風祭文庫・モノノケ変身の館






「河童の沼」


作・風祭玲

Vol.013





チッカ・チッカ・チッカ…


静かな車内にウインカーが奏でる機械的な音が響く、

やがて対向車の列が切れたのを見計らうと、

僕は数時間走ってきた国道から森へと続く脇道に車を進めた。


ザ ザ ザ ザ

舗装もなくなった山中の砂利道をしばらく走ると、

その沼は森の中より突然現れる。 

沼の周囲はかつてバブルの頃、

リゾート開発を目論んだ業者によって美麗に整備され、

沼を中心に貸別荘やペンションなどが立ち並んだ

ちょっとした高原リゾートとなっていたが、

バブルがはじけ、訪れる人が居なくなった今では、

街は再び森の中に没しようとしていた。


「ちょっと、早く着きすぎたかな…」 

時計を見るとまだ5時を過ぎたばかり、 

天気は快晴だが陽は大きく傾き、

あたりは既に夕方の風景へと変わっていた。

僕は手入れがされることなく雑草が生い茂った駐車場にクルマを止めると、

シートを倒して静かに時間が来るのを待った。

「あれから3年…かぁ」

森の中に埋もれつつある街を見て3年という時間を実感していた。

助手席をふと見ると、

そこには先日小学校の入学を済ませた娘の写真が一枚あり、

それを手に取ると

「美耶子もおどろくだろうなぁ…」

と写真を見ながら独り言を言う。

夕暮れの日はやがて山並みに飲まれるようにその姿を隠し、

オレンジ色の空も時が経つにつれ紫色なり、

そして星星が瞬く星空へと変わって行った。


やがて東の空から真円の月が顔を出し、 

沼の色は静かな銀色の光沢を放つようになった頃、

「そろそろか…」

とつぶやくと、僕はクルマを降り沼のほとりに立った。

静かな時間が流れる。 


ふわっ 

風が突然変わった。 

空を見上げると星空だった空に雲が沸きだし、

やがて天を覆い尽くすとポツリ・ポツリと雨が降り出し始めた。

「あいつ…」

降り出した雨を眺めると、

車から出て、沼へと歩き出した。

僕は濡れるのを構わずに沼のほとりに立っていた。

ザーっ 

雨はついに本降りになった。 

とそのとき、


パシャン!!! 

