風祭文庫・獣の館






「変身薬」
(最終話:ウシになる)



原作・真道(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-149





「もぅもぅもぅ(あれーまだ戻らないのかしら)」

金曜日の朝、

朝になってもなかなかウシから戻らない事にあたしは焦ると、

ウシの姿のまま家の中をうろついていた。

「(どーしよう…)」

学校に行かなくてはならない時間が刻々と迫る中、

あたしの中に焦りの色が広がっていく、

「(うーこのまま今日は休もうか…

  あっでも、この身体では電話する事は出来ないし、

  困ったなぁ…)」

鏡に映る白毛に黒斑のウシを見つめながらあたしは困惑していると、

ミシッ

お股のところで膨らんでいるお乳が腫れ上がるように痛み出した。

「(うっ

  お乳が…痛い…)」

いつもよりも長くウシで居た為に乳房に乳…牛乳が溜まり張りだしてくる。

「(どーしよう…

  うぅ困ったなぁ)」

張ってくるお乳に困惑している間にも周りの血管が膨らみ、

そして、ボールのような乳房がさらに膨らみを増す。

「(痛い…

  痛いよぉ…)」

ジンジンと熱を帯び痛むお乳にあたし散々うろついた後、

お風呂場の床につけて冷やしてみると、

冷やされることで痛みが和らぎ、徐々に楽になってくる。

「(はぁ…)」

引いてくる痛みにあたしはホッと一息入れ、

そして、

「(困ったなぁ…

  誰かにお乳を搾ってほしいけど…
  
  そんな人いないし…)」

お風呂場でゴロンとウシの身体を横たえながら、

あたしはこの状態の解決策を探る。

そして、

「(きっと、元の女の子に戻れないのも

  この溜まったお乳を搾らないからよね。
  
  でも…)」

と変身が長引いている事をあたしはそう判断をすると、

「(できるかなぁ…)」

チラリ

お股のお乳を一目見た後、

「(よいしょっ)」

あたしは身体を倒し、自分の口をお乳へと近づけた。

「(もちょっと

  あと少し
  
  そーそ)」

パクッ!

舌を長く伸ばし、あたしは指のように飛び出している乳首の一つに何とか吸い付くと、

溜まった乳を飲み始めた。

「(うわぁぁぁ

  出てくる出てくる)」

日ごろ飲む牛乳よりも暖かく濃い牛乳にあたしは驚きながらも飲み込んでいく、

そして、次々と乳首を換えてやっとのことで飲み干したとき、

「(ぐふっ

  うー気持ち悪い…)」

満腹になったお腹を横にしてあたしは倒れてしまった。

すると、

しゅわぁぁぁぁ…

そのときになってようやくあたしの体が元に戻り始めた。

「もぅー(あっ)」

身体を覆っていた獣毛が消えうせ、

手足から突き出ていた蹄が解けて消えていく、

見る見るウシの姿から人間の女の子へと変わって行く様子を

あたしはホッとするのと同時になにか残念そうに見つめていた。

そして、あれだけ膨らんでいたお乳が消えて、

代わりに胸に女の子のオッパイが姿を見せたとき、

「ふぅ…

 女の子に戻っちゃった…」

そう呟きながらあたしはゆっくりと二本足で立ち上がった。

「あーぁ

 もちょっと、ウシでいたかったなぁ」

さっきまで散々困惑していたクセに、

ウシであったことを名残惜しそうにあたしは言いながらお風呂場からでると、

「あっ!!!

 遅刻!!!」

厳しい現実があたしに襲い掛かってきた。



タッタッタッ!!

「はぁ…

 なんか、二本足で走るより、
 
 いっそ四本足で走りたい気分…」

制服を翻し、

あたしは必死になって通学路を駆け抜けていく、

「えーと、

 時間は…」

現在位置からの残る所要時間と

腕時計が示す現在時刻を見比べ、

「うわっ

 ぎりぎりじゃん」

あたしは顔を青くしながらも懸命に走ってゆく、

そして、あの小石川牧場の前を通り過ぎたとき、

「あっ」

「きゃっ」

ドタン!!

