風祭文庫・モノノケ変身の館






「封印されていたもの」


作・風祭玲

Vol.857





カタン!

コトン!

カタン!

コトン!

年季が入った土蔵の中。

「うーん、

 どこだっけかなぁ…」

薄暗く湿気が篭った倉の中であたしはしきりに何かを探していた。

「確かココにあったと思ったけど…」

倉中探し回ってもなかなか見つからない”それ”に

「だぁ!

 もぅ!」

あたしは半分癇癪を起こしながら、

「えぇいっ!!」

足元にあった柳梱りを蹴飛ばして見せるが、

グキッ!

梱りの角が足の小指を職激すると、

「っ!

 痛たたたたたぁぁぁ」

足を押さえてあたしはケンケン跳びをしてしまった。



「え?

 お宝?」

あたしの名前は藤本真紀。

とある大学に籍を置く19才の女子大生だけど、

唐突にその話が降って湧いたのは先日のことだった。

「そうそう、

 確か藤本さんの実家にお宝があるって話だったよね」

一体どこから聞きつけてきたのか、

サークルの先輩である関山美穂が講義が終わったあたしに言い寄ってくると、

「それは…

 まぁ、色々ありますが…」

とつれなく返事をする。

「ねぇ、色々ってどんなものがあるの?」

そんなあたしに関山先輩は興味津々そうに尋ねると、

「先輩、どうしちゃったんです?

 あたしんちのお宝なんて調べて何かあるんですか?」

絵に描いたような真面目な関山先輩の口からその言葉が漏れたことに、

あたしは驚きつつ聞き返した。

すると、

「あぁ実はな…」

その声と共に同じサークルの先輩である西本一樹が顔を出し、

「ほら、お宝の鑑定をするTV番組があるだろう?

 それの収録が今度の日曜日に近くの市営ホールであってな。

 で、みんなでお宝が無いかと調べているんだよ」

と面倒くさそうに事情を説明してくれた。

「へぇ…」

初めて聞く内容にあたしはキョトンとすると、

「それで、

 藤本の所って、

 ほら、由緒ある神社じゃないか、

 だから、あっと驚くお宝があるんじゃないか。とね」

と続ける。

「ふーん、

 そういう事情だったんですか、

 まぁ確かにうちの神社にはヘンなものがありますよぉ、

 河童の手とか、

 雷獣の毛とか、

 武者が切り落としたという竜のウロコとか」

と考える素振りをしながら、

あたしは神社に奉納されている奇品珍品のことを言う。

すると、

「竜のウロコかぁ」

西本先輩の目が光ると、

「よーしっ、

 それで行こう!、

 藤本っ、

 その竜のウロコって借りられるか?」

と尋ねてきた。

「えぇ?」

西本先輩の突飛な提案にあたしは驚くと、

「河童や雷獣なんて結果はわかりきっているんだ。

 奇抜さに掛けるなら竜のウロコだな、

 じゃぁ、申し込み用紙にはそのように書いておくから、

 今度の日曜日に持ってきて」

と西本先輩は手に入ることを前提にして話を進めだした。

「あぁ、ちょっとぉ!」

そんな西本先輩にあたしは抗議しようとするが、

「藤本さん、

 よろしくね、

 と言うことで、竜のウロコにけってー!」

天井を指さしながら関山先輩もそう声を張り上げると、

ダメを押すようにあたしの肩をポンっと叩いて、

消えていってしまったのであった。

「ちょっとぉ!

 勝手に決めないで下さいよぉ」

二人並んで消えていく先輩の後姿を見送りながら、

あたしは口を尖らすが、

だが、このことは確定事項となってしまい、

あたしは従うしかなかった。



あたしの実家は平安の頃から続く由緒ある社で、

その歴史を紐解いた途端、

あれやこれやと延々と社史が続くのであった。

そして、その社史の分量と同じくらいに奉納された品々があり、

とくのそれらの品々の中でも”竜のウロコ”と呼ばれる一枚のウロコはトップクラスの珍品であった。

それ故、あたし自身もほんの数回しか見せて貰っらわなかったけど、

でも、平のナントカと言う武将が退治した竜のものと伝わるウロコはキラキラと美しく輝き、

見るものを魅了するものであった。

「それにしても、どこに仕舞ってあるんだろう」

実家に戻ったあたしは適当な理由をつけて奉納された品々が収められている土蔵に入り、

めぼしい所を片っ端から調べ始めた。

だが、河童の手や雷獣の毛はすぐに見つかったのに、

肝心の竜のウロコだけはどんなに探しても見つからず。

「はぁ…疲れたぁ…」

探し疲れたあたしはついに座り込んでしまった。

「うーん、

 どうしよう…

 これだけ探しても見つからないんじゃぁ、

 きっと、外に持ち出されたのね」

竜のウロコは何か理由があって持ち出されたものとあたしは判断して、

「仕方が無い、

 先輩達にはこの雷獣の毛で許してもらおう…」

と雷獣の毛が入った箱に手を伸ばしたとき、

「あれ?」

雷獣の毛が入った箱の奥に

古い太刀に貫かれた箱があることに気づいた。

「なにこれ?」

あたしは小首を傾げながら太刀と一緒に箱を取り出すと、

ズコッ!

