風祭文庫・モノノケ変身の館






「妖精の呪い」


作・風祭玲

Vol.409





「ハァハァ」

「ハァハァ」

ザザザザザ…

熊笹を掻き分け一人の男が息を切らせながら奥深いブナの原生林の中を走っていく。

「くそっ」

はっきりと声には出さないものの、

ゆがんだ彼の口からその言葉が漏れ、

その一方で彼の目は別のところをジッと見据えていた。



シャララ…

走り行く彼の視線の先には

そんな音が聞こえてくるような羽音を立て飛んでいく物体があった。

妖精…

それを見たものは間違いなくそう言うであろう。

身長は大人の男性が大きく手を広げた大きさで、

姿かたちは丁度思春期の少女を思わせる姿をしているが、

しかし、背中に生える昆虫を思わせる羽が彼女が人でない事を物語っていた。

かつて妖精は架空の者…

そうむずかる子を寝かしつける為に親が話して聞かせる御伽噺の中の存在と信じられてきた。

しかし、あるきっかけで妖精の存在が公に認められたと同時に

妖精は人間にとって身近な存在となったが、

しかし、それは妖精にとって受難の時代が到来した事を意味していたのでった。



「すばしっこい奴め!!」

なかなか追いつけない苛立ちからだろうか男の口からそんな言葉がつい漏れてしまった。

『クスクス…』

それを聞いたのかそんな彼をせせら笑うかのように妖精は振り向き、

眼下で走る男に向かって笑みを浮かべる。

しかし、

「ふっ」

妖精に笑われたにもかかわらず、男の表情にはどこか余裕があり、

その口元にかすかに笑みが浮かび上がる。

自信のあるその表情…

けど、妖精にはその意味がわからず、

シャラン…

飛ぶスピードを上げた。

とそのとき、

『いやぁぁぁぁぁぁ!!』

森の中に妖精の悲鳴が響き渡った。



「ふっ

 かかったな」

響き渡ったその悲鳴に男はゆっくりとした足取りでそこへと歩いていくと、

『うぅっ』

木と木の間に張られたかすみ網に妖精が絡まり、

文字通り宙ぶらりんになった姿で浮かんでいた。

「妖精といっても所詮は鳥と同レベルか」

妖精のその姿に男は勝ち誇ったようにそう呟くと、

仕掛けを施した木によじ登り、

そして、ゴム手袋をつけると張り出した枝から妖精に向かって手を伸ばした。

『くっ!』

身動きできない自分の姿に屈辱を感じているのか

キッと睨みつける妖精を男は臆することなく捕まえ、

「へっへっへっ

 観念しなっ」

と言いいながら、持参してきた透明の円筒形の筒に妖精を押し込むと、

ギュッ

っと封をする。

その途端、

プシュッ!!

筒の中に白いガスが充満すると、

瞬く間に妖精を飲み込み

そして、それがゆっくりと晴れていくと、

そこには凍結し白い輝きを放つ妖精の姿があった。

カランカラン

男は筒を振り、響き渡る乾いた響きで妖精が完全に凍結した事を確認すると、

「よしっ一丁あがり!!」

筒をポンと叩きながら男は背負っていたリュックの中へと押し込んだ。



ピンポーン!!

「大場さんっ

 宅配便でーす」

呼び鈴の音共に宅配業者の声がドアの向こうで響き渡ると、

「あっはいっ」

大場茂は印鑑を片手にドアを開けた。

「大場茂様ですね」

清潔そうなユニフォームに身を包んだ配達員は笑顔を見せながら改めて名前を確認した後に、

「では、こちらにサインをお願いします」

と配達票を差し出した。



「ありがとうございました」

パタン!

配達員の声と共にドアが締められると、

「きたきた!」

待ち望んでいたものが届いた事を喜びながら茂は荷物の梱包を解くと、

緩衝材の中に埋もれるようにして円筒形の物体が出て来た。

そして、

ガサガサ

その物体を保護するかのように巻かれている新聞紙を取り除いていくと、

キラッ

筒の前後にダイオードの光を輝かせる蓋のような物体に挟まれた透明の筒が姿を見せ、

カラン…

その中では白く輝く小さな少女…そう妖精が空を見つめたままの姿で固まっていた。

「へぇ…

 これが本物の妖精かぁ…」

カラカラ

茂は筒を回しながら凍結した妖精を物珍しげに眺める。

そして、筒と一緒に添えられた説明書に目を通すと、

  捕獲地:××山地××山
  日 時:200×年×月×日
  身 長:20cm
  体 重:820g
  タイプ:少女型昆虫羽

とそれには妖精を捕獲した場所などのデータが記載されていた。

「ふーん…」

記載されたデータを眺めながら茂は感心すると、

「あっ

 そうだ、お礼のメール!!」

茂は思い出したようにそう言うと筒をテーブルの前に置き

急いでパソコンの前に座るとメールを打ち始めた。

ところが、茂が筒をテーブルに置いた際に、

ピッ!

