風祭文庫・モノノケ変身の館






「化粧」


作・風祭玲

Vol.276





「ただいまぁ…」

帰宅したあたしがドアを開けたとき、

フワリ

一枚の封筒が足下に舞い降りた。

「ハネボウ…サマーキャンペーンガール事務局」

封筒の差出人に書かれた文字を見たあたしはまるで駆け込むように部屋に入ると、

震える手を必死で押さえながら封筒を破り、

そして、中に入っていた紙を一気に読んだ。

「受かった…!!」

それは、2次審査の日時を記した1次審査合格のお知らせだった。

「やったぁ!!」

あたしは天に昇るような気持ちになると、

我を忘れて部屋中を飛び回った。

キャンペーンガールに憧れてどれくらい応募したか判らない、

しかし、コレまでの苦労がついに実ったのだ。

2次審査となれば当然水着審査、

自分のプロポーションには絶対の自信があったが、

ただ、顔についてはちょっと自信がなかいのが本音だった。

「…写真映りだけは良いのよねぇ…」

そう呟きながらあたしは鏡に映った顔と、

応募の際に撮った写真とを見比べてみる。

「はぁ…

 あと、すこし顔が立体的だったらなぁ…

 それに、目の形や、

 鼻…あぁ唇も!!

 これじゃぁ2次審査通れないよ!!」

いつの間にか鏡を前にしてあたしは癇癪を起こしていると、

ピーンポーン!!

呼び鈴が部屋の中に響き渡った。

「誰かな?」

そう思いながら玄関のドアを開けると、

スーツ姿の中年の男性が立っていた。

「げっ、セールスマンか…」

チェーン越しに男の姿を見たあたしはドアを開けたことを後悔した。

「あぁ…すみません、

 ほんの少しで良いですからお話を…」

あたしの顔を眺めながらのセールスマンはそう言うと、

「あのぅ…うちは今のところ間に合ってますので」

あたしは一刻も早くドアを閉めたかったが、

しかし

「ほんの少しでいいですから」

セールスマンは必死になって食い下がった。

「………」

セールスマンの困った顔にあたしは渋々ドアを開けたが、

しかし、中には入れず、

いつでも追い出せるように玄関の前に立ってセールスマンの話を聞いた。

セールスマンは化粧品の販売員らしく手にしていた大きな鞄から

アレコレ商品を取り出すと一つ一つ説明をする。

一通り話を聞き終わったとき、

「おやっ、ハネボウさんのキャンペーンガールに応募したのですか?」

とセールスマンがあたしに告げた。

「(げっ)しまった」

セールスマンの言葉にあたしは合格の封筒を持ったままであることに気づくと、

「えぇ…まぁ…」

っと軽く受け流す。

「ハネボウさんは羨ましいですなぁ

 黙っていても売れるんですから…
 
 それに引き替えウチときたら」

セールスマンは愚痴のような台詞を言いながら、

鞄からビニールに包まれたポーチを取り出すと、

それをあたしに差し出した。

「これは?」

ポーチを手にしながらあたしが尋ねると、

「わたしの話を聞いてくれたお礼です。

 その中に入っている化粧品を使いますと、

 ”それなりに…”の方もビックリするくらいの美女の顔になりますよ」

とセールスマンはあたしに告げた。

「はぁ?」

あまりにも突拍子のない話にあたしは訝しげに聞き返すと、

「あっ、まぁ不良在庫の最後の一品ですのでお代は要りません、

 試供品と思って使ってください。

 どうもお邪魔しました」

セールスマンはあたしにそう言うと背中を向けた。

そして、去り際に、

「あっそうだ、一つ注意事項があります。

 その化粧品の使用後あまり熱を顔に浴びないでくださいね、

 ”溶けて”しまいますから…」

と妙に”溶けて”と言う言葉を強調してあたしに告げると、

「では…」

そう言い残してセールスマンは立ち去っていった。

「”溶けて”ってことはこの化粧品、汗に弱いのかな?」

あたしは手渡されたポーチを眺めながらそう呟いていた。



「ふぅ…どれっ」

部屋に戻ったあたしは早速ポーチを取り出すと

その中に入っている化粧品を確かめた。

「あらら…

 これ本当にただで貰っちゃって良いのかな?」

ポーチの中から出てきた化粧品群を眺めながらそう呟くと、

「まぁいいか…

 でも、”それなりに”とは言ってくれたわよねぇ」

あたしはセールスマンの台詞を思い出しながら、

いましているメイクを落とすと、

その化粧品を使ってみた。

すると、

「うっそぉ!!」

鏡を前にしてあたしは自分の変貌ぶりに飛び上がった。

「すごい!、どうして?」

鏡に映った自分の顔はまるで別人のように引き締まり、

妖美的とも言える雰囲気を漂わせていた。

「うひゃぁぁ!!

