風祭文庫・モノノケ変身の館






「蛇女」


作・風祭玲

Vol.1028





【ご注意】
 当作品内には出血等、残虐的な表現をしているところがありますので、
 それが苦手な方は読まないようお願いいたします。



ガサッ!

「ねぇ…本当にこっちでいいの?」

「うーん…こっちで良いと思うんだけど」

薄暗い森に少女と少年の声が互いに響き渡ると、

バキッ!

落ちていた小枝を踏みつぶし、

顎からしたたり落ちる汗を拭いながら

Yシャツに学生ズボン姿の少年・湯川健が藪から顔を出した。

そして、彼が去った後より周囲を警戒しながら制服姿の少女・見上祐子も顔を出すと、

「あーぁ、

 もぅ健ったら、

 ところ構わずまっすぐ突っ切っていくから葉っぱだらけだわ…」

と体に着いた落ち葉を払い落としつつ小言を言う。

しかしそんな祐子の小言を取り合わずに健は先を進んで行くと、

「あぁんっ

 もぅっ!

 待ってよぉっ!」

祐子は口を尖らせながら後を追いかける。



ザザッ

ザザザッ

生い茂る笹藪をかき分けて健は進んでいくが、

しばらくして

「ふぅ…」

立ち止まると再び汗をぬぐった。

季節はすでに秋のはずだが、

森に立ちこめる湿気のせいかきわめて蒸し暑く、

油断をすると汗の臭いに吸い寄せられるようにして小さな羽音を立ててヤブ蚊が寄ってくる。

「ちっ!」

辺りを見回しながら健は小さく舌打ちすると、

「もしかして…

 迷った?」

と不安げに祐子は尋ねた。

「!!っ

 そっそんなことはないよ…」

突かれて欲しくない指摘を受けて健は動揺を見せないように返事をすると、

「はぁ…

 やっぱり迷ったんだ」

と言いながら祐子はその場にしゃがみ込んで見せる。

「あのなぁ」

そんな祐子に向かって健は否定しようとすると、

「ねっ、

 3組の加藤さんと付き合ってるってホント?」

不意に話題を変えて尋ねる。

「なっ、

 なんだよっ

 いきなり」

思いがけない問いかけに健は困惑した表情をみせると、

「この間は1組の石田さん。

 その前は5組の柴田さん。

 その前は4組の…ねぇっ、

 一度聞いてみたかったんだけど、

 健にとってあたしは何?」

と祐子は健の女性遍歴を上げながら自分の存在価値について尋ねた。

「そっそれは…」

彼女から投げられた真剣かつ真面目な質問に健は答えに窮してしまうと、

「…あっあれってなんだ?」

と視界に飛び込んできたあるものを指さして見せた。

「なによっ、

 答えをはぐらかさないでよ」

期待した答えが返ってこない苛立ちを見せながら祐子は立ち上がると、

健が指さした方を見るなり、

「あれ?

 あんなところに家がある…」

と呟く。

確かに二人の視線の先には森に溶け込むようにして藁葺きの古民家が建っていた。



「行ってみよう。

 誰か住んでいるかもしれない」

民家を見つけた健は足早にそこへと向かい始めると、

「なんで、あんなところに家が…

 って、ちょっとぉ」

人も通わぬ森の奥で忽然と姿を見せた民家に祐子は一抹の不安を感じるが、

先を進んでいく健の後を追おうとしたその時、

スルッ

祐子の足下を黒い何かが通り過ぎて行った。

「?」

それに気づいた祐子が視線を下に向けた途端、

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!!」

絶叫に近い彼女の悲鳴が響き渡る。

「なっなんだよぉ!」

突然響いた悲鳴に健は驚いて振り返ると、

「いやぁぁぁぁぁ!!!

 へっ蛇ぃぃぃぃ!!!」

その場に起立した祐子が身体を硬直させて悲鳴を上げていた。

「はぁ?