彼の指が筒についていた1つのボタンに触れると、

シュワァァァ…

白く凍結していた妖精の身体に少しずつ色が戻りはじめた。



「よし、送信っと…

 ふぅっ

 ついでに武達にもメールを送っちまった。

 驚くだろうなぁあいつら…」

ギィっ

椅子に身体を預けながら茂は自分が妖精を手に入れたことに驚く友人達の姿を思い浮かべる。



人間界に認知された妖精は最初の頃は興味を持って迎え入れられたが、

しかし、程なくして妖精を捕まえる者が出始めた。

茂に凍結した妖精を送ってきた業者もその一人で、

妖精を捕獲してきた者達から妖精を買い取ると、

インターネットを使って売りさばいていた。



ギィ…

身体を椅子に預け、

茂がホッと一息を入れていると、

ポンッ!!

突然、何かの蓋がはじけ飛ぶ音が部屋に響き渡った。

「え?

 ポン?」

その音に驚いた茂が音が響いた方に視線を移すと、

サー

見る見る彼の顔が青ざめると、

「うわぁぁぁ!!」

頭を抱えながら叫び声を上げた。

『んしょっ』

彼の視界には

いつの間にか解凍された妖精が筒の中から栓をこじ開け、

そして、

キョロキョロ

と周囲をうかがっている様子が飛び込んできた。

「でっ出るなぁ!!」

その光景に茂は思わずそう叫びながら筒の口を手で塞ごうとするが、

間一髪、

シャラン…

妖精は羽音を響かせ飛び出してしまった。

「ちいっ!」

取り逃がした悔しさを吐き捨てるように茂は舌打ちをし、

大急ぎで部屋中の窓を閉めると妖精の逃げ道を断つと、

「こらぁ!!戻って来い!!」

と怒鳴りながら逃げる妖精を追い掛け回し始めた。

しかし、

シャラン…

筒より逃げ出した妖精は巧みに茂の手をかい潜ると、

「待て!!

 くぉのっ

 25万円もしたんだぞっ

 待て!!」

茂はそう叫びながら追いかける。

そう、茂はこの妖精を手に入れるのに25万円もの大金を支払っていた。

それを手に入れてからほんの1時間程度で逃がしてしまったというのでは、

折角かけた大金をどぶに捨てたことになってしまう。

その事が茂を追い込み、

そして、悲劇へと突っ走りはじめていた。

「待て!!」

なかなか捕まらない妖精に茂の顔にあせりの色が広がってくると、

彼の行動が段々と荒く、殺気を帯びてきていた。

「えぇぃっ

 ちょこまかするなっ」

ドタバタ!!

足音荒く茂が妖精を追い掛け回していると、

さすがに疲れてきたのか一瞬、妖精の動きがとまった。

「いまだっ」

その瞬間を見逃すことなく茂は思いっきり飛び上がると、

ムギュッ!!

空中で見事妖精を捕また。

「やった」

妖精の柔らかい体の感触が手に伝わってくるのを感じながら茂は安堵するが、

「え?

 うわぁぁぁ!!」

着地のことを考えずに飛び上がっていた彼はそのまま床へと落ちていくと、

ドタン!!

