風祭文庫・モノノケ変身の館






「二口女」


作・風祭玲

Vol.852





『お腹すいたぁぁ…』

「はぁ?」

突然教室に染みとおるように響き渡った声に皆の手が止まると、

クラス中の顔が一斉にあたしに向いて振り向いた。

「ちょっと、

 いきなり何て声を上げるのよ」

皆の注目を浴びながらあたしは慌てて隣に座る難波美羽の頭を叩くと、

「いったーぃ!

 いきなり叩くことは無いでしょう」

と美羽は叩かれた頭を押さえながらあたしに抗議してくる。

「いきなりあんな声を出せば頭を叩かれても仕方が無いでしょう」

そんな美羽に向かってあたしは思わず怒鳴ってしまうと、

「あたし、なにも言ってないよぉ」

泣き出しそうな顔で美羽は言い返してきた。

「何も言って無いって…

 あたしにははっきりと聞こえたわよ」

美羽に向かってなおもあたしはそう言ったとき、

「おいっ、徳田ぁ…

 ダイエットかなんかは知らないけど、

 自分が上げた声のことで難波を虐めるなよぉ」

教壇に立つ現国の教師があたしに注意をしてくる。

その途端、

「クスッ」

「クスクス」

クラス中から笑い声がこぼれて来ると、

みんなの視線が美羽でなくあたしに向けられていることを知ったのであった。

「ちが…」

教室内の雰囲気に向かってあたしは声を張り上げて否定しようとしたが、

でも、この場でそれを言ったら収拾が収まらなくなることを悟ると、

ムスッ!

あたしはふくれっ面をしながらそっぽを向いてしまった。



キンコーン!



昼休みのチャイムが鳴るのと同時に午前の授業は終わる。

「はーっ、

 まったく無実だって言うのにぃ」

怒りながらあたしはお弁当に箸をつけると、

「まっまぁ、

 確かにめぐみの声とは違っていたわね、あの声」

と一緒にお弁当を食べる角田久美はそう言って慰めてくれる。

「でしょう、でしょう、でしょう」

久美の言葉に甘えながらあたしは涙を浮かべながら迫ると、

「あぁもぅ、

 クラスのみんなもわかっているわよ、

 だから、何も言ってこないんでしょう」

と鬱陶しそうに久美は身を避けた。

そして、

「でもさぁ、

 あの声って確かにめぐみと美羽の席から響いてきたよ」

同じくお弁当を食べている北方志乃がそのことを指摘すると、

「うん、それは間違いないね」

と久美は大きく頷いてみせる。

「だから、ぜーたいにあたしじゃないって!」

二人に向かってあたしは無実を訴えるが、

「美羽の声でもなかったわよ。

 って言うか、

 美羽の声とめぐみの声を比較すると、

 めぐみの方が近いかも」

そう志乃は指摘する。

「ってことはなに?

 やっぱりみんなはあたしが言ったと思っているの」

志乃の指摘にあたしは腰を上げて抗議すると、

「落ち着きなさいって、めぐみ。

 あの声を美羽とめぐみで比較したらめぐみに近いね。と言うだけで、

 誰もめぐみが言ったって思っては無いんだからさ」

感情的になっているあたしに久美はそう言うと、

「で、でもぉ」

収まりがつかないあたしは不満そうな顔をしてみせた。

と、その時、

「あれ?

 美羽っ

 あんた、今日も昼抜き?」

一緒に食事の席を並べるものの、

お弁当を食べずにファッション雑誌を見ている美羽に話しかけると、

「え?

 まぁ…

 う・うん…」

突然話をふられたことに美羽は驚き、

そして頷くが、

グゥゥッ

その直後、彼女のお腹が盛大に鳴り響いたのであった。

「ほらぁ、

 ダイエットも程ほどにしないと」

お腹を押さえて顔を赤らめる美羽を見ながら久美は注意をすると、

「だっ大丈夫よっ」

と美羽は取り繕うように笑いさっさと席を立つと、

イソイソと廊下へと消えて行く。

「憧れの彼氏がスレンダーが好みだからといって、

 あそこまでするかねぇ」

ドアの向こうへと消えていく美羽を見送りながら志乃はそう呟くと、

「それが”愛”ってものよ」

と久美は納得顔で大きく頷いた。



ところが、

その頃を境にして校内で怪現象が次々と発生するようになったのである。

生徒が持ってきたお弁当を初め、

購買部に置かれているパンなどが次々と消える様になり、

さらには飼育部で飼っていた金魚やウサギ(高校でこんなものを飼うな!)

生物部で栽培をしていたキノコ、

先生の愛妻弁当から花壇の草花までが皆悉く消えてしまい、

そして、

それらが消える直前。

”お腹すいた…”

という女性の声が響いたのであった。

「ねぇねぇねぇ!