突然、沼の中で水の音がした。 

「ん、来たか…」 

僕は音がした方を見ると、

雨に中、沼の中に小さく丸い影が浮かんでいた。

「おーぃ、こっち」

僕は声を出し”それ”に向かって手を振る。

”それ”は僕の存在に気づいたのかスーっと近づいてきた。

岸に近づくにつれ”それ”は徐々に人の形となり、

バシャン・バシャン・バシャン

と水の音をあげながら僕に近づいてきた。 

そして、徐々に近づくにつれて”それ”の様相が見えてくる。

”それ”は一見オトナの女性のようなシルエットに人か?と思うが、

しかし、

 服と呼べるモノは何も身につけていない裸身に

 肌は粘液質の緑黄色、

 背中には黒い輝きを持った甲羅が光り、

 4本の指とそれをつなぐ水掻きがある手、

 嘴のように尖った口に、

 そして、毛のない坊主頭には見開いた眼を見開いたような窪んだ皿…

そう、まさに「河童」と呼ばれる妖怪…そのものだった。

しかし、「それ」は妖怪ではなく僕の妻・美耶子であり、

そして彼女は自ら進んで「河童」になったのだった。



…その事件が起きたのは、今から約3年前の夏。

バブルがはじけても、まだこのあたりは人が住み、それなりの活気があった。

僕と妻の美耶子は3才になったばかりの娘・沙耶を連れ、

夏休みにこの沼にほど近い貸別荘に滞在していた。 

都会での暮らしを離れての生活は毎日新鮮で、心身共にリラックスしたのもだった。

その日は僕は沙耶を連れこの沼で1日中釣りをして楽しんだが、

なぜか成果はさっぱりだった。

日が傾きはじめた頃には、さっさと店じまいすることにして、

近くで遊んでいる沙耶を呼んだ。


しばらくして彼女が戻ってくると、さかんに

「沼の中に人がいる」

と言いはじめた。

けど、僕が見てみると誰もおらず

「何かの見間違えじゃないか?」

と沙耶に言うと、それでも沙耶は、

「人がいたんだ」

と譲らなかったので。

「じゃぁ、明日また探してみよう」

と宥めることでその場は一旦収まった。


しかし、その日の夕食のあと沙耶が忽然と姿を消した。

僕と美耶子は別荘とその周辺を探したが、いくら探しても沙耶は居ない。

そのとき、ふと昼間沼でのやりとりを思いだして美耶子にそのことを告げると

「まさか、沼に行ったんじゃ…」

彼女はそう言うと飛び出していった

「おっおい、待て」

僕も彼女の後を追って沼へと向かった。

やがて、沼に着いた僕たちは手分けして沼の周囲を探し始めた。

しかし、なかなか沙耶の姿は見つからなかった。

「これは警察に頼んだ方が…」

そう考えた僕が美耶子と分かれた所に戻ると、

彼女はずぶ濡れになった姿でそこに立っていた。

「美耶子、どうしたんだ、沙耶は居たのか」

僕が声を上げて彼女に近づくと、

彼女は僕の方を見ると、

「沙耶は…居ました…」

と言って、ぐったりしている沙耶を僕に見せた。

「まさか…」

僕が慌てて駆け寄ると、

「大丈夫です…ちょっと水を飲んでいるみたいだけど、命は大丈夫です」

そう告げると美耶子は僕に寄りかかるように倒れた。

そのとき、彼女の身体から生臭い臭いがむぅ〜っと立ち上った。

「なんだ?」

僕は不審に思いながらも沙耶と美耶子を別荘に運び込んもうとしたとき

『…その女は自分と引き替えに女の子を助けた、

 明日の朝までにはココに連れて来いよ』

と言う声が沼の方から聞こえた。

「え?」

僕が振り向くと、

チャポン

沼の中に人の頭のようなモノが数個浮かんでいたのがさっと消えた。

「幻?」

とにかく、美耶子と沙耶を別荘に運び込み、

そして119番通報しようとしたとき、

「待って…」

僕の背後でそれを制止する美耶子の声がした。

「おい、待って…って、早く医者に見せないと…」

と言いながら振り返ると、彼女はいつの間にか僕のスグ後ろに立っていた。

そして、美耶子の顔を見て僕は息をのんだ。

そう、彼女の肌の色が鮮やかな緑黄色になっていた…


僕の驚いた様子に美耶子は側にあった鏡を覗き込むと、

「あぁ…もぅ、こんなに変わり始めてきたのね」

と呟いた。

「お前…何があったんだ?」

僕が訊ねると、

「信じられないかも知れないけど、あたし…河童になるんです」

そう、ポツリと言った。

「え?」

「河童です…」

「…………」

突然の彼女の言動が信じられず僕が唖然としていると、

美耶子は沼で起きた出来事を喋りだした。


「あたし…

 あなたと分かれて沼の反対側を探したんだけど、

 何処にも沙耶の姿は見えなくって、

 ”ひょっとしたら沙耶はこの沼には居ないのかな…”

 と思ったときに、沼の水面に浮かんでいるモノが目に入ったんです。

 ”まさか…”

 イヤな予感がしたあたしは服のまま沼に入って、そこへと向かってみたわ、

 そうしたら浮かんでいたのは沙耶だったのよ…」

「なんだと?」

「あたし、沙耶を抱き上げると、夢中になって沙耶の名前を呼び続けたわ、

 でも、沙耶は返事をしてくれなかった。

 思わず、

 ”お願い、神様、この子を死なせないで、

  この子が生き返るのなら私は何でもします”

 とあたしが懇願すると沼の中から声がしたの…」

「声?」

「”駄目だよ、もぅその子の尻子玉を抜いてしまったから…”

 あたしはハッとしてその声の方を見ると、

 水面から顔が浮かんでいたわ

 ”だっ誰なの?”