 蛇?」

健は額に眉を寄せながら振り返り祐子の足下を見ると、

スルルルルルル

まるで祐子の周りを取り巻こうとしているかのようにして、

ヌメリとした鱗を輝かせる蛇の姿が目に入る。

「たっ健ぃっ

 何とかしてぇ!」

足下を蛇に這われ一歩も動けない状態の祐子は彼に向かって助けを叫ぶと、

「本当に祐子は蛇は苦手なんだな」

呆れた様に頭を掻きつつ

バキッ

健は近くにあった枯れ枝を折ると、

「しっしっ

 しっしっ」

と枝先を蛇に向けて追い払う仕草をしてみせる。

すると、

「シャァァァァ」

追い払われた蛇は不機嫌そうに鎌首を持ち上げると、

健に向かって威嚇を始めだした。

「おぃおぃ

 別にお前を取って食おうって言うんじゃなんだからさ」

威嚇する蛇の姿に健は溜息をつくと、

「もぅ、なんとかしてよぉ!」

悪化していく状況に耐えかねた祐子が泣き出してしまった。

「ったくぅ、

 いいか、いまから俺が蛇を押さえつけるから、

 合図と同時にこっちにピョンとジャンプして来い」

それを見た健は自分を指さし祐子に向かって言うと、

「う…ん…」

祐子はコクリと頷いてみせる。

そして、

「よーしっ」

健は鎌首を持ち上げる蛇を見据えつつ慎重に枝を伸ばすと、

「やっ!」

掛け声と共にその頭を押さえつけ、

と同時に、

「いまだ!」

健の声が響き渡るや、

「きゃっ!」

祐子は小さな悲鳴と共にその場から飛び上がり、

ダッ!

蛇を飛び越えて健の背後へと回るが、

「祐子っ、

 そのままあの家に向かって駆け抜けろ」

自分の背後に回った祐子に向かってそう指示をすると、

「もぅ、いやぁ」

祐子は悲鳴を上げつつ、

森の奥に姿を見せている民家へと走っていった。

そして、それを見届けた健は、

「悪いな…」

押さえつけている蛇に向かって詫びを入れると、

スッ

と枝を離し、

脱兎のごとく民家へと向かっていく。



ハァハァ

ハァハァ

「もぅ、健のバカぁ!」

やっとの思いでたどり着いた民家の軒先で祐子は一人で怒鳴り声を上げていると、

「まぁまぁ、

 こういうところではよくあるハプニングだよ」

と後から追ってきた健は笑ってみせる。

「なっなにがハプニングよっ」

懲りない様子の健の素振りを見て祐子は再度怒鳴ったとき、

「あちゃぁ、

 しっかりと戸締まりしているな…

 これは人が住んでないなぁ…」

と周囲を固く閉ざしている古民家の佇まいを見ながら頭を掻いて見せた。

「どうするの?」

健を見上げるようにして祐子は尋ねると、

「ここに家がある。と言うことは

 ここに続く道があるはずだ」

辺りを見回しながら健は言う。

「…そりゃぁ

 …そうだろうけど」

それを聞いた祐子は小さく頷くとその視線の先を、

スルスル…

蛇がゆっくり横切って行った。

「蛇っ!」

その途端、祐子は声を上げると、

「また出たか?」

笑いながら健は振り返る。

しかし、

スルスルスル…

スルスルスルスル…

出てきた蛇は1匹だけではなく2匹、3匹とその数を増やし始める。

「なっなんだぁ?」

「やだ怖い…」

増えていく蛇の数に二人は縮み上がるが、

ガタンッ

健は振り返るや閉じてある民家の雨戸に手を掛けこじ開け始めた。

「ちょちょっとぉ

 勝手にそんなことをして良いの?」

それを見た祐子は驚くと、

「ん?

 しょうがねぇだろう?

 とりあえずこの中に避難だ」

と健は答え、

さらに

ガタガタ

と雨戸を揺すり始めた。

「避難って…

 だってこういう事ってお巡りさんに怒られるわよ」

不安に駆られながら祐子は注意をするが、

ガタンッ!

そんな注意に構わず健は雨戸をこじ開けた。

「やったぁ!」

何とか人一人通れるほどの空間を確保したことに健は喜びの声を上げると、

真っ先に民家の中へと入っていく。

「あぁん、

 もぅ待ってよ」

自分を置き去りにして入っていった健を追って祐子は民家の中に踏み込むと、

ムッ!

と来る湿気と漂ってくる生臭さに思わず鼻を塞いだ。

「なっなにこの中…

 まるで違う世界…」

陽の光が制限された薄暗さと

蒸し風呂のような湿気に祐子は困惑しながら、

「健ぃ

 何処にいるのよ」

と声を上げる。

しかし、その声への返事は返らず、

「健ぃ

 何処ぉ?」

健の名を呼びながら祐子は民家の中を歩いて行く。

そして、とある間に踏み込むのと同時に

フッ!

