃん…胸が…」

「どうしたの?」

「乳首が無い…」

そう言いながら彼女の手はあたしの胸を撫で回していた。

「そう…

  でも、まだあたし達…河童じゃないわ人間よ…」

と言うと一恵を抱きしめた。

「うん…」

彼女もあたしに手を廻す。



ウン…ウン…

あたし達は抱き会い愛撫をする。

チュク

チュク

重なった体の粘液の音が洞窟内をこだましていた。

一恵の甲羅は大きく張り出し、

徐々に硬く締まり出していた。

あたしの甲羅も彼女より少し遅れて成長をしている。

ミシミシ

ついにあたしの口に嘴が生えてきた。

「千春ちゃん…」

あたしの顔を触っていた一恵が声を出す。

「うん、あたしも嘴が生えてきたみたい」

「あたし…怖い…」

「なんで?」

「だって、こうして人間でなくなっていくのが…」

「大丈夫…あたしが傍にいるし…

  それに、死ぬわけじゃない

  新しい命に生まれ変わるんだもの…

  だから…

  一緒に河童になろうね」

「………………………うん」

一恵はしばらく黙ったあと、そう返事をした。

程なくしてあたしの両手から指が一つ消えると

指の間に水掻きが張り出し、

また、頭から髪が消えた。

「また一つ無くなったのか…」

そう思っていると、

程なくしてその頭の上がムズムズしてきた。

あたしはあたしより先に髪が消えた一恵の頭をなでる。

すると、彼女の頭の上に

ブニュッ

とした水袋が膨らんでいた。

「一恵ちゃん…これ…」

「うん、お皿が出来ているのね」

「ねぇ…あたしのも触って」

あたしがそう言うと一恵の手があたしの頭を触ってきた。

「うん、あるわ…千春ちゃんにもちゃんと…」

「そう…、もぅすぐね、河童になるの」

あたしはそっと一恵の顔に自分の顔を近づけていった。

コツン

お互いの嘴が当たると、

コリコリ

捻じるようにして口を開く、

細くて長い舌が伸びると、

お互いの口の中で絡み合う。

チュプチュプ

んんっ…

「……一恵ちゃんの甲羅…大きい…」

あたしは一恵の甲羅に手を這わせながら言う

「あん…千春ちゃんも大きいわ」

ゴロン

今度は一恵があたしの上にでた。

ゴリゴリ…

岩に当たった甲羅が音を立てる。

彼女の手があたしの股間を触ってきた。

「…………ねぇ、知ってる?」

「なに?」

「河童には穴が4つあるってこと…」

「そうなの?」

「うん」

「あたしにはいくつ開いている?」

「うふ…………ちゃんと4つ開いているわ

  あたしはどう?」

そういうと、一恵はあたしの手を自分の股間に持っていった。

触ってみると、人間だった頃の2つの他にもぅ2つ開いていた。

「大丈夫、ちゃんと4つあるわ」

あたしがそう言うと

「良かった」

一恵が再び抱きついてきた。



「ねぇ…」

しばらく抱き合っていると、一恵が声を掛けてきた。

「うん?」

「そろそろ、水に入らない?

  もぅここにいるの限界みたいなの」

そう言われて、

あたしも身体の乾きがキツクなっていることに気が付いた

「…行こうか…」

「うん」

あたしと一恵はヨロヨロと立ち上がると、

ペタ…

ぺタ…

洞窟内を沼に向けて歩き出した。

「大丈夫?、歩ける?」

「うん、なんとか…」

あたしと一恵は壁伝いによろめきながら歩いた、

人間だったら大した事ないことだけど、

ほとんど河童の身体になってしまったあたしにとっては

これだけでも重労働だった。

「はぁ…、歩くことがこんなに大変なんて…」

「水に入ったら2度と陸には上がれないね」

「うん………」

あたしがそう言って肯いたとき表に出た。

久々に見る表の世界は雷雨だった。

ザッー

降りしきる雨の中が身体を濡らす、

それで息苦しさがだいぶ楽になる。


あたしは表に出ると、

ふと一恵を見た。

目に入ってきた彼女の姿は、

頭の皿こそ無いものの、

深い緑色の肌に、黒い甲羅を持った、

まさに河童と言ってもいい姿をしていた。

「どうしたの?」

「ううん

 ただ…なんでもない」



チャプン!!

先にあたしが水に入る、

一恵もすぐに入ってきた。

ジャブジャブ

進むに連れ水は腰から胸、そして首まで浸かる。

「さよなら…」

あたしは岸を一度眺めた後、

そういうと、水の中へと潜った。

ブチュッ!!

頭の水袋がはじけると、冷たい水が皿を洗った。

ビクッ!!

何かが体を突きぬけた。

「あぁ…あたし…もぅ河童になったんだ」

自分が人間でなくなったことを実感すると

あたしと一恵はそのまま沼の奥深くへと沈んでいった。

この奥にいる竜神に仕えるために。



おわり