 あたしがそいつに訊ねると、

 ”ぼくは、この沼の主”水神様”の使いさ…

  まぁ人間達には河童と呼ばれているけどね”

 そう言ってあたしに音もなく近づいてきたわ。

 そう、そいつは確かに妖怪のマンガなどでよく見る河童そのものだったの。

 河童はあたしに近づくと、

 ”人間達はこの沼を勝手に弄っているけど、ココは水神様の聖域…

  水神様は人間の振る舞いに怒っているよ、

  だから、水神様の怒りを静めるめに、その子の尻子玉を頂いた。”

 と河童は言うとあたしに手にした一つの玉を見せたの、

 ”そんな…なんで沙耶が”

 あたしは愕然としたけど、でも…

 ”お願いします、この子を生き返らせてください、何でもしますから。”

 と河童に懇願すると、河童は
 
 ”う〜ん、困ったなぁ…”
 
 と考え込みはじめたの、そして、
 
 ”方法は一つだけあることはあるんだけどねぇ”
 
 ”方法って…”

 あたしが訊ねると、

 ”それは、あなたの尻子玉をその子の替わりに水神様に差し出せば、
 
  その子は生き返るよ”
 
 と言ってきたの…

 ”あたしの尻子玉を…”

 あたしは河童を見つめて復唱したわ、

 すると河童は目をそらして
 
 ”でも…”
 
 と付け加えたの」

「それは?」

「”でも…ってなに?”

 あたしが河童に訊ねると、河童は
 
 ”水に殺されていない人から尻子玉を頂いちゃうと…
 
 その人は河童になっちゃうんだよ”
 
 と言ったの。

 ”河童に?”

 あたしは思わず聞き返したわ、

 ”うん、しかも、河童になったら、永遠にこの沼に縛られてしまって、

 満月の雨の夜でしかココから出ることは出来なくなっちゃうんだよ…
 
 それでもいい?”

 河童の意外な話にあたしは愕然としたわ、でも
 
 ”あたしが河童になれば、この子は助かる…”

 ぐったりしている沙耶を見つめているウチに、
 
 あたしは決心をしたの、そして、

 ”河童さん、あたしの尻子玉を抜いて、その替わりこの子を助けて…”

 って懇願したわ」

「なっ」

「河童は

 ”いいの?、尻子玉を抜いたら、戻れなくなるよ”
 
 と念を押したけど、あたしは
 
 ”この子のためなら、河童にでもなんでもなるわ。”
 
 と真剣に答えたわ、すると河童は、
 
 ”わかった……”
 
 ”じゃぁ、僕の方にお尻を向けて…”

 ”わかったわ、そのかわりちゃんと沙耶を生き返らせてね”
 
 と言うと、河童は、
 
 ”あぁ約束は守るよ”
 
 あたしは沙耶を抱いたまま河童の方に尻を突き出すと
 
 ”これでいい?”
 
 と聞くと、しばらくして河童から
 
 ”じゃぁ、いくよ”
 
 と声がすると、あたしのスカートがめくられ、ズルリを下着が下ろされたの、

 そして、
 
 ”本当にいいんだね”
 
 と再度念が押されたけど
 
 ”早くして”
 
 と言ったわ、

 一瞬のためらいの後、
 
 河童の両手があたしのアソコと肛門の間を突き刺ささると

 体の中に入ってきたわ。

 痛かった…沙耶を生んだときとは違った痛みにあたし…喘いだわ

 河童の手はあたしの体の中で蠢き、そして何かを探すようにまさぐり続け、

 あたしは激痛に喘ぎながら
 
 ”まだなの”
 
 と河童に訪ねたけど、河童は
 
 ”もぅ少し待って”
 
 とあたしの尻子玉を賢明に探しているようだったわ、

 そして…

 ”よし、あった”
 
 っと河童がつぶやいたとき、

 河童の手があたしの中の何かを掴んだ感触がしたわ。

 ”じゃぁ、抜くよ、覚悟はいい?”
 