大きな音を立てて床に叩きつけられてしまった。

「いたたた」

5分ぐらい激痛で仰け反ったのち、

痛む頭を抑えながら茂は起き上がると、

ベチョッ

彼の左手に生暖かい液体が流れていく感覚が走る。

「まっまさかっ」

そう思いながら恐る恐る茂は自分の左手を見ると、

『ゴボッ』

彼に左手には口から体液を吐き出している瀕死の妖精の姿があった。

「しまったぁ!!」

2度目となる後悔の声が茂の口から飛び出す。

そう、妖精を捕まえたまま床に落下した茂は、

落下した衝撃で妖精を握り潰してしまったのであった。

「おっおいっ、

 しっかりしろ」

グッタリとしている妖精に茂は声をかけると、

フッ

それに気づいたのか妖精はうっすらと目を開け、

茂の方を見る。

「ああ…」

それを見た茂は安堵に似た声を出すと、

『くわっ』

突然、妖精は口を大きく開き、

茂の手に思いっきり噛み付いてしまった。

「痛ぁーいっ!!」

自分の手から響いてきた激痛に茂は悲鳴を上げ、

腕を振って妖精を振り解こうとするが

しかし、妖精は噛み付いたまま決して離れず噛み続ける

「痛てててて!!!」

茂は必死になって腕を振り始めたとき、

フッ

妖精の体から力が消えるとそのまま床の上に落ちて行った。

「あぁっ」

手の痛みを忘れて茂は妖精を抱き起こすが、

しかし、既に妖精はコト切れていた。

「あぁ…」

サラサラサラ…

まるで砂のような光の粒子を撒き散らしながら消えていく妖精の姿をみながら

茂は喪失感と挫折感に打ちひしがれていると、

ズキッ

妖精が死の間際に噛まれた左手が痛んだ。



「あーぁ…

 大損だよなぁ…」

夜、布団の中で妖精が送られて来た空の筒を眺めながら茂がぼやいていると、

ズキッ

包帯が巻かれている左手が痛んだ。

「痛ぅぅぅぅ

 まだ痛みがなかなか引かないなぁ…」

痛む左手を庇いながらそう愚痴をこぼし、

薬をつけようと包帯をはずしてみると、

妖精に噛まれた茂の左手はその傷口が暗緑色に変色し、

また、一回り大きく腫れ上がっていた。

「えぇ!!

 なんだこりゃぁ?」

傷口の様子に茂は思わず声を上げ、

腫れ上がる左手をしげしげ見た。

すると、

ミシッ!!

彼の左手から異音が響き始めると、

見る見る膨らみ始め

瞬く間に野球のグローブサイズに腫れ上がってしまった。

「なっなっなんだぁ」

醜く腫れ上がった左手に驚き、

「そうだ、

 びょ病院!!」

茂は慌てて病院に行こうと飛び起きたが、

しかし、起き上がった拍子に

「あっ」

グラッ

突然めまいを起こすとそのまま倒れてしまった。

「なっなんだ?」

ぐるぐると回る視界の中、

「まさか…毒?」

茂は妖精が毒を持っていたのではと疑ったが、

けど、薄れていく意識の茂にとってそれは後の祭りだった。



メリメリメリ…

気を失った茂の体から異音が響き始めると、

左手だけではなく、

彼の体が膨れ盛り上がっていく、

そして、次第に暗緑色へと変色し変質していく彼の肌と相まって、

まるで芋虫のような姿へと茂は変態していった。

やがて、

バリッ!!

茂が着ていた服が変態していくその肉体についていけずに引き裂けていくと、

ムニムニ…

巨大な芋虫が姿を表すと身体をくねらせ部屋の中を這いずりだした。

ムニムニ

ムニムニ

茂が変態した芋虫は部屋の中を物色するかのように動き回り

脱皮を繰り返していく、

ところが、脱皮をするごとに芋虫は小さくなって行った。

そして、人間ほどの大きさがあった芋虫が50cmほどに小さくなったとき、

シュッ

っと糸を吐き出すと、

シュルシュルシュル…

芋虫は自らが出した糸を自分の身体に吹きかけ繭を作っていく、

やがて、繭が出来上がると、

その中で芋虫は次の変態に備えた。

このとき、既に茂が芋虫になってから3日が過ぎていた。

そして、朝日が茂の部屋に差し込んで来たとき、

モリッ

繭の一部が盛り上がると、

ピシピシピシ!!

繭の糸が切れていく音が響き始め、

そして、

バリッ!!

繭が真っ二つに引き裂けていくと、

『うーーーん』

と大きく背伸びをしながら身長が20cmほどの少女が繭の中から出てきた。

『んーーーーっ

 ん?

 あっ

 あれ?』

背伸びをしていた少女はそれをやめると

周囲の様子をシゲシゲと眺める。

そして、それから数十秒後…

『なっなにぃ!!!』

茂の部屋の中に少女の悲鳴が響き渡った。

『なっなっなっ

 なんだこれは?』

信じられないような表情を少女はすると、

自分の頬に手を伸ばし、

そして頬をつねった。

その直後、

『痛い!!』

少女の悲鳴が響き渡ると、

『夢…じゃないよな…

 いっいったいどーなんてんだ?