 藤原●華も真っ青だわ」

あたしは自分の顔の変貌ぶりにただただ驚く、

そして、

「行けるっ、コレなら行ける!!」

と2次審査への自信もわき始めていた。



そして、2次審査の日、

会場の控え室はメイクやヘアスタイルのチェックで勤しむ女達の戦場と化していたが、

しかし、あたしは涼しい顔であの化粧品が入ったポーチを持つと、

空いている鏡台に(強引に)座るり早速メイクを始めた。

あたしの態度のせいで周囲からの注目を一身に浴びる。

『なに、あの女…』

『大したことないのに』

『不貞不貞しいわね』

『なんで、1次審査に通ったのかしら…』

『コネなんじゃない』

中傷にも似た囁き声が聞こえてきたが、

あたしには何処吹く風だった。

そして、メイクが終わり女達に向かって振り向いたとき、

ザワッ!!

控え室の空気が一気に変わった。

「ふふ…」

あたしは余裕の笑みを浮かべて女達の前を通り過ぎていくと、

用意してきた水着に着替えた。



やがて始まった2次審査…

ホールを借り切っての公開審査だけに

客席にも満員の観客が座っていた。

そして、それらの視線を浴びながらあたしは他の女達と共に舞台上に並んだ、

「………」

女達からの無言の圧力を感じるが、

しかし、あたしにとってはそれが心地よかった。

『では、ラストナンバー84番の山中瞳さん』

ついにあたしの名前が呼ばれた。

「はいっ」

あたしは元気良く返事をすると審査員達の前に躍り出る。

その途端、

ザワッ!!

おぉ…

会場内から一斉にどよめきが上がった。

「えっえぇっと…」

あたしに見とれてた為か審査員が質問を忘れると、

「先生、質問、質問」

司会者が慌ててフォーローに走る。

「あっそうだった…

 えーっと…」

司会者に急かされて審査員が慌ててあたしに質問をし始めた。

しかし、出鼻であたしに圧倒されたために、

終始あたしのペースで審査は進んでいく。

ところが、

ジリ…

ジリジリ…

強烈なスポットライトを長時間に渡って全身で浴びている為に、

あたしの体中から汗が噴き出し見る見る水着が湿っていった。

そして、

「あっ、お化粧が…」

あたしは顔の化粧も徐々に汗に流されていることに気がついた。

『…溶けてしまいますよ…』

あのセールスマンの声が頭の中によぎる。

「…早く終わってくれないかなぁ…」

質問に答えながらあたしは化粧崩れを心配していると、

ズル…

ズルッ!!

っと顔が下に向かってズレ始めた。

「え?なに?」

予想外のことにあたしは困惑した。

『もぅ質問はよろしいでしょうか?』

審査員からの質問の区切りを見つけた司会者はそう確認すると、

『はい、判りました。

 では山中さん、結構です』

司会者の言葉と共にあたしは候補者の列に下がっていった。

しかし、

ズズズズ…

顔のズレはゆっくりと、そして確実に広がっていく。

「なに?」

あたしは両手で顔の様子を探ろうとしていると、

パッ!!

照明が一気に消された。

そして、

『さぁ発表です。

 今年度のハネボウサマーガールに選ばれたのは、

 エントリーナンバー84番、

 山中瞳さんに決定しました!!』

司会者の言葉と共にあたしに再びスポットライトが浴びせられた。

「チッ!」

「なによっ」

周囲の女の子達から見えないように突っつかれながら

あたしは再び前に舞台の前に立った。

『えーっ、サマーガールに選ばれたいまの感想は?』

笑みを浮かべながら司会者があたしにマイクを向けると、

「そっそうですね、

 なんか夢のようで…」

とあたしは感想を言ったところで言葉が止まってしまった。

ズルズルズル…

顔の皮膚が勢いよく下に向かって下がっていく、

「…あっ、ダメェェェ!!」

両手で顔を押さえながらあたしは声を上げるとその場に座り込んでしまった。

『どっどうしました?』

司会者が慌てながらあたしに声を掛けた。

しかし、

ボタボタボタ!!

顔を覆ったあたしの手からまるでドロドロのスープのようなものが

次々と流れ落ちて行くとパッと音が聞こえなくなってしまった。

『え?、耳が聞こえない?』

突然の静寂にあたしは混乱すると、

ポンポン!!

誰かがあたしの肩を叩いた、

恐らく司会の人だあたしのことを心配してくれているんだ。

あたしはスグに

『えぇ大丈夫です…』

と返事をしようとしたが、

けど、あたしの口は動くことはなかった。

『なに?

 どうしたの?、あたし…』

様子のおかしさにあたしは顔を覆っていた手をどけたが、

会場の様子を見ることが出来ず視界は真っ暗なままだった。

『え?、目が見えない…

 え?、口がない?

 耳がない…

 ない?

 なにもないっ!!』

その時、あたしは自分の顔から目や鼻が無くなっているこに気がついた。



一方、会場は、

『うわぁぁぁぁぁ!!』

顔を失い文字通りのっぺらぼうになった瞳を見た司会者が

絶叫をあげて我先にと逃げだすと、

それを見ていた舞台上の女性達も悲鳴を上げながら逃げまどっていた。

そして、

うわぁぁぁ!!

きゃぁぁぁ!!

ドタバタ!!

人々がパニックになっている間を顔を失った瞳は

自分の顔を探しながら夢遊病のようにさまよっていた。



『ねぇ…あたしの顔…探してよ、お願い…顔がないとあたし…』



おわり