風祭文庫・獣の館






「変身薬」
(第2話:小石川牧場)



原作・真道(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-146





チュン…チュン…

「ん…

 うぅん…
 
 クシュン!」

カーテンの隙間から射す光と小鳥のさえずり、

そして朝の肌寒さにあたしはくしゃみと共に目を覚ました。

「はれ…

 あたしってばどうして裸で寝てるんだろ…」

寝ぼけ眼のまま昨日起こった出来事を一つ一つ思い出していくと、

「アッ!!

 そういえば、あたし、牛になったんだっけ」

少女より手渡されたクスリを飲み、

そして、白毛に黒斑模様の乳牛に変身してしまった事を思い出し、

即座に自分の身体を見回した。

しかし、その視界に入ってきたのは、

服が破れているものの、

いつもと変わらない自分の身体だった、

「うぅん…

 服が破れてる以外には何処もおかしな所はないけど…」

変身したときの感覚を思い出しながら

あたしは不意に机の上をみると、

そこに置いてある薬瓶に目がいく。

「でも、やっぱり昨日の事は夢じゃなかったのかな。

 …あたしが…牛になっちゃうなんて」

薬瓶を見つめながらそう思っていると、

不意に階下の時計が7時の音を奏で始めた。

「いっけない!早く支度しないと学校遅れちゃう!!(><)」

音に急かされるようにしてあたしは急いで着替えると、

朝食を口に押し込み、

カバンを片手に家をと飛び出していった。

無意識に、薬瓶をカバンに入れたのにも気付かないで…



学校にいる間も、昨日の事が頭から離れなかった。

自分の体が牛に変わっていく瞬間。

牛の声で大きく鳴いた瞬間。

その時のことを延々と考えていた。



「じゃあね、響子」

「え、う、うん。

 バイバイ」

放課後になって校門で友達と別れると、

あたしは今日も家路についた。

「う〜ん、

 やっぱり昨日の事は忘れちゃったほうがいいよね。
 
 いくら何でも牛なんて…(^^;」

忘れよう。

昨夜の事はきれいさっぱり忘れて普通の生活に戻ろうと思った。

「普通の生活が一番。

 平和が一番よね」

そう言いながら歩くあたしの足が、ある建物の門の前でふと止まった。



−小石川牧場−



「………」

門の前に掛かる看板を見つめるあたしの心臓が早鐘のように鳴り、

そして、

タラー…

いつの間にか額からは次から次へと汗が滲み出ると、

頬を伝っていった。

「な、なんで、あたしこんな所通っちゃったんだろ(^^;

 は、早く帰ろう…」

首を横に振ってあたしは2〜3歩前に進む。

けど、そこから前になかなか進めない。

「……」

ドクンッ!

ドクンッ!

ドクンッ!

ドクンッ!

心臓はさらに高鳴り、

今にもはちきれそうになる。

そして、

「もし、もしここであの薬を使ったら…、

 どうなるのかしら…」

あたしの頭の中を好奇心が駆け巡る。

「た、たしか明日は日曜日よね…

 も、もう一度、
 
 もう一度…
 
 試してみるだけよ…」

振り返りながら門を見つめるあたしの手は

いつの間にかカバンの中に入っていて、

その手の先では握り締められた薬瓶が鈍い光を放っていた。



タッタッタッ!!