 っと河童が言ったけど、あたしは
 
 ”お願いします”
 
 と答えると目を閉じわ。

 瞬間、河童の手がスルっとあたしの身体から離れ、

 そのとき体中を電気が流れたようなショックが走って、
 
 あたしは思わずその場に倒れそうになったわ。

 はっと気がつくと、あたしは沼の中に沙耶を抱いた状態で立っていて、

 思わず抱いている沙耶を見るとかすかに息をしている…

 ”沙耶は助かったんだ…”

 あたしはホッとすると同時に自分の身体を見たの。

 でも別に何も変わったところはなかった…

 具合の悪いところも、

 気分が悪いところも無かった。

 ”あれは、夢だったの?”

 あたしがそう思ったとき、

 ”違うよ”
 
 と言う声がした、あたしが振り向くとそこにはさっきの河童がいて、

 ”あなたの尻子玉をこの通りもらったから、
 
  その子に尻子玉を返してあげたよ”
  
 と言って玉をあたしに見せたわ」

 ”あたし、何も変わっていない…”
 
 と言うと、河童は
 
 ”変わっていないのは見た目だけだよ、キミはもぅ河童になったんだよ”
 
 と言ったわ、そして
 
 ”今は人の姿をしているけど、だんだんと河童の姿に変わっていって、
 
  恐らく日が昇るころには僕と変わらない姿になるよ…
  
  もしも、お別れを言う人が居たら早く言った方がいい、
  
  ぼくと同じ姿になったら沼から出ることは出なくなるからね”
  
