風祭文庫・モノノケ変身の館






【Dr.ナイトの人体実験】
「二人の巫女」


作・風祭玲

Vol.841





シャンッ

シャンッ

神社の境内に鈴の音が響き渡ると、

本殿の横に建つ社務所の中で

両手に鈴を持ち千草を羽織った双子の巫女が

間近に迫った大祭で奉納をする舞の練習をしていて、

その巫女達の前では、

神職姿の祖父がじっと彼女達の舞を見つめていた。

シャンッ!!

「よぅしっ、早苗に香苗、

 今日はここまでじゃっ」

巫女の舞が終わるのと同時に祖父が声を上げると、

双子の巫女は、

「はーぃ」

と返事をして

「ふぅ…」

大きく息をつきながら額にうっすらと浮かんだ汗を拭う。

「うむっ、

 この3ヶ月の間ですっかり上達したな、

 特に早苗、いまの竜の舞は見事だったぞ」

祖父が片方の巫女である孫娘の早苗の舞をそう褒め称えると、

「えへっ」

ほめられた早苗ははにかみながら小さく笑ったのに対して、

「おじいちゃん、

 あたしの方が早苗ちゃんより下手だというの?」

名前を呼ばれなかったもぅ片方の巫女・香苗が祖父にかみついてきた。

「いやっ

 上手い下手ではなくて、

 見た者にどれだけ印象を与えたかという話じゃ」

弁解するように祖父はそう説明をすると、

「それって、早い話、下手ってコトじゃないの」

と香苗はつっこみを入れてくる。

「いやっ

 だから、二人の舞に甲乙を付けると言うことではなくて」

そんな香苗に向かって、

祖父は長くのばした髭を幾度もなでながら困惑した表情でそう言いかけると、

「はいはいっ

 もっと努力しろってことでしょう」

ふてくされるように香苗はそう怒鳴ると、

手にしていた鈴を早苗に押しつけるようにして社務所から出ていってしまった。

「やれやれ」

出て行く香苗の後ろ姿を見ながら祖父は思わずそう漏らす。

すると、

「大丈夫よっおじいちゃん、

 香苗ちゃんはあぁみえても努力家だから」

早苗は祖父にそう言い残すとスグに香苗の後を追いかけるようにして出て行った。



「(コンコン)香苗ちゃん居る?」

【香苗】と書かれた部屋を早苗がノックした後、

部屋の中に入ると、

香苗は巫女装束姿のままベッドの上でマンガ読んでいた。

「汗を掻いたんだから着替えないと風邪を引くわよ」

そんな香苗の姿に早苗は思わず小言を言うと、

「知らないっ」

香苗はふてくされたような返事と共にプィッと背中を向けてしまった。

すると、早苗は香苗のそばに腰をかけ、

そっと香苗の肩に手をかけながら、

「辛い思いをさせてごめんね」

と囁いた。

「………」

早苗の言葉に香苗は黙っていると、

「おじいちゃんはあたし達の舞の出来不出来を責めているわけじゃないわ、

 ただ、香苗ちゃんの心に乱れがあることを見抜いてそう言っているのよっ

 香苗ちゃん…ひょっとして好きな人が居るの?」

「!!」

早苗がかけた最後の言葉に香苗の体が微かに反応した。

「そう、やっぱり居るのね、

 ひょっとして、隣のクラスの滝島君?」

「ちっ違うわよっ」

推理する早苗に香苗が起きあがってそう反論したが、

しかし、

「はぁ…全く香苗ちゃんにはかなわないな」

香苗はそう呟くと頭の後ろに腕を組み、

ボフッ

っとそのままベッドに仰向けに倒れてしまった。

そんな香苗の姿を見ながら、

「だって、あたし達双子じゃないっ

 お互いに隠し事なんてできないわよ」

と早苗はそう言うと、

仰向けに倒れている香苗の額を人差し指でつついた。

クス

クス

二人の顔に笑みがこぼれる。

とその時。

「あぁ、すまんが早苗か香苗、

 ちょっとお使いに行ってくれないか」

祖父の声が廊下に響き渡った。



「もぅ、おじいちゃんったら

 こういう大事な書類は期日までに持っていかないとダメじゃない」

巫女装束姿のまま早苗と香苗は祖父の使いに表に出ると、

すでにあたりは夕闇が迫っていた。

「香苗ちゃん、別に付いてこなくても良いのに…

 あたし一人で十分なんだから」

書類が入った封筒を抱えて歩く早苗が香苗に向かってそう言うと、

「ダーメッ

 だって早苗ちゃん一人で行かせると、

 30分で終わる用事が1時間掛かるんだもん」

と香苗はついていきた理由を説明する。

「ひどーぃ」

その言葉に早苗がそう言いながらむくれると、

「へへ、さっきのお返しよ」

香苗は小さく舌を出すとそのまま角を曲がる。

「あっその道は…」

香苗が入った道を指さしながら早苗が思わず叫ぶと、

「え?、だってこの道、駅前までの近道でしょう」

「でも、この道って大勢の女の人が行方不明になっているのよ

 ちょうどいまぐらいの時間に…」

道を進もうとする香苗に向かって早苗が心配そうな表情でそう指摘すると、

スッ

山の上には銀貨のような満月が顔を出していた。

「あはははは…

 大丈夫よ大丈夫、

 だって、行方不明事件って狂言なんでしょう?