 巨人の部屋に連れてこられたのか?』

少女はそう言いながらゆっくりと立ち上がると聳え立つ家具をシゲシゲと見つめる。

『どういうことだ?』

まだ信じられない表情の少女が一歩、また一歩と歩くと、

スー…

吹き抜けた風が少女の裸体を歩く撫でた。

『あっ

 俺、裸か…』

ヒヤッとする感触に少女は自分の身体を眺めると、

その数秒後…

『………何だこれは!!』

2度目の悲鳴が部屋に響いた。

それからしばらくしても

ペタンっ

俗に言う女の子座りをしたまま少女は呆けていた。

『そんな…

 俺が女の子になっている…

 あははははは…

 ないよ

 マジで…ないっ』

そう呟きながら少女は自分の股間に手を滑らせ、

そして、縦に溝が刻まれている股間の感触を確かめていた。

『なんだよなんだよ、

 いきなり巨人の国に放り込まれたと思ったら、

 いつの間にか俺は女の子になっているだなんて、

 あははは…

 悪戯にしては手が込んでいるよなぁ…

 あははは…』

そう呟きながら少女は乾いた笑いをしていると、

ニャーン…

猫の鳴き声が響き渡った。

『へっ?

 ネコぉ?』

その声が響いてきた方を彼女は振り返ると、

ヌッ!

自分の背丈ほどもある巨大なネコがゆっくりと迫ってきた。

『ひっ

 じゃっジャンボネコぉ!?」

迫ってくるネコを指さし少女は悲鳴をあげると

ニャーン!!

ジャンボネコは目の前の少女を見つけると目を輝かせながら飛び掛ってきた。

『うわぁぁぁぁ』

少女は悲鳴を上げて飛び上がったとき、

背中から4枚の透明な羽が伸びると、

シャラン…

彼女は宙へと飛び上がっていった。

『へ?

 おっ俺、飛んでいるのか?

 はぁ?』

音もなくスーと動く景色に少女は驚いていた。

そして、高い視点から改めて見下ろしたとき、

『って、

 ここは俺の部屋じゃないか!!』

羽を生やした少女は思わずそう叫び声を上げた。

そう、彼女は茂であった。

そしてそのときになってようやく茂は自分の部屋に居る事に気づいた。

『じゃぁ、

 あのジャンボネコは…

 ミケなのか?』

空中から茂は下を見下ろすと、

そこにはジッと上を見つめている彼の飼い猫・ミケが居た。

『なっ何が…』

なおも信じられないまま、

スー

っと鏡の前を茂が横切ったとき、

『え?』

その鏡に映った自分の姿に思わず振り返ると、

茂は鏡に映る自分を指差し、

『おっおっおっ!!

 俺が押しつぶした妖精だ!!』

と声を上げた。

そして鏡に近づくと、

『間違いない、

 あの妖精だ…

 って俺は妖精になってしまったのか?』

自分の姿を眺めながら茂はそう呟くと、

『ふふふ…

 だいぶ応えているようね』

と言う声が響いた。

『誰?』

その声に茂が振り返ると、

『あたし?

 あなたに殺された妖精・リンよ』

と声は茂に告げる。

『おっ俺が殺した?』

『そうよ』

『別に殺す気じゃぁ…』

『無かったとでも言うの?

 まぁいいわ

 押しつぶしてこの世界の身体を失ったあたしに代わって

 あなたにはあたしの姿になってもらう呪いをかけたわ、

 ふふ、

 しかも、それだけではないわ、

 あたし達、妖精は人間達の玩具にされて困っていのよっ

 だから、あなたにもその苦労を味わうようにしておいたわ』

『え?』

妖精・リンの声に茂は思わず聞き返すと、

ドンドン!!

突然、ドアが叩かれると、

「おーぃ、大場ぁ!!

 生きているかぁ?

 3日も学校を休みやがって」

と彼の友人の獅子神武の声が響き渡った。

そして、

ガチャッ

ドアノブが廻されると、

「あれ鍵が…

 開いているぞ」

武はドアの鍵が開いていることに不審に思いながらもドアを開け部屋の中に入ってきた。

とそのとき、

「あっ…」

妖精となった茂を指さし声を上げた。

『いやっ

 あっあのなっ

 ちょっちょっと待て!!』

そう、彼の苦労はこの瞬間から始まったのだ。



おわり