 と付け加えたわ、
 
 あたしは、急いで沼から上がると、
 
 あなたと別れてところに行って、あなたが来るのを待ったの」


「そして、僕がそこに戻ってきたのか」

美耶子は黙って頷いた。

「なぜ、僕に相談してくれなかっただ」

と言うと、

「だって、時間が無くて…それでとっさに」

僕はやるせない想いと焦りから大きく息を吐くいた。

美耶子が河童に…ってどうすればいいんだ



「あぁ手が…」

「なに」

彼女のセリフに慌てて見ると

美耶子がかざしている手の指と指の間に水掻きが張り、

さらに指が1本無くなり4本指になっていた。

それは手だけではなく、彼女の足も同様に変化していた。


突然美耶子は服を脱ぎ始めた。

「おい、何をするんだ」

と僕が聞くと、彼女は笑って

「だって河童には服はいらないでしょう…」

答えた。

彼女の身体の変化は徐々に進み、

肌から粘液が分泌され始めると下着がネットリと濡れ

部屋の灯りに怪しく輝き始めた。


「あなた…お願い…」

「なに?」

「あたしが河童になってしまう前に抱いて…」

と言って近づいてきた。

僕は無言で服を脱ぐと彼女を抱き寄せた。

肌の粘液がベタっとつく、

僕はそのまま横になると美耶子を僕の下半身に跨がせた。

やがて、僕と美耶子は一つになった。

アンアンアン

部屋に美耶子の悶える声が響く、

不意に彼女の動きが止まると僕に背中を向けると、

「あたしの背中……触ってみて……」

と小声で呟いた。

言われたとおり彼女の背筋を触ってみると、

背中の中程に小さな膨らみがあった。

「これは…」

と聞くと、

「たぶん…甲羅…」

と美耶子が答える。

「甲羅……」

僕がその膨らみを触り続けていると、美耶子は静かに目を閉じ、

あっ・あっ・あっ…

再び喘ぎ声と上げ始めた。

「感じるのかい?」

訊ねると。

「お願い、そっと触って」

と答える。

しばらく触っていると、それがムクムクと広がり始めた。

「おいっ」

僕が声を上げると。

「…………」

彼女は何も言わなかった。

やがて”それ”は美耶子の背中全体を覆いつくすと

グィグィと張り出し始めた。

ギュッっと彼女が僕のムスコを締め上げる。

程なくしてブシュっと言う音と共に体液が吹き出すと、

背中の皮膚を引き裂いてそれは表に出てきた。

ピチャピチャピチャ…

吹き出した体液が顔にかかるなか、

表に出てきたモノを見てみると、

それはまるで剥いたばかりのゆで卵のように

柔らかくツルリとした甲羅だった。

甲羅は皮膚の裂け目から顔を出すと

徐々に範囲を広げると程なくして彼女の背中を覆いつくした。

「柔らかくってきれいな甲羅だね」

僕は起きあがると彼女の耳元で囁く、

美耶子は、背中の甲羅を触る僕の手の触覚が強い刺激になっているのか

堅く目を瞑り、口を真一文字にして耐えていた。

僕は手を甲羅から手を離すとそっと口づけをした。

「!!」

「あなた、なにを…」

「手では、刺激が強いんだろう?」

「だから、舐めて上げるよ」

「ダメ」

彼女は背中を振って逃れようとしたが、僕は思いっきり吸い付いた。

あ・あ・あ…

感じてきたのかやがて美耶子は抵抗をやめると僕に任せた。

表に出てきたときには柔らかった甲羅だけど、

時間が経つにつれ徐々に堅くなり始めた。

ピシッピシッ

甲羅に筋が走る音が聞こえ始める。

僕は甲羅から口を離すと彼女を僕に向かせると、

露わになっている乳首に吸い付いた。

しばらく舌で乳首を転がしていると、

突然、乳首はスグにポロリを彼女の身体から取れ、

僕の口の中に転がり落ちる。

「!」

口を離して乳房を見ると乳首の跡はきれいに消え、

最初から乳首と言うのは存在し無かったような状態になっていた。

美耶子はそれに気づかない振りをして僕に身体を預ける。


けど彼女変化は時間が経つごとに進み、

パラパラパラ

髪の毛が木の葉が舞い落ちるように抜け落ちると

程なくして美耶子は坊主頭になった。


そのとき僕は、一つづずつ、ヒトである証を失い、

徐々にヒトでないモノへと変化していく美耶子の姿に興奮していた。



ザーっ

急に窓を雨が叩き始めた。

「ん?雨?」

と思って僕は外を見た。すると

「優…」

美耶子が僕の名前を呼んだ。

振り向くと美耶子は自分の口を水掻きが張った手で押さえていた。

ググ…

その手を押し出すように口が突き出すと、

ピシッ

手からはみ出している両頬に一本の筋が走った。

そして、それが徐々に開き始めるとやがて耳元まで大きく開いた。

彼女が手を離すと嘴のように尖った口が耳もとまで大きく裂けていた。


「…ク…早くイって…」

「あたし、もぅ…」

と美耶子が言ったところで、ムスコを締め付けていた力がふっと消えた。

「どうした」

美耶子はうなだれたまま僕に目を合わせようとしない

ムスコを抜いて、彼女の股間を見るとそこには女の唇はなく、只の穴が空いていた。

「あたし…もぅ河童になっちゃた」

たしかに、このときの美耶子の容姿は

”あたまの皿”