あたしは逸る気持ちを抑えていったん家へ帰り、

深夜になるのを待って家を出た。

そして小石川牧場にたどり着くとあたりを見回し、

牛舎のほうへ一目散に掛けて行く。

不思議と鍵は開いており、

ドアを開けると中からムワっと獣臭い臭いが漂ってきた。

モーッ…

フシュゥ…

突然の侵入者にもかかわらず牛舎のなかの牛達はさほど驚かず、

寝るもの、草を食むもの、じっと壁を見つめるものと、

入ってきたあたしには無関心だった、

「ウッ…牛くさぁい…」

牛舎の中に篭る臭いにあたしは鼻をつまみ、

山のように並ぶ牝牛達の間をすり抜けていくと、

「あっ」

いきなり空間が開き、空いている柵の中にあたしは飛び出した。

「うんっ、

 ここならいいかも…」

空いているその場所にあたしは立つと

イソイソと服を脱いで藁の中に隠した。

そして、

「い、いくわよ…」

薬瓶を空け、昨日と同じようにカプセルを2つ取り出すと、

期待と不安感で震える手で飲み干した。

「……ウッ、き、来た来たー…」

体中に昨日感じた変身の兆候が現れる。

ドクドクと心臓は脈打ち、汗は滝のように流れ始める。

「うぅぅ…はぁ、はぁ…」

乳房は下部に移動して、

よりその大きさを増していく。

また、手の先は蹄に変わり、

同様に足のつま先も蹄に変わった。

「はぁぁぁぁー…

 はぁぁぁぁー…」

メキメキメキ…

身体もだんだん大きくなっていき、

腕であった前足を使って四足で立ち上がると、

体の変化が一気に起こり、あたしの身体は牝牛のそれへと変わった。

「ふぅ、ふぅ、ふぅぅぅー…」

身体が変化したあたしが荒い息をついていると、

今度は顔が変化していく。

ググググググ…

「ふぅー、ぐぅぅー、う゛ぅー」

あたしは涎を撒き散らしながら息を吐き、

顔の変化に耐えていた。

「ヴォー、ヴォー、ヴモォー…」

口から牛の鳴き声が出始める頃には、

顔の形は牛と変わらなくなり、

長い舌をデロンと出すと、

涎をダラダラ垂らしながら、

「ウモォォォォォォォーーーー!!」

と大きく啼き声をあげた。

そして、

「モォー、モォー…(お、終わったみたいね…)」

自分の体が牝牛の身体への変化が完了したのを確認した時には

あたりは明け方になっていて、

牛舎の明り取りの窓からは朝日が差し込んでいた。

ガシャンッ!!

牧場の人たちも起き出し、

今日の仕事の準備を始めたような音があたりに響る。

モォー、モォー。

ウモォー、モォー。

あたりだんだんと騒がしくなってくる。

(ほかのみんなが起き出したみたいね…なら私も…)

「モォーッ!!モォー!!」

周囲の牛にあわせてあたしはひときわ大きな声で、

まるで自分が牛になっているのを確認するかのように啼きはじめる。

すると、数人の男達が牛舎の掃除を終えた後、

奇妙な器具を持って入ってきた。

それはテレビでもやっていた、牛のお乳を搾る器具"搾乳機"。

(ヒッ…そ、そうだ。牝牛っていったらお乳を搾るんだ…)

それを見た瞬間、あたしの頭の中を一瞬、恐怖が過ぎったが、

しかし、隣で乳を搾られて気持ちのよさそうな声で啼いている牝牛の姿に、、

(でも…搾られて…みたいかも…

 いえ、搾ってもらわなきゃ。
 
 今の私は牝牛だもん)

と、あたしは自分の役割を認識した。

すると、一人の青年が搾乳機を持ってあたしに近づいてきて

『よし、今日もいっぱい良い牛乳を出してくれよ』

お尻をポンッっと叩くと、手際よく乳房に搾乳機をつけ始めた。

「モォー、モォー(は、恥ずかしい…)」

『あ、こら、暴れるなって』

くすぐったいような、恥ずかしいような

そんな気持ちになるあたしをなだめながら

青年は搾乳機のスイッチを入れる。

すると、

ヴィィィィィィ…

無機質な機械が音を上げ、

あたしの乳を搾っていく。

(ああ…これ、

 すごく…気持ち良いかもぉ…)

「モォ〜…モォ〜…」

絞られる。

という快感にあたしはついつい気持ち良さげな啼き声をあげてしまう。

そして、隣の牝牛と一緒に乳を搾られて、

搾られている間中、同じような鳴き声であたしは啼いていた。



搾乳が終わり青年達が牛舎から出ていくと、

しゅわぁぁぁぁ…

急にあたしの体が元に戻り始めた。

「モォォォ!?

 モォォォー…
 
 (あ、あれ!?もう時間なの?)」

おもちゃをいきなり取り上げられた幼児のようにあたしは唖然としていると、

しゅるるるるる…

大きく肥え太った牝牛の体がみるみる縮み始めた。

乳房は胸にあがって行き小ぶりに収まり、

四つの蹄はそれぞれもとの手足に戻り、

身体もだいぶ小さくなると、

尻尾も消え牝牛のいた所には裸の少女が立っていた。

「あ…」

元の姿に戻ってしまったあたしはしばし呆然とするが、

「や、やばい!

 ボーっとしてる場合じゃ無いわ!!」

我に返ると急いで隠してあった服を着て、牛舎を逃げ出した。

そして、その帰り道、

「いろいろ大変だったけど…

 楽しかったぁ♪…
 
 搾乳って、案外気持ちいいのね…」

あたしはジンっと搾乳の快感が残る胸を手で押さえると、

「うふっ

 また来よう…」

と呟くと走って自宅へと向かっていった。




その日からあたしは、毎週日曜日になると牝牛に変身して、

牛としての生活を楽しむようになり、

次の週には搾乳の後の餌の牧草・穀物の味を覚えた。

最初はちょっと気が引けたが、いざ食べてみると結構美味しく、

牛独特の食べ方「反芻」にも驚いたが、すぐに慣れた。

その次の週には、運動場に出されてのんびり草を食べていた。

沢山の牝牛の中に混じって、同じように本当にのんびりと過ごした。

こうしてあたしの中で少しずつ牝牛の存在が大きくなっていき、

ついには、家の一角に藁を敷きつめ、

平日の夜も牝牛として過ごすようになっていった。



つづく



この作品は真道さんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。