いきなり床の感覚が消えてしまうと、

「きゃぁぁぁ!!」

祐子は闇の中へと落ちていったのであった。



「うんっ」

どれくらい気を失っていたのだろうか、

祐子が気がつくと彼女は薄暗い一室の中に居た。

「なにかしら、ここは?」

部屋の隅々は闇の中に消え、

石畳が敷かれた空間を見渡しながら祐子は立ち上がると、

シュルル

シュルル

と闇の奥からものの息づかいと気配が感じられる。

「だっ誰か居るの?」

闇に向かって祐子は声を上げると、

『ふふふ…』

同時に女の笑い声がこだまする。

「ひっだっ誰よっ、

 居るなら姿を見せなさいよ!」

怯えながらも気丈に祐子は問いただすと、

カッ

真正面の闇の奥に横に並んだ赤い光が2つ灯るや、

赤い光の周囲に人の顔を思わせる輪郭が姿を見せ、

『ふふふふ…』

髪を無造作にばらけさせ目がつり上がった女の”顔”が宙に浮かぶ。

「ギャッ!」

闇の中から浮き出る様に姿を見せた”顔”を見て祐子は悲鳴を上げてしまうと、

『五月蠅い人間だねぇ…』

”顔”はその位置を祐子の顔よりも上に上げ、

不満そうな表情を見せながら言う。

「ひぐっ」

威圧してくる”顔”とその声に祐子は縮み上がってしまうと、

『なんだい?

 ここはあたしの部屋だよ。

 土足で踏み込んできた癖に謝罪の言葉もないのかい?』

と”顔”は縦に円を描きながら尋ねる。

「そっそんなこと言われても…

 あたし、そんなこと知らないし…」

その言葉に祐子は後ずさりしながら困惑してみせると、

『ふんっ、まぁいいわ。

 お前は見逃してやるからさっさとお行き』

動くのをやめた”顔”は祐子に向かってそう告げ、

『さぁて、

 こいつをゆっくり食べようとするか』

と言いながら、

グイッ

闇の中より片腕を持ち上げてみせると、

鱗に覆われた節くれ立った手が健の頭をしっかりと掴みあげていたのであった。

「たっ健ぃっ!」

それを見た祐子は健の名前を呼ぶが、

気を失っているのか健は返事をせず、

ダラン

と力なく腕と足を伸ばしていた。

『おやぁ?

 お知り合い?』

祐子に向かって”顔”は問いかけると、

「かっ彼…

 あたしの大切な人なんです。

 だから…

 お願いです。

 返してください」

と祐子は懇願するが、

『あらそう?

 でも、この子はあたしの大切な睡眠を邪魔したんだよ』

と”顔”は言う。

「あの…健があなたの睡眠を邪魔したのは謝ります。

 ですから、お願いです。

 健を返してください」

一歩も引かずに祐子は懇願すると、

『ふぅん…』

それを聞いた”顔”は思案する表情を見せた後、

ズズッ

ズズズッ

何かを引きずる音を立てながら祐子に迫ってくる。

そして、

彼女の目の前に迫ったとき、

衝撃の光景が彼女の目に飛び込んできたのであった。



「ひぃっ」

”顔”の全身を見せつけられた途端、

祐子は悲鳴を上げながら、

ペタン

と尻餅をついてしまった。

『なんだい?

 随分と大げさに驚いてくれるじゃないか?』

尻餅をつく祐子を軽蔑するように見下ろしながら”顔”は尋ねると、

「へっ

 へっ

 へびぃ!!!」

祐子は目の前に聳え立つ鱗に覆われた胴体を指す。

『あはは!

 お前は蛇が嫌いなのか?』

それを聞いた”顔”は笑い声を上げ、

『そうだよ、

 あたしの体はこのとおり半分は蛇であり、

 半分は人間の姿をしているんだよ。

 ふふっ、

 蛇が苦手なお前には酷な姿だろうけどな』

と言いながら、

プルンッ

豊かな乳房を揺らしてみせる。

「ひぐっ」

確かに顔の言うとおり、

”顔”の下、首から胸に掛けては人間の女であり、

山のような乳房が2つの峰を作っているが、

しかし、腰のくびれ辺りから肌は鱗に覆われ、

足はなく、

代わりに蛇の胴体がその下に続いているのである。

さらに肩から伸びる腕は肘から先が鱗に覆われると、

関節の太い指に鋭いかぎ爪が光っていた。

「……」

ガタガタと体を震えさせて祐子は”顔”いや蛇女を見上げていると、

『ふふっ、

 お前はこいつを返して欲しいのか?』

と蛇女は掴みあげている健を祐子の前に迫らせる。

「あぁっ」

座り込んでいた祐子はスグに手を伸ばすが、

『おっとぉ』

蛇女は伸ばした手を引っ込めてしまうと、

スカッ

祐子の両手は空しく空を切る。

そして、

ニヤ

蛇女の表情が歪むように笑うと、

『そうだ、面白いことを思いついたわ』

と言うや、

ポイッ

掴みあげていた健を放り出し、

祐子にその腕を向ける。

そして、

ガシッ

そのまま祐子の頭を掴みあげると、

「いっ痛ぁぁいっ!」

悲鳴を上げる祐子の体を持ち上げ、

ヌッ

自分の真正面へと持って行く。

「ひぐぅ」

目の前に迫る蛇女の顔を見て祐子は表情をこわばらせると、

『お前…

 あの男が好きなんだな』

と蛇女は尋ねる。

「なっ何を言い出すのよっ」

震える声で祐子は言い返すと、

『ふふっ』

蛇女は小さく笑い、

フリーになっている手を祐子の腹に当てるや、

ブスッ!