自転車に乗って牧場に入ろうとしていた女の人とあたしはぶつかってしまった。

「痛ぁ〜っ

 もぅ、なによっ今日は…」

思いっきり尻餅をつき痛む腰を摩りながらあたしは文句を言うと、

「だっ大丈夫ですか?」

作業服に胸に”野島”のプレートをつけた女性があたしに声をかけると

手を差し伸べてくれた。

「え?(あっきれいな人)

 あっなんとか」

女の人に見とれながらあたしはそう返事をする。

すると、

「ごめんなさい、

 よく見てなくて…」

と女の人はあたしに謝ると、

「あっ、

 あたしの方こそ、
 
 慌てて道路を横切ったものですから、
 
 えぇ、
 
 大丈夫です」

あたしは顔を赤くしながら立ち上がり、

「あっあの

 ここの牧場にはいろいろお世話になっていますので、

 しっ失礼します」

女の人にそう告げ逃げるように去っていった。



「はぁきれいな人だったなぁ…

 あの牧場に勤めているのかなぁ

 あの人にお乳を搾ってもらえたら…

 気持ちいいだろうなぁ…
 
 あっ遅刻ぅぅ!!」

あの女の人に搾乳をしてもらえたら、

どんなに気持ち良いか…

あたしはふとそんな事を考えるが、

響き渡る予鈴に我に返ると、

猛牛のごとく校門を突破を試みるが

結局、あたしは遅刻してしまった。

「はぁ…

 でも、なんか、ウシになってる時間が長いような気がするなぁ…
 
 うーん、考えすぎかなぁ」

担任からの注意を聞きながらあたしはそう思っていると、

「来週から気をつけるように…」

と担任は釘を刺しながらあたしに生徒手帳を突っ返してきた。

「はーぃ」

その返事と共にあたしは手帳を受け取ると、

ガラガラッ

「おはよ〜」

の声と共に教室へと戻っていった。

「あ、響子おはよー(^^)

 …て、ちょっと響子ぉ…」

「ん?

 どうしたしたの?」

友人が怪訝な顔をして名前を呼ので、

その訳を聞いてみると、

「今日のアンタ、何か凄く獣臭いよぉ…何かあったの?」

と友人は指摘する。

「え?」

ビクッ!!

「そ、そう?

 …今日の朝ちょっと親戚の牧場からきたからかな?
 
 …アハハ」

その指摘にあたしは冷や汗をかきながら返事をすると、

「ふ〜ん。

 アンタの親戚で牧場なんてしてる人いたんだねぇ」

と関心というか疑ったような目であたしを見た。

「そっそうなのよっ

 子牛が生まれたから見に来ないって言われてね、
 
 ほらっ
 
 ウシの赤ちゃんって可愛いじゃない」

そんな友人に向かってあたしはいい訳めいた事をいうと、

「ねぇねぇ、

 子牛って何よ」

あたしと友人との話を聞きつけた別のクラスメイトが話の中に飛び込んできた。

「え?

 あっうん
 
 あのね…」

何とか話の流れを変えることが出来きたあたしは額に流れる冷や汗を拭く。

自分では何も臭わないのに…



結局、その日も何事も無く終了し、

あたしは明日の土曜日にそなえて急いで家に帰っていた。

そして、またあの小石川牧場の前を通ったとき、

「あっ

 あの女の人…
 
 いまどうしているのかなぁ…」

あたしは朝ここでぶつかった女の人を思い出すと、

牧場の中を覗き込んだ。

すると、

「ん?

 どうしたの?
 
 ウチの牧場に何か用?」

と男性の声が響いた。

「え?

 あっ」

その声に驚きながらあたしは振り返ると、

あたしの後ろにあさ女の人が着ていたのと同じ作業服を着た男の人が立っていた。

「あっ

 いやっ
 
 あの、野島さんは…」

男に人に向かってあたしはあさの女の人のことを訊ねてしまうと、

「あぁ、

 畜産部の野島さんの知り合い?