こそ無いモノの河童と言っても過言ではない姿になっていた。

しかし、その頭の上にも水袋のようなブヨブヨとした固まりが出てきてて、

その中に皿があることは容易に想像できた。


美耶子は立ち上がると、寝かせている沙耶の元に行くと、

「沙耶ちゃん、ママはねぇ…ちょっとお出かけしてきます」

「パパと仲良くするんですよ」

と優しく声を掛けると、そっとキスをした。


「じゃ、あなた、アタマの皿が出てくるまでに沼に行かなくては」

と言うとペタペタと玄関に向かって歩き出した。

「待てよ」

僕は美耶子の手を掴もうとしたが、

ヌルリとした粘液にかわされてしまった。


ガチャ…

彼女がドアを開けると、雨の中に数人の小人が立っていた。

よく見ると、それは本物の河童だった。

「遅いから迎えに来たよ」

河童の一人が言うと、美耶子は

「えぇ、行きましょう」

と言って外に出た。

雨が美耶子の身体を濡らすと、彼女の緑色の肌がうっすらと輝きだした。

僕は夢中で美耶子の後を追った。

河童は途中で空を指し

「この雨、君が沼に着やすくするために降らせたんだよ、

 河童の身体は乾くと動けなくなるからね。」
 
と言うと、美耶子は河童に一言

「ありがとう」

と言い、そして、

「あたしもこういうことが出来るようになるかなぁ…」

と言った。

「水神様の元で修行すればでいるようになるさ」

河童の一人が言う、

沼のほとりに着くと、

河童達は次々と沼に入りそして美耶子に早く入るようにせかした。

美耶子は沼のほとりで一旦立ち止まった後、

振り返ると走って僕のそばにくると僕に抱きついた、そして、

「沙耶をお願いします」

と一言言うと、沼の中へと走って行った。

バシャバシャと水の音とともに美耶子の身体は足から腰・そして胸と沈んでいき

そして頭が没する直前、 

「満月の夜に会えるから、絶対に会いに来てね。」

と叫んだ。そして、その時、

パシッ

アタマの上の水袋がはじけると、彼女の頭に”河童の皿”が姿を現した。

僕は

「あぁ必ずくるよ」

と叫ぶと、彼女は安心したように水中へと没して行った。

彼女の肌が放つ明かりが水中から消える頃、

降っていた雨は上がり日が昇った。

こうして、美耶子はこの沼の河童となり、

僕にとって忘れられない夜は明けた。



…僕が美耶子と別れた頃のことを思い出しているウチに

 彼女は雨の中沼から上がり僕のそばに来ていた。

「優、来てくれたのね…」

美耶子はそういうとそっと僕に抱きついた。

「あぁ、来たよ」

と僕は言うと彼女の身体を抱きしめた。

長い水中生活のためか、彼女の身体は冷たく、

また、あのときは柔らかかった甲羅も堅く締まり水苔が生えていた。


「この雨君が降らせたのか」

と訊ねると、

「ようやく、雨を降らせられるようになったわ」

と彼女が答えた。

「そうだ、今日は君に見せるモノがあるんだ」

と僕が言うと、助手席に置いてあった一枚の写真を見せ、

「沙耶が小学校に上がったぞ」

と言って美耶子に渡した。

彼女は写真を愛おしそうに眺めると、

「もぅ小学校かぁ」

と言った後。

「あたしのこと、何か言ってる?」

と聞いてきた。

僕は何も言わなかった。

沙耶には美耶子は事故で死んだと言い聞かせていた。

それは後日、美耶子とココで話し合って決めたことだったが、

僕は口を開いて

「沙耶がコトの詳細が判断できる様になった頃、

 本当のことを話すことにしている」
 
と言った。美耶子はしばらく考えて

「そうね、それがいいかもね」

と同意した。



やがて、僕と美耶子は降りしきる雨のなか愛し合った…

そして夜明けを迎える頃。美耶子は

「じゃぁ、そろそろ戻らなくっちゃ」

と言って沼に戻ろうとしたとき、

「じゃ、またな」

と僕が言うと、美耶子はふりかえり

「じゃ、またね」

と言って沼へ飛び込み、消えていった。

やがて雨は嘘のように上がると、山の稜線から朝日が顔を出した。


「さて、じゃぁ帰ろうか…」

僕は沼にしばしの別れを告げた後、そこを去った。



おわり