その爪を彼女の体に食い込ませた。

「ぎゃぁぁぁ!!!」

祐子の絶叫が辺りにこだまし、

食い込んだ爪の周りから鮮血が吹き出す。

『くふふふ…

 良い声…

 とっても素敵』

チロチロと先が二股に割れた蛇の舌を祐子の頬に当てながら蛇女は囁くと、

グッ!

食い込ませた爪に力を入れ、

と同時に、

ブッ!

その爪の先端が祐子の背中に突き抜ける。

「ぎゃぁぁ!!」

再び祐子の絶叫がこだまするが、

しかし、その声から力が消えていくと、

お腹から下を真っ赤に染めて祐子はだらりと下がってしまった。

『ふふふ…

 もぅ死んだつもり?

 まだまだこれからじゃない』

力なく下がる祐子に向かって蛇女は囁くと、

グッ!

その体を引き裂くように爪を動かしはじめた。

「あがぁぁぁぁ…」

再び襲われた激痛に祐子は口から血の泡を吹きつつ体をこわばらせるが、

ついに

ブッ

彼女の体が2つに切り裂かれてしまうと、

下半身は音もなく闇の中へと落ちていく。

すると、

ガフッ

ガフガフ

蠢く闇が彼女の下半身に食らいつき、

瞬く間にその姿を滅してしまうと、

ギラッ!

赤い光点が闇の中に灯る。

『くふふふ…

 そうかい。

 美味しかったか。

 そら、お前達、

 こいつにもっと食らいつけ』

そう囁きなら蛇女は下半身を失い息絶え絶えの祐子を闇へと向けると、

闇の中に灯る赤点が蠢くや、

シャッ

直線状のいくつもの影が飛び出し、

切り裂かれた祐子の肉体へと食い込んでいく。

しかし、

「………」

下半身を失った祐子にはもはや悲鳴を上げるだけの力は無く、

ワシャワシャ

と自分の腹の下で蠢く影にされるままだった。

『ははは…

 さぁ、お前に新しい命を吹き込んであげるよ。

 あたしと同じ命をね』

血の気を失いぐったりとしている祐子に向かって蛇女はそう告げると、

クワッ!

その口を大きく開き、

ガブッ!

祐子の首元に鋭い牙を突き立てた。

その途端、

クワッ

虚ろだった祐子の目が大きく見開かれ、

ビクビクビク

体を激しく痙攣させる。

『ぐふふふ…』

祐子に噛みつきながら蛇女は笑い、

グビッ

祐子の体内へと己の力を注ぎ込む。

すると、

グチュッ

彼女の腹に噛みついている無数の影が一つにまとまり、

やがて艶めかしい鱗を光らせる一本の細長い姿へと変化していく。

そして、

ミシッ

祐子の肌にも同じ鱗が姿を見せると、

メリッ

祐子の指の爪が鋭いかぎ爪へと変化し、

手の甲に鱗が生え揃うと彼女の指の関節が膨らんでいく。

「あぐぅ

 ぐわぁ」

力が戻ったのか、

それとも変化していく体の苦痛からか、

祐子はかぎ爪が生え節くれ立った手を無造作に振り、

大きく口を開けてうめき声を上げ続ける。

そして、

ミシッ

その口の中から牙が伸びてくると、

「ぐわぁ!」

先が二つに割れた舌が中から飛び出した。

『ぐははは…』

自分と同じ姿になった祐子の姿に蛇女は笑い声を上げ、

『さぁ男を連れて何処にでも行きな。

 もっとも男がお前のその姿を見たら…何というかな。

 はははは…』

半人半蛇の蛇女と化した祐子に向かって蛇女はそう言うと、

祐子を闇の中へと放り出した。



『うん…寒い…』

凍えるような寒さを感じて祐子は目を覚ますと、

『あれ?

 あたし何を…』

起き上がった彼女は周囲を見回してみせる。

すると、

祐子の周囲は深い笹が聳え立ち、

その草むらの中で自分が倒れていることに気づいた。

『なんで…

 こんなところで?