 んーと、
 
 彼女はたしか今日、泊まりで当番だから、
 
 今日会うのは無理かなぁ…」

と男の人はあたしに言う。

「(当番ってなんだろう)」

男の人の言葉にあたしは首をかしげながら思うと、

「あっいえっ

 あっありがとうございました」
 
思わず女の人のことを訊ねてしまった事にあたしは恥ずかしく感じると、

2・3度頭を下げて脱兎のごとく逃げ出してしまった。

でも、

「(そうか、

  野島さん…
  
  今日は泊まりでウシ達の面倒を見るのね)」

とあたしは解釈し、

「(そうだ、

  今夜も、ウシになろう…
  
  そして、あの牧場に行けばあたしのお乳、
  
  野島さんに搾ってもらえるかも)」

そう思うと朝の騒動など忘れてあたしは家路を急いだ。

すると、

「お姉さん、お姉さん。」

自宅まであと少しと言うところで

聞き覚えのある声が後ろから掛かって来たので振り向くと、

そこにはいつかあの薬瓶をくれた少女が立っていた。

「あ、アナタは…」

「どうです?

 調子は…って、
 
 聞かないでもその顔を見れば、
 
 有意義に暮らしているのは分かりますね(^^;)」

驚くあたしに構わず少女は笑みを浮かべそういう。

「ええ、

 あなたのお陰で普通じゃ体験できないような事を沢山経験できたわ(^^)」

「そうですか。

 それは良かった♪」

そして少女が次の質問を返そうとしたとき、

「明日、また牧場に行ってウシとして暮らすのよ。

 ふふっ
 
 あの野島さんにお乳を搾ってもらうの
 
 それに牧草の朝ごはんを食べなくちゃ気持ち悪いしね(^^;)」

と話しをさえぎるようにしてあたしはから話を振った。

すると、あたしの浮かれた話を聞かされた少女は、

微笑から一転して怪しい笑みになると

「お姉さんのお役に立てて嬉しいですけど、アタシ前にも言いましたが…」

と警告めいたことを言う。

「分かってるわよ。

 使いすぎるなってね」

その言葉にあたしはそう返すと、

「分かってるならいいですよ♪…

 じゃあ、存分にウシの生活を楽しんで下さいね。
 
 あっそれと、
 
 変身している時間が延びるようになりましたら注意してください」

と少女はそう告げ、

そしてあたしの前から去っていった。

「もぅ…

 使いすぎるななぁんて…
 
 あっ、そうか、
 
 あたしが楽しんでいるのを見て羨ましくなったのね。
 
 ふふん、
 
 誰がそんな脅しに乗るもんですか」

少女が消えた後に向かってあたしはベーと舌を出すと、

自宅に向かっていった。



そして夜。

「ふふふ…

 さぁて、これを飲んでウシに…」

夜、小石川牧場に潜り込んだあたしは早速、薬瓶を開け、

中より錠剤を取り出そうとした。

しかし、

「あっあれぇ?」

湿気ってしまったのか、

錠剤は薬瓶のなかに張り付き、

なかなか思うように出てはこなかった。

「もぅっ」

出てこない錠剤にあたしは苛立ちながら幾度も瓶を振ると、

ザラッ!!

薬が一塊になって落ちてきてしまった。

「あん、

 もぅ!!」

思い通りにことが進まない事にあたしは腹を立てて、

そして、不要分を瓶に戻そうとしたとき、

ガチャッ!!

牛舎の鍵が開けられ、

「えーと、まず324番についての資料くれる」

「あっはい、これです」

と言う声と共に二人の女性が入ってきた。

「だっ誰かな?」

干草に隠れるようにしてあたしは伺うと、

「あっ」

牛舎の中を照らす明かりに照らし出されたのは

あの野島さんと別の女性であった。

「(野島さんだ…

  やっぱり、泊り込みでウシの世話をしているのね)」

野島さんの姿にあたしは心の中を小躍りさせていると、

「じゃぁ、あたしが入りますね」

そう野島さんが言うのと同時に

スッ!