箱に突き刺さる太刀抜き、

恐る恐る箱の蓋を開けて見た。

すると、

キラッ!

薄暗い倉の中が瞬く間に日差しの下であるかのように明るくなり、

「うわっ!」

驚くあたしの手元には金色に輝く1枚のウロコがヒラリを舞い降りる。

「こっこっこれよ、

 竜の鱗。

 間違いないわ」

神々しく輝くウロコの姿にあたしは思わず小躍りをしてしまうと、

「へぇぇぇ、

 これが竜のウロコかぁ」

と感心しながらウロコを翳し、

表裏の様子を眺めた。

そして、意味もなくウロコを自分の腕に当てたとき、

シュッ!

ピタッ!

まるで吸い寄せられるかのようにウロコはあたしの肌に密着してしまったのであった。

「え?

 あれ?

 やだぁ、

 取れない」

肌に密着するウロコをあたしは剥がそうとするが、

だが、まるで最初から生えているかのようにウロコと肌は一体化してしまって、

いくら引っかいてみても剥がれる事は無かった。

「ちょちょっと、

 なにこれ!」

剥がす事が出来ないウロコの姿にあたしは焦り始めるが、

そんなあたしをあざ笑うかのように、

シュルシュル…

張り付いたウロコの隣に別のウロコが生え、

さらに倍倍ゲームをするかのように、

2枚が4枚、4枚が8枚と増え、

あたしの身体を覆い始めた。

「たっ助けてぇぇぇ!!」

瞬く間に腕をウロコに覆われてしまったあたしは助けを呼びながら

倉から逃げだそうとするが、

メリッ!

ウロコは既にあたしの足を覆い尽くしてしまうと、

ゴリッ!

足の指からは鋭い爪が突き出し、

さらにお尻から尻尾が飛び出してしまうと、

「ぐっぅぅ…」

あたしの身体は長く伸び、

まるで蛇のようなシルエットを描き始めた。

「ぐぉぉぉぉ…」

口が引き裂け、

角が延び、

メリメリメリメリ!!!!

徐々にあたしの身体は巨大化し始めた。

『まずい…

 このままじゃぁ…

 表に出てしまう…』

髭を伸ばしたあたしはこのまま大きくなったら、

土蔵を壊して表に出てしまうことを危惧した。

しかし、あたしの力だけでは変身を止めることは出来ず、

次第に心の奥から目覚めてきた竜の意識に飲み込まれて行く。

『ぐぉぉぉ…』

目に力が入り、

あたしは操られるようにさらに身体を大きくしようとした時、

『そこまでだ』

と男の人の声が響いた。

『え?』

澄んだその声色にあたしは驚くと、

あの刀を手に鎧兜を身に纏った一人の武者があたしを睨みつけながら立っていて、

『私の許しなく勝手に現世に出ることはまかりならん』

と言いながら手にした刀を構える。

『また、お前か…』

武者を睨みつけながらあたしの口はそう言うと、

『その女人を解放ち、

 大人しく眠りにつけ、

 さもなくば成敗するぞ』

あたしに向かって武者はそう警告をし、

ジリッ

ジリッ

とにじり寄ってきた。

『ふんっ、

 私の目を覚まさせたのはコイツだ、

 私ではない』

迫る武者にあたしはそう告げると、

尖った爪で自分を指差す。

すると、

『いかなる理由があろうとも、

 お前は私が御する』

武者はそう答え、

タッ!

いきなり走り始めると、

シュバッ!

彼が掲げた刃が空を切った。

その途端、

ハラリ…

あたしの体から一枚のウロコが弾け飛ぶと、

『ちぃ…

 あと少しだったのに…』

口惜しそうな声が響かせながら、

シュワァァァァァ…

あたしの身体は光に覆われていくと、

パンッ!

っと言う音共に弾けとび。

ドタッ!

「あれ?」

座り込んだ格好であたしはキョトンとしていた。

そして、

『女人よ、

 我は竜を封印する者なり、

 我の許し無く竜の封印を解いてはならぬ。

 速やかにウロコを箱に戻し、

 我が太刀にて封印を行うべし』

と言う声があたしの耳元に響くと、

「え?

 あっ!」

あたしは大慌てでウロコを箱に戻すと、

床に落ちていた太刀を突き刺し、

置いてあった所に戻した後、

「ごめんなさい!

 ごめんなさい!

 ごめんなさい!」

と幾度も祈りながら手を合わせ、

雷獣の毛の箱を片手に土蔵から飛び出したのであった。




「えぇ、

 雷獣の毛ぇ!」

校舎に西本先輩の声が響き渡ると、

「ごめんなさい、

 竜のウロコは見つからなくて…」

とあたしは先輩を拝み倒す。

「仕方がないなぁ…」

そんなあたしの姿に西本先輩は舌打ちをすると、

「どれ、

 とりあえず、実物を見てみるか」

そう言いながら箱の蓋に手を掛けた。

そして、程なくして、

ガラガラガラガラ…

ズズズズズズズズンンンン…

校舎に向かって天空から無数の雷が落ちたのであった。



おわり