 でも、すごく寒い…』

時間は昼間らしく、

熱を帯びた陽の光を受けていながらも、

祐子は寒さを感じていることを不思議に思いながら記憶の糸をたどり始めた。

そして、

『あっ』

あの民家の中で姿を消した健を追っている内に蛇女の化け物に出会ったこと、

そして、その蛇女に殺され掛けたことを思い出すと、

急いで爪で引き裂かれたはずの自分の腹を見るが、

『ひぃっ!』

自分の腹を見た途端、

祐子の息は止まってしまったのであった。

クシャクシャになって汚れている制服の上着の下には、

対で穿いているプリーツのスカートはなく、

祐子のお腹が傷一つ無い姿で露わになっているが、

しかし、そのお腹には下に向かうほどに鱗が生えそろい、

腰の辺りから下は完全な蛇の体になっていたのであった。

『やっ

 やっ』

声にならない声を上げながら祐子は両手で自分の頭を抱えようとするが、

ザリッ

鱗に覆われ節くれ立った指先から伸びるかぎ爪が自分の頬を引っ掻いてしまうと、

『ひぃぃぃ!!!』

頬から血を流しながら祐子は悲鳴を上げた。

『そっそんな…

 あっあたし…

 蛇女になっている…』

蛇の姿になった下半身、

そして、異形の姿になった両腕を見ながら祐子は民家の中で出会った蛇女のことを思い出すと、

ピロッ

視界の中に二つに割れた舌が姿を見せる。

『どっどうしよう…

 あたしどうしたら良いの?』

スルスル

っと蛇の尻尾を巻き戻し、

蜷局を捲いていく祐子は頭を抱えてしまうと、

「おーぃ、

 祐子ぉ」

彼女の名前を叫ぶ健の声が響いた。

『!!っ

 健っ』

その声を聞いて祐子は健を呼ぼうとするが、

『だめよっ

 こんな姿見せられない…』

蛇女となった自分の姿を思い出すと笹藪の中へと身を伏せる。

しかし、

「あっ

 そこにいるのか、祐子」

藪の中に彼女が居るのを見つけたのか、

健は笹をかき分けて近づいてくると、

「祐子っ

 大丈夫か?」

と声を掛けながら抱き起こそうとするが、

「え?

 うっうわぁぁぁぁ!!!」

彼女の姿を見た途端、

悲鳴をあげながら後ずさりしてしまったのであった。

『…健ぃ…助けて…』

怯える健に向かって祐子は起き上がると、

かぎ爪の指を彼に向かって伸ばすが、

「ひっひぃ!!

 よっ寄るな…

 この、ばっ化け物っ」

健は祐子を追い払う仕草をしてみせる。

それを見た祐子は無性に腹が立ってくると、

『化け物って、

 ひっひどーぃっ、

 誰のせいであたしがこんな姿になったと思っているの』

と声を上げるや、

スルスル

蛇のように身を捩りながら健に向かって這っていく、

「うわぁぁぁ!!」

這いながら迫ってくる祐子の姿に健は悲鳴を上げて、

蹴躓くようにして逃げ出すが、

『逃がすかっ!』

祐子にとって藪は大した障害にはならず、

スルスルと逃げる健の背後に迫っていく、

そして、

ガッ!

「あっ」

何かに蹴躓いた健が倒れてしまうと、

瞬く間にその体に巻き付き、

『健ぃ、

 さっきの言葉、

 訂正しなさいよぉ』

と囁きながら、

チロチロ

と割れた舌で彼の顔を嘗めてみせる。

「はっ離せっ、

 こっこの化け物ぉ!!

 おっお前は祐子なんかじゃないっ」

体を締め付けられても健は強情に声を張り上げると、

ムッ!

祐子の心の中に怒りが満ちあふれ、

『言ったなぁ…

 あたしに向かってその言葉は許せないわ』

と声を上げ、

グワッ

口を大きく開く、

そして、

ギラッ

上顎から伸びる牙を健に見せつけながら、

ザクッ!

彼の首に噛みついたのであった。



陽が西の空に沈み、

森の中が急速に薄暗くなっていくと、

『健が悪いんだよ、

 あたしのことを”化け物”なんて言うから…』

ズズズッ

ズズズッ

体が麻痺し動けなくなった健の体を抱きしめつつ、

地を這う祐子は囁く、

そして、彼女行く手にあの民家が姿を見せると、

『さぁ、

 あそこで二人で暮らそうね…

 ずっといつまでも…』

と言い聞かせたのであった。



おわり