 テレビでやっていたわよ、

 プチ家出を親が勝手に騒いでいたって…
 
 第一、この時代に神隠しだなんてことある分けないじゃない」

心配する早苗に向かって香苗はそう言い切ると再び歩き始めた。

「もぅ…香苗ちゃんったら!!」

そんな香苗の姿に早苗は呆れるような顔をすると仕方なくその道に足を踏み入れた。



チチチチチ…

夕焼けが次第に夜の闇へと変化すると、

道の脇に据えられている街路灯に灯りが点り始める。

そして、その下を早苗と香苗は静かに歩いていた。

「うわぁぁぁぁ…」

点灯した街路灯がまるで二人を異世界へと誘うレールのような姿に変わると、

その光景に思わず香苗は声を上げた。

「こんなのを見とれてないでさっさと行こう」

立ち止まっている香苗の腕を引いて早苗は歩き出すが、

しかし、行けども行けども景色は変わることはなかった。

「ねぇ…」

「ん?」

「もぅどれくらい歩いているのかな?」

「え?」

香苗の言葉に早苗ははっと立ち止まった。

「もぅ20分以上歩いて居るんじゃない?

 いくら何でもちょっと時間が掛かりすぎているよ」

一本の街路灯の下で早苗に向かって香苗がそう言うと

「そんな…」

早苗は怯えるような仕草をしながら周囲を伺った。

その途端、

「帰ろう!!」

そう言って香苗が早苗の手を強く引くと、

「待って、誰か来る!!」

人の気配を感じ取った早苗がそう叫んだ。

「え?」

早苗の言葉に香苗は聞き耳を立てると、

確かに、コツリコツリと靴の音がゆっくりと二人に近づいてきていた。

「だっ誰かなぁ?」

「さぁ」

二人は抱き合うようにしてそう囁き合っていると、

コツリ

コツリ

………

靴音は次第に二人に近づいてきたところで

突然、ピタリと止まってしまった。

「?」

音のない時間が静かに過ぎていく、

「だっ誰?」

しびれを切らした香苗がそう言いながら音が止まった所へと歩いていくと、

「香苗ちゃんっ」

そんな香苗を制止させるかのように早苗が声を上げた。

と、そのとき、

チクリ!!

香苗の首筋に一本の針が突き刺さった。

「ひっ!!」

突然刺さった針に早苗は小さな悲鳴を上げると、

『動かないでぇ、

 この針はいま君の動脈のそばにある静脈に刺さっているんだよ

 下手に動くと、針は君の動脈を刺してしまうからねぇ…』

冷たい、そして落ち着いたような声が早苗の頭の上から降り注いだ。

「だっ誰なの?」

早苗の体はまるで金縛りにあったかのように動かなくなってしまったが、

しかし、早苗は自分の背後に居る人間の素性を探ろうとした。

『はははは…

 私はあなた達を迎えに来たものだよ』

これはそう告げると、

「早苗ちゃん!!」

早苗の異変に気づいた香苗が声を上げると駆け寄ろうとした。

すると、

『君も動かない方がいいよ』

すかさず声は香苗に向かってそう言うと彼女の体を言霊で縛り上げる。

『そうそう、いい子だ…

 君たちは今度神楽を舞う巫女だね。

 ふふ、君たちのような巫女が舞う竜の舞はさぞかし綺麗だろうねぇ』

声はそう二人に告げると、

早苗の首にさしてある針の先に付いているシリンダーをゆっくりと押し始めた。

ジワッ

悪魔の液体が早苗の体内に注入されていく、

「いっいやっ

 なっ何かが何かが入ってくる…」

液体の効果か次第に火照り始めた体に困惑しながら早苗はそう呟くと、

くっ

シリンダー内のすべての液体を早苗の体内に注入し終わると首筋から針が静かに離れていった。

「さっ早苗ちゃん!!」

ドサッ

早苗の体が崩れるように道路上に蹲ると、

呪縛から解かれた香苗が早苗の側に駆け寄り、

そして、

「早苗ちゃん、大丈夫?」

と荒い息をし始めた早苗を抱き起こしながら尋ねた。

しかし、

はー

はー

早苗は香苗の言葉には答えず、

目をまん丸に見開き自分の胸を押さえながらただ荒い気をするだけだった。

「お前っ

 早苗ちゃんに何をした!!」

そんな早苗の様子に怒りを露わにして香苗が怒鳴ると、

『ふはははははは

 なぁに、その子に新しい体をプレゼントしてあげただけだよ』

と声が答える。

「新しい体?」

その言葉に香苗が聞き返すと、

「あっあっあっ

 いっいやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

突然早苗は悲鳴を上げると、

両手の爪を立てるような仕草をし始めた。

「早苗ちゃんっ?