 これってやっぱり七不思議って奴?」

「飼育部の子、泣いていたわよ」

「なんか怖いわねぇ」

得体の知れない恐怖が校内を徘徊し、

それを追いかけて先生達は校内を巡回するようになるが、

「まっマジで、これがなくなっちゃったの?」

とある朝、

この学校のシンボルであり樹齢100年以上と言う楠が跡形も無く消えてしまうと、

ついに警察が校内に入ってきたのであった。



「ねぇ、誰かが盗んだのかな…」

「金属を盗む人がいるって言うしね」

楠が消えた跡を見ながら久美と志乃は囁き会っていると、

「楠を盗んでどうしようって言うのよっ、

 あーぁ、あたし、

 あの樹、気に入っていたのに」

とあたしは受験のときこの学校を志望校とした楠が消えてしまったことを悔やみ、

「確かにねぇ…

 シンボルだったからねぇ」

あたしの言葉を受けて久美と志乃は頷くと、

「あれ?

 美羽じゃない…」

と校庭の隅をトコトコ歩いていく美羽の姿が目に入った。

「最近、あの子、

 付き合い悪いよね」

「うん、どうしちゃったのかな?」

美羽を見ながら久美と志乃は囁き会うと、

「美羽ぅ!!」

美羽の名前を叫びながらあたしは彼女のあとを追いかけていく。

しかし、いくら呼んでも美羽にはあたしの声が届かないのか、

あたしを無視して彼女は校舎裏へと向かっていってしまうと、

「もぅ、

 無視かよ」

そんな美羽の姿を見せつけられてあたしは膨れながらも追いかけていく、

とその時、

”お腹空いたぁ”

またしてもあの声が響くと、

ミギャァァァァァ!!!!

校舎裏からネコの叫び声が響き渡ったのであった。

「え?

 いまの声って!」

その声にあたしは思わず立ち止まってしまうけど、

「こんどこそ正体を見てやる!」

そう自分に言い聞かせあたしは脚を動し、

校舎裏へと入っていった。

そして、

ザワザワ

ザワザワ

そこで見たのは、

バリボリベキ!!!

異様に長く伸びた美羽の髪の毛がまるで生き物の如く蠢き、

そしてその髪の毛に絡まるように激しく暴れる数匹のネコがぶら下がると、

その髪の毛の根元、

そう、美羽の後頭部には鋭い歯を持つ巨大な口がぱっくりと開いていて、

一匹、また一匹と、

ネコを口の中へと放り込むとおいしそうに食べていたのであった。

「ひぃ!」

衝撃の光景にあたしは言葉を失い、

身体を震わせながらその場から立ち去ろうとするが、

ガシャッ!

ガランガランガラン!!

不幸にもあたしの足が立てかけられていた箒に当ってしまうと、

箒はいろんなものもを巻き込み盛大に音を上げてしまったのであった。

「しまったぁ!」

後悔をしても遅かった。

「だれぇ?」

あたしの背後で美羽の声が響くと、

シュルシュルシュル

彼女のモノと思える髪の毛が伸びてきて、

ギュッ!

たちまちあたしの手足を束縛してしまうと、

「ひぃ!」

悲鳴を上げる間もなく、

ズルリ!!

あたしは高々と持ち上げられてしまったのであった。



メリッ!

ピシッ!

手足に食い込んできた髪の毛によって身体の至る所から血が流れ、

「まっまさか…」

次々と食べられていくネコを見ながらあたしは、

この髪の毛があたしの身体を切り刻もうとしていることを悟ると、

「美羽っ

 あたしよ、めぐみよ、

 お願い正気に戻って!」

と悲鳴に近い声をかける。

だが、

『くくくっ、

 人間を食べるのは初めてだな美羽』

と彼女の後頭部の口が喋ると、

『めぐみ…』

後ろを向いたままの見羽があたしに話しかけ、

「見ての通りあたしは二口女よ、

 ダイエットしようとしてご飯をガマンしていたら、

 もっと貧欲で何でも食べる口が出来ちゃったのよ」

と美羽は振り返らずにあたしに告げるが、

「みっ美羽っ、

 正気に戻って、

 あっあたしを食べないで!」

背中を見せたままの美羽に向かってあたしは必死で懇願するものの、

「お腹…空いたね…」

美羽は囁き、

『あぁ…

 なかなか美味しそうだ、

 少し大きいがこのまま一気に食べようぜ』

彼女の後頭部の口はそう言うと、

クワッ!

口を大きく開き、

その口に向かってあたしは寄せられていく、

「美羽っ

 美羽っ

 お願い、

 やめて、

 やめて、

 やめてぇぇぇ!!!」

涎を流し迫ってくる口を見据えてあたしは悲鳴を上げるものの、

ニュルンッ

ぱっくりと開いた口の中に送り込まれると同時に

あたしの視界は真っ暗になってしまい、

そして、その直後、

バキバキ!

ボキッ!

何かを噛み砕く音が響き渡ると、

あたしの意識はそこで一旦消えてしまったのであった。



いまあたしは真っ暗な闇の中に居ます。

あたしの傍にはあの楠があり、

消えたお弁当を初め、

飼育部で飼っていたウサギや金魚も居ます。

「ここはどこ?

 あたしは…何処にいるの?

 誰か!

 誰か!

 あたしをここから出して!!」



おわり