彼女の姿が視界から消えた。

「え?」

突然のことにあたしは驚いていると、

カツンッ

カツンッ

蹄の音が牛舎に響き、

程なくしてウシ達の隙間から女性に連れられた一頭のウシが姿を見せる。

そして、その顔を見たとき、

「うそっ!」

それは身体は4本足のウシなのだが、

しかし、その顔は紛れもない野島さんの顔であった。

「なっなにそれ…」

あたしは目を丸くして驚いていると、

さらに、隣を歩く女性の身体もシャツから下は白毛に黒斑の毛に覆われ、

また、立って歩く足にはまぎれも無い蹄が生え、

お尻からは尻尾も生えていたのであった。

「なっなによっ」

あたしは幾度も目をこすり、歩く二人の姿を見直した。

しかし、幾度見直しても、

魔法使いに意地悪な魔法を掛けられたような二人の姿は変わる事は無かった。

「なっなんなの?

 野島さんって人間じゃなかったの?」

衝撃の事実にあたしは混乱していると、

「ん?」

あたしの気配に気がついたのか、

「だれ?」

野島さんの隣を歩く女性があたしの居る方に向かって声をかけた。

「(ヤバッ!)」

「誰か居るの?」

女性の声に四足のウシの身体で歩く野島さんが訊ねる。

「うん、誰か居たみたいだけど」

「え?

 どこ?」

そう言いながら女性の顔がこっちを伺ってくると、

「そうだ…」

あたしは慌てながら手にしていた錠剤を一気に飲み干してしまった。

すると、

グッグググググッ!!

あたしの身体は見る見るウシへと変化し、

肌には白と黒の獣毛が生え、

手足には蹄、

尻尾が飛び出し、

身体も大きく膨らんでいった。

「ンモー…」

そして、顔まで完全にウシ化したあたしは

その声に応えるかのようにウシの啼き声をあげると、

「あれぇ…気のせいかなぁ…」

「もぅ脅かさないでよ」

女性は首を捻り野島さんと歩いていくと視界から消えていった。



「ホッ…」

危機が去った事にあたしはホッと一安心したが、

ところが、

「(あっあれ?)」

あたしの頭の中から次々と記憶が消えはじめだした。

「(え?

  え?
 
  えぇ?
 
  あっあたし…
 
  あれ?
 
  あれ?
 
  誰だっけ?
 
  え?
 
  思い出せない
 
  学校…
 
  なに?
 
  え?
 
  友達…
 
  あっあれ
 
  思い出せない…
 
  ちょちょっと
 
  いや
 
  あっ
 
  あ…」

次々と記憶が消えていき、

あたしの頭が見る見る真っ白になっていく、

自分の事、

学校の事、

友達の事、

昔の事、

いろんなこと…

そして、白くなっていく中で、

「(あっあぉ

  あっ
 
  あっ)」

あたしは食べる事と、

子供を作る事が大事に感じ始めると、

だんだんそれだけしか考えることが出来なくなり始めた。

そう、あたしの頭の中がウシの頭に変化してしまったのであった。

「モー

 モー
 
 モーー」

あたしの口からウシの啼き声が漏れ始める。

そして、人間だったときの記憶をすべて忘れてしまったあたしは

一頭の牝ウシとなって干し草を食んでいた。



「キョウコ…

 おいで…」

放牧地に野島理恵の声が響き渡ると、

ンモー…

その声に引かれて一頭の雌ウシが頭を振りながら寄ってくる。

「よしよしよし」

すり寄ってきた雌ウシの頭を理恵は愛おしそうに撫でていると、

「なっなに、野島さん。

 ウシに名前を付けているの?
 
 それにしてもキョウコだなんて…
 
 人間の様な名前を付けているのね」

傍で作業をしていた先輩の山下妙子が呆れた口調で言う。

「えぇ…

 このウシだけなんですが、
 
 なんか、そう呼びたくなるんです。
 
 不思議ですね」

ウシの頭を撫でながら理恵はそう返事をすると、

「キョウコのお乳も出が悪くなってきたから、

 そろそろ種付けをしなくっちゃね」

そう言いながらウシの顔を見る。

すると、

ンモー!!!

牧場に響き渡るかのようにウシが大声で啼くと、

ガツガツ

ガツガツ

牝ウシは足踏みをする。

「あら、嬉しいのかしら…」

それを聞いた妙子は感心しながら腰を上げると、

ンモー!!!!

ンモー!!!

牝ウシは嬉しそうに声を上げ、

そして、いつまでも鳴き声が響かせていた…



おわり



この作品は真道さんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。