 どうしたのっ!!」

その様子に香苗が幾度も早苗の身体を揺らすと、

「うぎゃぁぁぁぁ!!」

突然、髪を振り乱しながら早苗が香苗の体を突き飛ばし、

「ぐごわぁぁぁぁぁ」

自分の首を絞めるような仕草をしながら道路上を転げ回り始めた。

「早苗ちゃんっ

 しっかりして!!」
 
早苗の異様な様子に香苗は驚くが、

しかし、口から泡を吹きながら転げ回る早苗の姿の前にはどうすることもできなかった。

すると、

「うごわぁぁぁぁぁぁぁぁ」

突然、早苗はヨツンバになってそんなうめき声を上げると、

ベキベキベキ

彼女の両手の爪が見る見る太く代わり始め、

また手の指も骨の節が太く変化していった。

「さっ早苗ちゃん…」

メキメキメキ

骨がきしむ音を立てながら次第に人でない姿に変わっていく早苗の姿を見て、

香苗は少しづつ後ずさりをして行く、

『ぐわぁぁぁぁぁぁ!!』

苦しそうな叫び声をあげる早苗の口が左右にバックリと開くと、

ゆっくりと尖った歯を生やしながら顎が前へとつきだし始めた。

そして、その一方で、

鋭い爪が伸びていく両手の皮膚に幾重モノ亀裂が走っていくと、

浮き上がった皮膚片が皆、青緑色をした堅い鱗へと変化していく。

「うそっ」

ビキビキビキ!!

次第に青緑色の鱗に覆われていく早苗の姿に香苗はただ呆然としていた。

メキメキメキ!!

バキバキバキ!!

早苗の首周りにも鱗が生え、

それが幾重にも折り重なっていくと、

ズズズズ…

今度は早苗の胴がまるでヘビのように伸び始めだした。

『ぐわぉぉぉぉ』

頭に角を生やしワニのような形になった口を大きく開きながら早苗はさらに声を上げていると、

ニョニョニョ!!

今度は緋袴の裾から鱗に覆われた一本の尾が顔を出して来た。

『ぐぉぉぉぉ』

『ぐぉぉぉぉ』

変身の苦しみなのか見開いた両目から涙を流しながら、早苗はほえ続ける。

体型が変わり、着ていた巫女装束がはだけると、

早苗はいくつもの横筋が浮かび上がる胸から腹部を香苗の前にさらけ出した。



「そっそんな…  さっ早苗ちゃんが…    竜に変身していく…」 その様子を見た香苗は思わずそう呟くと、 『ははははは…  そうだ、この巫女は竜に変身していくのだよ』 と声は香苗にそう告げた。 「そんな…  戻してよっ    早苗ちゃんを元の女の子の姿に戻してよっ」 竜へと変身していく早苗を足下に見ながら涙ながらに香苗がそう訴えると、 『ふふふ…  見てごらん、  君の大切な人がヒトでなくなっていくところを…    なぁ素晴らしいとは思わないか?』 と逆に香苗に同意を求めてきた。 すると、 『ごわっ…たっ助け…うごっ』 ヒトとしての形が大きく崩れ、 竜へと変身していく香苗が全身の鱗を輝かせながら香苗にすがってきた。 「これの化け物が…早苗ちゃん?」 そんな早苗の姿を見た香苗はふとそう呟くと、 バシッ すがる早苗を足蹴にするなり、 「ねぇ早苗っ  お前は人間なの?    それとも化け物なの?」 と香苗は早苗を見下げる目で尋ね始めた。 『うごっ』 すでに身体の変化に付いていけなくなった巫女装束を引き裂きながら早苗は香苗を見上げると、 「ふ〜ん、  そんな身体になっては、  もぅ神楽は舞えないわねぇ、  ふふ…早苗…    そのまま、化け物になってしまいなさいよっ    ほらほらほらっ」   香苗はまるで変身していく早苗を喜ぶかのような言葉を吐くと、 まるで、これまでの恨みを晴らすかのように早苗の体をけ飛ばし、そして踏みつける。 『ふふ…  双子とは言っても所詮はそんなものか』 そんな香苗の様子を眺めながら声はそう呟くと、 彼の手にはいつの間にか新しい注射器が握られ、 ピュッ っと液体を吹き上げていた。 そして、早苗を足蹴にしている香苗の背後に音も無く立つと、 プスリ っと彼女の首筋にそれを突き立てた。 『うぎゃぁぁぁぁぁ!!!』 香苗の悲鳴が上がったのはそれからほんの5分後のことだった。 『ふふふ…  竜は二匹になってしまったけど、  まぁこれで全部揃ったな』 サァァァァ 満月の光が周囲を照らし出すと、 月夜野の足元には引き裂けた巫女装束を下に2匹の竜が泣きそうな顔でじっと月夜野を眺めていた。

そんな二人を月夜野は一瞥して中空に輝く満月を仰ぎ見ると、 「…あぁ、今夜も月が綺麗だ…」 と呟いていたのであった。 おわり